第三十一話 覚醒 漆黒の勇者

 いっせいに男どもが、今にもカトリーヌたちに襲いかかってきそうだ。

 緊迫感が漂う。

「おい。あまり抵抗すんじゃねえぞ」

「お前らは売り物だ。金が入るまでは傷つけたかないからなぁ」

「ヒヒヒ」

 ゴロツキ共の下卑げびた笑いが響くと、カトリーヌ達に悪寒が走る。

 何人かは棒切れや上等ではない剣を持っている。


 ザアアアァァァン……。

 カトリーヌはリュックからクワを出した。

 とてもクワがおさまる大きさのリュックではないが、確かにそこから。


「ほう?」

 カトリーヌは目には怒りが込もっている。口角を上げ皮肉げに笑った。思わず息を呑み目を奪われるほどに美しくて、そら怖ろしいほど気魄きはくに満ちていた。

 カトリーヌは片手でクワを軽々とひと振りした。


「お前達、私と彼女が売り物だと? そう言ったのか? ふざけた訳ではあるまいな」


 カトリーヌの片方の眉が上がる。怒りにぎりっと奥歯を噛んだ。


「じょ、冗談でこんな事言うわけが無いだろーが! 下手な真似すんじゃねえぞ。そこの女っ、大人しく俺達の言う事を聞けえっ! ウヒャヒャヒャッ、そうしたら痛い目に合わさず楽しい事してやるからさぁ」

「はあっ、まったく。失礼なやからどもだな」


 カトリーヌは今までと打って変わった、背筋がぞッする雰囲気に包まれる。

 眼光は鋭く殺気を帯びている。

 カトリーヌは勇ましくクワを剣のように構えると、ニイッと笑った。


「てめえ! そのリュックは魔法がかかってやがんのか!」

「……」


 こんな者の質問に律儀に答える必要はない。

 カトリーヌのその場を圧倒する殺気にゴロツキどものの顔色が変わっていく。

 ゴロツキたちが全員一瞬たじろいだ。


「やっ……、やっちまえ!」

「わあっ、わあっ」

「うわああーっ!」


 一斉にゴロツキどもがカトリーヌに襲いかかる。


 カトリーヌはクワを半円にひと振り素早く描くと横に一文字に振り斬る!

 あっという間に次々と5人を倒した。


「すっ、すごいですぅ」

 カトリーヌの戦う姿にアリアは感動して圧倒されていた。

「私が勝てばお前たちのかしらのところまで連れて行ってもらおう」

「ふざけるなよ! 俺たちがやられるか」

 ひときわ背が高い男がカトリーヌの真ん前に立った。

「抜かしやがって。調子こいてると痛い目みるぞ! こらあ!」

「女のくせに俺たちをなめくさりやがって! 許さねえぞ! 黙らせてやろうぜ!」

 横に今朝がたのゴロツキがついた。


 その時。

 ヒュンッ。

 カトリーヌの足元にいた聖獣ジスに矢尻がかすった。

「うっ!」

「ジス!」

「きゃあっ」

 アリアが顔を両手でおおう。

「大丈夫ですか!?」

(矢はどこからだ?)

 つーっと矢が当たったジスの肩から血が流れる。

 聖獣ジスが痛みをこらえる。

「だいじょうぶだ。カトリーヌ」


 カトリーヌは怒りが腹の底から、増々こみ上げてくるのを感じた。

 たける力が体の内側からおこる。

 沸き上がるのを止められない。

 ジスを傷つけたな。

 よくもジスを。


(許さない)

(許さない)

「許さないっ!!」

 カトリーヌが叫びながらすぐ近くの大木に向かい跳んだ。

 すごい高さの跳躍でカトリーヌはくうを切る。


 時が止まったかのようだった。

 

 金色こんじきの美しく力強い光がカトリーヌから放たれた。

 バサアッと、カトリーヌの髪が金の短髪から漆黒の美しい黒髪に変わっていく。

 豊かで長い黒髪は風になびきながら。

 どこから現れたのか漆黒の兜がカトリーヌの頭にかぶせられ。

 カトリーヌは深い漆黒の鎧に身を包んでいた。

 そしてクワは聖剣エクスカリバーに変わっていく。

 マントは漆黒で、黒よりも深い艶めく黒だ。


「カトリーヌさん美しい」

 アリアは一瞬だけすべてを忘れてカトリーヌに目を奪われた。

 その変貌のさまに一同が息をのむ。


 カトリーヌは剣を両手で持ち振り上げる。

 跳びながら。

「許さない!」

 バリバリバリバリ……

 大木を聖剣エクスカリバーでカトリーヌが斬り倒すと、斬られた大木の後ろに矢を持った男があらわになった。

 ドドーン。

 大木は地響きを立てて倒れていく。

「ヒィッ。お助けを!」

 男は恐怖に震えながら膝まずいた。


 カトリーヌは怒りで憤然として男を見下ろした。


 右手に聖剣エクスカリバーを力強く握りしめて。


「オラ知ってるだ。あのお人は、漆黒の勇者エリザベート様だ」

 ゴロツキの中にエリザベートを知るものがいた。

「本当かよ。死んだんじゃ?」

「間違いない。だってオラ、ランドン公国の軍の歩兵隊にいたんだぞ。魔王軍と戦った時に助けてもらったんだべ」


 なおもカトリーヌは矢を放った男を見据え、仁王立ちになっている。

 鬼のような気迫だ。

「漆黒の勇者は人は殺さないんだったよな」

 ゴロツキのリーダー格らしき男はガタガタ震えるのを必死で押さえながら、カトリーヌに懇願する。

「時と場合による」


 数秒静かに過ぎた。

 誰も話さない。


 ゴロツキのリーダーが口火を切った。

「参りました」

「降参だ」

「参った」


 漆黒の勇者エリザベートは、数年のときを経て覚醒かくせいよみがえったのだ。



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