第二十話 聖女アリア

「グヘヘヘヘェッ! 一緒に来てもらおうじゃないか。聖女アリアちゃんよお」

「嫌ですっ! ぜったい嫌ですっ、やめて下さいっ!」


(――聖女アリア?)


 カトリーヌはいったんことの騒ぎの様子を伺った。

 手にしていたクワはフードと上の服の間の背中にしまう。

 固定は専用の肩がけベルトで。


「きゃあっ! やだっ、やめて下さい!」


 こんなに大勢の人だかりが出来ているのに、誰も助けようとはしない。

 ――好奇心はあったって、立ち向かう勇気と正義は出せない群衆なんだな。

 背が小さくてくるくる巻きの赤毛の少女が叫んで嫌がっている。

 相手は一見して分かる明らかにガラの悪い連中だ。

 背中の丸まったゴロツキの二人の男に腕を捕まれ、今にも少女はさらわれどこかに連れて行かれそうだった。


 少女はアクアマリンのような輝きの瞳に涙を浮かべている。

 少女の胸に十字架のネックレスが下がっている。


 その男たちのうちの一人は鳥籠を持っていてなぜだかハムスターが入っていた。


「――やめな」


 カトリーヌはフードを目深に被って顔を隠して、ややドスを利かせた低めのトーンの声で制止を促し、男たち二人の手を掴みながら凄んだ。


「彼女から離れろ。そのお前達の薄汚れた手をどかすんだ」

「なんだっ? テメエ!」

「やんのかっ! オラ!」


 男たちがカトリーヌを殴ろうと一瞬手の力を緩めた。

 その隙に少女からひきはがす。

 ――まさに早業はやわざだっ!

 

「これはクワの出番はないな。お前達には素手で十分」


 変装したカトリーヌはクワを背中から引き抜き地面に置く。


「ふっざけんな! くそガキぃ!」

「馬鹿にしやがって!」

「ふふっ。さあっ、お前達、どこまで息まいていられるかな? お手並み拝見といこうか」


 男達が同時にカトリーヌに襲いかかる。

 ――シュンッ……!

 くうを斬る音がした。

 いつやられたか分からないまま、男達が次々と石畳の地面にドスンと音を立てながら崩れた。


「ギャアッ!」

「グウゥウウエッ!」


 大の男が二人、一瞬でカトリーヌに蹴りと肘打ちをくらい泡を吹いて白目をむいて悶え苦しんだ後、バタバタと完全に意識を失っていた。


「「ワアアアアアッ!」」

「やったあっ」

「すごいぞ」

「やるねぇっ、あんちゃん」


 見ていた野次馬の人々が口々に歓声をあげる。


 この騒ぎの様子を近くの木の上から見る者がいた。


「ふははっ……やるねえ。ありゃあ、完全に失神してらあ」


 木の幹に体を預け休んでいた男は首の後ろで腕を組み、眼下の騒乱を注意深く眺めた。じいっと現れた勇敢なを観察していた。

 棒つきの飴玉をくわえて、面白そうに悪戯に微笑んだ。

 長身の浅黒い肌の男である。

 体躯は鍛え抜かれた筋肉質なことが、袖から覗くたくましい腕や胸板、肩甲骨や脚から伺える。

 やや明るい金色がかった赤茶色の髪は短く清潔に切られたばかりのようだった。

 瞳は碧眼で思慮深そうな光が灯り、精悍な顔立ち。

 どこか殺気立った鋭い雰囲気をまとっている。

 分かるのは、この男、一種鋼の様な印象で、のほほんと生きてきたわけではなさそうだ。


(誰も助けに出る気がないなら、俺が助けに行くかなと思っていたがな――)


「こりゃあ良いもんが見られたなあ。なあ? 相棒」

「キキキィッキイッ」


 男の横には、細い木の枝に掴まる尻尾の長い金色の毛の子猿がいた。

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