第十四話 ルビアス王子が仲間入り?

「はあー。疲れた」


 だが、イヤな疲れじゃない。

 満ち足りた充足感と楽しく幸せな労働のあとの疲れだ。


「良かった! 大豊作だわ。ジス、明日から売りに出掛けよう」


 オワイ島の村の中心部とオワイ島の近くの島の市場でオレンジ芋を売ることを考えていた。


(パパイナ島あたりが良いかしら?)


 夕方、カトリーヌは村の流行はやりの風呂処にやって来て、ゆっくりと大浴場に体を沈めた。

 花の浮かぶ湯に身体をたゆたう。

 あちこち農作業で出来たかすり傷がかすかに痛む。


 カトリーヌの白い小屋の家には風呂がなかった。


(ジス。待ちほうけているんだろうなぁ。帰ったら収穫したオレンジ芋を料理しよう。ジスは喜んでくれるかな?)


 楽しみだ。

 ホクホクした芋を頬張るジスを想像してカトリーヌはすごくワクワクしていた。


 風呂処には薬草のサウナもあって追加で代金を払えばマッサージや香油を塗ったりもしてくれる。

 いつも村の老若男女が行列を作っていた。


 カトリーヌはその行列を横目にしながら帰路についた。


    ◇


「えっ?」


 カトリーヌの家の前に、ルビアス王子が所在なさげに右往左往していた。

 ルビアス王子は目鼻が整った端正な顔立ちでどこか甘さと心根の柔らかさを感じさせる。

 纏う気品は昨日今日に身につけたものではないのを感じられた。

 ルビアス王子は顔をクシャッとさせて真っ赤になった。


「カトリーヌ。これ。すまなかった。君の心を傷つけてしまった」


 ルビアス王子は大きな花束をカトリーヌに捧げた。

 カトリーヌへの精一杯のお詫びの品なのだ。


「あの……。私の方こそごめんなさい、こんな勇者で。がっかりしたでしょう? とりあえず中に入って。ルビアス王子」


 ルビアス王子の後ろから美しい羽のニワトリがちょこちょこ入ってついてきた。


「あなた、聖獣バルカンね」

「コケッコ」


 語りかけられたニワトリはカトリーヌにチャーミングにウインクをした。


 ――質素な部屋だな、すごく。

 ルビアス王子は入った瞬間そう印象を持った。


 清潔で簡素で、物があまり無い。家具なども生活する上で必要最低限しかない気がした。


(世界を救った者はさ、もっと功績が与えられるべきじゃないのか?)


 命を張って人生を賭けたんだろうから。


 カトリーヌは手作りの花瓶にルビアス王子からの花を飾る。


「ルビアス王子、お腹は空いてませんか?」

「ああ。言われてみれば……」


 それを聞きカトリーヌはニコッと笑ったのだ。

 カトリーヌの笑顔にルビアス王子はドキリとする。


(――な、なんだ。可愛い!)


「ちょっとお手伝い下さい、ルビアス王子」

「はっ、はい!」


 ルビアス王子は思いもかけないカトリーヌからの申し出にあたふたする。


 自分にできることだろうか?


 二人は小さな炊事場すいじばに立つ。


「だいたいなんで王子一人なんだ? ルビアスお前、よっぽど人望がないんだな? なあ、お付きの者は? 大陸一の領土を誇るあのイルニア大帝国の王子様と言ったら従者が何人も来るはずだろ? なんなら普通はたくさんの召使いと共に仰々しく移動するんじゃないのか?」


 ジスが床に丸まりながら面倒くさそうにルビアス王子をジロリと見て言った。

 

「あのなあ。自分で言うのもなんだがそこそこモテる。人望はある。地位的にも顔もまあまあだと自負がある。容姿なら兄上たちに劣らないぞ」


 ルビアス王子はオレンジ芋の皮を丁寧にナイフで剥きながら、ジスの方を見た。


「じゃあ、なぜだ? なんでだ?」


 ジスの一言に、ルビアス王子はオレンジ芋の皮を剥く手を止めた。


「正体が見えず姿なき声のために母国イルニアの大軍勢は動かせんのだ。そんな不可思議なあやしき声のために人は第3王子である俺の一存で動かせん」

「ルビアス王子の国の上層部は、不確かな情報には踊らされるわけにはいかないと?」


 今度はカトリーヌが聞いた。


「そうだな」

「じゃあ、なぜだ。ルビアス、お前はどうして乗ったんだ? こんな怪しいやつの提案に」


 聖獣ジスが器用に右手を上げすっと人差し指を伸ばし、聖獣バルカンを指差した。


「ひどいですぅ。ジス様だって聖獣でしょうが」

「ああ、俺は立派な聖獣だ。バルカン、胸を張れ」


「……そうだなあ。俺はなぜかその声を信じたかったのだ。勇者が世界を捨てて消えたわけも本人に聞きたかったしな」


 ルビアス王子はなにかを思い出しているのか空中を見ていた。

 カトリーヌはオレンジ芋を慣れた手つきでナイフで剥きながらそっとルビアス王子の横顔を見た。



 しばらくしてオワイ島名物のエビやら貝やらもソテーしてオレンジ芋はかして簡単なオレンジ芋入りのパンも作り、晩御飯は出来上がった。


「「いただきます」」

「女神様に収穫の感謝を。……いただきます」


「いやあ、美味しいなあ。勇者と聖獣の仲間に入れてもらえてすっかり楽しい晩餐ばんさんだ」

「ふんっ。仲間?」


 器用に椅子に座りナイフとフォークを使いながらジスが、気に食わんっと言ったムスッとした顔で訴える。


「エビなどは漁師さんに分けてもらったのです」

「へえ、そうなんだ。すっかりこの地に根を下ろしているのかな? ……なあ、カトリーヌ。俺には敬語はやめて欲しいな。堅苦しい」

「えっ? ルビアス王子に対して敬語をやめるなんて、……出来るかしら」


 人懐っこいとはいえ、対峙している相手は一国の王子なのだ。 

 バルカンは火の鳥の姿に戻り椅子に座った。


「もっ、燃えぬのだな〜?」

「聖なる火炎は周りを燃やさないように加減ができます」

「なあ。カトリーヌは聖剣エクスカリバーが欲しかったんじゃないのか?」


 ルビアス王子は美味い香ばしいソースのかかったぷりっとしたエビを頬張りながら、カトリーヌに尋ねた。


「うーん。必要だったからです。あの時はどうしても」


 カトリーヌは食事をする手を止めて、ルビアス王子を見つめた。瞳の奥を確かめるように。

 この目の前の男は邪な感情ものを持ち合わせてはいないか?

 そう問い、射抜くようなカトリーヌの瞳には輝きと強い意思を感じる。


「そうだ。じゃあ逆に聞きますが、そもそもなぜあなたは聖剣エクスカリバーが欲しいのですか? この聖剣をなんのために?」


 そうだ。そこが肝心だ。


「うむ、それは女神様の啓示があったんだ。わが城内の教会に女神様が現れてさ。聖剣エクスカリバーを我が領内に置かねばイルニア帝国は滅ぶと」

「――それって」


 ジスがジイっとバルカンを見た。

 そして次にカトリーヌを見た。


「貸してやればいいんじゃねえのか? カトリーヌ。まあ、だいいち魔導師じゃ扱えん。選ばれた勇者じゃなきゃさやからすら剣は抜けん、エクスカリバーは聖剣でありそういった代物なのだからな。こいつにはバルカンもついてるし、勝手に聖剣を売買も出来ん。それを万が一にもだ売ったり失くしたりすればな……――」

「なっ、失くしたら?」

「ルビアスお前を、俺たち聖獣が世界の地の果てまで追いかけ詰め、お前の何もかも全てを焼き尽くす」

「焼き尽くすって……、そんなの冗談だろう? 天界より参った女神様からの使者の聖獣がそんな残忍なことしないよなあ?」


 カトリーヌは思った。

 ジスは本気だ。 


「お前、俺のこの目が冗談だと思うのか?」


 ルビアス王子は聖獣ジスの気迫にその様に、己の体からサーッと血の気がひくのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る