17 冬
案の定、
るんるんるん♪ 今日からは毎日、メルリンとおっそうじ〜♪
きゅっと結んで、ぎゅっと吊るす。
苦しそうだけど我慢してね、俺の恋のキューピッドちゃん。
「わあ! 雪が降っていますよ」
窓の外からメルリンの声が届く。
「本当だ」
カリアの声も聞こえる。
「おやおや、今年はやけに早い冬入りだねぇ」
ヨミコ……ヨシダ……ヨノワ……なんだっけ、俺の主人の名前?
まあいい。ババアも外にいるようだ。
そうか。
これは悪天と好天を切り替えるだけで、具体的な天候を決められるわけではないのか。
まあ、冬になったということは、リンゴの収穫期も終わりってことかもしれない。これからは毎日、家の中でメルリンとおそ――
「おい、フーン。新しい仕事だよ。このシャベルを使って雪掻きをしてくれ」
クソババアがぁーーーーーーーー!!!
だが彼女に逆らうわけにもいかず、俺は寒い中、一人寂しく雪掻きを開始した。
『自業自得ですね』
『うるさい』
雪はまるで絶える気配がなく、いくら退けてもすぐにまた積もってしまう。
くっ、こうなったら部屋に戻って新しいてるてる坊主を――
「おい、フーン。雪掻きは
「はい! ぼちぼちでございまする!」
うおー、びびった。おかげで口調が妙になってしまった。
「よしよし。じゃ、そのまま続けてくれ。少し放置したらすぐさま凍りついて、危なくなるからねぇ」
俺の身の危険にも気を使ってもらいたいものだ。
手足が真っ赤に
『ベルディー、もう無理だ。俺はここで死ぬ! もう辛い人生には耐えられないんだ!』
『大げさですね。メンタル弱すぎですよ……』
くっ、雪掻きがこんなにも残酷な仕事だったとは。
アイアンメイデンによる拷問に匹敵……いや、それを
「フーンさん、一緒に雪だるまを作りましょう!」
可愛げなフリル付きのセーター。
ぶかぶかなウィンターハット。
そして、ピンク色の手袋を身につけたメルリンが家の扉から現れた。
「オッケー!」
ふはは、雪掻き最高だな。雪を集めてメルリンと楽しく雪だるま作り♪
『
『だから、お前は黙ってろよ』
俺が転がす雪だるまの下半身はみるみる大きくなっていき、隣では鼻歌を口ずさむメルリンが上半身を楽しそうに揉みながら形を整えている。
「わ、私も混ぜてくれないか……」
傍で観察していたカリアが何かを呟いた。
「なんて? うまく聞こえなかったんだけど」
「だ、だから私も混ぜ……」
「カリア、もう少し大きな声で喋れないのか? 全然聞こえないぞ」
実は彼女が何を言おうとしているのかは、とっくに察しがついている。
わざわざ聞き返しているのは、ただ単に彼女をからかうためだ。
「もういい!」
怒ったカリアは家の中へ戻ってしまった。
ちょっとやりすぎてしまったようだ。
「フーンさん、意地悪してはいけませんよ?」
メルリンは俺の悪事に気づいていたようだ。
「悪い悪い。今から俺が誘ってくるよ」
本当はメルリンと二人っきりで遊びたかったのだが、一緒に暮らしている以上、カリアと仲違いするのも愚策か。
遺憾だが、誘ってやろう。
俺は寛大だもんな。
「わ、私は別に幼稚な遊びなど……」
「はいはい。わかってるよ。俺とメルリンがどうしてもお前と一緒に遊びたいだけなんだから、大人の対応をして、付き合ってくれよ」
面倒な性格である。
素直に「あたち、みんなと雪遊びちたいの」と言えばいいのに。
「カリアは雪だるまの腕にする枝を二つ探してきてください! 胴体を組み立てるのは私とフーンさんにお任せです」
「そ、そうか」
顔を赤らめながら目をそらすカリア。
参加するのが楽しみすぎて居ても立っても居られない!
って感じの本心をまるで隠せていない。
***
俺の下半身とメルリンの上半身をくっつけ、小さな赤ん坊のような雪だるまが完成した。
そして、そこへカリアが枝を突き刺すと、俺たちのスノーベビーは見事に粉砕。
俺とメルリンは笑っていたが、カリアは懸命に謝りだしてしまい、なんとも気まずい雰囲気になってしまった。
本当に不器用な奴である。
次に俺たちは白熱の雪合戦を繰り広げた。
えいやとかわいい声を上げながら投げるメルリン。
全力で俺を殺しにかかってくるカリア。
しまいには、仕事をサボっていることに激怒したババアまでもがノリで参戦してきた。
彼女はあの年とは思えない豪速球で俺たちを全員圧倒。
その姿はある程度の尊敬に値すると思ったので、これからはババアからババア様にグレードアップさせてやることを検討する。
名前を覚えてあげるのは面倒なんで論外だ。
その後、遊び疲れた俺たちは室内に戻り、俺とメルリンは夕飯の
「フーンさん、
「わかった」
貯蔵庫はこの世界でいう冷蔵庫のようなものだ。
だが、これは科学の結晶である冷蔵庫とは違い、魔法を用いて作動している。
端的に言うと、電気や水を使って冷やしているのではなく、時魔術で内部の時間の流れを極端に遅らせているのだ。
おかげで保管された食べ物がなかなか腐らない。
「今日の
「野菜スープと鶏肉の油揚げです」
あの寒さの後にメルリンが作った暖かい食べ物とは……まさに、至高。
「できました!」
香ばしい匂いを部屋中に充満させる、色とりどりの野菜を含んだスープ。
絶妙な揚げ具合を艶やかな外見が立証している、ほかほかの唐揚げ。
どちらも最高に美味そうだ。
「いただきます!」
「いつも食べる前にそれを言うが……何なんだ、いただきますとは?」
カリアは手を合わせている俺を不思議そうに見つめている。
「俺の故郷での習慣だ。この食べ物を俺の目の前まで届けてくれた、全ての命に感謝を捧げる言葉」
「よくわからん。お前の故郷の人々は一度の飯に、そこまで大袈裟な感情を持って挑まなければならないのか?」
「だって、これを作るためにたくさんの人の血と汗が注ぎ込まれたんだぞ」
「お前もその対価に価する仕事をしたから、その食べ物を得たのではないのか? 正当な取引だと思うのだが」
むむむ、こいつの言っていることも正論のような気がする。
「ですが、その言葉を告げても損が生じるわけではありませんし、料理を作った私も感謝されて嬉しいですよ?」
「うーむ、そういうものなのか……」
納得したご様子のカリアは俺の真似をして「いただきます」と告げると、真っ先に鶏肉をフォークで突き刺して口に運んだ。
「美味い」
「本当だねぇ。今日も上出来だよ、メルリン」
「ありがとうございます、カリアとヨムル様!」
うちの奴隷は主人と同席して飯を食べることになっている。
ババアいわく、一人で食べるのは寂しいからだ。
さてと、俺はスープから飲んでみようかな。
スプーンをちゃぽっと表面に軽く浸からせ、丸く切られた人参を一つすくい上げ、ふーっと冷ましてから口に突っ込む。
あ……甘い。
向こうの世界で食べていた野菜と同じとは到底思えない。
フルーツとまではいかないが熟成した絶妙な甘さだ。
そして、じっくりと鶏肉の出汁を染み込ませたスープがそれを優しく包み込み、味をさらに引き立てて向上させている。
ほろりと涙が頬を伝った。
「わわわ、どうしたんですかフーンさん!?」
「ご、ごめん。あまりにも美味しくてちょっと涙が……」
「も~、お世辞が露骨すぎますよフーンさん」
ばれたか。
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