2 ベルディー

「初めまして。天界コーポレーション、通称テンコーの社員をやっております、ベルディーと申します」


 長い青髪に、後頭部から跳ね出ている二本のアホ毛。

 古代ギリシャのイメージを抱かせる、だぶだぶの白い一枚布。

 背中にはひしゃげた羽が弱々しく広がっている。


 見た目で判断するのはあまりよくないので、こういうことを言うのはどうかと思うが……どうにも頼りなさそうな面相めんそうだ。


「ああ、どうも。浮雲です」


「えーっとですねぇ。非常に申し上げ辛いのですが……」


 彼女は雲の椅子から滑り降り、初対面のはずなのに俺へ向かって勢いよくスライディング土下座をかましてきた。


「すみませんでした!!!」


 アホ毛が枯れた花のようにしお れている。


「あの……、どうして謝ってるんですか?」


「実はですね、新入社員だった頃のわたしめの手違いで、浮雲さんのパラメーターを設定せずに人間界へ送り込んでしまったんですよ」


「ぱらめーた……?」


 ゲームとかでよく使われる強さとかの数値のことか?


「はい、パラメーターです。わたしの仕事は各人間に個性を持たせるため、適当にパラメーターをいじって新しく生まれる赤ちゃんの設定を作成することなんです」


 適当って……そんなアバウトな方法で人の成り立ちが決められていたのか。

 普通に生きれば、死ぬまで結構長いんだから、もう少し人の一生に責任を持って欲しいものだ。


「普段は筋力とか思考力とか会話力とかにバランスよく振ったり、極端な長所と短所を混ぜ込んだりするのですが……浮雲さんの案件だけうっかりミスってしまったんです! 最低限でも1ポイントは振らなければならないのに、ラックのパラメーターを0にしたままだったんです。おかげで、浮雲さんは確率が生じる全ての事案に敗北する体質に……」


「つまり、あんたのせいで俺は宝くじに当選できなかったのか?」


「それは関係ないかと……」


 これで理不尽な不運の由来ゆらい がようやく解明された。

 普通に生きたかっただけなのに、とんだはた迷惑である。


「そこで、厚かましいご相談なんですが。魂が天界へ行く際、神様にこの失態を暴露ばくろ しないで欲しいのです」


 ほほお。上司にチクられないよう、口止めをしたいのか。


「どうして、俺がお前の頼みを聞く必要があるんだ?」


 こいつは俺の人生を破滅させた元凶だ。

 洗いざらい全部を神様とやらに話して、負の世界へ道連れにしてやる。


「も、も、もちろんタダでとは言いません。こちらもそれなりの対価を支払います」


 それなりの対価ね。

 死んでしまった以上、金などをもらっても仕方がないが、もしかしたら死後の世界で役に立つ物なのかもしれない。


「ふむふむ、興味がある。続けてくれ」


「浮雲さんを別の世界へ転生させ、もう一度人生を謳歌するチャンスを差し上げます。本当は禁則事項なんですが、わたしのキャリアがかかっているのでやむを得ません」


 転生か。いつも夢に見てたよなあ、そういうの。

 新しい世界で無双して、ウハウハリッチになって、ハーレムを築く展開。

 現実は非情だったので、いつもそういう妄想をしがちだった。


「ふ~ん。まあ、それなら許すかもしれない」


「本当ですか?」


 ぴょーんとウサギのように跳ね起き、キラキラとした眼差しで俺を見つめる。

 さっきまで肩身が狭そうに縮こまっていたというのに、まったくもって現金なやつだ。


「では、今すぐわたしが新たなパラメーターのセッティングの手続きを進めますね」


「けど、お前のパラメーター振りは信用できないな。別の人材に頼んでくれ」


「それは無理ですよ。なにせ、浮雲さんの転生は秘密にしなくてはいけないのですから」


「じゃあ、取引はなしだ」


「うぇ~!」


 うるうるの涙目で俺の同情を誘うベルディー。


「で、ですが、家にはわたしの帰りを待っている子供や夫が……いるわけではありませんが、仕事を失ったらネトゲにつぎ込んだせいで膨れ上がったクレカの代金が払えなくなってしまいます!」


「知るかよ!」


 それは流石に自業自得だが、ちょっとからかいすぎたのかもしれない。

 本当は神様にチクって彼女を道連れにするつもりなんて、毛頭もない。

 自分で言うのもあれだけど、運は悪いが性格は悪くないからな。


 可愛い女の子をこれ以上いじめるのは酷だし、こいつが設定した適当なパラメーターで、もう一度生き地獄を味わうのもまっぴらごめんだし、いさぎよく死を認めるしかなさそうだな。


「なあ、ベルディー。俺は——」


「わ、わかりました。なら浮雲さんが、ご自分でパラメーターを設定してください」


 え?


「い、良いのか?」


「本当はダメなんですけど……ばれなかったら多分大丈夫です」


「責任を問われたら全部ベルディーのせいにするからな」


「はうっ。そ、それはちょっと……」


 ベルディーはたじろぎながら、跳ね回るピンポン球のように黒目を泳がせる。

 俺は彼女に相当危ない橋を渡らせようとしているらしい。

 なら、彼女も善意から俺に二度目のチャンスを渡そうとしているのだし、少しぐらい折れてやってもいいか。


「わかった。責任は五分五分でも構わない」


「……四分六分にできませんかね?」


「いいよ。俺が四分でベルディーが六分」


「五分五分ですね。了解です。ちなみにわたしたち、これからは共犯者ですよ。共犯者ですからね? 間違っても、わたしが起案したとか、わたしが勧めたとか、わたしが独断で動いていたとか言ってはいけませんよ? 共犯者は助け合うものです」


 ベルディーは念入りに共犯者と連呼している。

 捕まったらどんな酷い目にあってしまうのか少し興味が湧くな。

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