世界の真実
〈――そうね。なら私から話しましょう。彼女の身に隠された大いなる秘密について〉
ルーフとエンジュを交互に見てから、ミリエライトは虚空を見あげる。そして、ゆっくりと口を開き、ナナシという少女が知らぬ間に背負っていた因縁について話しだす。
禁忌の魔女――魔女によって、この世が大いなる混沌に包まれるという逸話。だがそれらは、教会が英雄ゾルディスに関わる歴史の改変を隠匿するために作りだした虚構に過ぎない。ナナシがいたことで星の脱皮が起きるわけではないし、彼女が教会の秘密を知っているわけでもなかった。
だがそれにもかかわらず、事実としてナナシは教会に追われて、その凶刃にかかった。何故、彼女が追われる必要があったのか。
英雄であるにもかかわらず、結果的に人々から邪王と蔑まれたゾルディス。ナナシは彼の遠い子孫だった。全てはそこに起因していた。つながりが彼女の人生を狂わせた。
教会は、ゾルディスの血を恐れ、根絶やしにしようと各地に手を伸ばしていた。
だが、ゾルディスの仲間だったレシムの一族が代々、ゾルディスの子孫を教会から守り続けた。彼らの巧みな手腕で追手をかいくぐり、ナナシに至るまで、ゾルディスの血と正義の意志は脈々と受け継がれていたのだ。月明かりに照らされた時、彼女の瞳に浮かび上がる剣の紋様は、彼女が紛れもない、エルデ王家の血を引いていることを証明していた。
ナナシの両親は彼女が生まれてすぐに殺されてしまった。親からもらった名前を知ることなく、幼き少女は頼る相手もなしに世の中に放り出された。
孤児であるナナシを拾ってくれたのはジャン・ローレンツだった。彼はナナシの出自を知っていて、盗賊団の仲間とすることで教会から彼女を隠したのだ。その日から、ナナシは盗賊としてジャンと一緒に旅をすることになった。それなりに楽しい日々がナナシを待っていた。そこには気の合う仲間たちがいて、ナナシも少しは笑うことが出来た。
だが、それでも教会が追跡を緩めた訳ではない。普通の女の子のような暮らしは出来なかった。そのことにナナシは時折胸を痛め、普通の生活というものにずっと憧れていた。彼女の願いは、図らずしも、彼女の遠い先祖、ゾルディスと同じ悩みだった。ゾルディスもまた、人々の先陣に立ってもてはやされるような生活が嫌だった。家族と共に田舎の農村で暮らす生活を望んでいたのだ。
時が経ち、ナナシはルーフと出会う。そしてエンジュを加えた三人で、チコリ村で暮らし始める。そのことが彼女にとって望外の喜びであったことは言うまでもない。
ミリエライトによって明かされた、親友ナナシの秘密。長い時を経てルーフとエンジュは遂にそれを知ることとなった。
「つまり……ナナシは英雄の子孫だから、教会に追われていたってことか」
〈そう。彼女は英雄の子孫であるがゆえに、その存在を疎む者から追われていたのです。彼女自身には何も関係が無いのに。この世の中には理不尽なことというのが往々にしてありふれています。ナナシはその犠牲者だったのです〉
ルーフは何も言葉を発せないでいた。そして、それはエンジュも同様であった。
ルーフの肩にとまっていたシルフィーが話しかけても、ルーフは虚ろな瞳で何もつぶやかない。虚ろな瞳でどことも知れない場所を見つめている。
ミリエライトが言う。
「……真実を受け止めるのはいつの世も辛いこと。それは世の常であり、一つの真理とも呼べるのかもしれないわ。さあ、聞かせてちょうだいルーフ。あなたがこれからどうするつもりなのか」
ルーフはゆっくりと顔をあげてミリエライトの方を見た。彼の新緑色の瞳からは強い意志が感じ取れた。エンジュも、そしてシルフィーも、黙ってルーフに注目する。
「……僕は」
ルーフがつぶやいた。
「僕は。星の脱皮を起こす。そうしなければならない。ナナシの事を聞いて、より一層強くそう思った。だから、ミリエライト。そこをどいてくれ。僕はこの先へ、星核へ行く」
ルーフは堂々と言った。彼の気持ちには一点の曇りすら存在しなかった。それほどまでに、強く、純粋に、ルーフは心の内をさらした。
〈そう……決めたのですね〉
「うん」
ミリエライトは目をつぶり、黙って首を縦に振った。
〈なら、私はもう何も言いません。あなたの信じる道を行きなさい。樹洞の先に世界樹の心臓――星核はあります。またあなたに会えることを信じていますよ……〉
ミリエライトが淡い光に包まれていく。不思議と儚さを感じさせる光に全身を包まれた彼女はやがて、二人の前から消えてしまった。まるで、たんぽぽの綿毛が風では運ばれて行くように、穏やかに、さりげなく彼女の姿は見えなくなった。
ルーフはしばらくの間、ミリエライトがつい先程までいた場所をじっと見つめていた。気づけば、ルーフの瞳には涙がうっすら滲んでいた。
横で聞いていたエンジュには、ルーフが本心からそう言っているように聞こえた。彼が星の脱皮を導く。ルーフの気持ちはエンジュにも痛いほどよくわかった。言うなれば、この世界がナナシを殺してしまった。彼女の無念をぶつける相手は……誰でもない、この世界ではないか。
しかし、だからこそ。
だからこそ、エンジュはルーフを止めたい。このまま彼を行かせてはいけないと強く思った。
それは騎士としての心がそうさせるのではない。
ルーフがエンジュにとって、かけがえのない友達だから。ナナシの秘密という、同じ痛みを共有した今、ルーフだけを置き去りにするような真似は出来ない。彼一人だけに重荷を背負わせるわけにはいかない。
無謀な道を突き進む友達を止めてやる。
ただその思いだけを胸に抱き、エンジュは背中に背負った柄からすらりと剣を抜いた。
「ルーフ。ちょっと待てよ」
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