星の脱皮
突如押し寄せた魔物の軍勢によって、王都エルデンテは陥落した。帝国騎士団の働きで、エルデンテ城はかろうじてまだ原形をとどめていたが、城としての機能はもはや無いと言ってよかった。
王都エルデンテ襲撃事件の知らせは瞬く間に世界中を駆け回った。誰もが突然の闇の軍団の襲来に怯え、恐怖した。
それと同時に事件の首謀者も、世界中で広く認知されることとなる。
首謀者の名はルーフ・ノート。
エンジュは城の一室でルーフの手配書をぐしゃぐしゃに丸めてくずかごに叩きこむ。世間ではルーフはすでに史上最悪の大罪人、世界の敵とまで称されていた。
「どうして……どうして……こうなっちまったんだ!」
と、扉をノックする音がして、ユカが入って来る。
「エンジュ、軍議の時間です。行きますよ」
しかし、ユカが呼びかけても、エンジュはくずかごを見つめ、幽鬼のような顔で項垂れたまま応答しない。
ユカはエンジュの背中に手を置いて言った。
「あの子……ルーフは今でもあなたの友なのですか?」
すると、まるでどこか遠い場所へ思いを馳せるように、エンジュは虚空を見上げてつぶやいた。
「ずっと前……まだナナシも生きていた頃に俺達は永遠の友情を誓い合った。その時の事は今でも鮮明に思い出せる。どんなになったって……あいつは……ルーフは俺の友達だ。これまでも、そしてこれからも……ずっと、変わらない友達なんだ」
「そうですか……。それを聞いて少し安心しました」
「え……」
エンジュが顔をあげると、そこには優しく微笑むユカの顔があった。
「騎士は決して友を見捨てません。エンジュ。あなたがルーフの真の友ならば、何をすべきか分かっていますね?」
ルーフの友として、エンジュは何をすべきか。答えなんか初めから決まっていた。
友達が間違っている道を歩もうとしているのなら、ぶん殴ってでも止めてやる。正しい道に引き戻してやる。それがエンジュにとっての騎士道だった。
「……どうしてルーフは世界樹へ行こうとしてるんだろう……?」
「……おそらく、星の脱皮を起こすためでしょう」
「星の……脱皮……?」
「蛇が脱皮して大きくなるように、私達が生きているこの星もまた脱皮をするのです。脱皮の際、今ある世界は消えてなくなり、また新しい世界が誕生すると言われています。聖典によれば、古の時代に星の脱皮の予兆があったそうです。結局、完全な脱皮までは至りませんでしたが、それでも、あらゆる災害が全世界的に起こったそうです。聖典には、星の脱皮は世界樹と大きく関係しているとの記述があります」
「世界樹はこの世界を創りだしたいわばはじまりの存在だろ。どうして、世界樹が星の脱皮と関係があるんだ?」
「創造と破壊とは表裏一体なのです。実際に見た人間はいませんが、一説によれば、世界樹の根はどこまでも深く伸びており、星核にまで達していると言われています」
聞き慣れない用語の数々にエンジュは首をひねる。
「星核とは、この世界のコア。心臓のようなもの、とでも言いましょうか。星核はこの世界のすべての秩序を担っていると言われています。この世界が誕生してから今日に至るまでのすべてが記録されているらしいです。私にも詳しいことは分かりませんが……」
「ルーフは、星の脱皮を起こすために星核を壊そうとしているのか……」
「おそらく。星核が壊れようものなら、星の脱皮が巻き起こり世界は終末の刻を迎えるでしょう」
ユカの言葉を聞いてしばし黙考した後、エンジュは顔をあげてつぶやいた。
「なら……俺も世界樹へ行く。世界樹へ行けばナナシがどうして殺されたのか、その真実を知ることが出来るかもしれない。それに……俺はルーフを止めなきゃいけないから」
エンジュの言葉を聞いて、ユカが口に手を当てて軽く笑った。
「ふふっ。帝国騎士団は世界樹のある地、レジェンディアへ赴く。最初からそのつもりでしたよ、私は。団長として、あなた一人だけを行かせるわけにはいきませんからね」
「でも……王都もこんな状態だ。しかも、レジェンディアへ行くには、あの、霜の山脈を越えないといけないといけないんだぞ?」
「承知してます。でも、私たちならできる。私たちに不可能なことは無いんです。だって、私たちは世界最強の帝国騎士団。悪魔に愛された七人ですからね」
その言葉を聞いて、エンジュは不思議と胸が楽になっていくのを感じた。
ユカはマントを翻し、エンジュにつぶやく。
「行きますよ、エンジュ。軍議の時間です」
「おう!」
エンジュは歩き出した。ナナシのことを知るため、ルーフの暴走を止めるために。
目指すは遥かなる霊峰、霜の山脈。そしてその先に続く幻の大地レジェンディア。
エンジュはふと窓の外を見やる。
外には半月がのぼっていた。
欠けた月は、長い時間をかけ、再びまんまるの綺麗な満月になる。
――俺はルーフをとめる。ルーフの友達だから。
エンジュの瞳は決意の色に燃えていた。
◆ ◆ ◆
『ねぇルーフ……』
シルフィーが難しい顔をしているルーフを見てつぶやいた。
『あのエンジュっていう子……あなたの友達なんでしょ?』
「……ああ」
『このままでいいの? ルーフがこれからしようとしていることは、いずれエンジュとも衝突することになっちゃうよ?』
「それでも」
ルーフは言った。
「たとえエンジュとぶつかったって、僕は前に進まなきゃいけない。これは僕にしかできないことなんだ」
シルフィーはそれ以上何も言わなかった。ルーフの横顔が、彼の心を代弁していた。
――帝国歴816年 ヘスの月 16日。この日を境に世界は崩壊へと向かい始めた。
自らが先陣者となり、この世界を滅ぼすために動き出したルーフ。
そして、星の脱皮を阻止するためにルーフを追うエンジュ。
二人が起こした運命の風は、やがて竜巻となって何もかもを巻き込んでいく。
――歯車は加速していく。もう誰にも止められない。
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