友情の誓い

「だああああもう、夜が明けそうじゃねえかよ! ルーフ、てめえのせいだぞ!」


「まぁ、そう言わないでエンジュ。過ぎたことを悔やんでも仕方ないのさ」


「てめえ!」


「ほらほら二人とも喧嘩はその辺にして! ほら、頂上が見えてきたよ」


 ルーフ、エンジュ、ナナシの三人はシルベ山の頂上にたどり着く。途中ルーフが転んだり、ルーフが一人で迷子になったり、といったトラブルにも見舞われたがどうにかここまでやって来た。

 空はすでに夜明けを迎えようというところで、見事な暁色に染まっている。山の上は空気が澄み渡っていて、ずっと遠くの方まで見渡すことが出来た。

 小高い木が一本生えていて、ほとほと疲れてしまった三人はもたれるように木の下で腰をおろした。


「……見ろよ」


 ふと、エンジュが遠くの一点を指さした。ルーフとナナシは立ち上がって、彼が指した方向に目を凝らす。


「チコリ村だ!」


 山の上から眺める村は、いつもと違って見えた。遠くに見えるチコリ村を指さし、ルーフとエンジュがわいのわいのとはしゃいでいると、ナナシがチコリ村の奥にそびえ立つ高い山を見てつぶやいた。


「ねえルーフ、あれ……」


 ナナシに言われた方をルーフは見つめた。

 見上げる程に雄々しい山脈が広がっている。シルベ山なんかとっても目じゃないくらい、聳え立つような山脈だ。


「てっぺんが雲に隠れてる……」


「噂には聞いてたけど、こんなに高い山だったんだなぁ……。シルベ山の頂上から見てもてっぺんが見えないとか……高すぎだろ。あれが霜の山脈か」


 三人は眼前にそびえ立つ山――霜の山脈を目にして呆気にとられていた。


 霜の山脈――世界の天井とも言われており、この世界の中心をぐるりと囲む輪のように連なっている山脈である。


 三人は霜の山脈を目にして、ロマンあふれる話に花を咲かせていた。いつもはこういう話が好きではないナナシも、今はとっても陽気に話している。というのも、話を切り出したのは他でもないナナシなのだ。


「ねえねえ、知ってる? 世界樹のヒ・ミ・ツ」


「「お~!」」


 胸をわくわくさせるような話に、少年二人は思い切り食いついた。

 ナナシは厳かな口調でいかにもそれっぽく語り始めた。


「伝説の土地レジェンディア。周囲は霜の山脈に囲まれており、常人には突破することの敵わないこの地に、はじまりの大樹――世界樹グランミリエルは存在すると伝えられている」


「俺もそれくらいは知ってるぞ。バカにすんなよな!」


「ナナシ……なんだかかっこいい~」


「お、おほん。世界樹は私たちが生きているこの世界を創造したと伝えられている伝説の大樹。この世界は、神の落としたたった一つの種から始まったと言われており、それ故、世界樹は神の住まう樹とも伝えられている。大地は世界樹の恩恵を賜り、空も海もその例に洩れない……」


「ほぇ~。世界樹って木登りできる?」


「教会で配られる聖書の内容まんまじゃねぇか」


「エンジュは黙っててよ! ちなみに木登りは無理よ、絶対。話を戻すわよ。……幹は天界にまで到達すると言われており、優に雲を突き抜けてしまう高さである。世界樹の根はこの星の核に繋がっていると人々の間でまことしやかに囁かれている。だが、霜の山脈の先にある、世界樹が存在する地レジェンディアに踏み入った人間はまだ、誰もいない……」


「ふうん……なんだか難しそうな話だねぇ。山なんだから、がんばって登ればいいのに~」


「誰も言ったことがない場所だから、伝説の地って呼ばれてるんだろ? でも、まあ見てみたいよな、世界樹。一度でいいからさ、この目で拝んでみたいもんだぜ」

「こ、こほん。私の話まだ終わってないんだけど」


「おお、悪かった。続けてくれ」


「では……。なぜレジェンディアに到達した人間がいないのか? かの高名な冒険者シャイニー・ローレンツの書いた冒険譚によると、レジェンディアは強力な魔導人形、ゴーレムによって守護されており、ゴーレムが発する念波によって何人の侵入も許さないのだという。もっとも……世界樹に近づこうなどという愚か者などいるはずもないが……」


「まあ、俺がその愚か者かもしれないけどな」


「言えてる!」


「うるせえルーフ!」


「ちなみに、シャイニー・ローレンツってどんな人?」


 すると、エンジュが目をキラキラさせて話し始めた。

「知らないのかよ。伝説の冒険家じゃねぇか! 今まで誰も超えられなかった霜の山脈を踏破した唯一の人間なんだぜ! それから幾人もの冒険家が霜の山脈に挑んだが……皆、踏破できず命を落とした。そういう意味でも偉大な冒険家だよ、シャイニーは」


「へえ……凄いんだねシャイニーって」


「あら、エンジュ……やけに詳しいわね?」


「そう言うお前こそ。はじめの方は俺も知ってるような話だったが……ゴーレムの話とか、お前、何処でそんな情報を知ったんだ?」


「まあ、私も仮にも元・盗賊だし。伝説とか冒険の話についてはいろいろ知ってるってわけよ」


「でも、ナナシは冒険の話とか嫌いだったんじゃないの? なんていうか、その……『あるわけないじゃないそんなの!』って感じでさ」


「確かにね。けど、世界樹の話は別よ」


「何で?」


「世界樹はね……私の憧れなの……」


 うっとりしながら明後日の方向を見つめるナナシを見て、エンジュはため息交じりに言った。


「ま、確かに、あそこには神の遺産とか、財宝の話がゴロゴロ転がってるらしいからな。わからないでもないよ」


 エンジュの意見はナナシの考えとはまるっきり的外れだったらしく、ナナシはエンジュの頭を軽く引っぱたいた。


「痛っ! あにすんだよ、もう!」


「勘違いしないで! 私はそんな、財宝とかの話はどうでもいいの」


「じゃあ……」


 ナナシは頭上を見上げて、にんまり微笑みつぶやく。


「私ね……小さい頃に一度だけ、世界樹を見たことがあるの」


 エンジュがナナシを指さしながら、小馬鹿にするような態度を取る。


「嘘だ~! だって、越えられない山脈が周りを囲んでいるんだぜ? 見えるわけないじゃん!」


「私も不思議だけど、その時は見えたの。本当に一瞬だったわ。もしかしたら夢なのかもしれないけど……。綺麗だった。息を呑むような美しさっていうのは、こういうのを言うんだなって思った。だからかな……私は行けるものなら行ってみたいのよ世界樹へ」


 その時、山脈の向こうの空が眩しくなった。朝が来る。太陽が昇り始めたのだ。


「夜、明けちゃったわね……」


「親父に怒られちまうなあ……こりゃ」


 朝日を見て暢気に話すナナシとエンジュ。


 それに対して、ルーフはぶるぶると全身を震わせて立ち尽くしていた。ルーフは震える指で遠くの方を指した。それにつられてエンジュとナナシも霜の山脈の崖を見た。


「あ、あれ……」



 ルーフは見た。雲間が一瞬だけ途切れて、山脈の崖の、針を通すような穴の先に、世界樹グランミリエルが雄々しく立っているのを。それはナナシが言った通り、息を呑むほどの美しさだった。



 それは本当に一瞬の出来事で、すぐに雲が流れてきて世界樹は見えなくなってしまった。

 だが、ほんの一瞬見ただけで世界樹の美しく堂々とした姿はルーフの脳裏に焼き付いた。


「なぁ……お前見たかナナシ……」


「嘘……信じられない……」


「でも、ぼくたちが見たあれは……」




「「「世界樹だ!!」」」




 世界樹を目にしたことに三人は歓喜の表情で小躍りする。


「マジかよ! 俺見ちゃったよ、世界樹!」


「すっごく綺麗だった……。ナナシの言う通りだったよ」


「まさか、また見れる日が来るなんてね……」


 エンジュはルーフとナナシの方に向き直ると、なにやら真剣な顔をしてつぶやいた。


「ナナシ……お前さっき言ってたよな。世界樹に行ってみたいって」


「そりゃあ言ったけど……」


「行こうぜ。俺たち三人で世界樹へ行くんだ!」


「え~! 何言ってるの、バカ! そんなの無理に決まってるでしょ! ルーフも何とか言ってやってよ!」


 しかし、ルーフも真剣なまなざしでナナシを見つめながら言う。

「そうと決めつけるのは早いよナナシ」


「もう、ルーフまでそんなこと言って!」


「とはいえ、今の俺たちには無理だ。大人になったらいつか、俺は、お前らと世界樹へ行ってみたい。今日、あの美しい姿を見てそう思った。お前はどうだ、ルーフ?」


「ぼくも。あの樹をもっと近くで見てみたい。だから行こうよ、ナナシ」


 すると、ナナシは顔をあげてにっこり微笑む。


「ふふ。あなた達は言っても聞かないもんね。わかった。私も行ってみたいとは思ってたし。いつか、行こうよ三人で。あの遥かなる世界樹目指して、冒険の旅に」


「おお~! ロマンあふれる響きだぜ! たまんねぇ~!」


 エンジュは興奮しすぎたせいか、一人でジャンプし始めた。

 彼の様子にルーフもナナシも腹を抱えて笑う。


 ――友達っていいな、とナナシはこの時、強く思った。そして同時に、彼らとずっと一緒にいたい。いつまでも変わらずに笑いあっていたいと思った。


 やがて、平静を取り戻したエンジュは息を整えてから、おもむろにポケットの中にある小刀を手に取った。そして、三人のすぐそばにある一本だけ小高い木の幹に自分の名前を刻みこむ。しかと名を刻むと、エンジュは手に持っていた小刀をルーフに渡した。


「エンジュ、これは……?」


「いいからその木に自分の名前を刻むんだ。ルーフの次はナナシだかんな」


 エンジュの顔つきがえらく真剣だったので、ルーフもナナシも言われるままに自分の名を木に刻みこんだ。


「はい。刻んだわよ。エンジュ、急にどうしたのよ?」




「友情の誓い」




 意気揚々と言ったエンジュだが、ナナシにはさっぱりだ。ルーフも同様らしい。


「だから、友情の誓いだよ! チコリ村の伝説なんだ。シルベ山の頂上にある一本の小高い木。この木の幹に名前を刻む。それはずっと失われることのない思い出となって、名前を刻んだ者たちを不思議な鎖でつなぐんだ。それが友情の誓い」


「ふうん……」


 話を聞いたナナシに、エンジュは熱っぽくつぶやく。


「だから……俺たちはこれから何があっても友達だ」


「そんなの言われなくてもわかってる。ぼく達はずっと友達だもん。ね、ナナシ?」


「二人とも柄にもなくロマンチックなこと言っちゃって……」


「あ、この女、馬鹿にしやがったな!」


「あはは……。でも……うん、わかった。私も誓う。私たちはずっと友達! でも、後悔しても知らないわよ?」


「後悔なんてしないよ」


「ルーフの言う通りだぜナナシ。俺たちは三人で一つなんだ!」


 自信満々に言いきったルーフとエンジュが嬉しかった。ナナシは二人に聞こえないように、心の中でそっと「ありがとう」とつぶやいた。


「じゃあ帰ろうぜ、チコリ村にさ!」


「帰ったらぐっすり眠りたいな~」


 意気揚々と走り出したエンジュにルーフも続く。

 ナナシはやれやれとため息をつきながら、木の幹を見つめた。

 幹にはしっかりと文字が刻んであった。




 ルーフ・ノート。



 エンジュ・ダグ。



 ナナシ。




 並んだ三つの名前を見て、ナナシは自然と笑みが溢れる。いつも一人ぼっちだった自分。

 気づけばナナシの隣には共に笑いあってくれる友人が出来ていた。

 ナナシは二人の友を追いかけて走り出す。


「二人とも、危ないよ~! 転んでも知らないからね!」


 気持ちの良い薫風が木々の葉っぱをさわさわと揺らして三人の間を駆け抜ける。

 きっと三人はこの日のことを忘れないだろう。

これからどんなことがあっても、三人の友情はずっと変わらない。

 そんなことを思って、ナナシは小さく笑った。









 ――木陰から笑い合う三人をじっと見つめる者が一人。


『見つけた。こんなところにいたんだ。ようやく見つけた、世界の希望……』


 彼女は思わしげな笑みを浮かべ、煙のように姿をくらました。




   ◆ ◆ ◆




 砦に誂えられた講堂の一室で、ジャンは男と対峙していた。体は縄で縛られており、身動きがとれない。


「クッ……ここまでか……」


 ちらと後を見やる。物言わぬ骸となった仲間たちが、無残に転がっている。目の前の男がたった一人で、仲間たちを死に追いやった。ジャンは唇をぎゅっと結び、男を睨む。


 男は睨めつけるような視線をジャンに向けながらつぶやく。

「フン……調べはついている。お前らが我々の周りをこそこそ嗅ぎまわっていたことは、とうの昔に気づいていたよ」


「……教団も甘くはねえってことだな。覚えておくぜ」


「覚えておく? 何を世迷言を。貴様は今ここで死ぬのだ。だが、私も鬼畜生ではない。少し話す時間をやろう。……スゲース、そいつの縄を解け」


「で、ですがフォズ様、縄をほどいてしまえば……」


「黙れ。縛を解いたところで、所詮こいつは小兵に過ぎぬ。何が出来るわけでもない」


 フォズの言葉を聞いて、スゲースがジャンの縛を解いた。


 瞬間、ジャンが腕に仕込んでいたナイフをフォズに投げつける!

 だが、フォズは眉一つ動かさずに飛来するナイフをかわし、ジャンの腹を思い切り蹴りつけた。


「ぐああッ!」


 ジャンは痛みに悶え、地に伏せる。フォズは汚物を見るような目でジャンを見下す。



「――冒険家シャイニー・ローレンツ」



 フォズがその言葉を発した途端、ジャンの体が一瞬びくりと震えた。


「貴様……」


「バレていないとでも思っていたのか? ふん、浅はかだな。高名な世界的冒険家シャイニー。またの名は盗賊団ヴァラスト団長、ジャン。とっくに調べは付いている」


 フォズは眼下のジャンに吐き捨てるように言った。


「冒険家として高い地位を得たはずのお前は、なぜ我らに刃向かうのだ? 一体、貴様は何を知った!?」


 ふっ……と自嘲じみた笑みをこぼし、ジャン/シャイニーはつぶやく。


「……世界の真実さ。この世界は大いなる嘘の上にできた虚像に過ぎない」


「…………」


 沈黙するフォズに、ジャンは声を荒らげて問いかける。

「答えろ! お前ら教会は何なんだ? 『魔女狩り』と称した大量殺戮行為に一体何の意味がある?」


「黙っていれば調子に乗りおって……図に乗るなよ」


 フォズはふところから抜いた銃で、シャイニーの足を撃ちぬく。銃声がこだまして、鮮血があたりに飛散する。


「グッ、ぐあああっ!」


「……お前は知りすぎた。知らないほうが良いこともある」


 新たに弾を装填し、フォズはシャイニーに歩み寄る。ゆっくりと撃鉄を起こし、銃口をシャイニーの蟀谷に当てる。


「……最後に何か言い残すことはあるか?」


 シャイニーが痛みに耐えながら顔を上げてつぶやく。

「……あいつには手を出すな」


「無理な相談だ」


 フォズは冷淡にそう言うと、一片のためらいもなく銃の引き金を引いた。その瞬間、乾いた音がして赤い液体がパッと散る。薬莢の匂いが周囲に広まって、ごとり……という鈍い音が部屋に響いた。

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