罪を犯した少年
お題「塩・ガチャ・四面楚歌」
駄菓子屋の前に置かれたベンチででスマホの画面を見てしょっぱい顔をしている少年がいた。少年の前にはガチャガチャ、もしくはガチャポンと呼ばれたりする筐体が、塩顔の少年を嘲笑うかのように鎮座していた。
溶ける――という言葉が実に相応しいであろう。少年のなけなしのお小遣いは、そのほとんど全てがgoogleプレイカードに飲み込まれて消えた。大いなる代償を払って手に入れたのは、SNSの評判では最底辺の能力しか持たないキャラクターだった。これなら初めから十連ガチャを引いて好きなキャラを手に入れれば良かった。つくづく自分の計画性が嫌になって、少年は大きく溜め息をつく。
ふと、傍らのガチャマシンが目に入る。一回二百円で回すことが出来て、なんだかよくわからないキーホルダーのようなグッズが出てくるマシンらしい。ガチャマシンを見ていると、不意にマシンが語りかけてくるように思えた。
「あーあ、バカだよなぁお前。その金、俺につぎ込んでれば、少なくとも現実にキーホルダーが十五個は手に入ったのにさ。全八種コンプリートも狙えたのに、お前ってヤツはつくづくバカなヤツだぜ」
実際にガチャマシンが何を言うでもない。
だけど筐体を見ていると無性に腹が立ってきて、足下の小石を強めに蹴り飛ばす。
少年が蹴り飛ばした小石はガチャガチャにコツンと音を立ててぶつかり、そのままどこかへ飛んでいった。
ポケットに入れた使用済みの三枚のGoogleプレイカードを手に取る。カードのマークが目に入った瞬間、レジで自分が会計をした瞬間を思い起こし、少年は恐怖に震えた。
――三千円だった。
それは中学生にしては中々に大きな金額であるが、少年の場合ことさらに事態は深刻だった。
その金は姉のお金だった。
――はじめは軽い気持ちだった。
親戚の家に寄った帰りがけ、気の良い叔母が姉弟二人で分けて遣いなさいと三千円をくれたのだ。二人で割って千五百円。千五百円分だけ使うつもりだったのだ。
少年が熱中しているスマホRPGで、明後日大きなプレイヤーズイベントがあり、ランキング戦で勝ち上がるためには、ガチャで引けるような強いキャラクターがどうしても必要だった。それは高みを目指す者にとって必要なことだった。
三千円の入った財布を握りしめ、少年は帰宅途中にあるコンビニに入る。
ガチャは一回三百円で回すことが出来る。
千五百円あるのだから、五回はチャンスがあるわけだ。五回もあればこれまでの貯金(ゲーム内でガチャを引いた回数)を加味しても最高ランクのキャラクターが出る可能性は十分にありうる。少年の計算では少なく見積もっても、四割ほどの確率はあろうかと思われた。
期待を込めて一回目……出ない。二回目……はずれ。三回目……四回目……。
あっという間に五回目になって、大して強くもないキャラクターしか引けていない。
この時点で少年は手持ちの千五百円を使い果たしている。
――千五百円である。ファミレスに行けばちょっと豪華な食事が食べられる値段だ。その金をドブに捨てておいて、このまま引き下がるのか? 少年にはできなかった。
とうとう、手を付けてはいけない金に手を使ってしまった。その金は叔母からもらった、姉に渡すはずの千五百円だ。だが、今この瞬間は自分の手の内にある。あとで返せば良いじゃないか。何を気にすることがある?
そんな悪魔の囁きにも似た訳のわからない考えが少年の脳を支配する。
そして少年はまた、googleプレイカードをレジへと持っていった。
残りの千五百円を持ってしても、強キャラクターを引くことは出来なかった。
姉に返す千五百円のあてはない。
何しろ少年の財布には七円しか残っていないのだから。なんのあてもなく、こうして駄菓子屋の店先のベンチに座って三十分が経とうとしているが、光明は一向に見えない。
姉は怒るだろう。それはおそらく間違いない。怒りのままに暴れ狂う姉の姿を想像して、少年の背筋がぶるりと震えた。
それだけではない。姉の金を黙って使ったことが知られれば、父や母も少年を問い詰めるだろう。家族の怒りは烈火のごとく膨れ上がり、豪華となって少年を包み込み、灰燼に帰すであろう。それだけのことを少年はしでかしたのだ。
少年を襲う苦難はそれだけではない。
先ほどから背中に射殺すような視線を感じていた。
駄菓子屋のお婆ちゃんである。
店先にずっと座っている少年を明らかに厄介者扱いしており、何も買わないならさっさと出てけとばかりにこちらを凝視している。
少年だってうまい棒の一つ買いたい。
だけど七円じゃ何も買えないのだ。
立ちはだかる壁は余りに困難であり、少年の置かれた状況はまさに四面楚歌であった。
カラスの鳴き声が夕日に照らされた空のどこかから聞こえてくる。
少年はフッと何か諦めたように笑うと、スマートホンをタップしRPGアプリをそっとアンインストールした。
おしまい
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