まさかの抜け穴

 部屋に着いた俺達は、車座になって椅子に座り向かい合っていた。

 こうやって座ると、あまり広いとは言えない俺の部屋が更に狭く感じてしまう。

 まぁ幸い、俺の部屋がこいつらのたまり場となる事は無いだろうから、今よりも広い部屋が必要となる事は無いだろう。

 今回のこれは言うなれば……特例だからな。


「イルマが倒れて、お前等が慌てたのは分からないではない。彼女を助ける為に『シュロス城』から連れ出した際に、その門前でゾンビ共に見つかり、モタモタしている間に合流リンクされて動くに動けなくなった状況も理解出来る」


 開口一番、俺の辛辣しんらつと言って良い物言いに、クリークとソルシエはしゅんとした中にもバツが悪そうな表情を浮かばせていた。

 でも、俺がこんな言い方になるのも仕方がないと言うものだ。

 なんせイルマは、冗談でも何でもなく……死にかけたんだ。

 吸血鬼化すれば、肉体は動いていたかもしれない。

 でもそれは怪物として新たな生を受けたイルマであって、人としての彼女は死んだに等しいんだからな。

 そしてそれをクリーク達も痛感しているんだろうな、

 減らず口が信条のクリークとソルシエだが、俺に噛みついて来る事無く意気消沈と言った風情だ。


「だが俺が解せないのは、あの場であそこまで手こずったと言う事だ。あの巨蛇キリング・スネークを簡単に倒したお前達なら、あの周辺の魔物なんて物の数じゃあ無かったろう。ましてや生ける屍ゾンビ共の合流なんて、そう簡単に許す事は無かった筈なんだがなぁ」


 ドルフ村周辺で最も“強力”なのは、間違いなくキリングスネークだろう。

 勿論、厄介な敵は他にもいる。

 霧の沼地には巨蛙ジャイアント・トードも生息しているし、集団で襲い来る龍蜻蛉ドラゴン・フライも厄介な相手だ。

 それに村の近くにある墓場には、無数の生ける屍ゾンビが昼夜問わずに徘徊しているからな。

 だがそのどれもが、単体の強さならキリングスネークには及ばない。

 巨蛇の牙を10個も集める事が出来たこいつ等だ。

「普通」で考えたなら、その周辺に生息するどんな怪物が相手だろうと後れを取る事は無い筈だった。

 そしてそれが、多少徒党を組んでいても同じ事だと俺は考えていたんだが。


「そ……それは……」


「それは……イルマが倒れてその……動揺して……」


 そんな俺の疑問に、クリークとソルシエが続いて答えて来たんだが。

 彼等の言にも、一理ある。

 仲間が倒れれば、動揺するなと言う方が無理だろうな。

 ましてやそれがパーティの中軸であり、仲間の生命線であるならば尚更だ。

 ただ……。

 その話しぶりがどうにもアタフタしていて、逆に疑問を抱いてしまう程だった。


「ク……クリークさん、ソルシエさん。ここはその……本当の事を……」


「ちょっ……ダレンッ!?」


「ダレン、余計な事を言うなっ!」


 俺が疑惑に満ちた視線をクリーク達に向けていると、その重圧に耐えきれなかったんだろうダレンが何かを言いかけ、それを慌てて他の2人が止めに入っていた。

 まるで絵にかいた様な暴露大会に、俺は半ば呆れ眼でその様子を見ていた。

 そしてそんな俺の目に気付いたんだろう、騒ぎ出す寸前だった3人は途端に押黙ってしまったんだ。

 最早、俺に何かを秘密としているのは隠しようの無い事実。

 その事を俺は勿論、3人も気付いている様で、彼等は俯いたまま横目で互いを牽制し合っていた。

 ただ、そんな沈黙が何時までも続く訳がなく。


「ゾ……ゾンビはその……嫌いなんだよ」


 そして漸く、クリークがボソリと呟くように答えたんだ。

 それに続いて。


「あ……あんなグチャキモ、あ……相手にする訳ないじゃんっ!」


 ソルシエがクリークに同調する様な声を上げた。

 ただそんな2人の発言を聞くに、な―――んとなくこいつ等の“裏の事情”が見えて来たんだ。

 そしてこの流れから考えれば、次に発言する奴の話で全てが明らかになるだろうな。


「ク……クリークさん……ソルシエさん……。そのぉ……もう本当の事を話した方が……」


「ダ……ダレンッ!」


「だ……だって……。イルマさんがああなったのもその……それが原因かも……」


「うっ……」


 ほらな。

 こいつ等に秘密を守り続けるなんて、出来る訳が無いんだ。

 何よりも、クリーク達はまだまだ子供だからな。

 少し動揺する様な事でも起きれば、すぐにぼろが出てしまうのは仕方の無い事だろう。


 それに何よりも……ダレンの存在だ。

 彼は基本的に、でその言葉に従おうとする。

 クリーク達とは然程年齢も離れていないんだが、それでもダレンにしてみれば年上として抗えない存在なんだろう。

 そんな彼等に口止めされていれば、余程の事がない限りは口外する事は無いだろう。

 でもこの場には、俺と言う存在がいる。

 クリーク達よりも遥かに上だと認めている存在がいる以上、ダレンに何かを隠し通す事なんて出来ないからな。


 ダレンがぼろを出した事を切っ掛けに、彼等の“隠し事”もそれを維持し続ける事が出来なくなった。

 少なくとも、クリークはそう感じたんだろうな。


「……じ……実は……俺達その……キリングスネークとしか……戦ってないんだ……」


 クリークはその重い口を開いて、言い難そうにそう呟いた。

 んだが。


「……はぁ?」


 俺には、クリークが何を言っているのか良く分からなかったんだ。

 キリングスネークとしか……戦っていない……だって?


「その……ぼ……僕たちは……達成しようと……他の魔物とはあまり……いえ、殆ど戦わなかったんです……」


 クリークの説明では不足だと感じたんだろう。

 ダレンが、クリークの言葉を引き継いで俺にそう補足説明してくれたんだ。

 ただ俺は、恐らくは真実だろうその話を俄かには信じられなかった。

 ドルフ村周辺には、様々な魔物が生息している。

 このプリメロの町周辺ではお目に掛かれない様な、大小強弱多種多様な怪物が跋扈しているんだ。

 冒険者なら、そんな怪物を相手取って戦う事に心を躍らせるだろう?

 戦って、勝って、そうして自分が強くなったことを実感できるんだからな。

 少しの間唖然としていた俺だが、ダレンの言葉で僅かに引っ掛かる処を覚えたんだ。


「俺の出した……だと?」


 確かに俺は、クリーク達に課題をだした。

 それは、ドルフ村周辺では最も難所と思われる「シュロス城」へと向かう為のものだった訳だが。

 俺は、様々な敵と戦っていく上で、いずれは達成してくれればいいと考えていたし、そうなるだろうと考えていた。

 だが実際は……。


「何でそんな事に……?」


「何でって……『巨蛇の牙』を10個集めたらその……『シュロス城』に行って良いって言ってたじゃん……」


 俺が漏らした疑問に、クリークは唇を尖らせてそう答えたんだ。


「あ……あの周辺には、色んな怪物がいただろう!? 巨大蛙ジャイアント・トードは……?」


「あたし、蛙って嫌いなのよね―――……」


「じゃ……じゃあ、龍蜻蛉ドラゴン・フライ……」


「あいつら、群れで襲って来て面倒じゃん」


「なら……ゾンビも?」


「す……すみません……。攻撃すると汚れるので……どうにも……」


「それに、他の怪物なんて先生が出した課題に関係ないじゃん……だから……」


 俺は3人の返答を聞いて、顔を手で覆って天を仰ぎたい気持ちで一杯になっていたんだ。

 何てこった……。

 こいつ等には、自主的に自分を高めようとか強敵を倒す為の探求心ってのが無いのか……!?

 いや……違うな……。

 クリーク達がキリング・スネークにのみ固執したのは、俺が“課題”と言うを与えてしまったからだ。

 俺としては、ドルフ村周辺で最も強い個体であるキリング・スネークを圧倒するだけの力を付けさせるために出した条件だった。

 でもこいつ等は……クリーク達は、巨蛇さえ倒せば……その証さえ示せば良いと捉えてしまったんだ。

 これは彼等の曲解でもあるが、俺の落ち度でもあるなぁ……。


 確かに、強さだけで考えればクリーク達は俺の想像を上回っているかもしれない。

 その攻撃力、連携力、それらを活かす潜在能力は、彼等個々のレベルを大きく上回っている可能性もある。

 そうでなければ、キリング・スネークをそう短期間で相当数倒すなんて不可能だからなぁ。

 考えてみれば、こいつ等のキリング・スネークとの戦いぶりは何と言うか……洗練されていた。

 無駄がなく、効率的で、対キリング・スネークには最も効果的な戦法だっただろう。

 クリーク達は、巨蛇に対しては、殆ど完璧な攻撃を行う事が出来る

 ただし、多くの経験を積まなければ当然ながら応用力は蓄積されないよな。

 そしてクリーク達には、その柔軟な応用力が圧倒的に足りないんだろう。

 だからこそ、生ける屍の集団に立ち往生したと思われるんだ。


「はぁ……。それじゃあ、その時の状況を詳しく話してみろ」


 その事に気付いた俺は、流石に口から零れる溜息を止められなかった。 

 微かに感じる頭痛を抑え込みながら、俺はクリーク達にその時の説明をさせたんだった。

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