更に、驚倒なる実正

 今までの話だって、俺の度肝を抜くのに何の不足も無い。

 俺はリリアの話に……そして聖霊たちの遠望に、もはや異論反論を唱える思考も気力さえ奪われていたんだからな。

 しかし、リリアの話にはまだ先があると言うのだ!


「ま……まだ何か……あるって言うのか……!?」


 ハッキリ言って、今の俺には何をどう考えればいいのか見当も付かない。


 ―――俺とリリアが結ばれる事が最善だと言う事も。


 ―――そんな俺を……いや、人界の勇者を、彼女は長い年月待ち続けていたと言う事も。


 ―――そしてそれは、決して彼女の思い付きや願望ではなく、明確な事実を以て確信していたと言う事も。


 ―――それを聖霊が、2つの世界を結び付ける手段として画策していたと言う事も。


 何処をとってもツッコミだらけであり、それでいて確固たる反論を許さないほどに仕組まれているんだからな。

 この上、更に何か新しい事実を告げられても、俺としてはもう対処のしようが無い。

 せめて一旦帰らせてもらって、確りと考える時間が必要だろう。

 本当だったなら、誰かに相談する事が最善なんだが……。


 ……そんな人物なんて……俺には居ないからなぁ……はは……。


「そうだ……。そしてこれこそが、人界の勇者と魔界の勇者が必ず『異性』である理由でも……あるんだ」


 顔を真っ赤にしている魔王リリアだが、もう顔を背けたりはしない。

 確りと力の籠った瞳を湛えて、真っ直ぐに俺の方を見つめて来たんだ。

 そんな顔で見つめられると、俺は蛇に睨まれた蛙……と言う訳じゃあないんだが、身動みじろぎ一つ出来ない状況に追い詰められている事に違いないんだ。


「ど……どんな秘密が……隠されていると言うんだ……!?」


 絞り出すような声を出した俺に、彼女は一つ頷いて口を開いたんだ。


「……『異性』であると言う事……この事が意味するところに、答えはそう多くはない……。魔界最強の力を持つ勇者と、人界最強の力を持つ勇者……その2人が結ばれてう……生まれて来る子供にはその……私達を凌ぐ力が備わっているのだ」


「なっ……そ……それは……っ!?」


 その話を聞いて、俺は今日何度目かの絶句をして固まったんだ。

 色々と想像以上の話を聞かされ続けていたんだが、この言葉は余りにも突飛すぎる!

 正直、思い描けと言う以前に理解しろと言う方が無茶な事だったんだ。

 白んで行く俺の思考に、それでも僅かばかりの疑念が浮かんでいた。

 俺は必死でそれにしがみ付いて、何とか意識を保つ事に成功したんだ。


「それを何で……何でお前は……知っているんだ!?」


 そうだ……。

 リリアは、俺と彼女の間に生まれた子供には俺達の力を凌ぐ能力が備わっていると……知っていた!

 それはそう考えついたという訳でも、空想出来ると言った意味合いでもない。

 何かしらの確信を得て、そう言い切っていたんだからな。

 ただ、それは少し考えれば分かる事であり。


「私が魔王に就任して数十年経って……聖霊ヴィス様にその事を……聞いたのだ」


 つまりはそう言う事だ。

 ある程度の検証が可能な「人界の勇者と魔界の勇者が、必ず異性となる」と言う事なら、過去の書物に記されているだろう。

 少なくとも今より数百年の間は、魔族は人界に陣取っていたんだからな。

 人界の情報も、そこで生まれた勇者の記録も調べようと思えば不可能じゃあない。

 しかし、人界の勇者と魔界の勇者が結ばれるケースなんて無かったんだ。

 まぁそれ以前に、人族の勇者が魔界へと来る事さえなかった訳だが。


 兎も角、を示す情報が一切ない以上、もしもそれをリリアが考えついたとしても、それは全て空想妄想想像の域を出ない話だった筈だ。

 だが、それを事実として立証する術は……に聞くのが間違いないからな。


「私達の力を凌ぐこ……子供が生まれたならば……き……きっと第3の世界から来る脅威にも抗える……。それは間違いない事だろうが……ただ……もう、その時間も無いかも知れないのだけれど……」


 そこまで言ってリリアは、大きく息をついたんだ。

 それは、全てを言い切った事で脱力している様にも見えて、全身が弛緩している様にも見えた。

 それだけこの話題は、彼女にとって決心が必要だったんだろうなぁ……。

 もっともそれは、俺にとっても衝撃的だったんだが。

 俺はリリアの最後に付け加えた呟きに頷き返して、話を整理する為に腕を組んで考え込んでいた。


 彼女が話の最後に溢した一言……。

 時間がないと言うのは……考えるまでもなく事実だ。

 もしも……もしも俺とリリアがけ……結婚して子供を儲けようとしても、それには多大な時間を要するだろう。

 例え強大な力を持った子供が誕生すると分かっていても、その子が成長して戦えるようになるまでに……長い時間を要する。

 そして今、それ程に長い期間を許容する様な状況では……ない。

 俺とリリアが結ばれる……種族を超えて結婚すると言う案自体は一考出来なくはない。

 まぁ……形的には政略結婚に似た処はあるんだが。

 もっとも、その事に彼女の方は否やは無い様で、後は俺の気持ち一つ……となる訳だが。

 だが、実働面ではどうだろうか……?

 昨日の敵は、今日の友……と、すんなり受け入れられるとは俄かには考えられない。

 それならば多少は時間が掛かっても、今取り組んでいる「人界と魔界の若者を引き合わせる」と言う計画も、精力的に取り組んでいく必要がある。


 そこまで考えたが、やはり最大のネックは……俺とリリアの関係だろうなぁ……。

 それはどうにも……すぐに答えの出る問題じゃあない。

 なんせ俺は……彼女いない歴……39年だ……。

 女性と付き合った事なんてないわけだから、この場合どう対処していいのか……まったく見当も付かん!


「と……兎に角その……時間を……」


 一旦この場を退席しようと俺はリリアにそう提案しかけた時、この場にはそぐわない“音”が響き渡ったんだ。

 まるで鈴のような……それでいてハープの音色の様な……俺には耳慣れたその音は、俺の腰から発せられている。


「ゆ……勇者? それは……一体……?」


 僅かに驚きの表情を浮かべたリリアが、音の発信源を見つめてそう問いかけてきた。

 俺はその音源を腰の道具袋から抜き出して、彼女の目の前に翳してやったんだ。


「ああ、これは『通信石』と言って、この石と対になる石を持ってる者と遠く離れていても会話する事が出来るんだ」


「ほう……」


 俺はその石に魔力を注ぎ込んで、平滑な部分から発信者の画像を浮かび上がらせてみせたんだ。

 その様をリリアは、とても興味深そうに見つめていた。


『あっ……出たっ! 先生っ!』


 予想に反して映し出されたのは、いつものイルマじゃあなくソルシエだった。

 その事にも驚いたが、珍しい彼女の慌てぶりには更に緊張感を抱かされたんだ。


「……どうしたんだ、ソルシエ?」


 だからこそ、俺は殊更に落ち着いた口調でそう問いかけたんだ。

 慌てている者に性急な物言いは、更に相手を混乱させるだけだからな。


『そ……その……イルマが……怪物が……助けてよ、先生っ!』


 ふむ……全く要領を得ないが、兎に角戦闘時に何かありイルマが危険な状態だと言う事は把握出来た。

 そして今は、これだけで十分だった。

 知るべき事は、現地で知ればいいだけだからな。


「分かった、すぐに向かう。それで……場所は何処なんだ?」


『え……と……城っ! 「シュロス城」の城門前っ! でも怪物たちに囲まれていて……っ!』


「すぐ向かう」


 それだけ言うと俺は、彼女との通信を切ったんだ。

 本当だったら通信を保持しておきたい処だが、恐らくはそんな余裕など彼女の……いや、クリーク達にもないだろう。

 何かしら問題があり、怪物が群れを成す中で立ち往生しているなら、魔法使いであるソルシエの力も必要な筈だからな。


「……すまない、リリア。俺はすぐに戻らなければならない」


 俺が彼女にそう告げると、既に席から立ち上がっているリリアは姿勢正しく俺と正対しており、ゆっくりと俺の方へ向かって頷いた。


「話を聞いていれば、火急なのは容易に察する事が出来た。すぐに向かうといい」


「……すまない」


 俺はそれだけを言うと、「魔王城のペンダント」の能力を発動しようとしたのだが。


「あ、勇者よ」


 その直前に、リリアに呼び止められたんだ。

 俺がリリアに視線で言葉の続きを促すと、彼女は頬を赤らめて視線を逸らしながら、照れ臭そうに話を続けた。


「その……『通信石』だろうか……? 良ければ……私にも一つ用立てて欲しいのだが……」


「……分かった。近いうちに用意しておく」


「……ありがとう」


 リリアの何とも言えない控えめな要望に俺は微笑んで了承し、彼女もまた頷いて謝意を示したんだ。


 そして俺は、今度こそ間違いなく「魔王城のペンダント」を発動させたんだった。

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