その上、衝撃の真実

 ……。


 …………。


 ………………。


「……勇者……? 勇者!? 私の声が聞こえているだろうか!?」


 ……………………。


「勇者っ! おい、勇者ってばっ!」


 ……はっ!?


 お……俺は……一体……!?


「……気付いた様だな……勇者。しかし……瞼を開いたまま意識を失う者を、私は多分初めて見たと思うぞ」


 俺の瞳に力が戻った事を確認したリリアが、安堵の溜息を洩らしながら苦笑を浮かべてそう零した。

 俺は……気を失っていたのか……?

 先程までの記憶はハッキリしないんだが、もしも目を開けたまま気絶していたのだとすれば……俺だってそんな人物を見た事は無いからな。きっと恐れおののいた事だろう。


「勇者? 私が先程話した内容を、ちゃんと覚えているか?」


 正気に戻った……と言った方が良いんだろうな……俺に、リリアがそう問いかけてきた。


 さっきの……話……なんだっけ……?


 え―――っと……確か……。


 ………………。


「勇者!? また意識が遠くを捉えているぞ!? 大丈夫なのか!?」


 ……はっ!? いかんいかんっ!

 どうにも「先程の話」とやらを思い出そうとすると、何故か思考が停止してしまう。

 だが、俺も男で……勇者だ!

 いつまでも、この話題を先に進められないでどうすると言うんだ!

 だから俺は、強い意識をもって必死に思い出したんだ。


 ―――確かリリアは……。


 ―――人族と魔族を結び付ける方法として……。


 ―――魔界の勇者であり魔王たる彼女と……人界の勇者である俺が……。


 ―――結び付く事が、最善の方法だと……そう言ったんだった!


 やった! 思い出す事が出来た!

 ……。

 …………。

 ……って……ええ―――っ!?

 俺……!? 俺と……リリアが……!?

 話の内容を漸く把握した俺は、驚愕の表情でリリアの方を見たんだ。

 その視線の真意に気付いたんだろう彼女は、またまた頬を赤らめてプイッとそっぽを向いてしまった。

 でもそれは、先程の話の内容からして仕方の無い事だろう。

 俺だって……俺だって、今の状態では彼女の前に平静を保ってい続けるのは難しいからな。


「な……なんで俺……なんだ……? い……いや、そんな事よりも……それでお前は……その事をどう考えているんだ……!?」


 何故……俺……人界の勇者なのか……。

 それは、リリアに言われて分かった気がする。

 確かに、少なくとも人界での勇者の名声は計り知れなかった。

 子供の頃の俺でも、勇者が如何に凄い存在なのか……そして憧れの的だったのかは知っていたからな。

 いつの時代でも、老若男女を問わずに勇者は英雄の一番手だったんだ。

 もっとも。

 長くその「勇者」をやってると、だんだんと自覚が無くなってくるわけだが。

 更には、最近での俺の所在や扱われ方を思い出せば、世界で最も有名な存在だと言う事なんてすっかり忘れてしまってたけどなぁ……。


 それよりも、もっと大事な事がある。

 2つの世界を効果的に結び付ける手段として、人界と魔界それぞれの勇者が結び付くと言う話は分からないではない。

 でも、その勇者だってそれぞれに感情を持つ「人」だ。

 出会った2人……人界の勇者と魔界の勇者が、意気投合して仲良くなる確証なんて……ない。

 ましてや、人界と魔界の出会いは最悪であり、つい先日まで俺と魔王は生死を掛けて戦おうとしていた訳だ。

 少なくとも……俺はそう考えていた。

 そんな2人が出会った処で上手くいく方が奇跡的だろうし、そんな考えに辿り着けるかどうかも怪しいしな。


「わ……私は……その……」


 俺の問い掛けに、リリアは凄い勢いで深く俯いてしまったんだ。

 何だか肩に力が入っている様で、その姿はどこか羞恥に耐えているという雰囲気すらある。


 言うまでもなく、俺とリリアが出会ったのは僅かに1週間ほど前の事だ。

 更に言えば、こうして話した時間なんて数時間程度のものだろう。

 ましてやその出会いは、言うに及ばず戦いの場だったんだ。

 恋人やら結婚やらを論ずる以前に、知り合った長さが圧倒的に短い。

 俺としても、まだまだ彼女には「女性」と言うよりも「魔王」と言うイメージが強いんだ。

 でも、先程からリリアの態度を見ていると、どうにもその様に「他人行儀」な部分が伺えない。

 俺はそれを、彼女が意図的に態度を軟化させてくれているのだろうと考えていたんだが……どうやらそれだけではないようだ。

 そして、その理由がどうにも思い浮かばなかったんだ。


「私はその……そなたが来るのを……待っていたからな……。もう……ずっと……長い間……」


 彼女の絞り出す様な声に、俺は更に疑問を浮かべていた。


「長い……間……? それは、俺が此処へとやって来ると……確信していたと言う事なのか?」


 そう答えて、俺はどうにも腑に落ちない事が多いと考えていた。

 その一番手は言うまでもなく……魔族の妨害だ。

 魔王リリアが俺を待っていたとして、この魔王城に到着するまで……そして着いてからも、魔族による執拗な攻撃……妨害は苛烈を極めていた。

 もしもリリアが俺と会いたいと願っていたとすれば、それは彼女の言と相反する対応だったと言わざるを得ない。


 それに、大体俺がこの魔界にやって来る可能性なんて無かった筈だ。

 地上に君臨していた、魔王を名乗っていたリリアの尖兵を倒した時点で、全ての「異界洞」を封印してしまっていたら、恐らくは俺と彼女は合う事なんて出来なかった筈だった。

 言うなれば俺が此処へとやって来たのは、偶然と言っても過言じゃあなかったんだ。


「そなた個人だけを待っていた訳では無い……。私は、そなたの先代の勇者も……更にその先代の勇者も……待ち続けていたのだ……」


 俺はそれを聞いて、愕然としていた。

 魔王リリアは長い……本当に長い年月、人界で聖霊アレティに勇者として任命された者を待ち続けていたというのだ。

 考えてみれば、俺よりも年下に見える彼女だが、実際は俺よりも遥かに年上なんだよなぁ……。

 それに彼女が待っていたのは……俺個人と言う訳では無い様だ。

 それならば、魔族から受けた手加減の無いも分からないではないな。

 魔王リリアの考えと、他の魔族の持つ考えが違う事無く一致していた……何ていう事は考え難い。

 寧ろこの考えはリリアだけのもので、他の魔族は知らなかった可能性の方が高いからな。


「いずれは……人界の勇者がこの魔界へと赴いて来る……それは間違いのない事実だった……。私は……それをただ只管待ち続けていた」


 顔を上げたリリアは、頬を染めながらそれでも真っ直ぐな瞳で俺を見つめて来た。

 そんな真摯な顔をされては、今度は俺の方が顔を逸らすしかなかった。


「いつかここを訪れる勇者と打ち解け合い……その……いずれは結ばれるならば良いと……そしてそれが双方の世界の為になるならばどれ程良い事かと……考えていたのだ」


 力の籠ったリリアの言葉は、俺をグイグイと追い詰めていた。

 逃げ場のない俺は、ただ彼女の視線から顔を背ける事しか出来なかったんだ。

 くぅ……こんな時、どう返せばいいって言うんだ!?

 今までの俺の人生に、こんな窮地なんて無かったからな!

 どう対応して良いのか、その対処方法の足掛かりさえ掴めずにいたんだ!

 だが……ここは……黙り込んだ方が負けだろう!

 俺はこのまま……負けるわけにはいかない!


「だ……だが、歴代の勇者は必ずしも男性とは限らなかった筈だ。こ……ここにやって来るのだって俺とは限らなかっただろうし……男と言う保証も無かった筈だが……」


 咄嗟にそう口にした台詞だったが、殊の外的を射た話になっていた事に俺は驚いた。

 ただし、その内容に偽りはなく。

 俺が……勇者が男としてここに来た事は、本当に偶然だったに違いないんだが。


「……偶然……ではない……。此処にやって来る事は確かに偶然かも知れぬが、、人界で誕生する勇者は全て……。故に……いずれここにやって来る人界の勇者は男性であり……だからこそ私は、そなた達人界の勇者を待ち焦がれていたのだ……」


 俺の苦し紛れだが間違っていない質問にも、リリアは明確な意志を以て間髪入れずにそう返して来たんだ。

 俺はそれにも、どうにも驚きを隠せなかった。


 何故……そう言い切れるんだ!?


 なんで……リリアが魔王でいる間、誕生する人界の勇者が全て男性だと……言い切れる!?


 そんな疑問が顔に出ていたんだろうな。

 俺の抱いた疑念に応える様に、リリアはその話を続けたんだ。


「別に……この考えは私の妄想でも願望でもない……。これは……過去の記録から導き出された明確な真実なのだ。私の先代は男性だったのだが、その間に生まれた人界の勇者は2人共……女性だった。先代は早逝したので、私が魔王となってから任命された人界の勇者はそれ以降は男性だっただろうが……。その他のどの時代を調べても、こちらの魔王とそちらの勇者が同じ性別であった時代など……ないのだ」


 俺は、今度は本当に声を出す事すら出来なかったんだ。

 それは……何と言う気の長い計略なんだろうか……。

 そしてそれを仕組んだのが誰なのかは、もはや考えるまでもない。

 世界を2つに分かった聖霊たちは、その2つの世界が再び出会った時のことまで考えてその様な仕組みを仕掛けたのだろう。

 先程リリアが言った通り、人界魔界の勇者が手を取り合い結ばれれば、これほど2つの世界を親密とさせる事は無いだろうからな。

 呆れるほどに遠大な計画に、俺の先程までの驚きも上書きされそうになっていたんだが。


「そして……この話には……まださ……先が……あるのだ……」


 そんな俺を尻目に、彼女は恐らく今日一番の高揚した顔を俺に向けてそう告げたんだった。

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