俺は宇多、銘はない

泊瀬光延(はつせ こうえん)

第1話

 俺が生まれてどのくらいの年月が流れただろう。


 と言っても、俺にとっては月日の流れは川の流れを眺めている様なものだ。水の音をただ聞き、日が昇り人々が通り過ぎ、俺を手に取ったり鞘に戻したり・・・とそれが延々と繰り返される。俺はだいたい微睡んで過ごしているのだが、ほんの瞬時に、意識が鮮明になる時間がある。俺を手に取り持ち主が戦いに挑む時だ。十年続いたときもある。数時間の時もある。数えるほどしかないが・・・

 俺の創造者である人間の一生が二十年ぐらいからどんどん伸びるのをおもしろおかしく見ていた。今は・・・誰かが喋っているのを聞くと八十年!?


 俺の体は軟鉄を鋼で包んだ日本刀というものだ。俺の生まれる時は、砂鉄から作ったケラを砕いて鉄の粒から良いものだけを選び、それを熱したり冷やしたりして幾重にも折り曲げて叩き上げて鍛えたそうだ。断定的に言わないのはその時は俺には今の意識が無かったからさ。


 寒い冬の夜だった。部屋の外には雪が降っていて、石庭が真っ白になっていた。俺が意識を持ったのは研ぎ師が部屋の中で俺を研いでじっと俺の体を見ていた時だった。いや、吃驚したね。人の裸の鋼(からだ)をじろじろ見やがって・・・恥ずかしいったらありゃしない。それで「いい出来だ」などと言いやがる。そして白鞘に入れられると真っ暗になった。そこで意識が無くなった。

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