化野。




わたくしは、どなたかに頼まれてどなたかを暗殺する事を生業としている、汚れた一族の一人娘としてこの世に生を受けました。

幼い頃からその小さな頭に叩き込まれたのは、勉学や日常生活のマナー等ではなく、いかに手際良く相手を殺すか。いかに相手を苦しませずに一瞬で殺せるかという殺しの作法と、どんな相手にも渡り合えるようにする武力だけでした。

それ以外は二の次で、私が文字を読み書き出来るようになったのは齢十を超えてからの事なのです。

この意味、お分かりですか?

私の年齢が二桁に入る頃には、二の次に取り掛かれるくらい、殺しの作法は一通り学び、危なげ無く一人でも実践出来るようになっていたという事です。

仕事暗殺が最優先ですが、合間の時間に学校に通えるようになりました。と言っても、私は小学校四年生からいきなり編入するという形だったので、周囲からしたら異質な存在でした。

人を殺した事のある人は、それを隠していても常人とはどこか違うと感じ取られてしまうらしいです。

私は、周りの人間は皆人殺しだったのであまりピンとは来ないのですが、父曰くそういう事のようです。

なので、友達は出来ませんでした。

幼き頃は、通学する同年代の子らを窓から見て、私も皆と同じように、学校に通いたいと願っていた私は、その為に家業を頑張りました。しかし、いざ学校へ通ってみればそこは案外楽しいものではなく、教室内で一人孤立している私は一ヶ月もすれば学校は嫌いになっていました。

それでも通い続けたのは、学期が変われば、学年が変われば友達を作れるかも知れない。私も普通になれるかも知れないと淡い期待を抱いていたからで、その期待も学年が上がる毎に粉々に砕かれていってしまいました。

嗚呼、そうだ。

私は普通の人間にはなれないのだと。

私には、年相応の無邪気さも可愛げもありません。一般的な家庭で育たなかった私は、一般的な家庭で育った子供とは根本からして異なるので、噛み合わないのも当然といえば当然で。中学校に上がる頃には私は、私が普通ではない原因である家業を憎み、しかし家に逆らえず、そんな自分を憎んでと、負のスパイラルに陥ってしまっていました。

そうなれば次第に自棄になり、やがて諦めがつきました。平凡ではない私には、決して平凡な生活は送れないのだと。

そういった事情で、私は高校二年生になるまで友人の類は一人も出来ませんでした。

小学生の頃から誰とも接さず、誰にも近寄られずの日々を過ごした七年間。その日常が八年目を迎えようとした時に、転機が訪れました。




÷




「……おいお嬢様。今は授業中の筈だぞ」


授業に真面目に出る意義というものが私の中であやふやなモノになっていた頃、私は授業を抜け出して屋上へと足を運んでいました。

そんな時に出会ったのが、三朝 虎鉄みささ こてつという不思議な男子生徒でした。

聞くところによると、彼は授業を毎日サボり、こうして屋上で空を見ながらのんびりと過ごしていると言うのです。

なんて、自由な人。

家業に縛られ続けている私はその生き方がとても眩しく、同時に憎たらしく感じていました。

仰向けで寝転がり、目を瞑りながら風を感じる彼の喉元に、気付けば私は針を向けていました。間はニセンチメートル。勿論、私に彼に対する殺意なんてものは欠片もありません。そんなに喧嘩早い性格ではありませんし、そもそも私情の殺人は家訓で禁止されています。

ならば、何故こんな行動を取っているのか。

その問いに私は、ハッキリとこう答えるでしょう。

分かりません、と。

私が黙っている事に気が付いたのでしょうか、彼は目を開いて喉元に突き付けられている針を視認しました。しかし、彼は私の奇行に特に驚いた様子も無く、ただ問うてきました。


「なぁ、それどうするつもりだ」


止めるよう説得している素振りは一切無く、ただの疑問。身動ぎ一つしません。


「殺すつもりと言ったら、どうなさいますか?」

「……好きにしろって言うね」

「それは何故ですか?」

「不良だからだよ」

「はぁ」

「オレは、この学園が肌に合わないんだよ。だもんで、不良なんて言葉で現実から目を背けて、こうやって何の生産性も無い日々を送っている」


つまらなそうに、語る彼。私の腕も、いつの間にか必要以上に力が抜けていました。


「だから、好きにしろって言うね。オレは今、唐突に死んだ所で何も未練が無ぇんだよ。お前がどんな反応を望んでたのかは知らんが、本当に殺すつもりならお好きにどうぞ。抵抗はしねぇからよ」


言い終えてから、欠伸を一つ。それから、私の事をジッと見詰めてくる彼。

針はもう、いつの間にかこの手には握られていませんでした。


「落としたぜ」

「良いのです。ただのジョークでしたから」

「何だそりゃ」


肩を竦めて笑う彼。


「面白かったですか?」

「……お前、友達居ないだろ」

「えぇ。ですが、そんな私にも、たった今友人が出来ました」

「ふざけんな。唐突に針向けてくる友人なんか御免だぞ」


よくて、知り合いだな。彼は意地悪にそう言いました。


「あら、やっぱり怖かったんですか?」

「あっっっっったりめぇだろ馬鹿!何が死んだ所で何の未練も無いだよ!んな訳ねぇだろただの格好付けだよ!クソ!こんな針捨ててやるぜ」


先程までの、ある種達観したような雰囲気はどこへ行ったのか、とても無邪気な表情を見せる彼。

今、現在進行形で心の中で生まれている何か。それは、彼への興味でした。

私が側に来ても表情一つ変えず、私と話しても嫌な顔一つせず、私をただの、コミュニケーションを取るのが下手な、友達がいない人間と見て接する彼に、私は興味を持ってしまったのです。


「私、化野あだしのと言います。これから仲良くさせていただくので、以後、お見知り置きを」

「……三朝 虎鉄」


名乗られた以上、こちらも名乗らねばと思うくらいには、嫌がる彼にも芯があるようで、嫌そうな顔をしながらもぶっきらぼうに返してくれました。


「三朝 虎鉄。……では、虎鉄様と」

「んだよそれ」

「敬称です」

「じゃなくて、何でいきなり下の名前で呼ぶんだよ」

「いけませんか?」

「……………………じゃあ、それで良いわ」


じっくり考えてから、嫌々了承する虎鉄様。私にはその様子が、とても可愛らしく感じました。


人を殺す仕事と、その間の日常。家に従い、家の為に着々と死体の山を築く日々に私は、はっきり言って嫌気が差していました。実家が人殺しを生業にしていなければ、家業から逃げたい女子高生という、なんとも可愛げのある響きになっていましたのに。

高校生になっても周りの人達は誰も彼も平凡で、あいも変わらず学生生活は謳歌出来ず。そんな中現れた虎鉄様という非平凡な存在に、私は興味を持たずにはいられませんでした。




÷




「化野」

「はい」

「オレとお前が出会ってから、一ヶ月くらい経ったな」

「あら、記念日のお祝いですか」

「違ぇよ」


とある日、教室にて。授業中のことでした。

私のジョーク(のつもりは全くありませんが、今のところは心地良いこの関係性に甘んじているが故の建前)に嫌そうにはしながらも、決して突っぱねたりはしない、とても優しい人。

私は虎鉄様に興味を持ってからというもの、毎日のように彼に会いに行きました。彼に会って、色々な事をお話しました。

そんな日々が一ヶ月も続けば、いくら平凡ではない、汚らわしい血に塗れた私でも気付きます。

私が欲しかったのは友達ではなく、私を怖がらないでいてくれるような、性根こころの優しい人だったのです。

その答えに辿り着いた頃には、私はすっかり虎鉄様の事を好きになっていました。

彼を愛し、私だけの物にしたいと本気で思うようになったのです。

こんな感情は生まれてこのかた初めてで。人を殺し、裏でも表でも恐れられ、自立を諦め、家に従ってばかりいた私が、自分で誰かを好きになったのです。

私もまた一つ、一般的な人間らしくなれたのでしょうか。少し、嬉しく思いました。

虎鉄様は私が殺しを働いている事を知りません。一般人でも何となく嫌な感じがするような私の雰囲気が、虎鉄様には感じ取れないようです。

そんな鈍感な所も愛らしいです。

私は、出来れば虎鉄様には汚い裏の自分を知られたくありません。虎鉄様がもし、その事を知ったら幻滅し、私の元から離れてしまうかも知れないからです。

なので、虎鉄様が気付かない限りは私からお話する事は絶対にありません。他の人にはどう思われても構いませんが、虎鉄様の前では、私はただの女子生徒で居たいのです。

非常に珍しく、本日は教室の自席に座っている虎鉄様。同級生の方々も、不思議そうな顔で虎鉄様の事を見ています。

私も、当然のように虎鉄様の真隣に席を移動させてきていますが、先程から疑問に感じていました。


「虎鉄様。普段は授業を受けない貴方が、一体どういう風の吹き回しでしょうか?」

「今日は日差しが強いからな。ここで寝てる」


言って、机に突っ伏してしまう虎鉄様。その言葉を聞いていた担任教師がわなわなと震えているのですが、彼は全く気にしていません。

数分もすれば、スゥスゥと寝息が聞こえてきます。私としてはもっとお話していたかったのですが、虎鉄様が寝ると仰るのならば私にそれを邪魔する権利もつもりもありません。

なので、私は隣で静かにその姿を堪能させていただきます。

最近、虎鉄様は他の女性ともよく話されているようです。虎鉄様はお相手を恋愛対象としては見ていないようなので、私がどうこう言うつもりは毛頭ございませんが。それでも、虎鉄様の事を好いている私は笑顔ではいられません。

はぁ。

人知れず、溜め息を一つ。

いずれは虎鉄様を私のものに。その決意を一層堅くしながら、寝ている虎鉄様の髪を優しく撫でるのでした。



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