02_side_S_廃材堆積層


 随分と硬いベッドの上に寝ているのか、目が覚める前にもう背中が痛いような気がする。


「……あれ? んーと……なんだこれ、ハル……カ?」


 薄暗い。地面はともかく小さな光源のおかげで空間の形はなんとなく分かる。包丁で切る前のカマボコ型……大きなテントの中? 床には生地がないから疑問符付きだ。壁があるからタープじゃないとして。身体を起こして立ち上がって、テントの頂点からひとつだけぶら下がっている小さな電球に手を触れる。無理矢理伸ばしたような針金で吊るされた先に灯るずいぶんと弱々しい光。思った通り熱くもない。


「ん?」


 おかしいな。この電球、電源が見当たらない。ソケットだっけ、その部分も針金に沿って伸びているはずのコードも。ガラスの手触りを放して自由にしてやり、衛星のように自分の手を翳してみる。テントの中にできた手の影はそれらしく動いてみせた。……ということで、私の寝ていたところ、ベッドでも布団でもなく地面を楕円形に凹ませただけのようだけど、その淵にしゃがんでもう一度地面の“材質”を確かめる。改めてなんだろうこれは。奇妙な模様と質感に微かな不気味さ……悍ましさ? 金属とか電子基板とか元の姿の分からない大小のプラスチック部品を集めて圧縮して、上から押しつぶして平らにしたような。工場で生まれる“スクラップ”が確かこんな感じなのだっけ。それがテントの中の床全体を占めている。地続きのはずの外はどうなっているのやら。

 私が屈まなくてもすむ大きなテントの中にあるのは凹み楕円ベッドの他に……『コ』の字型の金属板だけ。椅子なのかなこれは。おっと、それよりハルカを探さないと。


「外に出るしかないよね」


 コの字椅子が小さいせいで判断が難しいけれど、凹んだ楕円は私の身体より一回り大きい。すると“このテントの持ち主”が私より大きな身体をしている可能性は高いわけだ。問題はハルカと一緒にいるのか、そうではないのか。

 地面から何か引き剥がせないかともう一度睨んでみて、均された大量の何かが皆一様に色褪せていることに気付いた。電球色の光のせいではなく。駅のホームで手にした空き缶、宙に浮く乾電池、ブラウン管テレビの塔。ここが“そういう場所”ならば、なるほど彼らを武器として地面から連れ出すことはできないのだろう。頼れるのは夏制服を着たナツ……この身一つだけ。


「よし」


 テントの生地はくすんだ深緑色をしている。電球とコの字椅子に続いて色褪せていないモノ。出入り口を探してテントの中をぐるりと見渡すまでもなく、長方形に区切られた壁を見つける。少し黄色っぽい布が垂れ下がっているだけ? シンプルな仕組み、ぺらりとめくれば外に出られそうだ。片膝を付いて重心を落として恐る恐る手を伸ばして、生地の下の方にそっと触れる。その厚みと重さに少し驚きつつ、一旦手を引く。


「……」


 外から何かの気配を感じ取れないか一応確かめよう。匂い、音、あるいはそう、時間帯。……どれも分からない。ならばと諦めて中腰になって右手を前に出して、そのまま丈夫な布を押し込んだ。


「う」


 勢いよく突き抜けた腕、勢いに任せて前へと進む身体。身を躱すように捲れた布がべたりと顔に纏わり付いてきたので振り払うと――


「何……これ……」


 オレンジ色の……絶景が広がった。薄い夕焼けの色をした空と、足元はテントの中の床と同じ、スクラップの山を平らにした地面。言葉に表せるものがたったの二つしかない。しゃがんだ視点を持ち上げて前へと歩く。間違いない、あとは起伏の描く地形線だけだ。少し先で崖になっているようだけど、対岸も同じ廃材の塊? 下は一体どうなって……。

 巡る思考を止めるためにこの場所の空気を思いっ切り吸い込む。ゆっくりと吐き出して、色褪せて抉れた駅を言葉にした誰かさんのことを思い出す。“絶景”って美しい景色にだけ使う言葉だっけ。それなら少し考えなければ。なんというか……この景色には胸を締め付けるような感じが混ざっている。


「目を覚ましたか」


「うわっ」


 ハルカの声じゃない、私たち以外に人が?


(……?)


 振り向いて、私はテントの横に立つ“何か”を認識した。


「何故ここに人間がいられる? 俺が何に見える、俺の言葉が分かるか?」


 ヘンテコな人型ロボットが二本の脚で立って、男の人の声で喋っている。何に見えるって……右目が原付バイクに付いてそうな丸いランプ、左目は双眼鏡がそのままくっ付いて、これは片目が三つあるということ? そのセットが大きなお弁当箱くらいの枠に幅がはみ出すように乗ってこれが顔。口にあたる造形は無い。身体はよく分からない機械の寄せ集めで全体的に枝みたいにヒョロヒョロ、胸にあるCDプレーヤーくらいのケースにとんでもないコンピューターが詰まっているのかな。右腕は工場のロボットアームで歪に太い、左腕は……肘から先が多分ライフル銃。本物の。右脚はともかく左脚なんて鉄パイプを三本束ねただけにしか見えない、つまり膝すら無い。失礼ながら率直な感想を言わせてもらうと……小学校に入ったばかりの子どもが作った工作みたいだ。どうやって喋っているのだろう。


「ロボット……さん? あなたこそ私の言葉が分かる? その銃を、私に向けないの?」


「意思疎通可能か。驚いたな……。お前を撃つつもりはない。お前は何者だ? どうやってここへやって来た?」


「あなたの言う通り人間としか……答えになってる? モノが浮かぶ空が崩れて、多分落っこちて、気付いたらここにいたの。私の名前はナツだよ」


「名前……俺には名前がない。モノが浮かぶ空だと……?」


「何のことか分からない? あ、それより私と同じ人間の女の子を見なかった?」


「……見ていない」


「本当に?」


 聞き返したのは分かりやすい間があったから。


「もし俺以外の何かがそいつを拾ったとしたら、恐らく“王”のところに運ばれている」


「……王?」


「説明するよりお前の目で見た方が早い。こっちへ来い。向こうに王の城がある」


 絶景の反対側にはもう少しだけ言葉に表せるものがあった。テントのすぐ後ろに廃材を真四角に固めた高い壁。テントを隠す位置に。あ、壁が先でテントの方が後かな。ロボットがそうしたので真似をして壁に身を寄せて、そこから覗くように壁の向こうを見た。


「ここは……どこなの」


 一つ確かなことは、私たちは空に浮いた島を、切り取られた景色と透明クジラたちの薄青い空を離れたということだ。空は夕日に染まる少し前の色。ここでは地面代わりの廃材がどこまでも続いていて、途切れ途切れに続く電線のない電柱のようなものの群れ、積まれたり固められたりしたこの壁と似たような廃材の塊、それからずっとずっと遠くに見えるあれは橋だろうか、幹線道路にあるようなアーチを描く橋。途方もなく巨大な気がして、しかし距離のせいなのかその大きさが掴めない。……で、なんとか歩いて行けそうな位置にロボットの言う“城”らしき巨大な建造物。ただ私の知る“お城”の姿とは似ても似つかない。東洋とか西洋とかそんな話ではなく、特大砂時計を周りに並べた鋼鉄カボチャ? ともかく人間の生み出す様式から外れた造形、どちらかと言えば要塞だ。


「お城ってあれだよね?」


「そうだ」


 頭の上で声がしたので見上げると、壁から最小限に頭を出してお城を睨むロボットの頭が下から見えた。箱のような顔から双眼鏡が飛び出している。私の背中にロボットの身体が触れるか触れないかの距離。


「……何だ?」


「前を見てていいよ」


「背を取られるのは落ち着かない」


「何もしないって」


 ロボットの後ろに回り込んで背中から頭の辺りをよく観察する。ごちゃっと部品を集めたような、でもやっぱりなんというか、物足りない? このロボットはちゃんと私が指差しているポイントを認識していたし、まるで人間が遠くから操作しているみたいに滑らかに動いて話すし、でもどう見ても精密機械な外見じゃないし、電源に繋がっていないし……。


(あ、)


 そうか分かったかも。多分彼は“WITHGRAV”みたいな存在なのだ。だとすれば探れそうなことは探ってみよう。


「あのお城は誰に権威を示すお城なの? もしくは、誰を守るお城なの?」


「振り向いてから答えていいか」


「どうぞ」


 ロボットは外見とは裏腹に礼儀正しいし、拒否もしない。彼が振り向くのに合わせて少し距離を取る。


「後者、城が守っているのは王自身と“王妃”だ。前者は質問の意図が分からない」


 ふむ。私にはどうにも“国民”にあたる概念がここにあるとは思えない。では質問を変えて、


「何から王様を守るの?」


「この世界の摂理からだ」


「今度は私が回答の意図が分からない……。ともかく、私はあのお城に行けばいいんだね?」


「尚早だ。少し待て」


「うん?」


「俺もいくつかお前に聞きたいことがある。それに、お前が一人で王の元へ行くと危険かもしれない」


「……すると先に王様の元に囚われたかもしれない私の友だちも、危険な目に逢っているかもしれないの?」


「いや、暫くの間は大丈夫だろう。王と王妃も俺と同じで、その人間から情報を得ようとするはずだ」


「なるほどね……」


 その人間の振る舞いによるところはあると思うが、とロボットは付け加える。ハルカならきっと上手くやってくれるだろうけど、お城へ向かうのは決定だ。


「あ、じゃあさ、ロボットさん私に付いてきてくれない? 私に聞きたいことは歩きながら答えるよ」


「……構わないが、」


 私は一つ肝心なことを聞き忘れていた。彼――左腕にライフル銃を持つロボットと王様との関係だ。故に、私は彼の口(のあたり)から耳を疑う言葉を聞くことになる。


「俺が王の城へ立ち入る時には、俺は王を殺そうとする」

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