idea_first_wave
01_あるいは現の蒼海にて
多分「起きなさい」と、誰かが私に言っている。アラームの音じゃなくて人間の声だ。
「……よ……」
身体を揺すられたようだと分かったから、もうちょっと、もう少し待って……。
「……うぁ? て……」
ようやくゆっくりと目が開けられて、ぼやけた視界に少しずつピントが合っていく。私の目の前にいるのは……やっぱり人間らしい。私は椅子か何かに座っているようで、私もあなたと同じ、人間であるらしい。
「め、目が覚めたの? じゃあキミは、概念……じゃない……?」
赤いフレームの眼鏡の奥、大きな瞳がじっとこちらを見つめている。あなたの声も聞き取れてきたから、私の感覚ももう戻るはず。……よし、声を。
「……はじめ……まして」
「喋れるんだね!? やっぱりキミは実体か、実体女子高生の――」
実体……? そっと自分の左腕を持ち上げてみる。俯いてみれば確かに私の身体と服装は……元気な声で畳み掛けるように喋る彼女の言う通りのもので……
「やっと……概念女子高生以外の人間を……見つけた……」
彼女は両手を胸の辺りで握るとぎゅっと目を閉じて、感慨深そうに自分で発した言葉の意味を飲み込んだ。鉄で組まれた簡素なベンチ、錆色に模様が付いた白い板の上に私は座っている。まだ眠そうな手のひらで腿の横の素材をさするように確かめた。ローファーもちゃんと履いている。足元から水平にまで視界を持ち上げて広げると、ここが鉄骨とトタンのような素材で造られた小さな建物構造の中なのだと分かる。
「――と思っていたのだよ、……からね……だって私も――」
私が視線を泳がせているうちに、鉄材に響くローファーの足音と女の子の言葉が遠退いてしまった。
「……え?」
視線が、落ちた。私の見間違いでなければ、片屋根の隙間、途切れた線路の先で。反対側のホームの階段があるはずの場所にも……空が……見える。線路中心の凹型構造や有人改札機と自販機の造形からここが“田舎の駅”であると定義付けをする前に、その情報が大きく認識素子の先布を翻した。まさかこの場所は、私たちは――浮いている?
「良い表情をするじゃないかー。この光景に驚いたってことは、キミもこんな世界にはいなかったんだね?」
こんな世界。同じ夏物の学校制服を身に着けた彼女の言葉を曖昧に頷きながら慎重に拾う。私はそうかもしれないけれど、あなたもそうであるかもしれないと、そう聞こえるから。
「“キミ”呼ばわりも嫌だろうから、記憶があるのならそろそろ名前を教えてほしいな。私のことはナツとでも呼んでくれ!」
記憶。
「えっと……私はハルカ。私からもいくつか、聞いていいかな?」
「ハルカ! 名前も覚えてるし私に質問もできるんだね!? いいよ何でも聞いて!」
ここはどこなのだろう。まずそれを口にする。もしかしたら――
「ごめん、それは私にも分からないんだ……」
「……あら?」
彼女も気付けばこの場所にいたのだという。この場所は空の上であると思うのだが、それも定かではないという。
「だからひとまず私と一緒に来て、見てほしいんだ。ここで何が起きているのかを」
それから一緒に考えてほしいのだ。私たちが誰で、何故ここにいるのかを。
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