稚い魔法使い

那須

末路

 私は、混濁する夜の下、ただただ立ち竦んでいた。




___もうすぐ24歳になろうとしている私の隣に魔法使いが引っ越してきた。

単に「魔法使い」といってもそんな服装が奇抜な人はなく

傍から見ればただの若い男性、そんな人だった。

ちゃんと挨拶にも来てくれたし、彼の明るい性格もあって、

私達は仲良くなることが出来た。


休日には時々魔法を見せてくれる時がある。

それは私の考えていた「魔法」とは少し違ったものだった。

彼は杖を取り出すと何やらボックスらしきものに向かって軽く叩く。

すると、中から出てきたものは私がかなり引くレベルで欲しいと(サンタさんにも願ったけどくれなかった)思っていた大きい猫のぬいぐるみだった。

___彼の使える魔法は、その人の欲しいものを出す、といったものだった。


『おぉ、◯◯さんの欲しい物はこれなんですね』

「す、すご...」

『そ、そんなことはありませんよ』

 そう言いながら頬を少し赤らめていて。

『これ、差し上げますよ』

「えぇえ、ほんとに?! 」

『はい、本当です!』

「このぬいぐるみずっと欲しかったんだー!」

「ありがと!」

「他にはなにか使えるの?」

『いえ、僕はまだ見習いなんでこの魔法しか使えないんです』

すこししょんぼりしてしまった。

そんな彼を励まそうと言葉を紡ぐ。

「私たち一般人からすれば魔法を使えるのはすごいことだって!」

「もっと自信を持って!」

『...そうてすよね、もっと自信持たないとダメですよね!』

みるみる元気を取り戻して笑顔になっていく様子が微笑ましい。

「うん! だからさ、魔法の勉強頑張ってね!」

『はいっ!』


敬礼をした彼を見て思わず吹き出してしまった。




______出会ってから4ヶ月が経とうとしていたある日、

コートとマフラーでバッチリ防寒対策をして外を歩いていた時、すれ違った2人組の噂を聞いて驚愕した。


「あのアパートに住んでる魔法使い、だっけ?」

「あれの母親が病気で逝ったらしいよ」

『まじでー? でも魔法使いなら生き返らせれるんじゃねぇの?w』

「さぁ? 出来てないんじゃね?」

「てか魔法使いってのも怪しいしガセネタなんじゃね?」

『あぁ確かになーww』



彼の、母親が、死んだ?



取り敢えず話を聞いてみようとアパートに戻って、ふと彼の部屋の扉を見ると、

...空いている。しかも中からなにか聞こえてくる。

「失礼します...」

ほぼ息音しか聞こえないような声でそう言って部屋に入った

彼の部屋までの廊下は清潔感が保たれていて、私の所とは大違いだなぁ と感じていた。

しかし、その思いを上塗りするかのように彼の声が聞こえる。

そっと部屋の前まで行き、扉を開いた。


___すると、彼がいた。

悲痛な声を喉で孕みながら。

ボロボロになったボックスを力なく小枝のようになってしまった杖で叩きながら。




「お母さんっ......お母さんっ.......っ...ぅうっ............お母さんっ..........!」




私はその光景に声を押し殺しながら涙を流すことしかできなかった。

多分彼は知っていたのだろう。

そんなことをしても母は帰って来ないことを。

「欲する物」は出せても「渇望する者」は出せないことを。





_______翌々日の朝。

ニュース番組はその報せを伝える。

「次のニュースです、

東京都のアパートに住む◯◯ ◯◯さんと◯◯ ◯◯さんが失踪。

まだ詳しい情報はまだわかっていません、繰り返します.............」




くるしまなくなった」彼を見ながら、

私は、混濁する夜の下、ただただ立ち竦んでいた。

右手には紅く染まったナイフが次は誰だ と嗤っている。

それに応えるように言ってあげた。


「もう役目は終わったのよ」


そう言うと同時に私の眼前には天竺葵ゼラニウムの花畑が広がっていた。

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