乙女ゲーに転生したら死亡フラグのある時報モブだったけど、魔王を簒奪しました 〜私は世界最強の力で――、今度は恋愛します!〜

和鳳ハジメ

貴方に捧げる私の全て①



 今日でカミラ・セレンディアは十六歳になった。


「やはり、仮説は正しかったわけだわ」


 己の誕生パーティをそっと抜け出して、カミラは一人満足げに頷く。

 貴族としては標準的な整った庭園の奥、アルコールで火照った体に夜風が気持ちいい。




 ――カミラは転生者である。




 所謂、現代日本の乙女ゲーオタクとして、灰色の青春を送ってきた人種だった。


 ある連休に、お気に入りの乙女ゲー「聖女の為に鐘は鳴る」を連日徹夜でプレイしたあげく、ジュースを買いに外へでたら、トラックにドカン。

 気がつくと、赤子まで戻っていた有様。

 記憶が戻った当初は、この水色の髪に違和感を覚えてしょうがなかった位である。


(思えばここまで長かったわ……)


 体感時間で千年はかかった、とカミラは豪語した。

 まぁ、それほど待ち遠しかったのだ、この時が。


(転生に気がついた時は、それは喜んだものだわ。だけど――カミラ・セレンディアなんて)


 原作のカミラの役所は、魔王覚醒の前兆に巻き込まれ、犠牲者となった。の一文しか書かれないモブ中のモブ、キングオブモブである。


 名前だって、設定資料集の片隅にひっそりと乗っていただけで、本編にはモブの立ち絵すら使用されなかった有様だ。


 故に、カミラはこの世界を謳歌したいのをぐっと我慢して、死亡フラグの元凶である魔王を倒し、念には念を入れその力まで奪い。

 タイムリミットである、この十六歳の誕生日まで自重していたのである。




「――今の私ならっ! 専用の立ち絵やイベント、スチルなんかも用意される筈だわ!」



 ぐぐっと一人握り拳をつくり盛り上がるカミラの後ろから、一人の少女が呼びかける。


「……『いべんと』『すちる』とは? また新しい商品ですかカミラ様」


「ただの戯言よアメリ」


 カミラに声をかけたメイド服の少女。

 白いエプロンを押し上げる球体に、また育ったのでは? と益体の無いことを考えながら。

 メイド少女、アメリにここに来た理由を問う。


「……それにしてもどうしたの、まだパーティは終わってない筈では?」


「もう夜も遅いですし、パーティの主役がこんな所にいるんですもの、お開きムードですよカミラ様」


「なら、いいわね別に」


「はい、カミラ様のお気に召すままに……」


 カミラは改めて、自らに付き従う同い年の栗毛の少女、アメリ・アキシアを見た。

 彼女も貴族令嬢であるが、今は伯爵家令嬢であるカミラのメイドとして行儀見習いである。

 本来なら主人公の友人役である彼女は、ゲーム開始前にやらかしたアレコレで、今ではすっかりカミラの取り巻きにして、忠実なる配下。


「わたしに何かついておりますかカミラ様」


「ええ、アメリ。おめかしして綺麗になった顔が付いてますわ。例えメイド服でも、貴女は綺麗ね……」


「ふふ、ご冗談を。綺麗という言葉はカミラ様にこそ相応しい。わたし等とてもとても」


 満更でもなさそうな顔で言うアメリに、カミラは語りかける。

 なお、カミラが美しいのは現代知識によるチート染みた努力と魔王の美容力の結果なので、カミラ的当たり前である。


「思えば、色んな事があったわね」


「どの事でしょうか? その類い希なる魔法の力で、山賊を山ごと吹き飛ばした事でしょうか?」


「…………あれは、少し手加減が狂っただけよ」


「手加減してアレですか……、史上最年少で宮廷筆頭魔法使いに叙されただけの事はありますね」


「(魔王の力があるから、あれ位当然……じゃなくて)もっと他にあったでしょうアメリ」


 ため息と共にカミラは促すと、アメリは掌をポンと合わせる。


「ああ、カミラ様が考え出した肥料や農具で、農作物の生産高が一気に数倍に上がった事ですか?」


 中世ヨーロッパ風のファンタジー、ご飯の質はそんなに悪くなかったけれど。

 どうせなら美味しい和食を、とちょっぴり? 頑張った結果である。

 それは兎も角。


「……違うわよ」


「それでは、齢三つにして王国全土に眠っていた伝説の武具等を発見し献上、それによりセレンディア家の爵位が上がった事ですね!」


「そうじゃないってば!」


 カミラとしては、魔王の関係で必要だっただけである。

 そんなモノは、思い出でもなんでもない。


「むむむ、難しい事をおっしゃいますねカミラ様、この他となると…………、カミラ様考案の美容グッズが領地だけでなく王都の民にまで馬鹿売れし、今全庶民の間でカミラ様に踏まれ隊が流行語となってる事でしょうか?」


「え、何それ!? そんなの私聞いてない!?」


 いや、マジで聞いてない。


「あれ? 言ってませんでした?」


「聞いてないわよ馬鹿!」


「まあまあ、聞いていた所でカミラ様がどうと出来る事でもありませんし……」


「そうだけど……」


 うぐぐ、と頭を抱えて唸りだしたカミラの姿に動じず、アメリは続ける。


「それで、結局何が言いたかったんですかカミラ様。貴女様のお側に居て早十年以上。今更改めて思いで話をする仲でも無いでしょうに」


「あー、もう。それが解ってるなら、とっととそう言えばいいですのに……」


「申し訳ありません、いと美しきカミラ様の功績を一日一回褒め称えないと、夜眠れなくなるもので」


「ありがとう! 嬉しいけど自分一人でやりなさいよ!」


「お褒めに与り恐悦至極」


「褒めてるけど褒めてない!」


「まぁまぁ、それで。今度は何を始める気ですかカミラ様。逐一、王族との折衝役をするのは骨が折れるのですが」


「……アメリは私の事を何だと思っているのよ」


「災厄と幸福の女神?」


「せめてもう少しスケールを落としてくれる!?」


 腹心の部下の歯に衣着せぬ物言いに疲れながら、カミラは本題を切り出した。

 この為に生きて、今のこの立場を作ったのである。

 是が非でも協力してもらいたい。




「実はね、私。…………『恋』をしているの」




「あー、何か耳が壊れてしまった様でカミラ様、もう一度お願いします」


「『恋』を! してるのよ……!」


 目をキラキラと輝かせ、文字通り恋する乙女の様に頬を紅潮させるカミラの姿に、アメリはこっそりと胃を押さえる。


 彼女のこれまで経験から、最大級の警報が頭の中で鳴り響いていた。


(そ、そんな馬鹿な……! 今までに幾度と無く縁談を断り、王子との縁談すらも蹴った、あの、百合趣味とも噂されるカミラ様が、恋!?)


 新たな特大な厄介事の気配に、アメリは恐る恐るカミラへ問いかける。


「か、カミラ様? そ、そのぉ……、お相手の方は……?」




「私の最愛の親友、――ユリシーヌ様……きゃ、言っちゃったっ!」




 体をくねらすカミラに、アメリは栗毛の髪をぶんぶん振りながら絶叫。


「ほらやっぱりーー! ユリシーヌ様は女じゃないですか! カミラ様のヴァカーーッ!!」


「やっぱりって何よ! アメリ貴女私をどういう目で見てたの!?」


 乙女ゲー「聖女の為に鐘は鳴る」をクリアしたのなら、白銀令嬢ユリシーヌが実は公爵家の三男だと言う事を知っていただろうが。

 転生者でもない只人であるアメリに知る由もなく。

 ――結果、盛大なる勘違いを起こした。



「誰かーー!! 誰かぁーーーー! 遂にカミラ様がご乱心なさったわ! 早く、誰か早く医者をッ! 医者を――――ッ!」



「あ、アメリ!? わたしは正気よ? どうしたの!? アメリ! 待って! 待って! 何処に行くの!? アメリ! アメリ――――!?」



 ダダダッとメイド服のスカートを揺らめかせ屋敷へ駆け出すアメリに、カミラもドレスの裾を持ち上げて全力ダッシュ。

 こうしてカミラの十六の誕生日の夜は、慌ただしい最後を飾るとともに。

 この先の輝かしい? 未来を暗示させるものであった。

 あったのだ(強弁)



 ――そして、この時こそが。

 魔王セーラを愛の力にて撃退した聖女。

 邪悪令嬢、純愛令嬢とも言われたカミラ・セレンディア様の無限を世に知らしめた。

 真の始まりであったのだ。

 ~第一級歴史資料、アキシア家令嬢アメリの手記から抜粋~



 さて、唐突だが季節は今、秋である。

 これが何を意味するかと言うと――――。


「――ふぅ。わかっていた事とはいえ、やはり足りないわね」


「何がです? カミラ様」


「何がって、寝ぼけているのアメリ。恋よ、恋。あのユリシーヌ様を堕とすのに、時間が足りるのか、と言う事よ。貴女にも手伝って貰うんだからシャキッとなさい」


「あぁ……。やっぱり昨日の事は夢じゃなかったんですね、ううう」


 しくしくおよよ、と泣き真似をするアメリを放置して、カミラは紅茶を啜る。

 二人は今、ゲームの舞台である王立学院の、数少ない権力者にしか許されない専用のサロンにいた。


 無論言うまでもなく、ここはカミラ専用のサロンであり、また授業前な事もあって密談に打って付けであるのだ。


「……はぁ~あ。それで、何でまた『白銀』のユリシーヌ様に恋とか言い出したんです?」


「恋に理屈なんて要らない、そう思わない?」


「相手が男の人だったら、何も言いませんよわたしは! 何で女の人なんですかぁ……、よりにもよって、学園一の人気を誇るユリシーヌ様なんてぇ……」


 今にもやけ酒を始めそうなアメリを愉しげに笑いながら、カミラは告げる。


「ふふっ。これを聞いたら、貴女は本当の意味で後戻り出来なくなるわ」


 まるで今晩のメニューを伝えるが如く何気なく、しかして冷たく。



「……それでも良しとするならば、お聞きなさい」



 カミラの真っ直ぐな瞳に、アメリは即座に居住まいを正して答えた。


「――愚問ですねカミラ様」


 カミラからしてみれば、本来は主人公の親友役として将来的にも悪くない立場を得るはずの彼女ある。

 少なからず、罪悪感というものがあるのだ。


 しかし、アメリとしては。どの様なモノであっても気遣いは無用と言えた。

 何せ、かつて王国全土を襲った飢饉にて、貧困に青色吐息だった領地を救ったのは、他ならぬカミラだったのだ。

 他にも上げると限りないほど、カミラの恩恵に預かっている。


「カミラ様に対するわたしの忠誠は、既に王国、王族以上のモノになっています。例えどの様な非道な道に進もうとも、わたしはカミラ様に全身全霊で尽くしていくだけです」


「…………そう、貴女の忠誠に感謝を。これ迄も、そしてこれからも、頼りににしているわアメリ・アキシア」


 アメリの心からの言葉を眩しく思いながら、カミラはそれを受け入れた。


(そもそも、飢饉になったのも。私が魔王を簒奪した余波みたいなものだし、現代知識を再現した品の数々を任せたのも、ゲームで有能だったからだけど。そういうのは言わぬが花、というやつね)


 彼我の温度差にたじろぎつつ、カミラは本題を切り出した。


「ではこの事は他言無用よ」


「はいウツクシクごソウメイナ、カミラ様」


「……今棒読みじゃなかった?」


「気のせいでは?」


 釈然としないものを感じつつも、カミラは続ける。


「まぁいいわ。率直に事実だけを言うとね、ユリシーヌ様は、紛うこと無き『男』よ」


「…………? またまたご冗談を。この学園、いえ。この国一番美しくて女らしい、貴族女性の見本の様なお方が男な訳無いじゃないですかー。そりゃあ、ユリシーヌ様は女性にしては少し背が高くて、胸がお寂しい事ですけど。それだけで、そんなそんな……」


 歩くと蠱惑的に揺れる、絹糸のような銀髪。

 長い睫毛で、切れ長の目。

 誰よりも淑女で、穏やかな女性。

 ――そんな人が、男である筈が無い。


 アメリはそう思ったが、カミラのあまりにも真剣な態度に、考えが揺らいでいく。


「あのー、カミラ様? つかぬ事を聞きますが、証拠などは……?」


 その問いにニヤリと笑うと、カミラは数枚の写真を差し出す。

 魔王の力を持つカミラにとっては、盗撮など朝飯前だ。

 ……魔王の力を得る前でも、同じ事が出来る実力があった辺り、カミラの怖い所ではあるが。


「見たら燃やしなさい。万が一他の者にバレると、王族専門の暗殺者が来るでしょうから」


「うひゃあ! そんなモノ見せないでくださいよぉ!」


「でもこういう証拠が無いと、貴女は納得しないでしょう? 私は貴女を、只言いなりになる駒として扱う気はないのだから」


「……狡いですカミラ様」


 少し口元を綻ばせながら、アメリは写真をまじまじとみる。

 それは、ユリシーヌの屋敷の自室と思しき場所での生着替え写真だった。

 丁寧にも、化粧場面や入浴写真もある。

 その過激さに今度は赤面しつつも、アメリはカミラの言葉が真実だという確証を得た。


「はぁ~。肩幅や腰は制服で誤魔化しているんですね、まったくもって見事…………って、どうしたんですこの写真」


「ちょっと忍び込んで、ね」


「……もしかして、偶に居なくなると思ったら真逆」


「てへ」


「一応上級貴族の令嬢何ですから、せめてわたしに一言いってから出かけて下さい……」


 盗撮を咎める事なく容認した辺りに、アメリのカミラへのある種の諦めが感じられたが、それはそれ、これはこれ。


「ええっと、つまり。この王立の学園に正々堂々と通えて、さらに真実を知ると暗殺者が来る。となれば、ユリシーヌ様の件は王族が関わっている、と」


「話が早いわね、流石アメリ」


 ぱちぱちと拍手を送るカミラに、アメリは本格的に頭を抱えながら結論を言う。


「無理じゃありません? カミラ様、諦めましょう?」


「あら、大丈夫よ。貴女が察している通り、私がこの事を知ってるのは不法な手段だったけど、それだけじゃないもの」


「それだけじゃ……ない?」


「いざとなれば、王族を黙らせる秘密の一ダースや二ダース、既に入手済みだわ」


「ダース単位ですか!?」


「最悪、力付くで滅ぼせばいいしね」


「じゃあ何でわたしに話したんですか! それだけ色々揃ってるなら、とっとと想いを伝えるなり、政略結婚でもすればいいじゃないですかイヤだーー!!」


「あら、それじゃあ、ユリシーヌ様の心は手に入らないでしょう? 幾ら私がこの国で二番目の美しさを誇り、白を黒にする権力を持っていても、それだけでは人の心は手に入らないわ」


 まるで出来の悪い子供を諭すような口調に、アメリは釈然としない想いを抱えつつも、妥協案を出す。


「取りあえず、形だけでも婚約してから、恋愛を始めるというのは……?」


「あら駄目よ。それではユリシーヌは私に決して心の奥底を開かない」


「どうして、そうお思いで?」


「私の、千年の人生の経験、かしらね……」


「キメ顔で適当言わないで下さいカミラ様! だいたいわたしと同じ十六年しか生きていないでしょう!」


「あら非道い、本当なのに……。まぁいいわ」


 カミラはアメリに、程良く大きい胸を張って宣言した。


「私の目的は――、愛しいユリシーヌの心をドロドロに溶かし、私抜きには生きられない様にする事よッ!」


「せめてまともに恋愛して下さいカミラ様アアアアアアアアアアアアア!」


 見事な失意体前屈を披露しながら、アメリは叫ぶ他なかった。


 ファンタジー学園モノの校内庭園の東屋と言えば、スチルの定番スポットである。

 例に漏れず「聖女の為に鐘は鳴る」でも、メイン攻略対象の王子と、隠しキャラ、ユリシーヌ(ユリウス)と初遭遇時のスチルがこの場所である。


 そこにカミラは、辺境伯令嬢ユリシーヌを呼び出していた。


「ふふふっ、いったいどうしたんですカミラ様。放課後に改まって話がしたい、だなんて。人払いまでして、いったいどんな重要な話なんです?」


 その名の通り、百合が咲くようにたおやかに微笑むユリシーヌに、先ずはと、カミラは茶菓子と紅茶を進める。


「これはカイスの実と……。この香り、カイス葉を使った紅茶ですか」

「ええ、先王の王弟殿下が好んだと言われる品ですわ」


 カイスの実は、先王の王弟カイス殿下が直々に考案した氷菓子で、シャーベットと小さく丸めた。

 言うなれば。前世ではポピュラーなアレである。


 カミラの中の人も、コラボパッケージが発売された折りには、コンビニを梯子して大人買いした挙げ句、自分で作れるようにすらなった、という知られざる逸話がある。


 一方、カイス葉というのは、カイス殿下がこれまた直々に品種改良した茶の木から作られた紅茶の葉の事だ。


 この王国では、どちらも高級品として名が知られており、貴族では味わった者がいない程である。


 だが今回に限りそれは本題ではなく。


 ――罠、なのだ。


「ああ、やっぱり美味しいですわね」


 満足気に味わうユリシーヌの顔を堪能しながら、用意していた言葉を出す。

 あくまで只の雑談、万一誰に聞かれてもそう判断するしかない、他愛もない話運び。


「ええ本当に……、これを作ったカイス殿下はどの様なお人だったのでしょう?」


「あらあら、それが本題ですかカミラ? 私と放課後を過ごしたいなら、わざわざ手紙に大仰な言葉で呼びつけなくてもよろしいのに……」


 くすくすと、どんな少女よりも朗らかに笑うユリシーヌに、カミラもにこやかに嗤い返す。


「カイス殿下は自画像がお嫌いだったらしいわね、だからそのお姿を知る者は、私達にはいない……」


 カミラの様子に不穏なモノを感じたのか、ユリシーヌの顔がほんの微かに強ばる。

 然もあらん。


 実の所、ユリシーヌの父親は――カイス殿下だ。


 そしてそれを知る者は、本人と王族の中でも一握り、前王と現王、そしてこの学園に通う王子、ゼロス殿下のみ。

 ユリシーヌの養父母ですら知らない事実を、暗に知っているぞ、とカミラは匂わしたのだ。


「ええ、少し残念な事だけど」


「ええ、本当に――、残念だわ。カイス殿下は貴女の様に、綺麗な白銀の髪色をしていたそうだから。せめてお姿の写しが残っていれば、どちらが綺麗か見比べられたものを……」


「……嬉しいけれど、それは少し不敬ではなくて、カミラ様」


 困った様に微笑むユリシーヌを、じわじわと追いつめる様に、カミラは続ける。


「そうそう、知っていて? 我が最愛の親友ユリシーヌ。伴侶を持たなかった彼の人は、病死する少し前に大層お綺麗な奥方様を迎えたそうよ」


「――ッ!? 随分広い耳をお持ちのようねカミラ様、何処でそれを?」


「蛇の道は蛇、とでも言っておきましょうか……」


 優雅に紅茶をすすり、まるで悪役令嬢のように不敵な笑みをカミラは浮かべる。

 ――尤も、獲物を前に策謀を巡らす姿は、まるではなく、悪役令嬢そのものであったが。


「ふふっ、少し目が鋭くなってますわよユリシーヌ。美人な貴女は、そんな顔も素敵ね」


「……ふふっ、あらあら。ふざけるのは止しませんか? カミラ、今日は何の用で私を呼んだのです」


 これ以上言おうものなら、決闘も辞さない。そんな顔をするユリシーヌを前に、カミラは挑発する様に口を開く。


「貴女のそんな顔を見る為、と言ったら?」


「――――。貴女とは良い関係を築けていたと思っていたけれど、それは此方の勘違いだったようね。失礼す――ッ!?」


 立ち去ろうとしたユリシーヌを、カミラは魔法で拘束する。

 呪文や予備動作はおろか、魔法具すらを使った形跡もなく魔法を使った事に、ユリシーヌは酷く驚愕した。

 ――そんな事は、人間には不可能なのだ。


 そして、それについて考察する間もなく、次なる衝撃がユリシーヌを襲った。



「忘れ物よ『 ユ リ ウ ス 』」


 その囁かれた言葉と共に渡された写真は、朝アメリが見たものと同じ写真であった。

 即ち、彼女が男だと言う証拠だ。

 更に言えばアメリに見せなかった、ユリウスの裏家業、否、本業の仕事風景を写した写真まである。


「――――ッ! 君は何者なんだカミラ、筆頭宮廷魔法使いと言えど、この事を知ることは出来ない筈だ。そもそも、俺に何の用があって――!?」


 ユリウスの言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

 カミラが、物理的に、その自身の唇で彼の者の唇を塞いだからだ。


 ゆっくりと十を数えた後、カミラは顔を放した。


「…………はぁ。私は貴男が欲しい。勿論体だけじゃなくて心も」


「い、いったい何をッ……!?」


「宣戦布告よ、我が最愛のユリシーヌ」


「私は貴男の側に居たい、側に居て欲しい」


「一日中、私の事を考えて欲しい。私が居なければ生きていけない様になって欲しい」


「カミラ……!?」


「だから。そうなってもらう為に、努力して、行動する事にしたの」


 これから、覚悟していてね、とカミラはユリウスの頬を撫でると、東屋から去っていった。

 ユリウス/ユリシーヌは、親友の変貌と秘密を知られた衝撃に、ただ呆然としていた。

 なお、カミラによってこの光景を魔法で見せられていたアメリは、器用にもたったまま泡を吹いて気絶していた。


(キスをしたのは、ちょっと大胆過ぎたかしら? ……きゃっ、私ったらはしたない……)


 等と、アメリが聞いたら殴られそうな事を本気で考えながら、筆を執っていた。

 案外と、カミラは乙女である。


「アメリ、これをヴァネッサの所に届けてちょうだい」

「……はい、承りましたカミラ様」


 ヴァネッサ・ヴィラロンド。

 彼女は、ゲームでいう所の悪役令嬢である。


 ただ悪役令嬢と言ってもカテゴリー的には、で、実際の所、主人公と険悪な恋敵という所だ。

 カミラが色々やらかした所為で、彼女からのライバル宣言を受けているが、そんなものユリシーヌを堕とす為には塵芥も同然。

 協力を仰ぐため、手紙くらいは幾らでも書こう。


「そうそう、今からあのバカ王子の所へ行くから、アメリ。届けたら貴女はセーラの所でも、行っていなさい」


「ぐげぇ、あの常識の通じない女の所に、また行かなきゃならないんですか……、勘弁して下さいよぉ」


 調子の悪そうな顔を、更にぐったりさせてアメリは項垂れた。

 セーラとは、今年入学してきた平民出身の娘だ。

 この貴族や裕福な商人の子女が通う学院において、非常に珍しい存在である。


 そしてそれだけではない。

 彼女は――――『主人公』なのだ。


 カミラにとって厄介なのは、彼女もまた『転生者』であった事。

 セーラが原作知識を持つ以上、無闇と敵対する事は避けたい。

 故にカミラは、ゲームで親友役だったアメリをスパイとして派遣しているのだ。


「仮にも貴族の子女とあろう者が、ぐげぇなんて言わないの。……それにしても大丈夫? 顔色悪そうだけれど」


 サロンを出て、連れだって歩きながらカミラは問おた。


「半分位はカミラ様の所為だって、解ってますか?」


「もう半分はセーラの所為でしょう、なら全てセーラの所為で問題ないわ」


「どういう理屈ですかそれは……」


「あの子は邪魔なのよ色々と、でも迂闊に消して、どんな問題が起こるかわからないわ」


 ため息混じりにそう言うと、アメリは珍しいモノをみたと、目を丸くした。


「……何かへんなモノでも食べましたカミラ様?」


「馬鹿言わないの」


 セーラは主人公で、原作では封印されし魔王を浄化するという聖女、という役所だった。

 カミラは魔王の力を得て原作ブレイクを果たしたが、それ故に簡単には手が出せない存在となっていたのだ。


(全く、儘ならないモノね……)


 セーラを無力化する案を幾通りか思案しているうちに、ゼロス王子のサロンの前まで着いてしまった。


「…………? カミラ様、入らないんですか? それともご気分でも……?」


「ええ、入るわよ。ただちょっと、考え事してたものだから……、心配かけてすまないわ」


「いえいえ、カミラ様が健やかでいらっしゃられるならそれで。では、わたしは行って参りますね」


「手抜かりなく、ね」


「カミラ様こそ……なんて、言うまでもない事ですね」


「ふふっ、千年経ってからそんな大口叩きなさい」


 アメリを見送ったカミラは、王子のサロンの扉をノックした。



 通常、王族のサロンはその権威を示すべく豪華なものだ。

 しかし、このゼロス王子のサロンは数少ない例外と言える。


「失礼するわゼロス殿下、相変わらず質素なサロンだ事」


「フンっ! フンっ! フンっ! フンっ! 入るなりっ! 失礼だなっ! お前はっ!……、ふう。これは質実剛健と言うんだ。――と、らっしゃいカミラ嬢」


 中に入ると、最低限の調度品に囲まれ、豪華な筋トレ器具でゼロス王子が一人で腹筋をしていた。

 サロンが最早サロンの意味をなしていないが、まったくもって、どうしてこうなった。


 ゲームでは彼は、本人自身の才は低いが人望型王才の、子犬系王子だった。

 しかし、何が原因かわからないが、今の王子は子犬から狼(見た目だけ)王子に進化していた。

 美貌と筋肉以外の素質が変わらないのが、せめてもの救いである。


 ……それとも、彼のファンからしてみれば嬉しいのであろうか?

 前世からユリウス一筋だったカミラには、最早知ることの出来ない事だったが。


「下町の酒場じゃないんだから、全く……」


 軽口を言い合いながら、カミラは勝手に席に着いた。

 王族と貴族の間柄ではあるが、ゼロス王子とカミラ個人としては、悪友と呼ぶべき関係。

 他に誰も居なければ、お互い対面など気にしない。


 ゼロス王子は、その鍛え抜かれた上半身(見せ筋肉)の汗をタオルで拭いながら問いかけた。


「それで? 今日はどうしたんだい、いきなり。厄介事なら帰ってくれよ。――面白そうな事なら大歓迎だけどな」


「貴男自身にとっては、厄介事半分、面白いこと半分、という事かしら」


 その辺にある出しっぱなしの菓子を勝手に食べながら、カミラは胡散臭い顔で笑った。


 ゼロス・ジラールランド第一王子。

 彼は原作ではパッケージのセンターを張る、子犬系王子だった。

 ――だった。


 よくあるクールで優秀な実力者ではなく、その反対で作中随一の無能と言われる程の非才だ。

 ――今では筋肉だが。

 

 しかし己を正しく知り、臣下が支えたくなる王の資質を持った人物像は、ゲームと同じで、その点についてはカミラも好ましく思っていた。


 それは兎も角。


「今回は『罠』、のようなモノを仕込みに来たのよ」


「おいおい、エラく物騒だな。今度は何を始めるんだ? ウチの奴らとかアメリの手間を増やすんじゃないぞ」


 面白い方か、と顔をわくわくさせ、ゼロスは続きを促す。


「今まで言ってなかったけど、私、ユリウスが好きなのよ」


「おいおい、アイツは男――って、その名前を知ってるって事は、全部承知済みか? もしかして」


「ええ、勿論よ」


「……魔王の力ってのは、王家の秘密まで丸解りなのか」


 驚いた直ぐにげっそりした顔になったゼロスを、愉しげにカミラは微笑みながら否定する。


「魔王の力はそんなに万能じゃないわ。これは私個人の術で知ってたのよ」


「そっちの方がもっと怖いわ馬鹿野郎!」


「あら、嬉しいわ」


「褒めてねぇよっ! …………それで、俺に何をして欲しいんだ。アイツは俺の配下とは言え、父上から与えられた人材だ。はいそーですか、ってお前に与える事はできないぞ」


 軽い口調で、しかし厳しい視線を向ける王子に、カミラは淡々と答えた。


「――何も」


「何も? どういう事だ?」


「強いて言うなら、彼の仕事中でも側にいる許可と、私の都合に合わせて休暇を与える事の権限を」


 ユリウス/ユリシーヌは、趣味で女装している訳ではない。

 王位継承のゴタゴタを避けるため、女児として育てられた彼は、王子の婚約者の警護、予言された聖女のサポート、そして将来的には、他国への間諜の任を任せるための訓練を受け、今ここに居る。


「……ふむ。よく解らないな、お前がその気ならどんな手段を使っても、アイツを側に置けるだろうに。何故そんな回りくどい事を?」


 怪訝な顔のゼロスに、カミラは熱に浮かされる様な口調で答えた。


「私は、ユリウスの心が欲しいのです。無論、その体も手に入る事が出来れば嬉しいですが、権力、暴力を使って無理矢理側に置いたのでは、彼は靡いてくれないでしょう。――それは、幼馴染みである王子が一番よく知っているのでは」


「……カミラ嬢は、俺より俺達の事を知っていそうだな」


「私が知っているのは、ユリシーヌ様の事だけ、後はほんの少しですわ」


「そのほんの少し、がこちらとしては一番怖いのだがな……」


 ゼロス王子は苦笑しながら、許可を出した。

 ただし半裸、仮にも貴族の乙女の前でしていい格好ではない。

 服を着ろ。


「カミラ嬢、お前の好きに口説け。――ただし、アイツが不幸になる事は許さん。幼馴染みとして、親友として、俺はアイツに、男として幸福になって欲しいんだ」


 太陽の様な笑顔を向けるゼロス王子に、カミラは真摯に答える。


「ええ、この命に変えましても」


「アイツを頼む」


 王子と堅い握手を交わした後、カミラは立ち去るべくサロンの扉の前に立ち――。


「――まあ、途中で泣きついたり、激怒したりするでしょうけど、気にしないで下さいな」


「おいっ! おいっ! アイツをどうする気だ! カミラ嬢っ!」


 しまった、と顔を青ざめながらも、面白そうな顔半分で叫ぶ。


「おほほほほほほ、ではご機嫌よう~!」


「――こんっのっ! 邪悪令嬢がぁああああああああ!」


 駆け寄って制止しない辺り、いい感じに畜生だと、カミラは愉しげに退出した。

 なお、会話の一部始終を魔法で強制的に聞かされたアメリは、その場で胃を押さえ崩れ落ち、主人公セーラに癒しの魔法をかけられていた。


 今日カミラは、普段立ち寄らない食堂へと向かっていた。

 目的は、主人公セーラに会うためである。

 

「いやー、大変でしたよカミラ様。あの取り巻きのお坊ちゃん達を、セーラから引き離すの」

「よくやったわアメリ、貴女が優秀で本当に助かってる」


 主人公セーラは、聖女として特定の血筋(攻略対象とアメリ)に対する魅了の力を持っている。

 王子にはカミラ薫製の対抗術式を織り込んだ魔法をこっそりかけて無効化しているが、恐らく王子本人には気づかれているだろう。

 アメリは気づいていないだろうが。


「ところで何でまた、あんな奴の所に?」


「ふふっ、あんな奴の所とは貴女も酷いわね。あれでもこの学院に入学した優秀な生徒よ。何の後ろ盾もない平民なのに、よ」


「……定期試験の成績が、実践魔法学以外全て平均点以下の人が?」


「まぁ、色々とあるのよ、色々と」


 聖女として覚醒した、と見なされるまではその辺の諸事情は公表されない。

 アメリが疑問に思うのも無理はないだろう。


「っと。そうそう、アイツの事じゃないんです。何でカミラ様がまた?」


「それはね『逃げ道』を潰す為よ」


 カミラはお得意の『愉しそうな』笑みを浮かべた。

 いやな予感を覚えながら、アメリは続きを待つ。


「あの方は頼れる人、行く所が三つに限られているわ」


「と言いますと?」


「一つは王子の所、これは昨日直ぐ先手を打ったわ」


「もう一つはヴァネッサ様の所ですか? 昨日の手紙も……」


「ええ、流石アメリね、よく覚えていたわ」


「……子供扱いしないでください」


 彼女の頭をよしよしと撫でると、少し不機嫌そうに口を尖らせた。

 しかし、拒否しないという事はそういう事なのだろう。


「そして最後の一つはセーラ、あの子の所よ」


「話の流れで、何となく推測は着いていましたが。なんでまた? ……確かに言われてみれば、あの女の周囲でユリシーヌ様を見かける事が多かった様な?」


「私としては、甚だ気にくわない事だけどね。ユリシーヌ様は彼女の陰からの護衛を任されているの」


「…………誰に、とは、何でとか、聞かない方がいいんでしょうね、今までわたしにカミラ様が言わなかったって事は、そういう事なのでしょうから」


「ふふふっ、やはり貴女はいい部下ね」


「怖いから、その胡散臭い笑いを止めて下さいカミラ様、ユリシーヌ様に嫌われても知りませんよ」


「あら、嫌われいる、という事は意識されている、という事でしょう。ならば問題ないわ」


「何でそんなにポジティブに考えているんですか……」


 アメリが盛大にため息を吐き出して嘆いている間に、カミラはセーラの事を思い返していた。


 セーラ、平民である為に家名は無い。

 長い赤毛が特徴的な、天真爛漫で努力家なヒロイン。

 主人公である彼女は物語終盤、今代の聖女候補として入学を許されていた事が判明した。

 そしてそれは、現実となった今でも代わりはない。


 ――セーラが転生者だという事実を除いては。


 これまでのカミラの観察により、彼女は重度の『聖女の為に鐘は鳴る』のオタだという事が判明している。

 認めたくはないが、カミラの同類である。

 しかし、それが故に二人の仲を一気に縮められる手段が存在した。


「――ほら、いましたよカミラ様。セーラはあそこです。……おーい! セーラ!」


「アメリちゃーーん! こっちこっちー! ……あれ?」


 カミラが思考に耽る間に食堂に到着した、といっても長い間ではなく、ほんの数分の事だったが。


 アメリは食堂の中央で、一人寂しく食事を取っていたセーラの下へ、カミラを案内する。


 親友(だと思っている)アメリの姿を見て喜んだセーラは、隣にいるカミラの姿を見て怪訝な顔をした。


「よっ、セーラ。朝ぶりだね、貴女に会いたい人がいるから連れてきたんだ」


「もーっ、それならアタシを連れてってくれればよかったのに。一人で寂しくご飯食べちゃったじゃない」


「ごめんごめん、それでこの方何だけど……」


 アメリの口元が微かにひきつっているのを、長い付き合いで判断したカミラは、ため息を押し殺しながら挨拶した。


「『初めまして』よね、セーラ様。アメリの主筋のカミラ・セレンディアと申します。いつも家のアメリがお世話しているようで……」


「いやいや、こちらこそアメリにはお世話に……あれ?」


「ふふっ、噂に違わぬ明るい方ね、セーラ様」


「ありがとっ! カミラ様みたいな綺麗な方にほめられちゃうと、照れちゃうな~~! あははっ!」


 大げさにくねくねと照れるセーラに、カミラは笑みを崩さないまま冷たい視線を送る。


(――はん、その態とらしい演技を止めなさい。貴女が外面だけの女って、こっちは判ってるのよ)


(ふーん、コイツが噂の学園二位の女で下僕(アメリ)のご主人様かー。ゲームじゃ存在しなかったけど、アタシより綺麗なんて気にくわないわ)


「うふふっ」


「あははっ」


(何で二人共、笑いながら睨んでるんですかねぇええええええええええええ!?)


 突如として食堂で睨み合う二人の存在に、段々と周囲に野次馬が増え始める。


「それでっ! カミラ様はアタシに何の様ですか?」


「一つ、宣言しに来たのよ」


「へぇ~、何です? 楽しみだなぁ……」


「私達、きっと解かり合えると思うのよ」


 周囲が好奇心で見守る中、カミラはセーラにそっと近づき、耳元で囁く。


「性金はコイヌショタヤンデレマッソォ」


「コンナカワイイコガレディノハズガナイ――――はっ!」


 反射的に、サタデーナイトフィーバーをしたセーラは、信じられないモノを見る目でカミラを凝視した。


「ま、まさかアンタは…………!?」


「ええ、貴女の思った通りよ」


 カミラは殊更に、にっこりと微笑んだ。

 さっき囁いた言葉は、某掲示板の専用スレに入り浸る程傾向した者しか知らない、改変コラネタだ。


 これを知るのは、前世から堅い絆で結ばれた喪女しかいない――――!


「会いたかったけど、会いたくなかったわ、性金生徒よ」


「ええ、私もですセーラ性金生徒」


 ちなみに、性金生徒とはスレ内での米欄のデフォ名である。


 険悪な雰囲気から一転、過酷な戦いを潜り抜けた戦友の様に肩を組み始めた二人に、アメリを含め困惑の視線が突き刺さる。


「成る程、ゲームと違って妙なところが近代化してたのは、アンタが現代知識SUGEEEEした所為かっ! ……ありがとう馬鹿野郎! 何しに来たこのアマ!」


 額をゴリゴリと押しつけ会い、頭突きまで後一瞬、という空気の中、カミラは一言、小声で本題に入った。


「……ユリウスきゅんは俺の嫁」


「だが断るッ!」


「ふふふっ、ふふふふふふ……」


「あはっ、あはははははは……」


 ここに、交渉は決裂した。

 双方とも、頭突きをガツンとして引き離れる。

 やはり痛かったのか、二人ともおでこをさすっていた。

 見ている者はアメリも含め、さっぱり内容は判らなかったが、その雰囲気だけが伝わり息を飲む。


「……生憎と、トゥルー目指してんのよこっちは。引っ込んでなさい、ゲームでも登場しなかったモブが」


 セーラは親の仇に会ったの如く、カミラを睨みつけていた。

 カミラとはベクトルは違うが、彼女もまた『邪悪』の範疇だ。

 極上のご馳走を前に、横取りされる訳にはいかないと激高する。

 無論の事、誰も気づかないがカミラの精神操作(軽度)の魔法の補助もあっての事だが。


 ――そしてそれは、カミラの狙い通りであった。


「残念だけど、もう手が打ってあるの。この為に色々して来たんだから。――子犬(王子)と、踏み台(ヴァネッサ)には、もう根回し済みよ」


「――――アンタっ! 無茶苦茶にする気!」


「さてね。……でもあの人のくっ殺とか、強制ジョソニーとか、とても愉しそうだとは思わない?」


(カミラ様……『じょそにー』とか『くっころ』が何なのか判りませんが、それってきっと、とても邪悪な事なんですよね、しくしく)


 アメリが胃を押さえ、そろそろ止めに入ろうかと思案し始めた時、群衆の誰かが、あっ、と声を上げた。

 セーラが、片手を振り上げたのだ。


「このっ――」


 瞬間、パァンと乾いた音と共に、カミラの頬が高らかに鳴った。

 そしてカミラは、ぐらりと体をよろめかせて派手に転び起きあがらない。


「――――っ!? カミラ様っ! 大丈夫ですか!」


(だから貴女は愚かなのよセーラ)


 倒れ伏したまま、カミラは心の中でほくそ笑んだ。

 公衆の面前で、カミラに手を出した。それこそが必要だったのだ。


 彼女が真面目に魔法の授業に励んでいたら、カミラの魔法に気づき、抵抗出来た可能性があっただろうが。

 今まで唯一の転生者で聖女という言葉に、ゲームとは違い努力をせず、胡座をかいて座っていた結果がこれだ。


 魅了の力は強い。彼女の虜である取り巻きや、魔力の低い一般生徒を使って、この事を有耶無耶にするだろう。

 だが、彼女が手を挙げた事実こそが、この先、彼女を追い落とす口実の一つとなるだ。

 そして――――。


「――――待ってくださいアメリ様。頭を打った可能性があります。カミラ様の頭を迂闊に動かさないでください」


「は、はい。解りましたユリシーヌ様!」


 そう、ユリシーヌにこの事を見せつけれる為でもあった。


「――こっ、これは違っ! この女が勝手に――っ! ユリシーヌ様っ! アタシは――!」


「私がカミラ様を医務室まで連れて行きます。アメリ様も一緒に着いてきて下さい」


 そして、ユリシーヌは険しい顔でセーラを睨むと、冷たく言い放つ。


「――セーラ様、何があったか解りませんが、貴女は手を上げるべきではなかった。後で生徒会役員に事情を聞きにに参らせます。弁明はその時にお願いしますわ」


「……っ!」


 可愛い顔を顔を歪めるセーラを残して、ユリシーヌはカミラをお姫様だっこして進み始める。

 その光景に、同情や羨望の姿と、セーラへの避難の視線が集まっているのに気づき、アメリは戦慄した。


 一方カミラは、愛おしい人の腕に抱かれ、幸福を噛みしめながら気絶したふりを続けていた。


(今回は、先手を打たして貰ったわセーラ。今度こそ貴女なんかに負けないから。)


(そして我が最愛のユリシーヌ。また一つ貴男の外堀を埋める布石を打たして貰ったわ。 貴男がこの事を知ったらどういう表情をしてくれるのかしら? とっても愉しみだわ)


 カミラの邪悪が思考をしている、と感じ取っていたアメリは、この後どうやって誤魔化そうかと考えながら、獲物であるユリシーヌに同情していた。


「……強く生きて下さいユリシーヌ様」


「何か仰いまして? アメリ様」


「何でもありませんユリシーヌ様。さ、早くカミラ様を医務室へとお運び致しましょう」


「ふふっ、主人と違って優しいのねアメリ様」


「そ、そんな事は……」


(本性バレているじゃないですかカミラ様ああああああああああああ!)


 その後、カミラは無茶苦茶気絶したふりした。


 時刻は夕方、結局はカミラの事前の根回しによって、ユリシーヌからの追求を切り抜けた後。

 サロンに戻ったカミラは、ヴァネッサからの『お見舞い』を受けていた。

 来訪の目的は先の手紙の内容、彼女との同盟、についてである。


「それで? 貴女随分とお楽しみの様だったじゃない」


「まったく持って、愉しい余興でしたわ」


 うふふ、おほほ、という笑い声が響くカミラのサロンにて、アメリとヴァネッサの取り巻き達は、悪役達の会合だこれー! ガビーン! となっていた。


 ヴァネッサ・ヴィロランド。

 ロングのブルネット巻き毛で、主人公のライバル。

 ――何故か現実では、カミラをライバル視しているが。

 彼女はつり目の悪役令嬢顔ともあって、現実的にも誤解されやすい人物であった。


 そんな人物が、学院でも噂の怪しげ美少女(笑)カミラと向かい合っているのだ。

 二人の部下達は、何があっても他の者の入室を阻止しなければならない、と意気込んでいた。

 誤解は必須の惨事である。


 無論、密会であるからして、訪ねてくる者はいないのだが、そこはそれ。

 無用な誤解は避けたいのが人の心である。


「それにしても驚きましたわ、カミラ様がわたくしと手を組みたいだなんて」


「敵の敵は味方、と言いますでしょう?」


「おほほ、あんな小物を敵だなんて、カミラ様もおかしな人ですこと」


「ふふっ、確かにあの者は小物ですわ。――しかし、そう切り捨ててはいけない理由がございます」


 さらりとカミラが述べると、ヴァネッサの前にアメリと他の者が慌て始める。


「カ、カミラ様? わたし達、ちょっと退出していいですかー。用事を思いついたもので」

「ヴァネッサ様、私達も。少々席を外して……」


「おほほ、聡いわね貴女達、でもダーメ。わたくしの勘だと、遅かれ早かれ知ることですもの、一緒に聞きなさい。よろしくて? カミラ様」


「貴女はもう遅いわアメリ。……流石ヴァネッサ様、勘なんてご謙遜を。大凡、調べはついていたのではなくて? ふふっ、早ければ今学期末にも知る事になるのだから、ご友人の方々も一緒にお聞きなさい」


「ですってよ貴女達」


「ぐぅ、カミラ様の外道ぅ……」

「……では、お言葉に甘えて」


 とんでも無いことに巻き込まれている……! と部下達が戦々恐々としている中、カミラは語り始める。


「セーラ様がこの学院にご入学なされたのは、他でもない、彼女が『聖女』様だからよ」


「正確には今代の『聖女』候補ですわよね」


「でも、他に現れていないのだから、彼女でほぼ決まりでしょう」


「僭越ながら質問を……、何故セーラ、様が『聖女』だとして、何故お二方が手を組む必要が?」


「ええ、尤もな質問だわ」


「ああ、それならわたくしも聞きたかったの。貴女には色々と『貸し』があるから、協力関係になるのは構わないけれど。何故彼女を敵視するの?」


「ふふっ、貴女達は疑問に思った事はない? 何故ゼロス殿下のご友人の方々、将来の王のお側に立つ者達が、熱心に彼女に入れあげているのを」


 カミラの言葉に皆、思い当たりがあるのか躊躇いがちに頷く。


「……その物言い、彼女が『聖女』である事に関係しているのかしら?」


「ご明察ですわヴァネッサ様。『封印されし魔王』に対抗すべく現れる『聖女』、その大いなる役割を円滑に果たすべく、強い『魅了』の力を授けられているのよ」


 『聖女』が『魅了』の力を持つ。

 それは設定資料集で明かされた、正規の設定である。

 なお、ファンはこの事に対して評価がきっちり二分しており、カミラの中の人は肯定派だったが、今となっては否定派、そのトップとも言えるだろう。


「確かに……。彼女の入学以来、不自然なまでに彼女へと、殿下の友人方が熱を上げていると存じておりますが。――それら全て『聖女』の『魅了』の力――」


「――で、ではカミラ様! リーベイきゅんがっ! 私の婚約者が急に冷たくなってあの子にベッタリなのも!?」

「あの束縛癖しかないエミール様が、婚約破棄を申し出てきた事も!?」

「ウィルソン様が、筋トレよりもわたしよりも、セーラさんにゾッコンなのも?」


「え、ええ、そうね……」

「……貴女達ったら、もう」


 食い気味に答えたヴァネッサの取り巻き、攻略対象の婚約者達に、カミラは気圧されながら肯定した。

 彼女たちの様子とは逆に、ヴァネッサは冷静になったらしく、困り顔で何かを思案している。


「あの秀才天才脳筋と名高いイケメン三人衆の正体が、そんなだったとは……このアメリの目を持ってしても見抜けなかった……!」


「一人はそんなに変わっていないのでは……?」


 とぼけた事を抜かす主従に、ヴァネッサは質問する。


「それが本当である証拠は? 国一番と認められた貴女の言うことです、恐らく本当なのでしょう……。しかし、貴族の娘として、将来の王妃として、言葉だけで信じる事はできませんわ」


 きっかりと言い切ったヴァネッサに、カミラは頷いた。


「でしょうね。では明日、王子の制服の裏に縫いつけた私特性の護符を剥がしてごらんなさい。きっと直ぐにでも彼女の虜になるでしょうから」


「――なっ!? 王子までも。……いえ、歴代の『聖女』の周りには、後に時の権力者となった者達がいたと伝わっているわ。王子とて例外ではない、でも何故王子はわたくしと――、否、それは愚問というやつね」


 ヴァネッサはそう言うと、悔しそうに礼を述べた。


「貴女がわたくしを担ごうとしている疑いはありますが――、ありがとう、殿下を守って下さって。貴女にはまた借りが出来てしまったわね」


「ヴァネッサ様、カミラ様に“借り”とは?」


 寝取られ組の一人が挙手する。


「ああ、貴女達は気づかなかったのね。昔、わたくしとゼロス殿下の仲は大層悪かったのよ。殿下にしてみれば、ご自分の器不足で押しつけられた婚約者だと思っていらしたし、わたくしも、殿下の婚約者だと言うことで我が儘放題でしたもの」


「それは……でも昔の事ではありませんか」


「ええ昔の事よ、でも高慢だったわたくしの鼻を折ったのは、――もっと我が儘だったカミラ様」


「言われてますよカミラ様」


「褒め言葉よ……たぶん」


「折れて自棄になりかけたわたくしを支えてくれたのは、ゼロス殿下だったわ。でもそれは、カミラ様の差し金だって教えてもらいましたもの」


「…………あの脳筋二号め」


(一号はウィルソン様ですか? って聞く空気じゃないみたいですね……)


 さすがカミラ様と茶々入れるアメリに肘鉄して、カミラは居心地悪そうに座っていた。

 二人の関係の改善は、あくまで己の欲望の為にした事なのだ。

 感謝されるとなると、時の流れに置いてきた筈の罪悪感が、なんというか痛む。


「カミラ様をライバルとして、幾度と無く勝負を挑んできましたが、カミラ様はその度に、殿下との仲を取り持つアドバイスを、それとなく残していってくれました……」


「カミラ様……そうだったんですね」

「今まで、強大な魔力を盾に好き放題する変人だと思っていてごめんなさい!」

「カミラ様の作った化粧品、愛用してます! ヴァネッサ様のお肌もカミラ様のお陰で艶々なんですよ~!」


「貴女達……私はどう受け取っていいのよ……?」


「いつもの様に、ポジティブに受け止めればいいのでは?」


「ま、まぁ、わたくし達が貴女に感謝している事と、同盟を受け入れる事を判ってもらえれば、それでいいわ」


「ありがとう、嬉しいわ。ああでもセーラへのちょっかいは、焚きつけるぐらいにしておいて頂戴」


「成る程、それで……。こちらから手を出せば、後々付け入られる隙を与える、という事ね」


「話が早くて助かるわ」


「――でも、もう一つ明かしておかないといけない事があるでしょう? カミラ様」


 ?を浮かべるカミラとアメリを前に、ため息を付きながらヴァネッサは問いかけた。


「セーラ様がこの学院、ひいては王国にとって驚異なのは解りました。けれど、何の為にカミラ様は彼女と戦うのでしょう? わたくしは存じ上げておりますわ、貴女が純粋に王国の為に動く人物ではないと、その行動の裏には、何らかの目的があった筈です。――そして今回も」


「何考えてんだ邪悪腹黒って言われてますよ、カミラ様」


「……認めるけど、意訳しすぎ。後でお仕置きよアメリ」


「おほほ、口は災いの元ですわね。それで、どうですのカミラ様?」


 カミラはアメリの用意していた紅茶で、喉を潤してから答えた。

 なお、アメリの縋る様な視線は無視である。



「――私は、ユリシーヌ様を愛しておりますわ」



「そう、ユリシーヌ様を愛して……愛して……? え、えっ? それは……?」


 戸惑うヴィネッサ以下を見て、アメリがやけっぱちでフォローを入れる。


「そう! 性別を越えた愛! カミラ様は性別を越えた愛をユリシーヌ様に感じているのですッ!」


「ま、まぁカミラ様には浮いた話もなかったですし? そういう事だったのかしら……? 確かに学院の女生徒の中には、ユリシーヌ様をそういう目で……、つまり、そういう事なのかしら? かしら?」


 カミラの真剣過ぎる目に、本気を悟ったヴァネッサは、本能的に身の危険を感じて、椅子事一歩下がる。

 それを見たアメリは畳みかけるように言った。


「カミラ様とて! ただユリシーヌ様が愛おしいだけでこのような事はなさりません! 何故ならば――!」


「……ごくり。何故ならば!?」


「先ほどの『魅了』の話、ユリシーヌ様にも有効なのです……。幸か不幸か、ユリシーヌ様には強い耐性がおありの様ですが。……なによりセーラは、お三方の婚約者達では飽きたらず、王子やユリシーヌ様まで狙っていると、わたしは聞き出しました……。そんな女に狙われていると知って、何故じっとしていられる事ができましょうっ!!」


「そうですわね! 真逆、王子まで狙っているとは、カミラ様、アメリ様、よくこのお話を持ってきてくださいました。わたくし、全身全霊を以て協力いたしますわ!」


「私達も!」

「お力になりまぁす!」

「だから後で例の護符、ください!」


「えい、えい、おー!」


「えい、えい、おー?」


「えい、えい、ショタ!」

「えい、えい、ヤンデレ!」

「えい、えい、筋肉!」


「……いったい、どうしてこうなったの?」


 一致団結? の姿を見せた悪役令嬢同盟に、カミラは頭を抱え、もとい大層喜んだ。



 この学院には、寄宿舎がある。

 とはいっても伝統的に、学院生徒の上位陣専用と化しているのだが。


「ユリシーヌ様がいらっしゃらないなら、私も実家から通おうかしら……?」


「そんな事言わないでくださいよカミラ様~。ここのご飯、家のシェフが作ったのより美味しいし、わたし出て行きたくありませんよぅ」


「ふふっ、冗談よ。貴女との生活も悪くはないわ」


 寄宿舎に部屋を持っているカミラは、自室でくつろいでいた。

 入浴は既に済ませており、今はアメリに髪を手入れして貰っている最中であった。

 格好は当然ネグリジェで、内面を考えなければ垂涎モノの光景であった。

 ――内面を考えなければ。


「今までユリシーヌ様を、滅多にこちらで見かけないと思ってましたけど、ようやっと疑問が晴れましたよ……」


「あら、よかったじゃない」


「うう……、こんな形で知りたくなかったですぅ……。学院一の美少女のユリシーヌ様が、真逆男だったなんて……」


「でも、これからは大丈夫よ。近い内にこっちで暮らせるように色々するから」


「何をするんですかカミラ様!? ……はぁ。あまりユリシーヌ様を困らせるのは……」


「あらユリシーヌの心配? 彼女が男だった事に拒否反応とかないのアメリ?」


 カミラの問いに、アメリは手を止めて考える。


「そりゃー、知った時は吃驚しましたけど。わりと中性的な顔立ちでしたし、男装姿が見たいっていうファン層も結構いましたし。それに、王族が関わっているなら、何かやんごとなき事情があるのでしょう? 殿下の婚約者たるヴァネッサ様も知らなかったみたいですし。何より……」


「何より?」


「――カミラ様の好きになった人ですから、悪い人ではないです」


 にこにこと断言したアメリに、カミラも素直に答えた。


「ありがとう。貴女は本当に、私にはもったいない位の忠臣だわ」


「えへへっ、それこそもったいないお言葉ですカミラ様。でも、その優しい御心をヴァネッサ様にもお伝えしてくださいね。『カミラ様とユリシーヌ様が禁断の愛に苦心している、だからなま温かく見守ろう』って噂を流してくださる、と仰っていましたから」


「これで堂々と学院内で接触(物理)が出来るわね」


「力強く言わないでください、親指を人差し指と中指の間に挟んで拳を作らないでください、はしたない……」



 一方その頃、寄宿舎の最上階。

 王族のみが住むことの許されるスペースに、一人の来客があった。

 歩く姿は百合の花の如く可憐な、長い銀髪の美少女、――少女? ユリシーヌである。


 彼は今、ゼロス王子の部屋前で立ち尽くしていた。

 中から声がするのに、ノックの返答がなかったからだ。


「……あんっ、んんっ、やんっ、……ほら、また止まってらっしゃるわよゼロス。そんな事ではまた子犬に逆戻りですわよ」


「……ふんっ! ふんっ! 今宵こそ、お前に根を上げさせてやるっ! おおおおおおっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ~~!」


 王族が住まう場所とはいえ、そこは古い古い歴史を持つ寄宿舎。

 薄い扉からは、女の矯正の様なモノと、男の唸り声が聞こえてくる。

 一見何かと勘違いしてしまいそうな状況だが、そこはユリシーヌも慣れたもの。躊躇なく扉を開け中に入った。


「またそんな事を……、ウィルソンの様に筋肉達磨になりたいんですか殿下」


「ふんぬっ! ふんぬっ! おお、ユリシーヌかっ! どうっ! したっ! お前がっ! こんな所にっ! 来るとは珍しいぃっ!」


「いつもは、ご実家の方で寝泊まりしているのでしょう? 何かございまし――きゃあ! 殿下、もうちょっと丁寧に動いてくださいまし」


「…………。私の用事の前に、まず殿下は筋肉トレーニングを止めていただけますか? そしてヴァネッサ様も、いくら重石代わりとはいえ上半身裸の殿下の腰に座るなどはしたない……」


 深いため息と共に頭を押さえ、気苦労が耐えないという風なユリシーヌを前に、二人は顔を見合わせる。


「うん、流石に失礼だったかな? すまない」


「ええ。少々、淑女らしからぬ行動だったわね。今後貴女の前では止めておくわ」


「今後いっさいしない、という言葉は出ないんですわね、お二方……」


 甲斐甲斐しくゼロスの汗を拭き、上着まで着せているヴァネッサの姿と、満足気な顔をするゼロスの前に、ユリシーヌは諦めた声を出した。


「それで、何の話だユリシーヌ。またエミール達の話でもあるまい」


「……それにも関係してくる話ですわ殿下」


「なんだまたか……」


「またかではありま――」


「うん? どうしたユリシーヌ。……ああ」


 ヴァネッサに視線を向け、言葉を止めたユリシーヌに気付き、ゼロスはヴァネッサに部屋に戻るよう言った。


「おほほ、また秘密のお話ですのね。でも大丈夫です、今回は混ぜてくださいませんこと」


「混ぜてって、これは王家の浮沈に発展するかもしれない話なんだヴァネ――」


「――わたくし、知っておりますわ。彼女が『聖女』なんですわよね」


「なっ――!」

「ヴァネッサ、どこでそれを――!?」


 驚く二人に、ヴァネッサはえへんと威張る。


「親切な『お友達』が教えてくれましたの。あのセーラ様が『聖女』であるって、エミール達を侍らしているのも、その力のお陰だと」


「は!? え!? エミール達の事がセーラの聖女の力だと言うのか! 初耳だぞ!?」

「…………ヴァネッサ様、もしやその『お友達』とやらは、我が国の、若き筆頭宮廷魔法使いではありませんか?」


「ご想像にお任せするわユリシーヌ。それとゼロス、いくらその手の事をエミールに任せっきりだったとしても、少しはご自分で調べてみたらいかが」


「ぐぬ……、わかった。いくらあの者達が優秀で信頼出来るとはいえ、こういう事態も起こりえる事も想定すべきだった。精進しよう」


「ええ、殿下は自分の過ちを、足りないところを自覚できる人ですもの、このまま努力を続けていけば、きっと良き王となられるでしょう」


「それを諫言出来る、そなたは得難い女だ。感謝しているよヴァネッサ……」


「ゼロス殿下……」


 見つめ合う二人が、そのまま世界に入ってしまわないよう、ユリシーヌは注意を引いた。

 将来国を背負って立つ二人が仲睦まじいのは良いことだが、まだ用事は終わっていない。


「……コホンッ。んんっ」


「おっと、すまないユリシーヌ」


「んもう。貴女は相変わらず真面目なんだから」


「申し訳ありませんわ。しかしご相談したい事は、まだ終わっていないのですもの」


「セーラ様が本当に魅了の力を持っているかは、明日になれば直ぐわかりますけど、他に用があるの?」


「…………どの様な手段で確かめるかは、後でお聞きするとして。セーラ様とカミラ様の諍いの件ですわ」


「それなら既に報告は受けている、何でも仲良く談笑していたら、急にセーラ嬢が怒り出してカミラ嬢を平手打ちしたという話だな」


「はい。その処分は下されましたか? まだなら如何致しましょう」


「うむ、エミール達がいないから手が回らなくてな、明日お前に相談しようと思っていた所だ」


 ユリシーヌは少し考えた後、口を開いた。


「大方、あの魔女めが何か挑発したのでしょう。しかし、手を挙げ危害を加えてしまったのはセーラ様。ここは、セーラ様に数日の謹慎、カミラ様にも何か軽めの沙汰を与えるのが妥当かと」


「喧嘩両成敗、という訳だな。ならば、さてどうするか……」


 ゼロスが考え始めると、ヴァネッサが閃いたと言わんばかりに、手を打ち合わせる。


「殿下、よろしいですか?」


「何か考えを思いついたようだな、言ってみろ」


「では僭越ながら、カミラ様には明日の休日、生徒会の手伝いをやって頂いたらどうでしょう。先ほど人手が足りないとも仰ってましたし。セーラ様のお力を確かめる件でも、彼女には学院内に居て貰ったほうがよいでしょう」


「成る程そうしよう。あの者も普段些末な書類仕事などをアメリ嬢に任せっきりと聞く。これを期に、下の者の苦労をしればいいのだ、俺の様に」


「まぁ殿下ったら、おほほほほ」


「それで本当に、あの者が苦労を知ればいいのですけれど…………」


 やや私情の入った決断に、ユリシーヌもそれでいいか、と同意すると。

 ヴァネッサから、思いも寄らぬ言葉が飛んだ。


「わたくしの大切な幼馴染みユリシーヌ、貴女、明日はカミラ様とご一緒なさってはくださいませんか?」


「…………、ヴァネッサ様。何故その様な事を?」


 一瞬、苦い顔をしたユリシーヌを見逃さずに、ヴァネッサはにんまり笑う。

 それを見たゼロスも、とある事に思い至っていたのか、援護射撃をだした。


「春が来たという事だな、よし。カミラ嬢も生徒会は不慣れだろうし、手伝え、これは『お願い』だ」


 ここに来て王子に、ヴァネッサにもカミラは根回し済みだった事をユリシーヌは悟った

 王子と気安い仲のカミラの事だ、本当の性別を知っている事も、その上で告白してきた事も、宣言していると断定して間違いがない。


 その上で、ユリシーヌに何ら命令がないという事は、王子はそれを良しとした事だ。

 更にユリシーヌは、あの時即座に口封じを考えなかった自身に気付き、非常に不機嫌な顔をした。


「……………………わかりました。明日はカミラ様を手伝うとします。では明日のセーラ嬢の件は、明日早朝にでも打ち合わせを致しましょう」


 非常に複雑な顔をしながら立ち去るユリシーヌの背に向かって、ヴァネッサは一つ問いかけた。

 幼馴染みとして、親友として、長い時間を共にした故、彼女が何かヴァネッサに言えない秘密を抱えているのは気づいていた。

 だから、この答え如何によっては、カミラの協力を一部、拒むつもりでもあったのだ。


「ああ、最後に一つ。――カミラ様はお嫌い?」


 足を止めたユリシーヌは、背を向けたまま沈黙し、ぽつりと答えた。


「親友だと、思っていました。……今は、少し。わかりません」


 ユリシーヌ/ユリウスという人物は、役目に忠実な機械の様な所が過分にあった。

 親しい仲である、ゼロスやヴァネッサになら、今でこそ様々な顔を見せてはいるが。

 学院の生徒の殆どには、綺麗な作り笑顔で壁を作っている。


 それを崩したカミラへ、ゼロスもヴァネッサも期待していた。

 ……同時に、非常に不安でもあったが。


「ならさ、その解らない事を知ってこい。もしカミラ嬢に何か無理強いされたらすぐ言えよ、俺は、お前の

味方だからな」


「わたくしもですよユリシーヌ」


「……ありがとう。ゼロ、ネッサ」


 幼い頃の呼び方を一つ残し、ユリシーヌは部屋を出て行った。

 ゼロス王子とヴァネッサは、ユリシーヌの幸せを願った。

「では、昨日学院の食堂において、無用な諍いを起こした罰ですが――生徒会の仕事を手伝って貰います。いいですねカミラ様」


「あら酷いわユリシーヌ様。私は被害者だと言うのに……」


「どの口が言うのです魔女よ、大方貴女が彼女を挑発した結果ではないのですか」


「まあ残念なことに、私との会話の中でセーラ様の癇に障った言葉でもあったのでしょう。私の不徳の致す所ですわ。甘んじて罰を受け入れましょう」


「顔が笑っていますわよカミラ様。貴女ときたらまったくもう……」


 朝食の後、例によってアメリをセーラに派遣した直後の思わぬ来客を、カミラは喜んで向かい入れていた。


「それで? 何時から、何処で何をすればいいのでしょう? 勿論、生徒会に入っていない私にも、滞りなく手伝える様に、何方かが一緒にいてくれるのですわね」


「……はぁ。ヴァネッサ様からでもお聞きしましたか。ええそうです。今日は私と共に手伝って頂きます」


「ふふっ、嬉しいわ。他ならぬユリシーヌ様とご一緒出来るのですもの。私、頑張りますわ」


「――っ、そう、ですか……」


 先日の出来事など、何も無かったかの如く振る舞うカミラに、ユリシーヌは困惑と安堵を覚えていた。

 男であることがバレた事も、告白された事も、面と向かって今一度蒸し返されたら、どう返事をしていいかわからない。


(ふふっ、苦悩してらっしゃるわね。物憂げに瞳を伏せる美貌の女装少年……いいわぁ)


 ともあれ、このままユリシーヌを堪能していてもいいが、それでは色々と勿体ない。


「それでユリシーヌ様、今日はどの様な事をするのです? 何か特別な準備とかは要りますか?」


「……え、ええ。大丈夫ですわカミラ様。先ずは本校舎の生徒会室に参りましょう。そこで必要な書類を持ったら、各部活動を回ります。もう直ぐ『魔法体育祭』でしょう。部活動参加種目の各種調整が間に合っていないのですわ。それから、余裕があれば備品のチェックも」


 魔法体育祭、それは普通の学園乙女ゲーでの体育祭イベントである。

 魔法が存在するこの世界において、先人達は別段、体育祭と分けて実施する必要がないと考えたのか、ごたまぜである。

 ――結果。体育祭というよりか、何でもありの学院最強決定戦。というイベントになっているのだが。


 閑話休題。


「成る程、ヤりがいがありそうですわね」


 カミラは内心、べろりと舌なめずりした。

 これは公然とユリシーヌと物理的にくっつける大チャンスである。


(そう言えば、魔法体育祭にも色々仕込みはして置いたわね。無駄にならなくてよかったわ)


 無駄になった方が、ユリシーヌやアメリの心身にはいいのだが、そこはそれ。

 もっと言えば、今回の様な事態も想定して、色々とハプニングを起こせる手筈は整えている。

 後はアメリに魔法で念話を送って、人員配置を始めさせれば――。


(アメリ! アメリ! 貴女の敬愛するご主人様のお願いよ、至急! 学内デートラブトラップ計画A案を発動するのよ! 繰り返す――)


「……? どうしましたカミラ様、置いていきますよ?」


「あ、ごめんなさいユリシーヌ様、少し考え事をしていたのよ。すぐ行くわ」

(頼んだわよアメリ!)


 いきなり無茶言わないでください、と帰ってくる念話を無視して、カミラは先を歩くユリシーヌへ走り出しだ。


「ふふっ、ふふふっ……!」


「随分楽しそうですねカミラ様、今度は何を企んでいらっしゃるので?」


「内緒よユリシーヌ・さ・ま! えいっ!」


「カ、カミラ様、近いです、暑いです、くっつかないで下さい」


「いいじゃない偶には、『女』同士の何でもない触れ合いなのに、今まで一回もさせてくれた事ないでしょう?」


 むぎゅっと、胸をユリシーヌの腕に押しつけて歩き、カミラはご満悦である。

 見た目には、美しい少女が二人、戯れながら歩く姿が。

 実際には、女装少年と彼をからかう妖しげな少女の構図が。


「ああっ! これから二人でお仕事なんて……楽しい、愉しいわぁ」


「ぐっ! こういう手で来るのですか貴女は……。やはり魔女という名は貴女にこそ相応しい」


 ――魔女。

 それだけ聞くと、誤解されがちではあるが。

 そ若くして魔法を極めたカミラに、ユリシーヌが送った賞賛の愛称であった。

 今では学院内に、畏怖と災厄の意味で広まっているが。


「ふふっ、ユリシーヌ様は『女の子』ですもの、私の様な魔女で恐縮ですけど、いつか伴侶が出来たときの予行練習ですわ」


「…………本当に貴女はぬけぬけと、減らない口ですわね」


 女装のことを持ち出されては、拒否するわけにもいかず、ユリシーヌは渋々諦め、カミラのなすがままになる。


 ユリシーヌという偽りの姿で、カミラとは仮初めの親友であった。

 出自故に疑われる訳にもいかず、結果として他の生徒から壁を作っていた。

 孤高で誰も触れられない『白銀』、そうでいなければならないし、それでいいと思っていた。

 カミラがその壁を壊すまでは。


「……私達の魔女カミラ。貴女が何故、何時から本当の私を知っていたのかは今は聞きません。あの不可解な魔法の事も。……怒ってますもの、戸惑っていますもの。だから、あの時の返事も返しません。でも――」


 隣にいなければ聞き逃してしまうような小声に、カミラはただ耳を傾けた。


「――貴女には、感謝しているのです」


「では、今までと変わらず、お近くにいても?」


「出会った頃は拒否していたのに、それでも無遠慮に近づいてきたのは貴女でしょう。今更言うまでもないですわ」


 思わぬ言葉に感極まったカミラは、愛を告げようとし、ぐぐっと自重した。

 だが我慢した分、暴走した想いが言葉となって溢れる。



「――では、では。ユリシーヌが花を摘みに行きなさる時も、お召し物を変える時も、就寝なさる時も、側にいていいのですね!」



「貴女はいつも、私との会話の裏でこのような事を考えていたのですか!?」


「恋する乙女と言うものは、そういうモノですわ」


「この世の全ての恋する乙女に謝って下さいッ! 今すぐにッ!」


「あらあら、こんな事も解らないなんて、ユリシーヌ様は本当に『乙女』ですの? これは後でじっくりねっとり調べなければ、ハァハァハァハァ」


 後どころか、今まさにユリシーヌの体をまさぐり始めたカミラに、怒りの拳骨を落とす。


「――ふぎゃっ!」


「この世の『乙女』に代わって天罰です。調子に乗る人とは、もう喋りません」


 つんと、ユリシーヌは可愛いらしくそっぽを向いた。


「もう、ユリシーヌ様っていけずなんだから……」

(この人、本当に男なのかしら? いやいや男よね、服の下は以外と逞し――)


「何か不埒な事を考えましたね、今日はカミラ様一人でお仕事をしたいようで」


 ゴゴゴと怒気を孕ませた言葉に、カミラは反射的に腕を解きビシっと敬礼する。

 無視が一番辛いのだ、狂ってしまう。


「はっ! 申し訳ありませんですわ白銀のユリシーヌ様! このセレンディア家令嬢カミラ、粉骨粉砕の精神で頑張らせて頂きます!」


 なので、カミラはこの後、真面目にお仕事した。「しかし、以外と早く終わりました。予定では午後過ぎまでかかる筈でしたが」


「ええ、皆さん思ったより協力的で、やはり『白銀』のユリシーヌ様はご人望がありますわね」


「あらあら。私の目には皆一様に、貴女に驚き慄いていた様に見えましたわ。流石は学院の黒幕といった所ね」


「ふふっ、困ったものね。黒幕という言の葉はヴァネッサ様にこそ相応しいのに」


「流石に、貴女には負ける思うのですが……」


 学院の食堂も休日は営業していない。

 生徒会室でアメリから届けられた昼食を食べた後は、急いで仕事を始める事はなかろうと。

 二人っきりで、紅茶片手に優雅に談笑していた。

 なお、平の生徒会役員はカミラの微笑み一つ(暗黒微笑)で外に食べに行き、そのまま午後の作業に入るそうである。

 勤勉なことだ、勤勉なことなのだ。


「そうそう、恐らくですけど。今日の仕事が減ったのは、ゼロス殿下のお陰かもしれません」


 カミラはユリシーヌをからかうべく、次の邪な一手を打つべく、王子を犠牲にする。


「あら殿下が? けれどあの方に、他人の分まで仕事をこなす要領がおありでしたかしら?」


「ふふっ、ユリシーヌ様もお言いになるわね。この前サロンにお邪魔したときの事ですけれど、殿下、筋トレしながら何やら書き物をなさっていて……」


 そこでカミラは、力強く拳を握りしめて出来るだけ低い声をだした。


「おおっ! 見てくれカミラ嬢! ふんっ! ふんっ! これなら仕事と筋肉をっ! 一緒に出来るっ! 方法を見つけたぞぉっ! ふんぬーっ! これを見たならっ!ウィルソンやエミール、リーベイも戻ってくる筈だっ!」


 余談だが、リーベイとは現在セーラが寝取った三人衆最後の一人であり、陰のあるひ弱ヤンデレキャラだ。


「……ごほん。等という事が」


「………………くっ、おいたわしや殿下。あの脳味噌まで筋肉で出来ているウィルソンですら、思いついてもやらなかった事を」


 もしかしてあの行為は本気ではなく。三人と離れ、寂しさや仕事量に負けた殿下の奇行だったのでは。

 と、今更ながらに思い至ったカミラの肩を、ユリシーヌがガクガクとゆする。

 真逆、隣に座った弊害がこんな所で出ようとは……!


「魔女! 我が友の魔女! せめて殿下を筋肉に傾向する前に戻す事は出来ませんか!? 出来ないのならばせめて原因だけでも!」


 わりとマジなユリシーヌの眼力に、カミラは目を反らしながら思案する。

 戻せなくもないが、王子の変化はカミラの仕業ではなし、戻したらつまらない。

 かといって原因に心当たりはまったく無いが、前にちらりと何か聞いた気もする。


「……そういえば」


「そういえば?」


「殿下が筋トレを始めた頃、嬉しそうにヴァネッサに勧められたと、話していた様な……?」


「ヴ、ヴァネッサ様……、貴女はなんと言う事を……」


 ふらっと、色っぽくよろめき、がくっと失意体前屈を見せるユリシーヌの芸の細かさを堪能しながら。

 カミラは魔王の力をフルに使って、後ろに回る。

 咄嗟の事だが、準備は万端だREC。


「……まぁまぁ、元々、得意とするところが無かった殿下ですもの。肉体ぐらい伴侶の好みに合わせて鍛えるぐらい、どうって事ないですわ。はぁはぁじゅるり」


 男だと言われても、誰もが信じられない美しい曲線を描く尻を、カミラは目と脳と、魔法で映像を記録する。


「確かにそうですけど、物事には限度と言うものが……。カミラ様、息が荒いようですが何を――はッ!」


 ユリシーヌが四つん這いのまま振り向くと、そこには血走った目で凝視するカミラの姿が。


「何でもありませんは、ユリシーヌ様。触りたくなる尻――――ゲフンゲフンっ! いえ、どの様なポーズでも絵になるな、と」


「もう少し本音を隠して下さいカミラ様ッ! それから手にもった妖しげな水晶はなんですッ!」


「いえいえ、急に占いをしたくなっただけで、決して美尻を記録などしては――」


「ええいッ! 何をしてるんですか貴女はッ! チィッ! 逃げるなッ! 魔女めがッ!」


「素が出てますわよユリシーヌ様、淑女らしくしませんと~!」


 鬼の形相で追って来るユリシーヌを背に、付かず離れずの距離を維持して、校舎の外の庭園へ向かう。


(ふふっ、引っかかりましたわねユリシーヌ様! めくるめく濡れスケの時間ですわっ! そしてそして、その後は――!)


「ふふふっ、鬼さんこちら、ここまでいらっしゃーい!」


 目的地へと到達したカミラは、念話の魔法でアメリに合図を送る。

 それ、もうすぐだ。

 一……、二……、……三!


「捕まえまし――――きゃあッ!」


 ユリシーヌがカミラの腕を掴んだその時、二人の上から、ばっしゃん、だばー、と大量の水が降り注ぐ。


「ふふっ、水も滴るなんとやら、ですわねユリシーヌ様」

「…………これも貴女の仕業ですかカミラ様」

「ご想像にお任せするわ」

「私とした事が、こんな手にひっかかるなんてぇ…………」


 疲れた顔のユリシーヌは、水で白銀の髪を顔に張り付かせながら、情けない声を出した。

 少し遠くから、男子生徒が物凄い勢いで謝罪する声が届く中。

 カミラは百年の恋もさめる形相で笑い、濡れスケを堪能し始めた。


 それはカミラにとって、至極の時だった。

 学院の白い夏服は透けて肌に張り付き、所々肌色を染める、スカートからは水が滴り、腰や臀部の形をいっそう引き立たせる。

 上は黒いブラが透け、濡れた髪が頬や首筋に張り付き、数本の髪の毛が唇あたりに留められているのは、とてもセクシーだ。


(これで、あの綺麗な青い瞳に睨まれているんだから。背筋がぞくぞくしちゃう……!)


 謝りにすっ飛んできた男子生徒も、謝罪を繰り返しながら唾を飲んで熱い視線を送っている。

 お行儀の良い貴族の子弟すら、我を忘れる絶景。

 ――なお、同じように濡れ透けしているカミラは眼中に無い模様。


「事情は解りました。失敗は誰にでもあるものです、もう気にしないで下さい。――それはそれとして、そんなに凝視しないでくださいませんか?」


「――――はっ、はいいいいいぃっ! 申し訳ありませんでしたぁあああああああああああ!」


 目だけは笑わないでにこやかに言われた言葉に、我に返った男子生徒は、逃げるように去っていった。

 否、逃げたのだろう。

 残るは相変わらず凝視しているカミラのみ。


「……貴女もですよカミラ様。まったく私などを辱める様に見て、何が楽しいのですやら」


「ふふっ、突き抜けた美は見る者の性別を越える、と言うことですわ」


「カミラ様の様にですか?」


「ええ、勿論ですわ」


「頭が痛くなってきました……」


(――あれ? 何故ユリシーヌ様は、先程より私と目を合わせないのでしょう? ……真逆)


 視線を合わせぬまま、何気ないふりで後ろを向いたユリシーヌの姿を、カミラはじっくりと観察した。


(…………相変わらず羨ましいくらいに白い肌、でも気のせいかしら、耳が赤い?)


 もしかして、気のせいではないのであろうか。

 これは、つまり、そういう事なのであろうか。

 嬉しい疑問を確かめるべく、カミラはそっと近づく。


「ユリシーヌ様っ! ……もしかして、見ました?」


「み、見てなどいないっ! いやっ、決して見てはいませんからねっ!」


「ふふっ、嬉しいですわ。私のカラダに魅力を覚えてくださったのでしょう――ふうっ」


「――――ッ!? うわッ! わわわわッ! 耳に息を吹きかけるな性悪魔女よッ!」


 吃驚して素が出ている事にも気が付かないユリシーヌは、思わず振り返ってカミラを見てしまう。


「いいんですのよ。私達『女』同士ですもの、いくら見ても、触ってもよろしくてよ」


 生まれて初めて受ける直接的な誘惑に、慌てふためくその姿に、カミラは潮時を悟って、アメリの出動を要請する。


「~~~~ッ! ば、馬鹿者がッ! 着替えに戻――」


「大丈夫ですかカミラ様! ユリシーヌ様! あちらに着替えをご用意いたしましたっ! どうぞお使い下さい!」


「――感謝するわアメリ様」


 アメリが来た途端、ユリシーヌの姿に戻るその一部始終を目撃したカミラは、笑いを堪えながらアメリの案内に着いていく。

 無論の事、ユリシーヌが逃げないように手を引いて、

である。


「さ、さあ……ぷっ、くすくすくすくす……、い、行きましょうユリシーヌ、様。くすくすくす……」


「ぐ、う……、頼みますから笑わないで下さいカミラ様」


 アメリに案内され二人がたどり着いたのは、演劇部の倉庫だった。

 言うまでもなく、カミラの仕込み百パーセントである。


「では、この衣装をお使いください。古くなって廃棄処分するやつで申し訳ありませんがで……」


「いえいえ、ではわたしは……。あ、そうそう、もし気に入ったのであれば、そのままお持ち下さい、ユリシーヌ様ならそのお姿も大歓迎です、と有志からの言葉です」


「はい、ありがとうございます……?」


「ご苦労さまアメリ」


「カミラ様も、ユリシーヌ様にご迷惑ばかりおかけしないでくださいね。ではっ!」


 たったったと軽やかな足取りで、アメリは去っていった。


「では着替えましょうかユリシーヌ様、ああ大丈夫ですよ、今回は録画しときませんから」


「何やら引っかかるモノがありましたが、よしとしましょう……、何故神は、貴女に録画の魔法などというものを閃かせたのか……理解にくるしみます」


 この世界において、元来「録画」という技術はなかった。

 魔法で「写真」を作り出す技術なら既に存在していたが、不思議なことに動画までは至っていなかったのだ。

 「録画」という魔法は、カミラの現代チートで発明されたモノの一つで、後世において、だいたいカミラの所為、と言われたオーパーツ群の一つである。


 そんな些末な事はさておき、万が一見られても良いように、とストリップさながらの着替えを行っていたカミラの努力……努力? も空しく。

 ユリシーヌは手に取った衣装で、困惑していた。


「…………カミラ様『また』仕込みましたか?」


「いいえ、どうしたのですか? ユリシーヌ様」


 言うまでもなく、嘘である。


「いいんです。きっと着るしかないのでしょう、この外道…………はぁ」


 ユリシーヌとカミラに用意された衣装は、男装用の派手な王子様衣装である。


「振り返ってもよろしくて? 中々面白い格好になったでしょう? ユリシーヌ様はどうかしら?」


 カミラの衣装は、赤を基調とした軍服風の衣装だった。

 ベルベットのマントが、如何にもといった所である。


「ええ、大丈夫ですよカミラ様。どうです私の男装もにあっているでしょう」


 やけっぱちな声にカミラが振り向くと、そこには漆黒の王子がいた。


 制服だとスカートでわからない、すらりと延びた足。

 服の上からでも、逞しさを感じさせる胸板。

 肩幅は誤魔化される事なく、男のモノだと主張し。


 女性として化粧された顔と長い髪が、元は女? だという事を証明していた。


 ――これこそが、カミラだけの王子様。

 ユリシーヌも彼の半分で好きだが、やはり、男としてのユリウスを好きになったのだ。


「――王子様。ああ、ああ、夢見ていたわ『ユリウス』。貴男はどうあっても、男の格好をしてくれなかったもの。こんなに簡単なんだったら…………ああ、ちなみに胸がストンとしていらっしゃいますけど、その、どうしたのです?」


 怖いぐらいに陶酔していると思ったら、後悔に満ちた死んだ目で苦虫を潰した様な顔へ、かと思えば、可愛いらしく首を傾げ、くるくると表情を変える彼女に、ユリシーヌ/ユリウスは確信した。


「きっと、貴女は。私だけには表裏のない人なのでしょう。……その善悪は定かではありませんが。――あと胸の事は聞くな馬鹿、解っているだろうに」


 軽いため息と共に出された言葉に、カミラは胸を押さえた。


「ご理解頂けて、非常に嬉しいですわ。――そのついでと言っては何ですが、少しいじらせて貰っても?」


「嫌だと言っても、貴女はどんな手を使ってでも実行するのでしょう。――好きにしろよ」


「ええ、私の我が儘を『いつも』最後には聞いてくれる、そんな貴男が好きですわユリウス。ええ、男前にして差し上げますわ」


「お前好みの、と言う前置きが付くだろうに……」


 そう苦笑しながらユリウスは、カミラが遣りやすい様に背の低いチェストに座る。


「段々と『また』私を知って頂けている様で、嬉しいですわ」


 楽しそうに出された言葉は、その裏で泣き出しそうな顔だった。

 ユリウスはその事に気づいていたが、踏み込まなかった。

 カミラの言葉の端々に出てくる違和感、狂気すら詰まったそれに、今は触れるべきではない。


「……私が、踏み込んでいいかも判らないしな」


「何か言いました?」


「いや、上手いものだな、と」


 カミラが聞き取れなかった事をいいことに、ユリウスは誤魔化した。

 ――実際、カミラの手際が見事だった事もあるが。


「この数秒で、メイクを男モノに変えたのもそうだが、髪を切った様子もないのに、どうやって短くしたんだ?」


 ユリウスは短くなった己の髪の先、見えない髪を手に取った。

 近くの鏡で見たところ、普通の男性の様に短くなっているのに、変わらず重く、確かな感触がある。


「『光学迷彩』の魔法を使いましたわ、魔法をかけた所をガラスよりも水よりも透明する魔法です」


「また危ない新しい魔法を…………、もしかしてあの盗撮写真はそれで?」


「ふふっ、さあどうでしょう。――これこそがユリウスですわ」


「……この様な姿になったのは、もしかして初めてかもな。で、私――いや俺に、こんな格好をさせて何がしたいんだ? こうなったら最後まで付き合うさ、カミラ嬢なら、今更周囲にバラして、私を破滅させるような事はしないだろう」


 挑むように向けられた視線に、カミラは宛然と微笑んだ。

 ――アメリがいたら、何故そこで悪役ぶるのだとツッコミが入ったであろうが。


「勝負を」


「勝負?」


「今から貴男は、ユリシーヌの親戚の『ユリウス』ですわ。ユリシーヌと約束があって迎えに来た、とでも言っておけばバレません」


 万が一、億が一、真実に気づいた勘の良い者はいたならば、その時はカミラが責任を持って『転校』させるつもりである。


 なお先に言っておくと、目的地に向かう道中の人間は全てアメリの手が息が掛かっており、ユリシーヌだと判らないフリを強制させられているのだが。


「成る程、もし俺がユリシーヌだとバレれば俺の負けか?」


「いいえ、その時は私の負けですわ。――その時は、貴男から一つ罰ゲームでも受けましょう」


「バレなければ俺の勝ち、と。その場合はどうする?」


「――貴男の望むモノをなんでも一つ」


「なら先程の『光学迷彩』とやらを教えてくれ、あれは俺の様な人間には非常に有効な魔法だからな」


 ユリウスの望みが想定とは予想外で、カミラは肩すかしをくらうが、それもまたよしと考え直した。

 ドキドキ蜂蜜個人授業美味しいです。


(ふふっ、ユリウス様も甘いわね、勝っても負けても私に得しかないのよっ……!)


「では行こうかカミラ嬢、いやこの場合は……カミラ、君を呼び捨てにさせてもらおう。その方がらしい筈だ」


「呼び捨てなんて、恋人になった様で嬉しいですわ。私、死んでもいい」


 恍惚となるカミラに、ユリウスが真実の一端を言い当てる。


「…………解りたくないが、だんだん解ってきた。カミラ、お前俺のこと好き過ぎじゃないのか?」


「告白の返答を頂けるのでしたら、私の全てを晒しますが?」


 くるりと正気に戻り抱きつくカミラを、ユリウスは邪険に払った。

 ――しかし何故この女、雑に扱われて喜んでいるのだろうか?


「答えないと言った筈だぞ、性悪魔女め……。はぁ、では行くとしよう、目的地はあるのか?」


「この部室棟から、大回りで校庭、庭園、門、寄宿舎へ、よろしくて?」


「ああ、では勝負だ――!」


 ユリウスは力強くその一歩を踏みだし、カミラはユリウスの尻を堪能するため、後ろから付いていった。


「はッはッはッ! 男としての俺も流石……なんて言うとでも思ったかカミラ、お前はいったい何がしたいんだ!?」


「あだっ! あだだだだっ! ギブっ! ギブですユリウス様! 握力意外と強っ! 頭割れるっ!」


「いやー申し訳ありません、ユリシーヌ様、カミラ様に言われて仕方なく……しくしくおよよ」


 ゴールである寄宿舎が見えるまでもう少し、カミラはユリウスにアイアンクローをくらっていた。

 原因は、門前に仕込んだ生徒に棒読みが混じっていた事と、それに付随するアメリの裏切りである。


「――ふんッ! この勝負、カミラの反則負けだ、いいな」


「ううぅ、解りましたわ……」


「罰としてお前の持っている魔法で『世に出していない』ものを、この学院の生徒達に『授業』で教えてもらおう」


 つまり、ドキドキ二人っきりの蜂蜜授業ポロリもあるよ、は無期限延期である。

 ――諦めたとは言ってない。


「ぐ、ぐうぅぅぅぅ、そんなぁ~~」


「この短い時間で、カミラ様の操縦方法を学ばれたのですかユリシーヌ様、流石です! 」


「……認めたくはないのだけれど、私には『比較的』素直みたいなので」


「そうでしょうねぇ……、ああ、急に女言葉に戻らないでくださいユリシーヌ様、男装姿だと何か気持ち悪いです」


「ぐッ……。気を、つける……気持ち悪い……」


「アメリ、貴女って私以外にも結構容赦ないのね」


「大丈夫です、人は選んでますからっ!」


「選んで、学院一の令嬢にその物言いなのね……」


 アメリの胆力に驚いている間に、寄宿舎の門の前へ。

 何事もなく中に、とはいかずユリウスは玄関の前でたむろっている一団を発見した。

 内訳は、女一人に男三人の逆ハーレム集団。

 セーラと堕とされし婚約者達であった。



「ユリウスっ! ユリウスじゃないっ! 何でこんな所に…………、カミラっ! アンタ真逆――」



 大声で叫んだセーラに、カミラはニヤリと微笑んだ。

 そして見せつける為に、ユリウスと腕を組み口撃を始める。


「あらあら、これはこれは、ごきげんようセーラ様。もう自室謹慎の方はよろしいので?」


「――っ! あ、アンタには関係ないわ。それよりどうしてユリウスと……」


 謹慎中であるセーラを注意しようとしたのであろう、何かを言い掛けたユリウスの袖をちょこんと引っ張り、カミラは前に出た。

 この状況こそが、今日一番望んでいた状況だった。


「ふふっ、随分と大きいお耳をお持ちなのねセーラ様、ユリシーヌ様が男装してユリウスと名乗る『遊び』をしてから、まだ三十分も経っていないのに、その名を知っているなんて」


 カミラの指摘に顔色を変えたセーラは、くぅ、と唇を噛みしめて言い訳を始める。

 だが既に時は遅い、ユリウスは、セーラが知る由もない情報を知っている事に、不信感を露わにしていた。


「――見苦しいですわセーラ様、生徒会長である王子から直々に下された謹慎を守らず、複数の殿方を侍らして遊んでいらしているなんて」


「何を言うカミラ嬢! 謹慎の件も貴女が仕組んだ事だと聞いているぞ! 挙げ句、ユリシーヌ様にこんな格好をさせて、卑怯者め! 恥を知れっ!」

「……貴女こそ、……毒婦」

「俺の筋肉が言ってる……、貴様こそがこの学園の悪であると!」


「あらあら、嫌われたものね。生徒会の仕事も王子の補佐も、婚約者もほっぽりだして平民の女に入れあげる殿方は、流石、言うことが違いますわ」


 ショタ、根暗、筋肉は思い当たる節があるのか、仲良く三人黙り込む。


「――ホンッット! 何なのアンタ! 名前さえ出てこなかったモブの分際で、いきなり現れてアタシの邪魔してっ! アンタもファンなら解るでしょう!? アタシは良いけど、三人を責めないで!」


「セーラ」

「……セーラ」

「おお、セーラ!」


 手を広げ三人を守るように悪へ立ち向かうセーラ。

 そして感動で声を震わす三人衆。

 茶番もいいところの光景にしかアメリには見えなかったが、妙に厳しい顔をするユリシーヌとカミラの様子に怪訝な顔をする。


(そういえば、初めて見るわね……、これが彼女の『力』、いえ『呪い』……)


 魔法に秀でている訳ではないアメリには解らなかったが、カミラとユリシーヌには見えていた。

 セーラが三人を庇った瞬間、確かに『魔法的』に空気が変わったのを。 

 そして、カミラだけが気づいていた。

 セーラの足下に、花がたった今咲いたのを。


「……ッ! これが貴女が言っていた『魅了』というモノですか。普段から対策していなければ、私も持っていかれる所でした……」


 ユリシーヌの背景はゲームと同じだ、故にゲームでもセーラの魅了の力に気付き、危険視して監視のため側にいるイベントが発生し個別シナリオに入る。

 ――だが、ここはセーラがいて、そして現実だ。



「……ああ、私は『知って』いたわ。セーラ、貴女は自分に素直で、そして彼らを真実、想っている人」



「あ、アンタ何を……」


 突如として褒め言葉を送ったカミラを、訝しむセーラ達とユリウス。

 アメリは、また始まったと言わんばかりの顔だったが。

 相手を認めて、問う。その上で叩きのめすのがカミラ流である。



「セーラ様、貴女に今一度聞きますわ。――この学院で、その存在で、貴女は何を為しますの?」



 カミラから放たれる、ゴウ、という威圧感に負けるものかと、セーラは一歩踏み出して啖呵を切った。



「――アタシは、皆を救うの!」



「皆とは?」



「ゼロス王子、リーベイ、エミール、ウィルソン、ユリウス! ついでに学院の皆! おまけでアンタも救ってあげてもいいわっ!」



「それは何故、何の為に、貴女に何をもたらすの?」



「ふんっ、白々しい! アンタだって解ってるでしょう! アタシは『選ばれし者』で主人公! いずれ、封印された魔王だって倒してみせるっ! だから権利があるのよ、皆に愛されて、幸せになるって。

 ――途中でしゃしゃり出て、ユリウスをかっさらって行こうだなんて、そんなの『シナリオ』になかったし、アタシだって許さない!」



 ――それは、あくまで自己中心的な善性の『光』だったのであろう。

 しかし、何であろうと『聖女』の力を呼び覚ます『光』だったのだ。


「えっ、えっ!? 何が起こっているですかカミラ様っ! セーラがピカーって光って、周りに花が……ええっ!?」


「やはり、セーラはただ者じゃなかった……!」

「……もしかして、伝説の……」

「ああっ! セーラこそ予言された『聖女』」


 三人にちやほやされて満足気なセーラは、上から目線でカミラを鼻で笑った後、ユリウスに粉をかける。


「――ふんっ、アタシこそが何を隠そう『聖女』なのよ、封印されし魔王に本当の終焉をもたらす者、特別じゃないアンタはお呼びじゃないの…………、ねえユリウス、そんな悪役顔のモブなんてほっておいてアタシと一緒に来ない? アタシがアンタを救ってあげる」


 途中からは丁寧にも原作セーラの台詞を再現するセーラに、カミラは感心する。


(イベント時期はズレてるけど、聖女の力に溺れて自棄になった時のセリフをここで入れてくるとは……、もし、シナリオの強制力というのがあるのならば、成功していたでしょうね)


 きっと、ユリウスは彼女の側に監視に付いた筈だ。

 ――だがそれも、カミラがいなければの話。


「随分と大層な望みと、我が儘な愛をお望みなのねセーラ様。――勘違いも甚だしいわ」


「何ですって!?」


「私たちの『主人公』は、貴女の望む様に、世界を救い愛を勝ち取ったかもしれない……、でもそれは全て、結果があったからこそなのよ」


「ふんっ、負け犬の遠吠え? アンタこそ見苦しい――――っ!?」


 セーラは最後まで言えなかった、そして、誰もが困惑していた。



「――可哀想な人。……ごめんなさい、貴女の望むモノは全て手に入らない。勝利も愛も――だって、私が持っていってしまったから『全て』」



 奇妙な光景だった、そして不吉さえ感じさせる光景だった。

 艶やかに華やかに咲き誇っていた花々が、今度は一斉に枯れ堕ちていき、ついには塵となって消えた。

 残るは、以前と変わらぬ玄関前の姿である。


「アンタ…………アンタ真逆!? 自分が何をしたかわかってんのアンタ!?」


 この場で唯一、セーラだけが正確に事態を理解していた。


 自分が倒すべき魔王は既に殺された上、カミラがその力を継承している事。


 そしてセーラの目から見た順風満帆だったシナリオが、既に取り返しの付かない所まで破綻している事を。


「アンタアンタと、それしか言えないのですかセーラ様」


「うるさいっ! どうしてくれんのよっ! これからアタシはどうしたら……答えないさいよっ! このっ! このっ!」

「……ふふふっ、あがっ、こほっ、こほっ、……ふふ……こほっ」

「――セーラ様、お止めなさいッ! カミラ様の首から手を離してッ! おいッ! そこの盆暗三人、手伝えッ!」

「カミラ様、今お助けしますっ!」

「放してユリウス! アメリっ! こいつ殺せないっ!」


 セーラの叫びで混迷に陥るかと思えた事態だが、その時、ドンッと扉が勢いよく開かれた。


「こんのっ馬鹿者達がッ! 何をしてるんだ――――ッ!」

「カミラ様! ご無事ですか!?」


 腐っても王族とその婚約者、一喝し一睨みすると。

 組み伏せられたセーラと、喉を押さえるカミラを除く、全ての者がその場で臣下の礼をとった。



 結果として、セーラは罪に問われなかった。

 国内でも有数の権力と最大の経済基盤を持つ、被害者本人であるカミラが、望まなかったからだ。


(『聖女』であるセーラを今処分したら、何が起きるかわからないじゃない!)


 そんなカミラの内心など知る由もなく、アメリやヴァネッサ等は慈悲深さを称え。

 ゼロス王子やユリシーヌは、何企んでるんだコイツ、といった目で見ていた。


「取りあえず、あの者を独房にて魔法体育祭まで謹慎としたが、本当によかったのかカミラ嬢?」


「ええ、それでいいのですわ」


 首の痣をわざと治さず、被害者アピールしながらカミラは微笑んだ。


(本来なら『聖女』に覚醒するのは魔法体育祭のトーナメント優勝決定戦での事、シナリオから外れた今、どこまで修正力が起こるか確かめないと、ユリウスを堕とす事すらままならないわ)


 こんな邪悪そのものに狙われるユリウスは不憫としか言いようがないが。

 ともあれ。

 セーラを除いた彼らは今、寄宿舎の食堂にいた。

 カミラの要望で、寝取られ三人組と、寝取られた三人娘も同席である。

 なお、カミラとユリシーヌは着替え済みで、カミラが大いに嘆き悲しんだ事を追記しておく。


「……それで、ヴァネッサ様。わたし達は何故呼ばれたのでしょう?」

「私の愛しい根暗エミール様も」

「うちの脳味噌筋肉様も、何故縛られて転がっているのですか?」


 ちゃっかりエリカ、フランチェスカ、グヴィーネの寝取られ三人組が各自の婚約者、リーベイ、エミール、ウィルソンを抱き抱え確保しているのは、流石と言えよう……言えよう?


「今日は、先日のカミラ様のお話にでたセーラ様の『魅了』の力を確かめる筈でしたの」


「だが肝心のセーラ嬢が、アレだからな……」


「真逆、セーラ様がこんなに凶暴な方だったなんて……やはり『聖女』に選ばれし者でも、平民出身の者は野蛮というものなのかしら……」


 少し悲しそうに溜息を出すヴァネッサに、カミラはフォローを入れる。


「平民と一括りにするのは止めておきましょう、ヴァネッサ様。大半の平民は善良で、その者達によって我々貴族は支えられているのですから」


「お優しいのですのねカミラ様は、そう言われれば確かにそうですわ。ええ、わたくしが浅慮でしたわ」


「付け加えると、セーラ様の事も嫌わないであげてください、あの者はあの者なりに『聖女』として世界を良くしようする心を持っているのですから」


「言い分は理解したが、ならばもう少し自重せよカミラ嬢……」


「ふふっ、善処いたしますわ」


 こいつ自重する気ないな、とアメリを筆頭に全員が思う中、カミラはマイペースに本題へ戻る。

 即ち、取り巻き三人と攻略対象三人の件である。


「私としては、面白いのでもう少し後でも良かったのですが、ヴァネッサ様の頼みですもの。――今から、貴男達の『魅了』を解いてさしあげますわ」


 カミラの言葉に、計六人が色めき立つ。

 ただし、男三人は怒りであったが。


「カミラ嬢、貴女の魔法の腕がこの国一番なのは存じ上げておりますが……」

「……我々のセーラへの、気持ちが……、嘘だったとは……」

「いくら貴女でも、侮辱とみなしますぞ!」


 三人の怒気など、そよ風に吹かれたようになんのその。

 カミラは殊更にニッコリ笑う。

 そしてさり気なく『伝心』の魔法を部屋一帯にかけた。

 言葉を、直接彼らの心にぶつけ『魅了』の支配を緩める為であり。

 ――前世で一度はクリアした攻略対象への、ある種の意趣返しの意味もあったが。


「ふふっ、その様に眉尻を釣り上げなくても、怖いではありませんか」


「その態度のどこが怖いのですかねカミラ様……」


「アメリはだまらっしゃい。……こほん。まず貴男方が正気でいらっしゃらない証拠をあげていきましょうか」


 むっつりと黙り込む態度を肯定と捉え、カミラは続ける。


「まず貴男方は、殿下のお力になる様に教育なされて育った。それは間違いないわね?」


「そうです」

「……そう」

「そうだ」


「で、あるならば何故、あの者の入学以来、殿下の側に居ることを放り出していたのかしら? おまけに生徒会の仕事も禄にしないで」


「それは、そう、殿下の成長を促す為で……」

「他の庶務達も……、優秀……、だから……」

「セーラが、我らと共にいる事を望んだし、我らも一緒にいたかったからな」


 原作では、王子諸共『魅了』にかかり、生徒会の一員に誘われ、放課後を仕事しながら一緒に過ごすことで、仲を深めていた。

 それ故、物語後半で『魅了』が発覚しても、いかにしてそれを乗り越えて、真実の絆に至っていた。


 カミラが居なければ、全てが原作通りで平穏だった筈だ。

 ――ただし、ヴァネッサと取り巻き三人は破滅に向かっていただろうが。


 ともあれ、今度は王子達に向かって、カミラは質問を投げかける。


「ねぇ、ゼロス殿下。その他の方でもいいわ。彼らは、ご自分の役目を放りだして女に走る程、愚か者だったかしら?」


「……以前のリーベイ様なら、その様な愚かな事は決してなさらない方でした」


 エリカが涙声で言うと、フランチェスカ、グヴィーネーも悲しげに続く。


「エミール様。貴男は常々、大恩ある殿下のお力になる、と口癖のよういっていたのに……」


「もし裏切ったら『切り取っていい』って、言ってましたよねウィルソン様」


「…………グヴィーネ様、早まった事はなさらないでね」


「ええ、勿論ですわユリシーヌ様!」


「ならば、その鋏は遠くに置きなさいグヴィーネ」


「いえいえヴァネッサ様、これは後で縄を切る為のものですから」


「何があっても離さないですね、わかります」


 女性陣がちょっと焦る中、男性陣は股間を気にしていた。

 中でもウィルソンは、顔を真っ青にしてぶるぶる震えていたが。


「あ、あー。その、なんだ? 俺はお前達にいつも苦労をかけて頼りっぱなしだった。――今回の件でよく自覚した。でも、な。俺にはお前達が必要で、大切なんだ」


「殿下……」


 三人の声が揃う。

 ゼロスは三人の前に来てしゃがむと、視線を合わせて語る。



「俺はお前達がセーラ嬢に抱いていた想いを否定しない、罰しない。それはお前達のモノで、大切な思い出だからだ」



「お前達がセーラを選んで、俺を離れるなら、俺は名残惜しいが止めやしない。お前達に幸せになって欲しいからだ」



「でも、その前に。今、最後の機会をくれないか。お前達が俺を少しでも想ってくれているなら、カミラ嬢の魔法を受けて欲しい、そして冷静になった頭で、もう一度考え直して欲しい。その上でセーラ嬢を求めるならさ、俺は止めないから……」



 寂しそうに笑うゼロス王子に、三人は涙を流しながら額を床に擦り付けた。


(殿下の想いは伝わったかしら……、伝わっているといいわね……)


 カミラは優しげな目で彼らを見ると、ヴァネッサ達と視線を交わす。

 彼女たちは頷き、許可が出た。


「……では、いいですわね。今から三人の『魅了』を解きますわ」


「わかった。お前達もいいな」


「はい、お願いします」

「……僕達が、……正気でないと、……言うのであれば」

「結果がどうであれ、我らは知って、決断しなければならない」


 決意を固めた顔で、真っ直ぐ王子を。

 そして各々の婚約者を見ていた。


「では、まいりますわ」


 カミラは目を伏せ、集中し始めた。

 魔王の力を持ってしても、聖女の魅了は解除しずらい。

 より正確に言えば、魔王になってしまったが故に、そのカウンター存在である聖女の魅了は解除しずらい、という事だ。


(――けれど、やりようはあるわ)


 魔法という世界のシステム側から、解除すればいいのだ。


『管理者権限保持者“■■■■”でログイン。世界を支配する大樹よ――――』


 ――もしこの場にセーラがいたら気づいただろう。

 カミラが発しているのは『日本語』だという事に。

 他の者達は、聞き覚えもない知りもしない、辛うじて上位だと解る謎の言語に、目を白黒するばかりだ。


『――――、聖女特権“魅了”の数値変更を要請』


 帰ってくる『世界樹』の返答に、カミラは舌打ちした。


(ちっ、エラーとか面倒くさい。これだから壊れた前世紀の遺物は……)


 どうせ解らないからと、コマンドプロントを呼び出し、エラーを吐き出すプログラムを削除。

 勇者関連のプログラムの一部と聖女機能への保護プログラムが吹っ飛んでしまったが、まあいいや、でカミラは済ます。


『――特殊対象R、Y、Wへの干渉数値をゼロに変更、変更を保存、そして実行』


 『魔法』が実行される少しの間を利用して、魔力を放出しながら大仰な身振りをする。

 何か特別で大変な魔法を、懸命に使っていますアピールである。


「……我が前の病みたる者達を、正常な姿に戻した給え!」


 ――瞬間、天から光りが降り注ぎ、三人の全身からピンク色の光の粒を流出させ、いかにも、といった感じで消し去った。

 なお、この呪文も魔法的には何の意味もない、ただのカッコつけだ。


「彼らの中に、魅了への耐性もつけておいたわ。これで今後は大丈夫でしょう」


 しかし、そんなことは余人に解るわけもなく。

 カミラの目論見通り、尊敬と感謝の喝采を受けた。


「そんなっ! これは本当に……自分たちは――っ!」

「……いつ僕達は、……魅了の、……力に?」

「すべてはまやかしでは無かったっ! でも我らの気持ちは、残念ながらセーラの力あってのモノだったらしい――――すまなかったな、グヴィーネ。何でもするからその鋏は、マジでおろしてごめんなさい」


「――有り難うカミラ嬢、お陰で俺は大切な友と無くさずに済んだ」

「わたくしからもお礼を言わせてくださいカミラ様、――本当に、有り難うございました」


「このご恩は一生忘れません!」

「後でわたしの書いた、ヤンデレ対策本をお持ちしますわ」

「先程縄を切った魔法も見事でした、師匠と呼ばせて下さい」


 ウィルソンまじ頑張れ。

 ともあれ三者三様の反応だったが、今まで異常だった事を自覚した彼らは、王子と婚約者達に膝をついた。

 なお、彼らを拘束していた縄は、サービスで先の魅了解除と共にアメリの魔法で切ってある。


(いやー、やっぱり切っておいて正解ですねカミラ様)


(ええ、見てご覧なさい。魅了が解除された今でも、グヴィーネ様は鋏をチョキチョキならしているわ……!)


(解除した今だからでしょうねぇ……)


 後は他人事、と部屋の隅でひそひそとする主従コンビを余所に、彼らの感動ドラマは続く。

 結末の解っているドラマなどつまらないと、カミラは。

 これ以上は無粋、とアメリは。

 ヴァネッサに会釈をしてから共に退出した。


 アメリと共に部屋へ戻ろうとしたカミラだったが、ユリシーヌに引き留められ人気のない寄宿舎裏まで来ていた。


「こんな所でお話とは、何ですのユリシーヌ様?」


「……今まで、気のせいだろうと考えていましたが、先程の事で確信に至りました。カミラ様、貴女はいったい何です?」


「何者とはおかしな事を、私はカミラ・セレンディア。他の何者でもありませんわ」


 厳しい口調のユリシーヌに、飄々と答えるカミラ。

 それが気に障ったのか、ユリシーヌは綺麗な目をキュっと細めて詰問する。


「他の皆様の目は誤魔化されても、私の目は誤魔化されません。――“あれ”は本当に魔法なのですか」


「ええ、勿論。私、この王国の――」


「――知っていますよカミラ様。ですがあまり侮らないでください。これでも王国の陰となるべく育てられた身、この世に存在する全ての魔法の知識はあります。その上で――あれは『魔法』ではないでしょう」


 ほう、とカミラは感嘆した。

 確かに侮ってはいた、日本語までは解っても、転生者のセーラですら、聖女であるが故に、それが『魔法』ではない辿り着けないと。

 だから、他の誰にも解らないと思いこんでいた。

 だが転生者ではない、他の誰でもないユリウスがそれに気づいた事実にカミラは喜んだ。


「ふふふっ、流石はユリシーヌ様! では何故“あれ”が魔法ではないとお考えに? 他にもあるのでしょう?」


「――ッ! ぬけぬけと……。いいでしょう。まず一つ、『魔法』に呪文や魔法陣が必要な場合がありますが、原則として、言語による差異はありません」


「ええ。それが世界の、『魔法』の法則ですわ」


「では何故、貴女は異なる言語を使ったのですか? しかも、言葉に魔力を乗せただけで、最後に至っては魔力を放出してそれらしい事をしただけだ」


「ふふふっ、ふふふっ。楽しいわ。お分かりになるのね……」


 問いつめている筈なのに喜んでいるカミラに苛立ちながら、ユリシーヌは続ける。


「そしてもう一つ、世界に選ばれた『聖女』の力は絶大です。ただ王国一魔法が優秀なだけで、対抗できるわけがないと、私は知っています」


「――貴男のお父上の、『勇者』の力がそうだった様に、ですか?」


 カミラが告げた言葉に、ユリシーヌは動じることなく、ただ睨みつけた。


「やはり、知っていましたか」


「ええ、貴男の事なら何でも。三十年前、魔王を封印した勇者の子孫、ユリシーヌ様」


 ――勇者。

 原作『聖女の為に鐘は鳴る』では言葉だけ登場した、聖女と同じく魔王のカウンターになる存在。

 実はかのゲームには、その三十年前の魔王との戦いを描いたBLゲーがあったのだ。

 カミラの中の人はBLの趣味はあんまり無く、一通りクリアしただけで済ましてしまったが。


 ゲームの発表時には前作のファンが、続編なのにノーマルカプの乙女ゲーなんて、と様々な怨念のこもったコメントをネットでまき散らし、炎上したものだがここでは割愛する。


「ならば、こちらの言いたい事も解るでしょう? 何故、貴女は『聖女』の力に対抗出来た、いえ、貴女はそれを無かった事にすらして、力への抵抗へも付与した。――答えて、答えなさい。貴女は……何者なの?」


 只でさえ綺麗な顔に睨まれているのだ、その上、王族を闇から護衛する為に鍛え上げられた、まである。

 常人ならば重圧に負けて気絶、或いは逃げ出していただろう。

 だが、カミラは涼しい顔でこう答えた。


「少々風変わりな女の子ですわ。貴男を好きな、です。……でも強いて言えば、セーラの真実が明かされれる時、私の『本当』も語りましょう」


「答える気は無い、と言うことね」


 凪いだ瞳でカミラが微笑む。


 ――ドンッ。


 次の瞬間、軽い衝撃と共にカミラは背後の壁へ押しつけられた。

 同時にユリシーヌの左手が壁を打ち、その端麗な顔を歪ませてカミラの顔の近くへ。



「これだけは言っておく。――ゼロス殿下やヴァネッサ様達に何かしたら、俺はお前を憎み絶対に、絶対に許さない!!」



 ――カミラの心に少し、罅が入った。

 緩み始める涙腺を、静かに瞼を閉じる。

 そして口に出した言葉は、意図せず哀しい響きを得た。


「いいえ、貴男にだけ。……貴男にだけですわユリシーヌ様……」


 その言葉に、その声色の意味に、深く考えてはいけないと、ユリシーヌは苛立ち紛れに次の質問を投げた。


「では、何故あんな事を? ……セーラ嬢は確かに『聖女』としても、我が校の生徒としても未熟と言える。だが、自らの体を犠牲にすらして、セーラ嬢の罪を犯させたのは何の目的があったのだ?」


「……あの子を、幸せにする為に、ですわ」


 予想だにしなかった理由に、ユリウスは絶句した。



「――――俺には、お前が解らない」



 のろのろと顔を離し、ユリウスは言葉を探す。


「何故なんだ? 普通は憎しみとか、嫉妬とかあるだろうに……」


「ええ、確かに“それ”もありますわ」


「それ?」


「――憎しみ、ええ、私はセーラを憎んでいます」


(奪われて、裏切られて、利用されて、殺されて)


「ええ、ええ、憎んでいます。……でも、今の彼女には関係の無い事、これも今は時の彼方ですもの。――でも、だからこそ、幸せになってもらいたい。私の目の届かない、私の関係のない所で、幸せになってもらいたい……」


「――――ッ! 本ッ当にッ! お前は、何がしたいんだッ! そもそも何故俺なんだ? 確かにユリシーヌとして親友とも言える間柄だったかもしれないッ! でもッ! 何か、何かあったか? 俺たちは、ただ普通に仲の良い友人だっただろう!?」


 叫び出す寸前の言葉に、どうしようもなくカミラは笑う。

 その笑みは、今にも壊れそうなはかなさに満ちていた。


「……貴男は貴男であるが故に、知ることが出来ないわ。でも、確かに私達は……、あの時、私が十六になるその前に、貴男が見つけてくれて……」


 怖々と愛おしそうに、カミラはユリウスの頬をそっと触れる。

 その手が冷たかったからだろうか、それとも、それとも。


「――――ッ!」


 ユリシーヌは青ざめて身震いすると、反射的に一歩後ろに下がる。


(嗚呼、その瞳は……)


 まるで異形の化け物を見るような眼差しに、カミラの心の臓は鋭い痛みを訴える。


 でも、これはしかたのない事なのだ。

 仮に今カミラの全てを晒け出しても、きっと解って貰えない。

 ――でも、それでも伝えたいと、伝わって欲しいと。

 逃げ出したい気持ち、痛みを堪え、震えながら口を開く。


「……貴男に、男としての幸せをもたらしたいのですわ。私が、貴男を幸せにして差し上げたい」


「俺は望んでいない。俺の人生は王族の、ゼロス王子のモノだ。それが俺の役割であり使命、それを変える事は出来ないし、するつもりもない」


「承知の上ですわ。それに、ユリウスの使命と私のもたらす幸せは両立できると考えられませんか?」


「だがその為に、罪を犯していない『誰か』を犠牲にしてもか? 俺はお前が誰かを傷つける遣り方を変えない限り、――決して、愛する事はない」


 きっぱりと言われた言葉に、カミラは喜んで頷いた。

 ――なのに、なのに、何故さっきから頬が冷たいのだろう?


「ええ、ええ。……それでこそ、私が好きになった貴男ですわ。貴男が貴男でいてくれて、とても嬉しい」


 紡がれた言の葉に、ユリウスはくしゃっと顔を歪めた。

 カミラは、何か変な事を言ったであろうかと首を傾げる。


「…………ではお前は、何んで、嬉しいと言いながら泣いているんだ?」


 カミラは自分の頬に指で触れると、涙を流していることに今更ながらに気づいた。


「今、私は泣いているのですね。でもそれはきっと、貴男に拒絶されて哀しいから。……そして、とても嬉しいからでしょうね」


「……」


「嗚呼、嗚呼、とても嬉しいのですわ。また、貴男の感情を一つ頂けた。貴男が私に向ける気持ちは、例えそれが負のモノであっても、――大切な、大切な宝物」


 愛おしい我が子を抱きしめるように、カミラは自分を抱きしめた。

 ただひたすらにユリシーヌを見つめ、涙を拭おうとしないカミラの姿にユリウスは唇を噛みしめる。


「…………くそッ!」


「――っ!? ユリウス様?」


 あっ、と驚く暇もなく。

 カミラはユリウスの腕の中にいた。


「すまない……。理由がどうであれ、俺はお前の心を傷つけた。――だからせめて、泣き止むまでこうしてやる。…………そんな顔で泣くな」


「勝手に流れ出るのですもの……、でも善処しますわ」


「……はぁ。泣くぐらいなら、もっと真っ当にやってくれ」


「ふふっ、それも善処しますわ」


 逞しい腕、胸板、優しい体温にだかれ、カミラは震える。

 ついでに、香しい体臭をクンカクンカしたのはご愛敬。


「……酷いヒト、拒絶なさるくらいなら、いっそ突き放してくれた方が楽ですのに」


(でも、だから好きになったのですわ)


 カミラが初めて絶望を覚えた日、膝を抱えただ泣くだけのカミラを見つけ、抱きしめてくれたのはユリシーヌだった。

 ――その事実すら、今はもう無いけれど。


 カミラとユリシーヌは、アメリが探しにくるまでずっとそうしていた。

 なお、ひび割れた心は、この抱擁で回復した挙げ句、より強固になった。

 ちょろい女である。



 先日、愁嘆場を見せたカミラだが、それはそれ、これはこれの精神で、今日もユリシーヌと共に生徒会の仕事の手伝いをしていた。

 今更特記することでもないが、ユリウス目当てである。


 徐々に他の生徒達にも、カミラがユリシーヌと『特別』な仲になりたがっている事が広まってきているのか、暖かな目で見守られていると、カミラはニマニマと笑った。

 ――アメリに言わせれば、生暖かな、であったが。


「別にわざわざ手伝って戴かなくてもよいのですよ、カミラ様……」


「あら、その方が早く終わりますでしょう?」


「……あんな事があったのに、よくケロっとしてますね」


「カミラ様はそんなもんですよユリシーヌ様、何があったか解りかねますが、数秒後には復活している方ですし、もうちょっと雑に扱ってもいいのですよ」


「勉強になりますアメリ様」


「……貴方達、私の扱いちょっと酷くありませんか?」


 ――概ね事実である。


「いやいや、気のせいですってカミラ様。んでですね……」


 ユリシーヌを見て少し口ごもるアメリに、カミラは問題ないと、先を促す。

 何か王族に関するトラブルでも、耳に入ったのだろうか?


「つい先程入ってきた情報なのですが、どうやら昨日の夜に、王国の宝物庫に盗みに入った者が出たみたいなんです。盗まれたモノがモノだけに、王は戒厳令を引いて、大規模な捜索部隊を編成しているようですよ。もしかしたらカミラ様もお呼びがかかるかも、と」


 アメリの情報に、ユリシーヌはぴくりと眉を動かし、次いで溜息を出した。


「……はぁ。まだ貴族にすら発表されてない情報を、私ですら数刻前に知らされた事を、何故、下級貴族の娘である貴女が知っているのか解りませんが――」


「――全てカミラ様のお陰です!」


「そう、また貴女なのねカミラ様……」


 ジトっと睨むユリシーヌに、カミラは慌てて声を上げる。


「誤解! 誤解ですわユリシーヌ様っ! アメリっ! 貴女もふざけないの! 確かに貴女には私の右腕としてそれなりの権力を与えているけれど、その情報網はほぼ自前じゃないの!」


「という事ですがアメリ様?」


「いやー、ははは~。こ、これもカミラ様への忠誠心が鼻から出た証的な何かでして……」


「鼻から!? 貴女の忠誠心は鼻から出るの? え、初耳なんだけど!?」


 がびーん、と半ば本気で信じかけているカミラに、ユリシーヌは呆れ顔で首を振った。

 やれやれだぜ。


「……カミラ様は、意外と、その、純真? な所がおありなのですね」


「ええ、それがカミラ様の魅力なのですユリシーヌ様」


「本気の目で言っているあたり、似たもの主従なのね貴女達……、まあ、アメリ様の大きいお耳の件は、とやかくいいませんわ。伝える相手がカミラ様ならば、最悪だけは避けられそうですから」


「ユリシーヌ様、それって褒めてくれているのかしら? 私、喜んで飛びついてもよろしくて?」


「おうつくしくそうめいなカミラ様、ステイ」


「わんっ……、って何をさせるのよアメリ」


「話が進みません、双方ともステイ」


「わん」

「きゃん」


 ご丁寧にも犬耳を魔法で出したカミラ達のノリの良さにつられ、ユリシーヌも自分の頭に犬耳を出す。

 ――ユリシーヌ様、知能指数下がってません?


 ともあれ、こほん、と咳払いをした後、話題を宝物庫の盗難へと戻す。


「それでアメリ様。私の所にはまだ詳しい情報は降りてこないのですが、何が盗まれたか、犯人の手掛かり等はありますか?」


「ええ、任せて下さいユリシーヌ様。……あ、カミラ様一応防音の魔法を、ちょっとヤバ目の話しなんで」


「私、一応貴女の最愛のご主人様なんだけど……、ていっ」


 カミラが魔法を行使した事を見届けると、アメリは口を開いた。


「それがですね……、盗まれたのはあの『始祖のティアラ』『始祖のネックレス』『始祖のブレスレット』『始祖のアンクレット』『始祖の星杖』の伝説だと言われていた聖女装備一式なんですよっ!!」


 原作では、それぞれの個人ルートで内一つが手に入り、魔王を討伐する逆ハーレムルートでのみ、全て手に入る装備だ。

 ――もっとも、装備と言ってもRPGではなくただのADVだったので、シナリオ上の重要アイテム以上の意味は無かったが。


「それって、昔私が見つけて、使い終わった後王に上げたやつ?」


「そう! それですよカミラ様っ!」


「…………長いこと行方不明とされ、近年見つかったと聞いていましたが、それもカミラ様の仕業だったんですね」


「あ、あら? ユリシーヌさま大丈夫? 凄く疲れた顔をしていらっしゃるけど、……私のお膝でお昼寝なさる?」


「ああいいですね、カミラ様の太股はいい感じにふかふかで、触ってよし寝てよしですよっ!」


「やった事あるのですねアメリ様…………」


 果たして今のは誘惑だったのか、天然だったのか、ユリウスは深く悩みかけたが、鋼の理性で話を本筋へ戻す。

 ――無論、誘惑半分だったので、知らぬが仏ではあったのだが。


「伝説の装備の出自の事は置いておいて、『聖女』と目されるセーラ様がいる今、それが盗まれるという事は国際問題に発展されかねません。

 ――それを盗んだ者の目星は? 王城の宝物庫です、精鋭による厳重な警備と、最新鋭の警備装置はどうしたのですか?」


「我らがカミラ様直々にご考案の警備装置は、どうやら人間ではあり得ない程の魔力で力業で黙らせた形跡があると……、それから見張りの兵士の方も、魔法で眠らされた形跡がある、との事です」


 瞬間、カミラとユリシーヌの気配が鋭くなった。


「……アメリ、もう一つ。情報があるのではなくて?」


「――真逆、カミラ様はそうお考えに?」


 犬耳をつけたままシリアス顔をする二人に、アメリもシリアスな顔で続ける。

 ――だってアメリも犬耳をつけたままなのだから。


「その眠らされた見張りの証言では、突然、夜の闇が濃くなった様な……との事でした。でも何か意味があるんですか?」


 シリアス顔を速攻で崩し、?を浮かべて首を傾げるアメリに、カミラもはて? と首を傾げた。


「ああ、無理もありません。三十年間の戦いより長いこと活動の気配はありませんでしたし、学院でも近年、三年次で少し教えるくらいですから」


「そうなのね、私てっきり一般常識だとばかり……そんな事になっていたのね」


 二人で分かり合う姿に、アメリはじれて答えを促す。


「うぐっ、不勉強で申し訳ないです。――それで、何なのですか?」


「そうね、セーラがいる以上、これから関わる事が多くなるでしょうし、後で調べて置きなさい」


「それがいいでしょう。――そして見張りが見たモノの正体ですが」



「――『魔族』よ」



 端的に告げたカミラの言葉に、アメリは驚き、ユリシーヌは顔を険しくした。


「『魔族』!? 真逆、セーラが『聖女』である事を知って妨害にでた、そういう事ですか!?」


「覚えておきなさいアメリ。『魔族』はね、強力な魔法の力を持つけれど、そこに存在するだけで周囲に夜を呼ぶのよ。その見張りが目撃した現象も、きっとそれね」


「ええ、そう考えるのが自然でしょう。しかしこの王都には魔族除けの『結界』が、王城にはより強固にかかっている筈、魔族専用の感知魔法もかかっていると言うのに、いったいどういう手段で……」


 悩むユリシーヌを、カミラは少し罪悪感を感じながら見ていた。


(……どっちかというと、いえ、どう考えても私が原因よね。確かに似たようなイベントが原作にはあったけれど、それは装備が各地で眠っている状態だったし。

 原作の黒幕は高位魔族に憑依されたナイスミドルな学院長だったけど、彼にはやって欲しい事があるから、今は言えないし……)


 カミラが起こした改変はそれだけでは無い。

 これは故意ではなかったのだが、魔王を簒奪した時、その溢れ出る魔力の制御に誤って、その場を守護していた魔族の番人ごと、魔族にとって『聖地』と呼ばれる場所を、跡形もなく吹き飛ばしている。


(私の考える未来に、魔族はどうでもいいからって、顔を見せることなく放置したのは、流石にまずかったかしら……、いえ、でも十年近く経つのに何の接触もなかったし……)


 カミラは誤解し、それゆえ知り得ない事があった。

 魔族にとって魔王の復活は悲願で、魔王に絶対服従ではあったが。

 まず第一に、カミラが正当な手段で魔王を継いでいない為、絶対服従になっていない事。

 それにより第二に、魔王殺害による簒奪を知った魔族が復讐の為に動いている事であった。


「ま、まぁ。ここで我々が考えていても、何が出来るという訳でもありませんし」


「……それもそうね。何か出来ることがあれば、殿下を通じて下知があるでしょうし」


「まぁ、カミラ様はこの国で一番の魔法使いですから、すぐにでも協力要請がくるかもしれませんね。……あ、そうそうカミラ様に、もう一つ伝えるべき事があったんです」


「あら、私は席を外しましょうか?」


「大丈夫っす、重要な事でもないし、すぐ解る事ですから」


 そう言うと、アメリは妙な目でユリシーヌを見る。

 アメリは心なしか、先程よりも疲れているを顔していた。


「……重要でないと仰るなら、その同情的な眼差しは止めてもらえませんか?」


「頑張って下さいユリシーヌ様……、わたしとユリシーヌ様なら、きっと乗り越えますから!」


「何が起こるんですのよっ! とっとと話しなさいアメリっ!」



「では言いますよ。――叔父様達がこの王都に来ます、いえ、もう来てますカミラ様」



 は? え? と声が流れた後、部屋には沈黙が漂った。



 一方その頃、学院の懲罰房のセーラの部屋の中に、一人の来客が訪れていた。


「貴女の予測通りでしたぞ、首尾良く『始祖』の遺産を手に入れる事が出来ました生徒セーラ。――いいや『聖女』セーラ様」


 皮肉気に笑うナイスミドルの男に、セーラもクケケケとあくどく笑う。

 王都に掛かっている魔族除けの結界には、実は穴があった。

 それは目の前の存在、人間に憑依した魔族ディジーグリーその者である。


「人間に憑依している魔族なら、結界にひっかからずに宝物庫に入れる。まぁ原作知識ツエーってやつね。――それよりも、解ってるわねディン学院長、いえ『魔族』ディジーグリー」


 ディン学院長。

 今現在、魔王殺しの捜索をしている一人である彼は、転生者で『聖女』のセーラと手を組む事にしたのであった。

 今回の宝物庫の盗難も、セーラの入れ知恵という訳だった。


「我らは復讐の為に――」

「ええ、あのモブ女をぎゃふんと言わせてやるんだからッ!」


 この二人の存在が、学院に、王都に、引いてはカミラとユリシーヌの関係に大きな嵐を呼ぶことになるのだが。

 それを知るものは本人達を含めても、世界のどこにも居なかった。



 その日の夕刻前、カミラ達の寄宿舎に一組の訪問客があった。

 即ち――セレンディア夫妻である。


「いやはや、わざわざ殿下達が出迎えてくださるとは、このクラウス・セレンディア、光栄の至りでありますぞ! わっはっはー!」


「お久しぶりでございます殿下。ごきげんようヴァネッサ様、うちの馬鹿娘がご迷惑をおかけしてますよね。申し訳ありません」


「いやいや、カミラ嬢には世話になってばかりで」


「そんな、頭をお上げくださいセシリー様。本当にカミラ様には色々助けて貰って……」


 夫妻の到着を聞き、急ぎ戻った三人が見たモノは、四人による挨拶合戦だった。



「パパ様! ママ様! 久しぶりね!」



 第一声、喜色の笑みで放たれたカミラの言葉に、夫妻以外が固まる。

 ……パパ様? ママ様?

 パパママだけでもミスマッチなのに、その上『様』付けとはこれいかに。

 唯一の例外はアメリで、あー、と苦笑いしていた。


「数日ぶりですねクラウス叔父様、セシリー叔母様」


「ええ、こんにちわアメリ。まったく貴女はよく会いに来てくれるのに、この子ったら、誕生日以来ちっとも顔を出さないのですもの」


「そうだぞカミラ。パパは寂しかったんだからな、もう少し頻繁に帰ってきなさい」


「いい加減、子離れしてくださらない? パパ様、ママ様。アメリは用があるのでそちらに寄越しているだけです。普通の学生生活があるのに、頻繁に帰れるわけがないでしょう」


 学院には各自の領地から通って居るものもいるが、それは王都近隣の領地の者の中でもごく少数だ。

 大概は、王都貴族街の別邸から通うものが大半である。

 

 それはさておき、存在に見合わぬ、カミラのパパ様、ママ様呼びの衝撃からいち早く復帰したユリシーヌがおずおずと中に割り入る。


「そ、そのカミラ様?」


「ああ。パパ様、紹介するわ――こちら学院一と名高い『白銀』のユリシーヌ様」


「初めまして、ユリシーヌ・エインズワースですわ。以後お見知りおきを――クラウス様? 私の顔に何か?」


 ユリシーヌを見た途端、クラウスはずいっと身を乗り出し、じろじろと無遠慮にユリシーヌを見聞し始めた。


「アナタ、失礼ですよ。カミラのお友達に何かご不満でも?」


 親子は似るという事だろうか、若干悋気を出しながら夫を注意するセシリー。

 しかしクラウスは意に介さずジロジロと見た。


「いや、何故かとてつもなく懐かしい気がするのだ。昔どこかで見た覚えが…………うーん」


 父の詳しい経歴など知らないカミラと、同じくユリシーヌを中心に、誰もがクラウスの奇行に戸惑っていたが、唯一、思い至ったゼロス王子だけが焦り始めた。


(――はっ! そういえば聞いたことがある。セレンディア伯爵は若い頃、勇者であったユリウスの父親の従者をしていたと、それも剣の愛弟子とも言える存在だったとか! ま、まずい、ユリウスの事情がバレかねない!?)


「あっ! あーーっ! いやー、セレンディア伯爵! そういえば先程少し風変わりな形で、ご息女から呼ばれていたな! 理由を伺ってもよいか! なぁヴァネッサ!」


「えっ、え、殿下? あ、はい。わたくしも気になりますわ」


 さり気なく立ち位置を変え、ユリシーヌを庇うように動きを見せるゼロスに、カミラも事情はわからぬとも意を組み、父の背を押して誘導する。


(た、助かった……。しかし何処かの夜会ででも、あっていたのか……?)


(――これは、パパ様とユリシーヌ様の間になにか……、いえあのご様子では直に何かではないわ。もっと間接的に…………ユリシーヌ様の親族、いえその父親である先王の弟と、過去に何かあったと見るべきね、後でアメリに調べさせて、何か知ってそうな殿下にも『お話』しなくてはね)


 たったこれだけで、ほぼ正解まで行き着いたカミラの変態性による、降りかかる今後の苦労も知る由もなく、アメリはパパ様ママ様問題を解説し始めた。


「はいっ! はいっ! 僭越ながらここはわたしが説明させて戴きますっ!」


「あら、お願いねアメリ」


「お任せくださいセシリー叔母様。……こほん。話せば長くなりますが遡ること六年前、流石のカミラ様もパパママでは恥ずかしい、で結果こうなりました」


「短いし端折りすぎだぞアメリ嬢!」


「はっはっは、アメリは相変わらずお茶目さんだね。いやはや殿下、私どもと親としてはですね、いつまでも可愛いらしくパパママと呼んでほしかったんですが……」


「あの子が嫌がりまして、三ヶ月の協議の末、パパ様、ママ様と」


(叔父様達、カミラ様を溺愛しすぎじゃないですかねぇ……)


 はっはっは、うふふと朗らかに笑う夫妻に、アメリだけでなく、カミラですらまったく同じ感想を抱いたが、誰もツッコめる者はいなかった。

 然もあらん。


「しかし、何をしに王都へ? 魔法体育祭の観戦にいらっしゃるには、まだ少し早いですわ。――ただ私に会いに来たのではないでしょう?」


「あらいやだわ。まだ用件を言ってなかったわね」


「なら、そういう事なら、そろそろ我々はお暇しましょう。後はご家族でゆるりと歓談せよ」


 そう気を使って退出しようとした王子を、クラウスが引き留める。


「殿下しばしお待ちを。殿下にも関係するゆえ」


「ふふふっ、カミラちゃん。今日は大事な大事なお話を持ってきたの!」


 にこにこと笑う母の姿と、むっつりした父に、カミラの第六感が警報を打ち鳴らす。

 ――悪い予感しかしない。


「……ママ様、その、大事な話とは?」


 他の者があのカミラを、カミラちゃん……、と再び驚く中、もっと強い衝撃をセシリーは落とした。



「貴女に縁談の話しが持ち上がりました。――相手はそこにいるゼロス殿下ですわ!」



「――は?」

「――え?」

「――うっそお!」

「聞いてませんわよっ! 浮気ですかゼロスっ!」

「ぱぱぱぱぱぱ、パパ様っ! ママ様っ!?」


「くっ……、こんなに早くお嫁に行かせなければならないなんて……! ヴァネッサ様に続く、第二婦人としてお嫁に、お嫁に~~~~、うおおおおおおっ! パパはお前がお嫁に行くなんて認めな――」


「――ステイ、アナタ」


「わん」


「というわけで、明日お見合いなのでよろしくねカミラちゃん」



「えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!」



 その日轟いた声は、学院中に響き渡っていたという。

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