第1089話、わたくし、【完全新作】『お稲荷様転生記』ですの!(その3)

 ……ああ、


「──おい、こっちだ!」


 ……ああ、あああ、


「──見つけたぞ、こいつに違いない!」


 ……ああ、あああ、あああああ、


「──噂通り、金毛金目の狐型の獣人族か」


 ……ああ、あああ、あああああ、あああああああ、


「──下等種族に奇跡的に生じた、予知能力持ちの特別な個体」


 ……ああ、あああ、あああああ、あああああああ、あああああああああ、




「「「──必要なのは、こいつだけだ。他のやつらは皆殺しにした後で、村ごと燃やし尽くせ‼」」」




「──ああああああああああああああああああああああああッ!!!」」」




 深夜の村中に響き渡る、私の絶叫。




 それも、無理は無かった。




 夜の闇を払いのけるようにして、全天を赤く染め上げている、紅蓮の炎。


 折り重なるように倒れ伏している、数え切れない同胞たちの屍体。


 もはや最後の生き残りとなってしまった私へと向けられている、卑しき人間ヒューマン族の無数の刃。


 ──いや、違う。


 たまたま、生き残ったわけじゃ無い。




 人間どもは元々、私を──私の予知能力を狙って、この村を襲撃したのだ。




 ……本来なら、こんなことはあり得なかった。


 確かに私たち『狐の獣人族』は、魔族においても最弱クラスであり、個体数もごくわずかゆえに、たとえ人間ヒューマン族であっても大勢で襲いかかれば、一方的に蹂躙することくらい造作も無かった。


 それなのに、これまで文字通り最後の砦であるこの村落が襲われることが無かったのは、『襲うだけの価値』が無かったからだ。


 何ら珍しい特長も無い、下級魔族の集団であり、


 何ら特産品を、栽培しているわけでも無く、


 金銀財宝を所有しているわけでも無いので、


 食うに困った野盗の類いが、時たまなけなしの農作物を強奪に来るくらいであったのに──




 ──私のような『変わり種』が生まれてしまったために、こんなことになるなんて。




 何せ『予知能力』と言えば、人間ヒューマン族においても非常に希少な異能の力であり、国家運営や商業や軍事等における『戦略』にとっては、この上なきメリットをもたらし得るのだから。


 それでいて、予知の力に覚醒するのが、各種族でせいぜい一人か二人といった有り様なので、もしも自分のところの予知能力者に何か不具合が有っても、新たに補充することなぞ事実上不可能であり、国際的な経済及び軍事関係において、途端に不利になりかねなかった。




 ──そんな時に、どこからもマークされていなかった弱小種族において、予知能力者が現れたと知ったなら、我先にと『略奪』に来るのも当然であろう。




 確かにこれまで『狐の獣人族』なんか、誰も気にも留めていなかったろうが、


 私の異能の力によって、暮らしぶりが若干ながらも豊かになったり、屈強な野盗とも互角以上に渡り合ったりするようになれば、『何か起こった』ことは間違い無く、周辺の各種族の注目を集めることになるだろう。


 しかもそれが、『予知能力』のためだとわかれば、私のことを手に入れようとするのは、当然の成り行きであった。




 ──しかしまさか、私以外の同胞を皆殺しにして、村そのものを滅ぼしてしまうとは。




 ……今更であるが、我々が甘過ぎたのだ。


 私のような予知能力者がいることを、もっと慎重に隠しておくべきだったのである。


 そりゃあ、他の種族からしたら、喉から手が出るほど欲しいだろうし、


 そのためなら、狐の獣人族なぞ、根絶やしにしても構わないだろう。


 何せ、自分たちが貴重なる予知能力者を新たに手に入れたことを、他の種族に知られるくらいなら、綺麗さっぱり『証拠隠滅』を図るべきだ。




 ……そうなのである、すべてはこの私が、悪いのだ。




 私が予知能力なんかを持って、この村に生まれなければ、


 ──否、




 自分勝手な疎外感に耐え切れなかっただけで、現代日本から転生してきたりしなかったら、こんなことにはならなかったのに。




「──よし、他の狐耳どもは、みんな殺し終えたな?」


「後は、こいつを本国に連れて帰るだけだ」


「……でも隊長、一匹だけでは、後々困るんじゃ無いですか?」


「そうですよ、子孫を作れば、うまいこと予知能力が継承されるかも知れないじゃ無いですか?」


「──ああ、それなら心配するな」


「おまえら、知らないのか?」


「狐の獣人族は、人間との間でも、子供が作れるんだぜ?」


 ──ッ。


 ……何……です……って……。


「こいつ一匹だけでも、ちゃんと子孫は残せるんだよ」


「何でも、『好き者』のお貴族様がいるそうで、そっちでうまくやってくれるそうだ」


「ええー、獣人族の雌なんて、俺だったらごめんですけどねえ」


「ははは、それが『マニア』の皆様の間では、むしろ人気だそうだぞ?」


「特に狐タイプは、数が限られているからな」


「『相手役』に名乗りを上げるお偉いさんが多過ぎて、候補を絞るのが大変だったらしいぞ」


「ホント、お貴族様の趣味には、ついていけないや」


「いや、まったく」


「「「わははははははははは!!!」」」




 そ、そんな。


 同胞を皆殺しにするばかりか、


 ただ単に、私を連行するだけでは無く、


 これから生涯、辱め続けるつもりなのか⁉




 ……許さない。


 こいつらを、


 人間どもを、




 一匹残らず、殺し尽くしてやる!







「「「「「「──ぎゃあああああああああああああああああっ!!!」」」







 え?




 まさにその時。


 私の心の中の憤怒の激情に呼応するかのように響き渡る、男たちの絶叫。


「き、貴様ら、何を⁉」


 思わず目を向けるや、人間ヒューマン族のうち『聖騎士』と呼ばれている純白の甲冑に身を包んだ者たちが、他の兵士たちに突然斬りかかったのである。


「どういうことだ、貴様ら予知能力者を奉る『不死身フシミ教団』は、我ら帝国に協力してくれるのでは無かったのか⁉」


「まさか、この狐の獣人を、教団で独り占めにするつもりじゃ無いだろうな⁉」


「──黙れ!」


「この痴れ者どもが!」


「畏れ多くも、『狐』とか『獣人』などとは、何事か! 口のきき方に気をつけろ!」


「な、何?」


「……ええと、何を怒っておられるのですか?」


「怒りのポイントが、良くわからないんですけど……」




「御神託が、下されたのだ!」




「「「ご、御神託う?」」」




「「「我ら人間ヒューマンは、一匹残らず滅びなければならない! これがこそ我らが『不死身フシミ神』様のご意志なのだ!!!」」」




 へ?


 そ、それって………………………まさか。




 そのように、あまりの事態の急展開に完全に呆気にとられてしまった私を尻目に、自ら地獄絵図を演じた後で、人間ヒューマンどもは本当に一匹残らず、死に絶えてしまったのだ。













 ……ただしそれは、この場にいた、兵士たちだけの話では無く、




 この魔導大陸に生息していた、人間ヒューマン族すべての『終焉』に他ならなかったのだ。

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