第1087話、わたくし、【完全新作】『お稲荷様転生記』ですの!(その2)

「──巫女様、いつもありがとうございます!」


「巫女様のお告げのお陰で、農作物の被害を、事前に食い止めることができました!」


「言われた通りに冷害に強い作物を優先して育てたので、今年も豊作となりました!」


「一昨日は天候をズバリと当ててくださり、突然の雨を回避できました!」


「隣村に買い出しに行く途中で、野盗にも魔獣にも遭わずに済みました!」


「この村を狙っていた盗賊たちを、事前に自警団を結成してねぐらを急襲して、返り討ちにすることができました!」




 今日も今日とて、私を讃える声が、村中に響き渡る。


 しかしこれは、別に珍しいことでも無く、


 もはや日常茶飯事レベルの、恒例の行事と成り果てていた。




『未来予知の巫女姫』。




 この魔導大陸随一の弱小種族である、『狐の獣人族』の寒村においては、望むべきも無かった、至宝たる存在。


 それこそが私こと、『月詠ルーナ』であったのだから。




「……我が一族は、この剣と魔法のファンタジーワールドにおいて、人間ヒューマン族はおろか、同じ魔族からも、ずっと虐げられてきた」


「結構メジャーな『獣人族』の中にあっても、我ら『狐の獣人族』はかなりマイナーだからな」


「絶対数が少ないのは、言うまでも無く」


「これといった戦闘力が無いばかりか」


においては、ファンタジーワールドにおいても最も肝心な、『異能の力』がからっきしだったからな」


「まさしくこれこそは、この世界においては、致命的な欠点と言えよう」


「魔術に長けた同じ魔族たちは言うに及ばず、とにかく数が多く知能が高い人間ヒューマン族にも到底敵わず、一方的に虐げられるばかりであった」


「肥沃な大陸の中心部から追われて、幾度と無く荒れ地を開墾しようが、そこも強奪されて、今では種族全体の数も減り、このちっぽけな寒村で身を寄せ合って生き延びるのが、精一杯の有り様」


「──そんな時、お生まれになったのが、『月詠ルーナ』様なのだ!」


「一族の者がほぼすべて、焦げ茶色の体毛と瞳だと言うのに、一人だけ黄金きん色の体毛と瞳という、神々しさ!」


「幼い頃から、天使族や妖精族をも彷彿とさせる、絶世の美しさ!」


「そして何と言っても、我ら狐の一族どころか、他の獣人族においても滅多に見られない、『予知能力』の発現!」


「そのお陰で、この村の日常生活や生産能力が格段に向上したのは、言うまでも無く」


「他の種族や野盗や魔獣との諍いにおいても、俄然有利になるなんて!」




「「「──月詠ルーナ様こそまさしく、我ら一族の『救世主』です!!!」」」




 満面の笑顔で唱和する、村人の皆様。


 ……ああ、まさしくこれこそが、私にとっての『理想の世界』。




 まさか本当に、こんな『異世界』が存在していて、『転生』することができるなんて。




 あの『自称新当主』様の妄言そのままの話が、実は正しかったなんて。







 ──そう、私こと狐の獣人族の巫女姫『月詠ルーナ』には、前世である『現代日本』の記憶が有ったのだ。







 ……あの日、日本国屈指の陰陽道の一族『明石月』の新当主となったばかりの青年夜明やめは、こう言った。


「おまえの未来予知の力の源は、実は毎晩普通に見ている『夢』に有るんだ」


「実際、未来の出来事を垣間見るのも、夢の中だけだろう?」


「実はこの力を使うと、異世界に転生することもできるんだ」


「なぜなら、おまえの真の力は、夢の中で未来の有り様を見て、それを基に予言を行うこと──なんかでは、無い」




「夢で見たことを、『本物にすることのできる』力なのだ」




「だって、そうだろう?」


「たとえ夢で未来と思われる光景を見たところで、それは単なる夢でしか無く、本物の未来であるとは限らない」


「それからこれは言うまでも無いことなのだが、現実世界において未来には無限の可能性があり得ることは、現代物理学の根本原理である量子論によって実証されており、『絶対に的中する未来予知』なぞ、絶対に不可能なんだ」


「それなのに、おまえの予知夢は必ず的中する。──それは、なぜか?」


「おまえの力が、『絶対に的中する予知能力』だからか?」


「残念ながら先ほども言ったように、おまえが物理法則を超越した存在では無い限り、そんなことは絶対にあり得ない」


「だとすると、おまえの力は、『夢で見たものを現実化する』能力以外あり得なくなるんだ」


「……うん、おまえの言いたいことは、良くわかる」


「普通は、『絶対に的中する未来予知』よりも、『自分の見た夢を何でも現実にできる』ほうが、よほど実現不可能なように思えるだろう」


「実は、それがそうでも無いんだなあ」


「物理学に則れば、明日の天気をピタリと当てることなんて、神様にだって絶対に不可能だ」


「しかし、『明日が雨天である夢』を見た後で、実際に目覚めてみると、翌日が雨であることは、普通に有り得ることだ」


「そもそも量子物理学で言うところの『未来には無限の可能性が有る』に則れば、『雨が降る明日』も必ず存在しているのだから」


「もちろん、『晴れる明日』も『雪が降る明日』も、可能性の上では存在するだろう」


「しかしおまえの力の真に恐ろしいところは、『その他の外れた世界をすべて夢でしか無くして除外してしまう』ことなのだ」


「おまえには常に『現在』しか無く、それ以前の世界や、別の可能性の世界は、もはや文字通りに『夢幻』のようなものでしか無く、『現実のもの』と見なす必要は無くなってしまう」




「『コペルニクス的転換』風に言えば、実は『明日晴れる夢を見た』おまえも『明日雪が降る夢を見た』おまえも、ちゃんと存在していたのだが、次の日『雨が降っている』ことが確定した途端、そのような『過去のおまえ』が単なる夢として消滅させられているようなものなのだ」




「何せ、この世は『夢と現実の繰り返し』でしか無く、未来を一つに確定することはできないが、非現実で物理法則の及ばない夢を一つに確定することは、十分可能なんだよ」




「そもそも『夢』とは、どこからどこまでが範囲に含まれるだろうか?」


「昨日布団に入って寝入ってから、今朝目を覚ますまでの間?」




「いやいっそ、今朝目を覚ますまでの以前の、これまでの人生のすべてを、『夢』として切り捨てても、何ら問題は無かろう」




「つまり、昨日『明日は晴れる』と間違った予言をしていたとしても、それはすでに『夢』として無かったことになり、おまえ自身はおろか、すべての者の認識として、おまえが『明日は雨が降る』と予言していたことが、『唯一絶対の現実』として認識されるのだ」


「これこそが、おまえの『絶対に的中する予知能力』の正体なのである」




「──実はこれは、『異世界転生』の話になると、俄然話がわかりやすくなるのだ」




「普通『異世界転生』なんて、『明日の天気を当てる』ことなんかよりも、とんでもない妄想話と思いがちだが、さに非ず」


「もしもおまえが、異世界に転生する夢を見たとしよう」


「しかもそれが、いつまで経っても目覚めそうも無い夢であった場合、」




「果たしておまえは、それを夢だと認識することができるだろうか?」




「確かに最初の頃は、現代日本での記憶も残っているかも知れない」


「しかし、一週間経ち、十日経ち、一月が過ぎ、一年が過ぎ──といった中で、それを『現実の記憶』と思っていられるであろうか?」


「いやむしろ、現代日本の自分なんて、『前世の記憶』──すなわち、『夢のようなもの』としか、思えぬようになるのでは無かろうか?」




「そうなのである、現代日本の人間の感覚からすれば、『異世界転生』なんて夢や妄想の話でしか無いが、現に異世界で暮らしている者からすれば、『現代日本』こそが、夢や妄想の産物でしか無いのだ」




「これこそが、我々の人生というものが、『夢と現実の繰り返し』であることの『恐ろしさ』なのである」


「ひとたび眠りにつくだけで、現実と思っていたものが夢となり、夢としか思えないものが現実となるのだ」


「──まさにそれを意識的に行えるのが、おまえの異能の力の正体なのだよ」


「つまりおまえはただ単に、『雨が降る明日』や『異世界に転生する自分』を夢に見ているだけだが、夢と現実が逆転することによって、それが現実になってしまうんだ」


「だって、これまで確かに現実だと思っていたことが、実は夢だったことなんて、誰にでも有り得ることだろう?」


「おまえの力は別にそれ程珍しいものでは無く、物理法則に背くことも無いので、十分実現可能性が有るんだ」


「──だからおまえはただひたすら、『異世界に転生したい』と念じるだけでいい」


「そうすると、それが夢の中で実現して、おまえの真の力で『夢と現実との逆転現象』が起こって、気がつけば本当に異世界にいるようになるから」




「そう、狐の獣人族が普通に存在して、おまえがけして疎外されることの無い、真に理想的な世界に転生できるのさ♡」

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