第1086話、わたくし、【完全新作】『お稲荷様転生記』ですの!(その1)
──私は生まれてからずっと、『自由』と言うものに飢えていた。
なぜなら、私にとっての世界とは、とある山奥にある旧家の土蔵の『座敷牢』だけだったからだ。
『狐憑き』の呪い。
左右の頭頂から突き出ている、長い獣耳に、
お尻から突き出ている、ふさふさの尻尾。
まるで冗談のような姿だが、これが私がこんな牢獄そのままの場所に、ずっと閉じ込められている理由であった。
……何でも、この国おいて古くから朝廷に仕えている、『陰陽道』の大家である我が一族は、その御開祖様のお母上が狐であったと言われており、私のように女児に限ってごく希に『先祖返り』して、文字通り狐と人間との
『彼女』たち狐憑きはまさしく『先祖返り』そのままに、一族の中でも未来予知や読心等の『神通力』に長けていたが、当然のごとく世間にその異様なる姿をさらすわけにはいかず、この本家所有の山奥の『聖域』と呼ばれる隠れ里において、一生を座敷牢の中で過ごすことを余儀なくされていた。
しかも里内に住んでいる『世話役』の者たちの接触も極力限られていて、食事や入浴の世話を行ってくれる専任の侍女以外には、私が見た『予知夢』の内容を確認するのを役目とする『神官』くらいしか、『謁見』を許されなかった。
……まあ、これはこれで、気楽と言えば、気楽であるが。
こんな人ならざるな姿をして、人ならざる力を持っていたりしたら、一般的な人間社会はおろか、一族の中でもうまくつき合っていけないであろう。
しかも、偉大なる御先祖様の力を受け継ぎ、一族に多大なる利益をもたらし得る『狐憑き』の娘は、行動の自由を奪われている以外では、けして粗略に扱われることは無く、むしろ最大限の敬意をもって接せられて、どのような贅沢な要求も無条件で受け容れられていたのだ。
──そう、「自分は、他者とはまったく違う存在なのだ」と割り切れば、案外気楽なものであった。
……しかし、そう易々と割り切れないのが、人間というものであるのだ。
特に、『疎外感』だけは、どうしようも無かった。
ただでさえ、親元から離されて、『親愛の情』と言うものを知らず、
同年代の者がほとんどおらず、いても『侍女』等の歴然たる『身分差』が存在しているので、『友情』と言うものを知らず、
当然のように迷信に凝り固まった一族ゆえに、神通力は『処女性』に宿ると信じ込んでいて、『恋愛の情』と言うものを知らず、
ただただ『神棚にまつられる』ような、無味乾燥の人生。
それはまるで、自分を取り巻く世界に、『色』と言うものが無いようにも感じられたのだ。
──そんな私の無色透明の世界を、突然極彩色に染め上げたのが、『彼』であった。
御本家の嫡男であるゆえに、正式に次期当主に決定してからは、一族の『生きた御神体』である私との目通りが叶い、初めてこの里へとやって来た時の彼──
いまだ幼かった彼は、この私の奇怪なる姿を、むしろ好奇に満ちた瞳を輝かせながら、まじまじと見つめてきた。
どうやら彼は現代っ子ならではに、『オタク』という種族らしく、私のようないわゆる『ケモノっ
……一応彼自身も、陰陽道においては数十年来の大天才であるそうだが、とにかくその性格が突飛すぎた。
私のみならずこの隠れ里そのものをも、あたかも腫れ物を触るかのように扱っている一族の中にあって、学生時代においては夏休み等の長期休暇になれば、ほとんど入り浸るようにして転がり込んできて、何が面白いのか私につきまとってきた。
いくら次期当主とはいえ、私に対して行動の自由を許すことなぞできず、座敷牢の内と外との会話に終始したとはいえ、彼から『外界』の様子を聞くのは、私にとっては確かに少なからず『刺激』となった。
そのうち当然、外の世界に自由に出向きたいという、欲求が高まるとともに、
己の現在のあまりに不自由なる有り様を、今更ながらに思い知らされることになったのだ。
そのうち私は絶望のあまり、彼との面談を拒むようになっていった。
外の世界の有り様を──『自由』と言うものを、知らされなければ、それを希うことなぞ無かったろうに。
そんな私の様子を見て取った、本家の御当主様御自ら厳命を下し、我が子である夜明にここを訪れるのを禁じてしまい、それ以来彼の顔を見ることは無かった。
あの、『運命の日』までは。
「──喜べ、おまえを自由にしてやろう」
彼は随分久方振りに顔を見せたかと思えば、開口一番とんでもないことを言い放った。
「……この私を自由に? 何を馬鹿げたことを。──それにそもそも、あなたは御当主様の命により、ここへは近寄れないはずでは?」
「このたび襲名の儀を済ませて、晴れて俺が当主になった。もうこれで、一族の中で俺に命令できるやつなんていない」
「は?」
私よりもほんの三歳ほど年上なだけで、
「……これまでの御当主様は、ご納得なさっておられるんですか? それとも不慮の事故とかで、当主を続けられなくなって、窮余の策として代替わりをなされたとか?」
「失礼なやつだな、別に親父はピンピンしているし、陰陽師としての力も万全だ。──俺が納得させたんだよ、正々堂々正面からの、『陰陽勝負』でね」
「陰陽勝負って、いくら希代の天才とはいえ、経験に完全に勝っているお父上と勝負して勝利をもぎ取るなんて、どんな奇跡ですか⁉」
「……そりゃあ死に物狂いで、努力したからな。──何よりも、おまえの夢を叶えるために」
「──ッ」
その時こちらを見つめる彼の表情は、これまでに無く真摯そのものであった。
「私の夢を叶えるって、一体……?」
「おまえが自由を奪われて、世間から疎外されているのは、この世界において、おまえがあまりにも特別な存在だからだよな?」
「……それはまあ、そうでしょうね」
「──だったら、おまえが当たり前の存在になれるように、世界のほうを変えてしまえばいいのさ」
はあ?
「世界のほうを、変えるって……」
何を突然わけのわからないことを言い出しているんだ、この自称新御当主様は?
「ほら、Web小説に『なろう系』と言うのがあるのは、おまえも知っているだろう?」
「……ああ、あの社会的落伍者どもが、他の世界に行ってやり直そうとしたり、現在の組織に自分が適合できないのは、己の才能を認めない周りが悪いのであり、こんな会社辞めて他の場所で成功して、あいつらのことを見返してやる──とかいった、虚しい『自己逃避の産物』のことですか?」
「──言い方! ……まあ、それで大体合っているけど、その手のやつって、ほとんどが『剣と魔法のファンタジーワールド』を舞台にしているんだよ」
「まあ大方の作品は、そんな感じですかねえ」
……ホント、一体何が言いたいんだ、この人?
『なろう系』作品の中で『なろう系』を語り始めたら、おしまいだぞ?(メタ)
「そんなファンタジー異世界における代表的種族に、『獣人族』と言うのがいるんだけど、いわゆる『猫耳』とか『犬耳』とか呼ばれているやつで、そうなると当然のごとく、『狐耳』たちによるコミニュティも存在してしかるべきとは思わないか?」
なっ⁉
「そう、俺はこれからおまえを、『狐耳の獣人族』が普通に存在している異世界に、転生させてやろうと言っているんだよ」
(※次回に続きます)
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