第877話、わたくし、もはや『虚構の情報が現実を生み出す』時代だと思いますの⁉

「──お迎えに上がりました、同型オナツキ大統領………………おっと失礼、大統領でしたっけ」




 新東京国際空港に到着した後、拍子抜けするほどあっけなく入国手続きが済んで、さっさと高速バスターミナルへと向かおうとしたところで、いきなり背中へと突きつけられた涼やかなる声音。




 振り返ればそこにいたのは、案に相違して私を追ってきた本国の司法当局や『キタ』の情報機関の厳つい男たちでは無く、全身漆黒のネオゴシックのドレスにいまだ十代半ばほどの小柄で華奢な肢体を包み込んだ、日本人形そのままの黒髪黒目の絶世の美少女であった。




「……君は?」


「これは申し遅れました、わたくし、日本国内務省特別高等警察公安部四課三係管理官、明石あかしつきよみと申します」


特警トッケイの四課三係──通称『ヨミ』か⁉ どうして内務省きっての『情報戦』専門のセクションが、今回の件に?」


「もちろん、『この件』に関しては、『トッケイ』の中にあっても我々四課三係こそが、最も適任だからですよ」


「はあ?」


「元大統領は、『計器飛行』というのを、ご存じですか?」


「え? 計器、飛行って………………ああ、確か『目視』のみならず、飛行機の操縦席に備え付けの各種『計器のデータ』のほうも積極的に参照して行う、飛行技術のことだっけ?」


「う〜ん、そのおっしゃりようだと、あくまでも『目視』のほうがメインで、『計器のデータ』のほうは補助的に使うだけのように、聞こえるんですけど?」


「……そうじゃないのかね?」




「──実は計器飛行とは、外界をまったく見ること無く、計器のデータだけを頼りに、航空機を操縦し続けることを申すのです」




「飛行機の外を見ないで操縦するって、そんな馬鹿な⁉」


「おやおや、同型大統領と言えば、何かと御国の復座軽戦闘爆撃機の『FAー50』に搭乗なされて、軍部とのタイトな関係をアピールされていましたけど、『FAー50』が元々練習機『Tー50』を基にしたもので、訓練飛行中の『Tー50』の後席にはカーテンが備え付けられていて、『計器飛行』の訓練の際には、すべての視界を塞いでいたのをご存じではありませんの?」


「──だからどうして、わざわざそんなことをする必要があるんだ⁉ そもそも計器飛行って、何のためにあるんだよ?」




「例えば戦時中において夜間に空戦を行う場合が、わかりやすいでしょうね。たとえ自分のよく見知った土地で作戦行動をとる場合においても、地上は当然のように『灯火管制』で真っ暗闇となり、とても地形を把握することなぞできず、自分の搭乗機が現在どういった位置にあるかは各種『計器』によって、敵機の位置は『レーダー』等によって、把握する以外方法がまったく無いのですよ」




「──‼」




「実はこれは『夜戦』や『夜間飛行』に限った話では無く、そもそも『昼間飛行』においても、『計器飛行』が優先されているのです。──ようく考えてみてください、すでに音速を超えた航空機を操縦するに当たって、外界の情報なんて何の役に立つのです? たとえ自国の空を飛んでいようとも、自分が現在どこを飛んでいるかの正確な位置なんてわからないでしょう。それに何より肝心な『目的地』に、『目視』だけでたどり着くことなぞ、そもそも絶対にできないのです。なぜなら航空機は飛行中において、重力や風力を始めとして様々な物理的影響を受け続けているので、『まっすぐ飛ぶ』ことなぞ原則的に不可能なのであり、むしろ常に『計器』を正確に読み取り適切な操縦をしないと、目的地にたどり着くことすら為し得ないのです。──しかも、これが戦時中の空中戦ともなると、当然敵機も音速を超えていますから、『目視』での戦闘なぞどだい無理な話で、各種『計器』はもちろん、『レーダー』等の『索敵装置』頼りとならざるを得ないのですよ」




「──おお、なるほど!」




「……ていうか、もっとわかりやすい例だと、『潜水艦』や『宇宙船』なんかが挙げられますけどね。これら海中や宇宙を航行する乗り物においては、『目視航行』なんか最初から除外されており、すべては『計器』や『索敵装置』によって行われることになるでしょう」




「た、確かに………………………って、いやいやいや、君はさっきから、何の話をしているのかね⁉ 現在の航空機が『目視』では無く『計器』による飛行をメインにしていることと、君のような『情報管理官』が、今回のような『国家元首わたし』クラスの人物の『亡命』問題に関与することと、一体何の関係があると言うのだ⁉」




「『同じ』だからですよ、この現在の空港──ひいては、日本を含む世界そのものの状況と」


「何?」




「まさに今この時の空港内の、あの数えきれない人たちの有り様を見てください。みんなスマホの画面ばかり見ていて、もはや周囲の『現実の状況』なぞ、ほとんど見ていないではありませんか?」




「──ッ」




「もしもこの状態で、すべての人間に『虚偽の情報』を──例えば、『頭K印国の前大統領』が、ここから真反対にある『北ウイング』に姿を見せたと、その証拠となる『加工映像』と共にネットに流せば、、人々の認識では現在『あなた』は、北ウイングにいることになるのですよ」


「そ、そんな馬鹿な⁉ いくらスマホに偽情報を流したところで、私はここにこうしているのだから、実際に私を目にすれば、私がここにいることは、誰でも確認できるだろうが⁉」


 ついに堪りかねて、我を忘れてわめき立ててしまった、


 ──まさに、その時。




「おい、北ウイングに、頭K印の元大統領がいるらしいぜ!」


「それどころか、元大統領を追ってきた『頭K印』と『キタ』のスパイが出くわして、現在銃撃戦一歩手前の緊張状態にあるってよ!」


「急げ、グズグズしていると、せっかくの『見世物』を見逃してしまうぞ⁉」




 驚愕の台詞を放ちながら、私のほんのすぐ側を走り抜けていく、三名ほどの青年たち。


 ──その全員が、手元のスマホに視線を落としながら。


「ど、どうしてだ⁉ 私はここにいるのに、どうしてその目でちゃんと認識してくれないんだ⁉」




「だからすでに、『スマホの情報』こそが現実で、物理的な『視認情報』なんて、何の意味も無くなってしまっているのですよ」




 ──なっ⁉


「スマホのほうが実際に目に映ったものよりも『現実』になってしまっているって、そんな馬鹿な⁉」




「……いや、何をおっしゃるのです? これって他ならぬあなた自身が、大統領時代に散々行われていた、『情報操作』の手口そのものではありませんか?」


「何だと?」




「ほら、例の『半分成功ロケット』の件ですよ。あなたは『最終段階だけ失敗した』などと放言──おっと失礼、公言なさいましたが、残された無数の映像では、最初の『第一段ロケット』の段階から不具合が生じていることが明確に記録されており、そもそもあなたの言うように『高度700キロメートルまで到達した』のなら、地上のスマホでは撮影不可能なはずなのに、なぜかちゃんと映像が残っているという体たらくでありながらも、あなた同様に『ロケット打ち上げが成功したことにならないと、我が民族の誇りが(実際のロケット同様に)墜落するダニ!』という願望で統一されている頭K印国民たちは、自分の目で見たものよりもネット上のあなたの『たわ言』を信じ切って、『情報の捏造こそが現実を生み出した』ではございませんか?」




「──うぐっ⁉」




「そしてまさに、『情報を操作』することによって、目に見える事実すら押しのけて、意のままに『現実』をでっち上げることを実現しているのが、我々『トッケイ』公安部四課三係、通称『ヨミ』なのです」




「……現実をでっち上げる、だと?」


「世界中のメディアはもとより、各国の情報機関から、個人的なスマホの情報に至るまで、あなたが現在この空港の北ウィングにいることにして、こうして現実ほんもののあなたを、我々の手で『確保』するのを成し遂げたことですよ」




「ネット上の情報のすべてに手を加えて、私が別の場所にいる『現実』を創り出しただと⁉ ──いや待て! 『情報機関』だって? さっきの若者たちが、『頭K印』とか『キタ』とか言っていたが、まさか⁉」




「ええ、『脱キタ者』にして実は『キタ』のスパイだったあなたを追ってきた、『キタ』と『頭K印』の情報機関も現在この空港内におられるのですが、我々の作戦行動にとって少々邪魔なので、彼らの本国からの指令情報にすら手を加えることによって、あなたが北ウイングにいることにして、当然のごとく両組織が出くわすことになってしまい、現在一触即発の状態となっているといった次第であります」




「れっきとした情報機関のエージェントまで、情報操作してしまっただと⁉」


「それが私たち、『ヨミ』の仕事ですので。──おい、お連れしろ!」


「「「はっ」」


 いつの間に、そこにいたのか、


 全身真っ黒のスーツとサングラス姿の男たちが、詠嬢の命令一下、瞬く間に私の身体を拘束し、



 ──その両腕に、手錠を掛けたのであった。




「ちょっ、仮にも一国の前大統領に、何をするつもりだ⁉ 私はあくまでも『亡命者』であり、『犯罪者』では無いぞ!」




「落ち着いてください、前大統領。これは何よりも、あなた様を守るための処置ですので」




「……何だって?」


 目の前の少女の、相変わらずの余裕綽々な笑みを見せつけられて、幾分かヒートダウンする、自称『一国の前大統領』。




「いくら我が国があなたの亡命を受け容れようとしたところで、まさにあなたの売国行為を暴き立てて政権を奪取した、頭K印国の大統領閣下が正式な外交ルートで引き渡しを要求してきたら、断る術はございません。──しかし、『犯罪者』の入国を空港において水際で阻止し逮捕拘束したとなれば、相手が誰であろうとも、れっきとした我が国の法律に基づいた拘束を解く必要は無くなるのですよ」




「そ、そうか! これはあくまでも、私の日本への亡命を、何としても実現するための措置だったのか⁉ ………いやでも、私が『犯罪者』とは、一体どういうことなのだ?」


「もちろん、『不法入国罪』ですよ」


「いやいや、私はちゃんと、法に基づいて入国しているよ!」




「今回では無くて、今からおよそ五年前の、あなたが大統領選を戦っていた真っ最中の話ですよ。あなたときたら、頭K印人どもの『反日感情』を味方につけるために、わざわざ現在頭K印国が不法占拠している我が国の固有の領土である『竹島』に上陸して、その動画をネット上で大々的にアピールしていたではないですか?」




「──‼」




「大統領在任中においては、一度も日本に来られなかったから、そこのところは問題にされませんでしたが、こうして大統領をお辞めになって『政治的配慮』の必要も無くなった身で、のこのこと日本に入国してきたからには、当然以前の『不法入国罪』が問われることになるわけなのです」




 ──そういえば、そうでした、テヘッ☆




「まあ、それによってこそ、今回の亡命が成功したんだから、皮肉なものですよね。──とはいえ、これからあなたの身柄は我々『ヨミ』でお預かりすることになりますので、前大統領にして『キタ』のスパイにしか知り得ない最重要国家機密のすべてを、洗いざらい吐いていただいて、我が日本国のために大いに役立たせてもらいますわ♡」

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