第748話、わたくしたち、悪役令嬢アイドルグループ『アクドル』ですの♡(その10)

「──まあ、あなたが本日からわたくしのルームメイトになられる、エロイーズ男爵家のアイカ様なのですね? 何分年端もいかないふつつか者ですが、どうぞこれからよろしくお願いいたしますわ♡」




「……ところでアイカさんは、UFOの存在を信じますか? 異世界のアメリカという国では、軍人さんが毎日のように目撃しているようですよ?」




「量子論とユング心理学の融合こそが、新たなるSF小説の道を切り拓くという意見について、アイカ君としては、どう思うかね?」




「アイカお姉ちゃん、アルテミスねえ、今日の授業の小テストで満点とって、先生から褒められたんだよお?」




「……ご、ごめんなさいっ! わたくしのようなゴミがのうのうと生きていて、すみません! わたくしのことが目障りでしたら、どうぞ殺してください!」




「……はあ〜がっかりだよ、アイカお姉さん? いい歳して、『演劇』で食べていこうなんて、あなたちょっと、人生というものを舐めているんじゃないですか? それに比べてある意味『公務員』とも言える『国選巫女姫』であるわたくしったら、何と堅実なことでしょう!」




「この『量子魔導クォンタムマジックスマホ』に記録しているのはね、『未○日記』の一種の『アイカお姉たん日記』なんだよ。アイカお姉たんを常時詳細に観察して、10分ごとに更新しているんだよ♡」







 ……何、これ。







 今私のすぐ目の前にいる、年の頃10歳ほどの、幼い女の子。


 月の雫のごとき銀白色の髪の毛に、満月そのままの黄金きん色の瞳という、天使や妖精さえも彷彿とさせる、純真無垢にしてどこか妖艶でもある、絶世の美しさ。




 ……彼女は一体、何者なのか?




 歴史ある王国の、筆頭公爵家令嬢?


 神聖なる、の巫女姫?


 本当は猫かぶりの、生まれつきの『悪役令嬢』?


 それとも本物の、演技者──『乙女ゲーム』の登場人物アクトドール──『アクドル』?




 ──違う。




 彼女は、これらのどれでも無い。




 それどころか、




 これら以外の、のだ。




 そう、




 彼女は、何者でも無い。




 なぜなら、







 彼女は、『無』なのだから。













「──いやいやいや、何だよ、『無』って⁉」




 その時私こと、ホワンロン王国貴族界最底辺の男爵家子女である、アイカ=エロイーズは、ついに堪りかねて叫び声を上げた。




 しかし、学園内のカフェテラスの対面の席にて上品に紅茶を嗜んでいるメイド姿の少女は、少しも動じること無く、その愛らしい小顔にどこか胡散臭い笑顔を浮かべるばかりであった。


 ホワンロン王国筆頭公爵家令嬢、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ様専従メイド、メイ=アカシャ=ドーマン嬢。


 この『王立アクドル学園』に入学するとともに、望外の幸運によってアルテミス嬢のルームメイトに選ばれた私にとって、彼女のお世話係として常に行動を共にしているこのメイ嬢とも、すっかり顔馴染みとなっていた。


 ……とはいえ、貧乏男爵家の人間にとっては、使用人といえども、筆頭伯爵家に連なる彼女は、『雲上人』も同然。


 しかも仕えるあるじのアルテミス嬢を抜きに、こうして私と単独で会おうとするなんて、貴族社会においては、ルール破りの異常事態とも言えた。


 ──そして案の定、




 彼女の真珠のごときつやめく小ぶりの唇から飛び出したのは、とんでもない『爆弾発言』であったのだ。




「──おや、私の言葉は、そんなに意外でしたか、エロイーズ男爵令嬢様?」


「……そりゃあメイドさんの口から、自分の御主人様のことを『無である』なんて聞かされたら、驚きもするわよ」


「あらあ、驚く必要なぞございませんよ?」


「はあ?」




「何せアルテミスお嬢様が、基本的に『無』の状態──すなわち、『空っぽ』であることは、王宮の上層部の方々にとっては、『周知の事実』に過ぎないのですからね」




 ──なっ⁉




 大陸一の大国の筆頭公爵家の、御令嬢が、


 すべての民の宗教的指導者の、の巫女姫が、




『空っぽな無の存在』として、王国の重鎮連中に認識されているですって?




「──いや、そんなことは無いだろう! 事実彼女は私の前で、『いろいろな顔』を見せているじゃないか⁉ なんか少々『多重人格』っぽいところはあるけれど、『空っぽ』とか『無』とかとは、むしろ正反対でしょうが⁉」




「いえ、あれこそがお嬢様が『無』であることの、証しとも言えるのです」


「どうしてよ⁉」




「彼女は生まれてからずっと、常に『無』であり続けているからこそ、当然のごとく人生のすべてにおいて、『演じ』続けておられるのですよ。──公爵家令嬢としても、の巫女姫としても、純真無垢な幼い少女としても、その他あなたが実際に目の当たりにされた、様々な突拍子の無いキャラたちとしても」




 ………………………は?




「つ、常に演じ続けているって、あんな幼い女の子が?」


「はい」


「それはつまり、彼女は本来『悪役令嬢』と呼び得るまでに、わがまま極まりない女の子で、それを隠すために、公爵令嬢やの巫女姫として、装い続けているという意味なのかしら?」


「いいえ、『悪役令嬢』であることに関しても、今回この学園に来て以降初めて、『演じ』始められただけです」


「あ、あの完璧な、『悪役令嬢』っぷりが、ここ最近始めたばかりの、『演技』に過ぎないですってえ⁉」


 その時、私は、




 ──とてつもない、『敗北感』に、苛まれた。




『演技』に関してだけは、誰にも負けないつもりでいた。


 貴族の娘の特技としては、あまり褒められたものでは無いが、


 それでも私にとっては、将来の夢を叶えるための、唯一の拠り所であったのだ。




 ──それなのにまさか、自分よりも超上級の筆頭公爵家のお嬢様に、完全に敗北を喫してしまうとは。




 ……でも、それも仕方なかろう。


 何せ相手は、生まれてすぐから、ずっと『演じ』続けてきたのだ。


 もはや『演じる』ことが、当たり前となっているのだ。


『自分というものが存在しない』からこそ、その言動のすべてが『演技』とならざるを得ないというのに、これまで『公爵家令嬢』や『の巫女姫』などと言う、それこそ『物語の主人公』そのままの『役所』を、完璧に演じきってきたわけなのだ。


 こんな『生まれつきの女優』を相手にして、私のような『後天的な演技者』が、敵いっこ無かったのだ。




「──いやいやいやいや、そんな馬鹿な! これって完全に、論理的に破綻しているでしょうが⁉」




 学園の上級貴族の子女御用達の、高級カフェテラス内にて再び響き渡る、私の絶叫。


 しかしそれに対して、相変わらず泰然自若とした物腰をわずかにも崩そうとはしない、目の前のメイド少女。


「ほう、論理的に破綻しているですと? 一体どういった点が?」




「もし仮に、アルテミス嬢が『空っぽ』でご誕生なされたとして、どうして『公爵令嬢』や『の巫女姫』を演じることができるのよ? 誰かをお手本にしようと思っても、少なくともこの王国においては、『筆頭公爵令嬢』も『の巫女姫』も、彼女自身以外には存在しないのだから、真似をして学ぶことは不可能でしょうが⁉ ──もちろんそれは『悪役令嬢』を始めとして、この学園で彼女が演じている、様々なキャラも同様だし!」




「……おやおや、あなたは『巫女姫』というものを、何もわかっておられないようですね?」




「はい?」




 そして彼女は、こちらが想像だにしなかった、驚愕の事実を言い放つのであった。




「『神の憑坐』であるべき巫女姫とは、本来『空っぽ』な状態にあり、だからこそ神様等の聖なる存在をその身に宿すことができるのであって、どんな『役所』を演じるかは、憑依してくる対象次第であり、当然のごとく完璧に『演じる』ことができるのですよ」




「──‼」







(※次回に続きます)

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