第627話、わたくし、究極悪役令嬢『あ〜る』ですの♡(その2)

「──きゃあああああああああ⁉」


「うわあっ!」


「いやあああっ!」




 轟音と激震と逃げ惑う人々の悲鳴とによって、まさしく文字通りの阿鼻叫喚の地獄絵図と成り果てる、王立量子魔導クォンタムマジック学園の広大なるサロン。




 それも、そのはずであった。




 何せ、卒業生にしてこの王国の筆頭公爵家令嬢であるわたくしことアルテミス=ツクヨミ=セレルーナが、第一王子のルイ=クサナギ=イリノイ=ピヨケーク=ホワンロン殿下から、婚約破棄を宣告されると同時に、己の右腕を大砲に変化メタモルフォーゼさせて、恋敵である男爵令嬢に向けてぶっ放したのだから。




「──総員、来賓の皆様の避難誘導を優先! 負傷なされた方がおられたら、応急処置をしたのちに、至急丁重に搬出!」


「そ、総員て、団長! 我々近衛騎士団が全員、ここから引き払ったら、誰が王子を警衛するのですか⁉」


「もう知るか! 世継ぎの王子の元婚約者の公爵令嬢が、実は『ロボット悪役令嬢』であり、突然卒業謝恩会の会場で大砲をぶっ放すなんて、近衛騎士団の職務範囲から完全に逸脱しておるわ! 後のことは、すべての元凶の筆頭公マッドサイエ爵閣下ンティストか、すべてを黙認してき国王陛下にでも、丸投げしてやる!」


 もうもうと立ちこめている爆煙により、視界がすっかり閉ざされている中で響き渡る、近衛騎士団長殿の胴間声。


 ……謹厳実直な彼には信じられないほど、潔い『職務放棄』の宣言であったが、『すべての事情』を知らされている身としては、当然の言動とも言えた。


「──はあ、お互い、公爵おとうさま王様クソオヤジには、苦労させられますねえ……」


 そのようにわたくしが、しみじみとつぶやいた、まさにその時、




「何のんきなこと言っているんだよ⁉ 一体どうしてくれるの、この状況? 何で『女の子同士の恋のバトル』に、本物の大砲なんか持ち出すの? どうして右腕が大砲なんかに変化メタモルフォーゼするの? しかも何の躊躇も無く、屋内で砲撃できるの? もはや的になった男爵令嬢どころか、サロンそのものが瓦礫の山じゃん⁉」




 唐突に、すぐ至近距離から放たれる、耳をつんざく怒声。


 顔面どころか高価な礼服も含めて、全身煤だらけで真っ黒だったから、最初は誰かと思ったら、何とわたくしの元婚約者殿であった。


「王子、危ないですから、わたくしの後ろに隠れていてください」


「質問にちゃんと、答えろよ⁉ ──って、なに王子様の首根っこ引っ摑んでいるの? 無茶苦茶扱いがぞんざいなんですけど⁉」


「動かないで! ──来ます!」


「──なっ⁉」


 爆炎の中から、いきなり飛び出してくる、超特大の火球ファイアボール


 まったく視界を奪われた状況での不意討ちに、本来なら為す術も無いところだが、




『──緊急アクセス、耐熱結界を展開』




 慌てず騒がず、集合的無意識と簡易クイックアクセスを行い、周囲の大気の形態情報を書き換えて、即席バリアを展開して、事無きを得た。


「……やはり、通じませんでしたか」


 不意に聞こえてくる、第三者の声。


 たった今し方の強大なる魔導力の応酬のせいか、一気に晴れ渡り始めた煙幕の狭間から姿を現したのは、何とわたくしの127ミリ砲の直撃を受けてバラバラに吹っ飛んだはずの、男爵令嬢その人であった。


「き、君⁉」


 そんな彼女の姿を目の当たりにして、驚愕に目を見張る王子様。


 それも、無理は無かった。




 いつもの華奢で可憐な下級生の姿はどこへやら、砲撃によってボロボロになったドレスのあちらこちらから覗いている素肌は、青黒い鱗にびっしりと覆われて、煤だらけとなった小顔の中では縦虹彩の黄金きん色の瞳が、あたかも蛇や鰐を彷彿とさせながら、ギラリと煌めいていたのだから。




「……竜人族、か? ま、まさか、よりによって魔族の最強種が、このような我が王国の最深部にまで、潜り込んでいたなんて⁉」


「チッ、女慣れをしていないガキンチョ王子様を篭絡して、将来王国を裏から操ってやろうと思っていたのに、まさかそんな怖い『お目付役』がへばりついていたとはね。計算違いも甚だしいわ」


「そのように体内に、莫大な魔導力を秘めていて、目を付けないでいるわけにはいかないでしょう?」


「……それで、いろいろと嫌がらせをしてきて、こちらの正体を探っていたわけか」


「濃硫酸入りの紅茶を平然と飲み干された時に、ビビッときましたわ!」


「──いやもうそれ、『悪役令嬢の恋敵いびり』のレベルじゃねえだろ⁉ 私が本当に人間だったら、どうするつもりだったんだよ⁉」




「そこは大丈夫です。わたくしに内蔵されている『センサー』は完璧なので、人間であるか人外であるかの区別を、見誤ったりはいたしませんわ」




 己の抗議を情け容赦なく一刀両断に斬り捨てられるや、ここで初めて真顔となる、魔族の最高位の少女。


「……さすがは、魔術と科学のハイブリッド大国ホワンロン王国ご自慢の、量子魔導クォンタムマジックの粋を集めて造られた、『ロボット悪役令嬢』、大した自信ですこと」


「──それで、『続き』を行いますか?」


「ご冗談を。さっきの砲撃をあと二、三発も食らえば、たとえ『竜の鱗』であろうとも、とても堪えきれませんわ」


「それは助かります。わたくしと王子だけは、どうにかバリアで防げても、このままではこのサロンどころか学園そのものが、瓦礫と化してしまいかねませんからね」


「──では、ここのところは、ひとまず『退却』と言うことで、ご機嫌麗しゅう☆」


 そう言うや、背中に大きなコウモリのような羽を生やし、砲撃により大きな穴が空いている屋根をくぐり抜けて、大空へと飛び立っていく、元男爵令嬢の竜人。





 すでに、謝恩会のご来賓の王侯貴族の皆様や、その子弟であられる生徒さんたちは全員、近衛騎士団総掛かりで避難させているので、現在だだっ広いサロン(の廃墟)は、わたくしと王子との二人っきりとなっていた。




「……なあ」


「はい?」




「──結局、おまえは、何者なんだ?」




 わたくしのほうを真正面から見据えて、これまでに無く真剣な表情で問いかけてくる、元婚約者殿。


 ……それはそうでしょうねえ、いくら何でも今のわたくしは、『正体不明』過ぎるし。


 ここは下手にごまかすこと無く、きっちりとお答えいたしましょう。




「──ところで、王子。あなたは『生まれ変わり』と言うものを、信じておられますか?」




「………………………は?」




 わたくしのあまりに予想外の返しに、思わず間抜け面を晒す、王子様であった。


















「……いや、おまえ、ここに来て『異世界転生』ネタでも、絡ませてくるんじゃないだろうな?」


「次回の『後編』を、お楽しみに♡」


「──おいっ⁉」

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