第567話、わたくし、真に全知の『名探偵は、すでに何度も何度も死んでいる』と思いますの♡

「──貴様、どうして私の邪魔ばかりするのだ⁉ どうしてこれまでのすべての犯行が、私の仕業だとわかったのだ⁉ どうして私の行動を、すべて先回りできるのだ⁉」




 少々古びてはいるものの重厚かつ広大なる洋館の、主人の書斎にて鳴り響く、でっぷりと肥え太った初老の男性の胴間声。




 しかし、大きな机を挟んで対峙している、年の頃十三、四歳ほどの華奢な肢体を漆黒のネオゴシックの可憐なワンピースドレスに包み込んだ、幼い少女のほうは、その天使や妖精そのものの美しき小顔の不敵な笑みを、微塵もゆるがせはしなかった。




 ──あたかも、夜の闇を凝らせたかのように鈍く煌めく、黒曜石の瞳。




「あら? もうお認めになられるのですか? 『真犯人』のくせに、情けない」


「な、何だと⁉」


「……ったく、もう少し粘ってもらわないと、いくら『突発的な短編』とはいえ、『ミステリィ小説』として成り立たないし、何より『探偵役』のわたくしとしては、やりがいが無さ過ぎて拍子抜けですわあ」


「──何を平然と、『メタ』的なことを言い出しているんだ⁉ そもそも今回の事件がミステリィとして成立しなくなったのは、すべておまえ自身のせいだろうが⁉」


「……今回の『事件』? はて、今回、事件なんて、起こりましたっけ?」


「──それだ! 貴様は何かと言うと、私の先回りをして、これから起こそうと思っていた事件を、すべて未然に防ぎおって! こんな中途半端なところから、この作品がスタートしたのも、これ以前には語るべきことがまったく無かったからだろうが⁉ 貴様、一体どういうつもりなんだ? 事件が起こらなければ、貴様ら『名探偵』だって、存在価値が無くなるんじゃないのか⁉」




「……『名探偵』ですって? ふふふふふ。 わたくしを、そこいらの『名探偵』風情と一緒にしようとは、いい度胸ですわね?」




「──ひっ⁉」


 一体何が、彼女の『逆鱗』に触れたのか、


 突然一切の表情を拭い去った少女の、あたかも鬼や悪魔ですら射殺しそうな視線を突きつけられて、つい情けなくも小さな悲鳴を漏らす、いい年をしたおっさん。




「アホ面さらして次々に犠牲者の屍体の山を築いておきながら、すべてが手遅れになった後になってようやく、『名推理』という名の御都合主義のつじつま合わせをするしか能の無いクズども。そんな三流ミステリィ作家の操り人形ごときと、わたくしの高尚なる『お遊びゲーム』を、同列に語ってもらっては困りますわ」




 ──ちょっ、言いたい放題だな、このメスガキ⁉


「……高尚なる、お遊びゲーム、だと?」


「今回のように、あなたたち間抜けな『真犯人』のお株を奪って、事件を未然に防ぎきることですわ。ふふふ、これ以上の『愉悦の演し物エンターテインメント』がありましょうや」


「……愉悦の、演し物?」


「おや、わかりませんか? だったら、あなたの胸にお聞きになってみれば?」


「私の胸に聞けって………………………………ッ⁉ ごふっ!」


 黒衣の少女に言われるがままに、自分の胸に手を当てた途端、何と盛大に大量の鮮血を吐き出す、この館の主人。


 それに対して少しも動じず、うっとりとした表情で見守るばかりの探偵少女。


 まさに、その時であった。




「──あははははははは! どうだ、思い知ったか、にっくき親のかたきめが⁉」




 突然その場に響き渡る、あたかも狂ったかの哄笑。


 そして入り口のほうからゆっくりと姿を現す、小柄な人影。


「き、貴様は、この前雇ったばかりの、新人メイドA⁉」


「──と言うのは世を忍ぶ仮の姿であり、その正体は、昔おまえの陰謀によって陥れられて自殺してしまった、某企業の社長夫婦が遺した一人娘よ!」


「な、何と!(説明臭い台詞なんだ)」


「どう、苦しいでしょ? でももう助かりはしないわ。あなたの愛用のワインに忍ばせたこの毒薬は、最近開発されたばかりで、解毒剤や治療法の類いは、ほとんど存在していないのですからね!」


 そう言うやこれ見よがしに男の目の前に、ドクロマークが描かれた小瓶を突きつける、メイドさん型復讐鬼。


「……ぐふっ、ま、まさか、この私が、命を狙われていたなんて⁉」




「──うふふ、まさにそれこそが、『後期クイーン問題』と、言うものですよ」




「「は?」」


 このものすっごく緊迫した場面において、完全に空気を無視して意味不明なことを言い出す、黒衣の少女。




「確かにあなたは、このミステリィ作品において作者自らが指定した『真犯人』キャラでしょう。──しかしそれはあくまでも、ミステリィ小説家などという一匹の雑魚が、己の低レベルな作品の中で勝手に決めつけた設定に過ぎず、本来無限の可能性があり得る現実世界においては、『登場人物』の誰が加害者になるのか、あるいは被害者になるのかは、けして決まってはおらず、こうして『真犯人』であるはずのあなたが、他の誰かに殺害されて、『被害者』となることも、十分あり得るのですよ」




 何と、『後期クイーン問題』に関して、これほどわかりやすい説明を行った作品が、これまでにあっただろうか⁉ これこそはミステリィ小説史に残る、大快挙であろう!


 ──とはいえ、そんな『メタ』丸出しのことなぞ、当の被害者にとっては、知ったことでは無かったのだ。


「いやいやいや、そんな御託を並べる暇があるのなら、あっちの実行犯のメイドを捕らえるか、今にも死にそうな私を助けてくれよ!」




「──はい! が、その毒薬のためだけに作られた、貴重な解毒剤です!」




「「………………………………へ?」」




「あら、要らないのですか?」




「──要る! 要ります! どうぞお恵みください!」




 そのようにして、何の脈絡も無くいきなり差し出された小瓶を、ひったくるように受け取るや、ゴクゴクと一気に飲み干してしまう、壮年の男性。


 するとすぐさま吐血が止まり、みるみるうちに顔色も良くなっていき、解毒がうまく行ったことが、明解に証明される。


 そのとても信じられない光景を目の当たりにして、堪らずわめき立てるメイドさん。


「──そんな⁉ 確かに解毒剤がまったく無いわけでは無いけれど、こんな珍しい毒薬に対して、そのように都合良く前もって用意したりできるわけが無いでしょうが?」




「あら、残念ね。わたくしこと明石あかしつきよみは、『全知探偵アカシックレコード』と呼ばれており、わからないことは何も無く、このくらいの下準備、お茶の子さいさいでございますの♫」




「「──あ、全知アカシック探偵レコード?」」




「それも『ラプラスの喪女』とか何とか言った『ニセモノ』なんかじゃ無く、本物の『全知』──すなわち、無限に存在し得る『別の可能性の世界の情報』を、事実上の『死に戻りループ』を繰り返すことによって手に入れているので、あなたたち『登場人物』が、どのようにして殺し合って、『被害者』や『加害者』になり得るか、すべてのパターンを把握しているゆえに、どのような特殊な手段で完全犯罪を目論んでも、すべて完全に防ぎきることができるのですわ」




「「無限の死に戻りを繰り返しているだと⁉ 一体どこのス○ル君だよ⁉」」




「全然違いますわよ、何せわたくしが繰り返し見ているのは、あなたたち『ミステリィ小説の登場人物』の無様な死に様であって、わたくし自身は完全に無事なままなのですからね」


「「なっ、『死に戻り』は『死に戻り』でも、自分の死では無く、他人の死に様を繰り返して見ているだってえ⁉」」




「そのお陰で、結局こうして誰一人死なせること無く、事件を完璧に未然に防げたのですから、これぞ文字通りの『大団円ハッピーエンド』であり、わたくしこそが真に理想的な『名探偵』ですわよね☆」




 そのようにいかにも尊大に、真っ平らな胸を張って自画自賛する、自称名探偵の少女であったが、




「「ふざけるなっ!」」




「……おや、何かご不満な点でも?」




「「不満もクソもあるか! 我々はただ単に『ミステリィ小説の登場人物』に過ぎないから、作者に操られるままに殺人を犯しているんではない! そうするだけの理由──特に、相手に対する『憎しみ』や『復讐心』なんかがあるからこそ、自ら凶行に及ぼうとしていたのだ! それなのに犯行をすべて未然に防がれてしまったら、私たちのこの感情は、一体どこに吐き出せばいいのだ⁉」」




「ふふふ、その顔、その顔ですよ」


「「……何?」」




「あなたたち『犯罪者予備軍』が、たとえ地獄に堕ちようとも果たそうとした想いを、無慈悲にも叩き潰されることによって、苦しみ続けるその姿──いやあ、眼福眼福♡」




「「──ッ。貴様、それがおまえの言うところの『愉悦の演し物エンターテインメント』か⁉ ふざけるな! 貴様こそ地獄に堕ちるがいい、この悪魔めが!」」


「悪魔ですって? うふふ、まさにこのわたくしにふさわしい、『誉め言葉』ですわ。何せ本来『ラプラス』の名を冠すべきは、『魔女』でも『喪女』でもなく、『悪魔』なのですからね」


「「──おおいっ、いい加減ミステリィ小説界にケンカを売るのは、やめてくれよ⁉」」


「それに、この全身真っ黒な姿の『悪魔の美少女』なんて、何か『ま○マギのほ○らちゃん』みたいで、むしろ光栄ですわ」


「「しかも、なんかわけのわからないことを言い出したぞ、こいつ⁉」」


「──ていうか、『ま○マギ』と言うよりも、『ひぐ○し』の梨○ちゃまやフ○ザリーヌ様のほうがふさわしいかしら? 何せわたくしにとっては、ミステリィ小説そのままの事件なんて、すべて『お遊びゲーム』をやっているようなものに過ぎないのですからね」


「「はあ?」」





「だって、そうでしょう? あなたたちの生殺与奪権はすべて、『プレイヤー』であるわたくしが握っており、わたくしの『誘導』次第で、いくらでも『被害者』と『加害者』を入れ換えたり、事件そのものの流れをひっくり返したりと、やりたい放題できるんですからね。それと言うのも、無限の『死に戻り』が可能なわたくしは、無限の『試行錯誤』が行えるわけで、どんなに失敗(=他の登場人物たちの死)を重ねようが、最終的には思い通りの結果にたどり着くことが可能ですの。──実は今回の事件についても、すでにいろいろとチャレンジして十分楽しませてもらったことだし、いい加減飽きてきたので、『絶対に事件を起こさず誰一人殺さない』といった、ミステリィ小説にあるまじき『超難易度プレイ』にチャレンジすることにしたといった次第ですの♫」




「「──な、何だと? それじゃまるでおまえ以外の人間が、全員ゲームの『NPC』みたいなものではないか⁉」」


「そうですよ、それが何か?」


「「お、おのれ、これだけ人を馬鹿にしておいて、ただで済むと思うのか?」」




「ええ、もちろん。──だって、『プレイヤー』であるわたくしは、いつでも他の登場人物NPCたちを、思いのままに無力化することができるのですから。例えば、こんなふうにね?」




「「──うぐっ⁉」」




 黒衣の少女のあまりにも突飛極まる台詞とともに、何と二人同時に喀血する、御主人様とメイドさん。




「……やれやれ、こんないつ誰が死んでもおかしく無い、『ミステリィ小説』そのままのシチュエーションにいながら、不用心ですこと。これからは『食事』の際には、ちゃんとお気をつけ遊ばせ。──はい、『解毒剤』を、どうぞ☆」




「「ごくごくごく──ぷはあっ!」」




 自称『全知探偵アカシックレコード』が差し出した、二本の小瓶を受け取るや否や、泡を食って一気に飲み干す、被害者と加害者。




「これで皆さん、おわかりになられたでしょうか? ──まあとにかく、わたくしこと『全知探偵アカシックレコード』が健在である限りは、どのようなミステリィ小説的な犯罪であろうとも起こさせはしませんので、もしも性懲りもなく『三流犯罪小説』を作成しようとするミステリィ作家さんがおられましたら、『能無し』のレッテルを貼って盛大にあざ笑って差し上げますので、お覚悟の程を。おほほほほほほ!」

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