第497話、【いのちの輝き】わたくし、ショゴスと人間との『百合愛♡』は、成立すると思いますの。

 魔導大陸東海岸、聖レーン転生教団直営『魔法令嬢育成学園』、地下最深部極秘医療施設『インキュベーター』。


 その集中治療室の診療台の上には、一人の幼い少女が寝かされていた。


 緩やかなウエーブを描く長いブロンドヘアに包み込まれた、一糸まとわぬ小柄で色白な肢体。




 ──『魔法令嬢』。




 この魔導大陸を、『海底の魔女ヘクセンナハト』と呼ばれる正体不明の敵から守る力を有する、唯一の存在。


 それもそのはず、実は彼女たち自身が皆、この世の災厄の具現である『悪役令嬢』の血を引いた、実の娘たちであり、それぞれが世界そのものを破壊し得る力である、『負の魔導力』を身のうちに秘めているのだ。


 いまだ幼い初等部生を主力としている『魔法令嬢戦隊』においては、今すぐ『悪役令嬢化』する危険性は低いが、万一身の内の『正の魔導力』がマイナス方向へと暴走しないように、定期メンテナンス等を行うために、学園内には様々な医療セクションが完備されていた。


 特にこの『インキュベーター』こそは、『海底の魔女ヘクセンナハト』との戦闘等によって致命傷を負った魔法令嬢が、『最終処置』を施されるための特別セクションであり、学園の生徒たちに対しても、最高機密扱いとなっていたのだ。


 ……そんな学園における最重要秘匿施設に、どうして私のような、正式な魔法令嬢でも無い『補助者』風情の、初等部四年生が呼び出されているかと言うと、




 まさに現在診療台に横たわっている、『海底の魔女ヘクセンナハト』との戦闘によってもはや治療不可能と思われる重症を負ってしまった、初等部五年生の少女こそが、『使い魔』である私にとっての、我が身よりも大切なる『魔法令嬢』だからであった。




「──お姉様、しっかりしてください! お姉様!」


 枕元にかじりついて、大声で呼びかけるものの、その、生命維持装置から伸びている無数のチューブに繋がれた、包帯だらけの最愛の少女は、何の反応も示さなかった。




「……落ち着きなさい、ビビちゃん。大丈夫よ、ミミさんはちゃんと治るから」




 優しくそっと私の肩に触れながらささやきかけてくる声に、思わず振り向けば、そこにはミミお姉様の担任教師の、慈愛に満ちたお顔があった。


 ──ただし、その服装は、いつものタイトミニのスーツでは無く、教団の特務司教としての正装である、漆黒の聖衣であったが。


「……ミサト、先生」


「ミミさんの『魔女の魂ヘクセンジーレ』は、持っているわね?」


「あ、はい」


 魔法令嬢の力の源である『魔女の魂ヘクセンジーレ』は、ある意味お姉様そのものなのであり、使い魔である私が、常に肌身離さず持ち歩いているのは当然のことであった。


 だから何の疑問を覚えずに、首にかけていたネックレスを外して、先生へと手渡したのだ。


 ──あたかも血の涙を思わせる、水滴型をしている、真紅のペンダントトップ。


 まさにこれぞミミお姉様の、魔法令嬢としての『魂』そのものとも言える、『集合的無意識とのインターフェース』であった。


 それを受け取るとすぐに、口元に寄せるや、


 驚天動地の台詞を宣う、黒衣の女司教。




「──集合的無意識に要請、当該魔法令嬢とのアクセス経路を、全面カットされたし!」




 ………全面、カット?


「そ、そんな! 集合的無意識からの『情報供給』が、すべて途絶えてしまえば、魔法令嬢としての魔法の発現どころか、生物としての肉体及び精神の維持すらも、できなくなってしまうではありませんか⁉」


「落ち着いてちょうだい。もはやミミさんの『損傷』は、こうでもしないと『修復』不可能なのよ」


「……損傷? 修復? 何ですか、それって? お姉様は、機械や玩具じゃ無いのですよ⁉」




「──いいから、ごらんなさいな、『魔法令嬢の真実』を。これは『使い魔』であるあなたにとっての、『義務』なのですから」




「は? 魔法令嬢の真実、って………………………………………ひっ⁉」


 何と言うことでしょう。


 いまだ意識不明のはずのお姉様の全身が、突然激しく打ち震え始めたかと思えば、全身が真っ赤に染め上がるとともに、至る所が多数のこぶ状に膨れ上がっていき、見る間に醜悪なる肉塊へと変化メタモルフォーゼしたのであった。


 そして、その真紅の瘤の一つ一つに見開かれていく、無機質なる青の瞳。


「……こ、これって」




「ショゴスよ」




「ええっ⁉ ショゴスって、あのクトゥルフ神話で高名な、不定形暗黒生物の? どうしてお姉様が、集合的無意識とのアクセスをカットされた途端、そんなものになってしまうのです⁉」


「そんなものとはまた、お言葉ですこと。魔法令嬢はショゴスであるからこそ、様々な魔法が使えたり、身体機能を強化できたりするのはもちろんのこと、こうして不死身にもなれると言うのに」


「不死身って…………ああっ⁉」


 時間にすれば、ほんの数分ほどであっただろうか。


 またしても唐突に、紅い肉塊や青い瞳がすっかり消え去り、再びお姉様ご自身の身体へと、元通りになった時、




 その美しくも未成熟なる裸体には、かすり傷一つついていなかったのだ。




「一体、どうして……」


「そりゃ、そうでしょう、何せ『量子レベル』で、形態情報を完全に復元したのですからね」


「量子レベル、ですって?」




「元々ショゴスは、現実空間マクロレベルにありながら、微小空間ミクロレベルの量子と同じ性質を有しているの。すなわち、ショゴスのどのようなものにも変幻自在な性質とは、量子のあらゆる形態になる可能性が常に多重的に存在している、『重ね合わせ状態』に立脚しているのであって、まさしくショゴスによって形成されている魔法令嬢を、集合的無意識とのアクセスを全カットして、いかなる形態情報も有さない原初デフォルトのショゴス状態にすれば、損傷等のあらゆる肉体的異状がクリアされて、元通りの良好な状態に還元させることができるのよ」




 ──何と、そうだったのですか⁉


「……つまり、今しがたの異様なる光景は、細胞分裂や核分裂とかを、それこそ『巨視マクロレベル』で見せられたようなものなのですね?」


「──まさにこれぞ、『いのちの輝き』って、ところかしらね♡」


「やかましい」


 結局それが、言いたかったのかよ⁉


 おまえは『大○万博』準備委員会の、回し者なのか?


 ……まあ、そんなことは、どうでもよくて。


 ──こうしてミミお姉様が、あの致命傷の状態から、奇跡的に快復できたのは、心より喜ばしいことであった。


 そのように万感を込めて、愛する人の裸身を、うっとりと見つめていたら──


「……よだれが、出ているわよ?」


「──はっ⁉」


「これで拭きなさい」


 さりげなく、ハンカチを手渡してくれる、大人の女性。


「あ、あの、これは別に、お姉様の麗しきお身体を見ていたからでは無く、少し小腹が減ったからでして……」


「──それからこれも、お返しするわ」


 続けて手渡されたのは、例の紅い涙のようなネックレス。


「見ていてわかったでしょ? これの本当の『使い途』が」


「え?」




「この『魔女の魂ヘクセンジーレ』は当然、すべての魔法令嬢の体内にも埋め込まれていて、集合的無意識とのアクセスを司って、魔法の行使や身体強化等を実現しているんだけど、今回のように本人が行動不能に陥った場合には、こちらの『外部化された集合的無意識とのインターフェース』を、あなたのような使い魔が使うことによって、意識を失った魔法令嬢の修復や、場合によっては『処分』や『消費』等をも、行えるようになっているのよ」




 ──ッ。


「……な、何ですか、処分や消費、って」




「まず『処分』とは、今回のような単なる損傷箇所の修復とかでは無く、何らかの異状をきたして暴走したり、自らの意思で仲間の魔法令嬢や教団を攻撃してきたり、──そして何よりも、『悪役令嬢化』したりした場合において、もはや制御不能と判断されれば、最終手段として恒久的に集団的無意識とのアクセス経路を遮断して、魔法令嬢としての形態及び精神をすべて失わせて、原初デフォルトのショゴス状態へと還元させることであり、これぞ魔法令嬢の『使い魔』であるあなたたちにとっての、大切なお役目の一つなの」




 なっ⁉


「わ、私がお姉様を、処分しなくてはならないですって?」


「……まったく、このくらいのことで戸惑っていては、使い魔失格よ? 何せもう一つの『消費』のほうこそ、文字通りの『人でなしの所業』なのですから」


「はあ?」




「文字通りに、魔法令嬢に対して人間扱いをやめて、『物』──特に『兵器』として利用するのよ。むしろこの、『集合的無意識とのインターフェースを外部化しての、使い魔による一方的なコントロール』システムは、このためにあると言っても過言では無いわ。何せ魔法令嬢本人の人格を完全に無視して、体内の莫大な魔導力だけを目当てに、『人間爆弾』として『自爆攻撃』等に利用するわけなのですからね」




 ──‼


「……な、何ですか、それって? そんなの私、聞いていませんよ⁉」




「知らないなら知らないで済めば、良かったんだけど、あなたはこうして、『魔法令嬢の真の姿』である、ショゴスの実態を知ったからには、是非とも覚悟しておかねばならないのよ。──自らの手で『最愛のお姉様』を葬る、可能性があることをね」




 使い魔としての『残酷なる事実』を、己自身も悲痛なる表情となって突きつけてくる、聖レーン転生教団の特務司教殿。


 それに対して、完全に言葉を失ってしまう、魔法令嬢の使い魔。


 ──まさに、その時であった。




「……う、うう〜ん」




 唐突に聞こえてきた、か細いうめき声。


 それこそが、心から待ちわびた、『彼女』の復活の声音であった。


「──ミミお姉様!」


「……え、ビビ? ここは、一体?」


「良かった! 本当に、良かったあああああ!」


「──ちょ、ちょっと、ビビ⁉」


 意外にも元気そうに、診療台の上で上半身を起こして、いかにも不思議そうな表情で周囲を見回し始めた最愛の人に対して、ついにこらえきれず、その胸の中へと飛び込んだ。


「もう、ビビったら、いつまでも甘えん坊なんだから♡」


 ……ああ、お姉様が、私の許に、戻ってきてくれた。


 もうそれだけで、構わない。


 本当は、化物同然の姿だろうが、何だと言うのだ?


 それよりも、お姉様の『生殺与奪権』がすべて、己の手中にあることのほうが、




 ──嬉しかった。




 そう、お姉様の運命は、すべて私が握っているのだ。


 これほどの愉悦が、あろうものか。




 ──大丈夫ですよ、お姉様。




 たとえお姉様が、青い目玉の生えた紅い団子状の、醜悪極まる肉塊のショゴスであろうと、


 忌み嫌ったり、


 兵器として使い回したり、


 役立たずとして処分したりは、




 けして、いたしませんからねえ♡




 ──ただし、この私のことを、裏切らない限りは。

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