第444話、わたくし、オキナワの『狼』少年、ですの。(その2)

「──ヘイ、マイク!」




 人気のまったくなくなった、夕陽が今にも水平線の彼方へ沈もうとしている浜辺にて、唐突にかけられた、やけに野太い声音。




 恐る恐る振り向けば、そこにいたのはまったく面識のない、二人の大柄な黒人男性であった。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 国際通りでぐま先生と別れてからも、僕はまっすぐ帰宅することなく、那覇市内をあてどもなく歩き回り続けていた。




 本来なら日がとっぷり暮れても人波が途切れることの無い、名実共に沖縄県最大の繁華街であるのだから、僕ことイクのような、小学五年生の男子が一人でふらついていようが、それ程危険は無かったろう。


 けれども現在は、日本全国的に──否、全世界的に、『非常事態』であったのだ。




大陸風タイリク・フーウイルス』。




 このの謎の大災厄が、突然何の前触れも無く猛威をふるい始めて、一度感染するや重篤なる肺炎にかかり、下手すれば命すら奪われることになるとも言われて、人々は恐れおののき、それぞれの国家の担当各局の指導のもと、できるだけ各自の住まいの中に閉じこもることになったのだ。


 よって現在、国際通りを始めとして那覇市内の繁華街においては、すっかり閑古鳥が鳴いており、僕がいる某有名海水浴場に至っては、まるで真冬のシーズンオフであるかのように、人っ子一人見当たらなかった。


 ……それなのに、沖縄にはむしろ不似合い極まりない、『黒人擁護デモ』なんかを、あえてこの時期に強行するなんて、あまりにも異常な事態と言えるだろう。


 どう考えても、あの『よそ者』の先生は、胡散臭いよなあ。


 ──ううっ、やっぱり、帰りたくないぜ。


 実は、『大陸風タイリク・フーウイルス』のせいで全県的に臨時休校中ゆえに、本来なら自宅で大人しく自習等をしていなくてはならないのに、どうにも我慢できなくてこうして外出してしまっているのも、小学生の男子一人でうろつくにはそろそろ危険な時間になりつつあるのに、どうしても家路につこうとしないのも、まさにその『先生』こそが原因であったのだ。


 実は彼は、沖縄に来て以来ずっと、僕の家に入り浸っていたのである。


 ……それと言うのも、僕のうちにはいわゆるお定まりの、『複雑なる家庭の事情』があったのだ。




 ──僕の母さんは、子供の僕から見ても、非常に『心の弱い人』だった。




 アメリカ兵だった父親に捨てられてからは、泣き寝入りするのみで、生まれたばかりの僕のことも、両親に任せっきりにしていた。


 そんな心の隙間につけ込むようにして、県外から続々とやって来たいわゆる『プロ市民』の活動家の男たちは、母が一人で暮らす家に入れ替わり立ち替わり、入り込んでいった。


 祖父母は、そんな自分たちの娘の身持ちの悪さを、孫に見せまいとするかのように、僕を生家に近寄らせないようにしていた。


 ……今思えば、母は淋しかったのだろう。


 こういったことに敏感な子供たちの中で、孤立気味だった僕は、どうしても年齢以上に大人びた思考をするようになってしまい、母を憎んだり嫌悪したりするよりも、同情心のほうが強かった。


 ……そしてその分、ヘイトが向いていったのは、『プロ市民』なる似非ウチナーンチュの、活動家どもであった。


 彼らの、「沖縄の人間なんて、俺たちの『世界の中心で紅く華やぐ理想的国家の実現』のための『手段や道具』に過ぎないんや!」とでも言わんばかりの偽善ぶりは、反吐が出そうであった。


 そのようなこともあって、ほとんどの沖縄の子供たちが、まさにこいつらプロ市民から、幼い頃からどっぷりと『洗脳』されて、『米軍基地廃絶闘争』に駆り立てられていく中で、僕だけが頑なに参加を拒否し続けることによって、ますます孤立へと追いやられていったのだ。


 ……まあ、いくらクラスメイトといえども、完全に『操り人形ロボット』であるかのように、偏った思想に染まりきってしまった子供なんて、気持ち悪くてしょうがなく、こっちのほうから御免こうむるけどね。


 それに幸いなことに(?)大陸風タイリク・フーウイルスの蔓延なんかもあって、ここのところにおいては無駄なデモも控えられていたから、気が楽だったし。


 ──だが、まさにその糞ウイルスのせいで、僕は祖父母の家を出て、久方振りに母の住む、実家に戻らなくてはならなくなってしまったのだ。


 何せ祖父母もすでに高齢に達しており、僕がよそから持ち込んできた大陸風タイリク・フーウイルスに感染してしまったら、命の危険すらあり得るのだ。彼ら自身はしつこいまでに引き留めてくれたものの、僕は自ら実家に帰ることを選んだのであった。




 ──すると何と、自分の担任教師が、我が物顔で居着いているではないか。




 さすがに「これは無いだろう⁉」と、母親に非難の目を向ければ、今にも泣き出しそうな表情となり縮こまるばかりで、まったく話しにならなかった。


 それに対して、少しも悪びれもせず、いかにも馴れ馴れしく取りなしてきたのは、当の教師の皮を被った、よそ者のくせに沖縄を『食い物』にする気満々の、『プロ市民』であった。


 ……こ、こいつ、早速僕の母さんを、『食い物』にしてしまったのかよ⁉


 よりによってPTAに平然と手を出しやがって、完全に懲戒免職ものだろうが⁉


 ──しかし僕自身、けしてそんなことにはならないことを、熟知していた。




 なぜだかこの『先生』は、着任してきたばかりだと言うのに、日本きっての『思想家』の巣窟である、沖縄県教職員組合の中心人物に祭り上げられたばかりか、何と『米軍基地闘争』についても、全県的な指導者の立場に収まったのだ。




 ……もちろん、こんなことなど、例外中の例外であった。


 もはや、『上級のプロ市民』などといったレベルでは無く、『プロ市民』やその他の国内活動家よりも、更に『上位の存在』と言ったほうが妥当であろう。


 ──どうやらその正体を暴く鍵は、彼自身の、沖縄県人ウチナーンチュどころか、日本人のものとも思えない、独特の『なまりイントネーション』に隠されているようであった。


 まさしくその、日本人にとっては本能的に耳障りな声音を用いて、何かと僕に話しかけてきて、『米軍基地闘争』参加へと、『洗脳』しようとしてくるのだ。


 臨時休校中とはいえ、家にいたくなくなるのも、無理は無いだろう。


『先生』のほうも、それならそれで好都合のようで、本来担任としては止めるべきなのに、むしろ上機嫌で母親の細い肩を抱き寄せながら、僕を見送るその笑顔が、非常にしゃくに障った。


 そういったあれこれによって、僕の家路への足取りは、非常に重いものとなっていたのだ。




 ──まさにその時、そんなこちらの心の隙を突くようにして、話しかけてくる、いかにも馴れ馴れしい声。




 堂々巡りの考え事を打ち切って、ゆっくりと振り返れば、まさしく沖縄における小学生の最大の『敵』である、鍛え抜かれた巨体を誇る黒人男性が、二、三名ほど立ちはだかっていたのであった。












   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




ちょい悪令嬢「──ハーイ、聖レーン転生教団、第444秘匿神聖騎士団特務司教の、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナでーす!(今回第444話限定の嘘肩書き)」




メリーさん太「何と、ここでビッグニュースが舞い込んできました!」




ちょい悪令嬢「『日本クルド文化協会』様の公式発表として、協会に所属しておられる、正式なる手続きを経て日本に滞在なさっているクルド人の皆様は、今回の『自称クルド人』を中心とする事件やデモ活動には、何ら関わり合いが無いとのことです!」




メリーさん太「この協会こそは日本における、合法的に滞在中のクルド人と、それを支援している日本人からなる、主要なる団体であり、こういった『事実』を一日も早く発表したくても、なぜか国内のマスコミの取材要請はまったく無く、とうとうしびれを切らして、協会自身のフェイスブックにて声明を発表したとのことです」




ちょい悪令嬢「──それでは、皆さんようくご存じの、渋谷警察署前等において『クルド人の人権擁護デモ』を行った団体は、一体『何者』だったのでしょうね?」




メリーさん太「……これってさあ、前々回から始まった、『沖縄において突然強行された、不可解極まる黒人擁護デモ』に対する、本作における『見解』そのものじゃん?」


ちょい悪令嬢「ええ、これらがけして『特定の人種に対する不平等を是正するための人道的デモ』なんかでは無く、何かしらの『勢力』による日本国内における『工作活動』である──という主張でしたよね」


メリーさん太「──怖い、本当に、この作者のことが怖い。アメリカにおける『人種差別暴動』については、半年以上前に予言していたし、日本人の誰一人思いも寄らなかった、『イギリスにおける20世紀最大の英雄であるチャーチルが、実はヒトラーにも劣らない人種差別主義者であること』についても、作品中であからさまに批判していたし、『軍艦島』問題についてもほんのこの間、作者の実家のようなド田舎みたいに住民の触れ合いの密接なところでは、『在日』の皆さんに対する差別はまったくと言っていいほど行われておらず、例えば、事実上『炭鉱』である軍艦島においては、人種や国籍すらも度外視して労働者同士の団結力が高く、労使闘争は激しくとも、労働者同士は仲良しこよしであったという、お隣のイチャモン国家や国内の(本来労働者の味方のはずの)左翼勢力さえ見落としていた、唯一絶対の『真実』についても言及していたし、挙げ句の果てには今回においては、現在全世界で展開されている『人種差別反対デモ』が、実は『欺瞞と作為の賜物』であることを、一目で見破ってしまうしといった有り様で、本当にこいつって、ただのWeb小説家なのかよ⁉」


ちょい悪令嬢「一応、沖縄における『黒人擁護デモ』に対しては、25年前の凶悪事件を踏まえての、『断じて赦されざる怒り』によるものですけどね」


メリーさん太「……そうなると、(エセ人道主義者の『プロ市民』なんかよりも)真の意味で、沖縄県の皆様の視点に立っているわけで、けして何が何でも『右派』というわけでもないのか。何か知らんけど、ちっぽけな人間レベルのイデオロギーなんか超越した、『神の視点』でも持っているんじゃないのか?」




ちょい悪令嬢「いえいえ、何度も申していますように、今回のシリーズはけして『政治』がテーマでは無く、あくまでも『エンターテインメント』作品ですので、お間違いなく☆」




メリーさん太「──ここまで来て、まだそんなこと言っているのかよ⁉」


ちょい悪令嬢「そうですよ、何せ次回からいよいよ、『異能バトル』パートの始まりですからね♫」


メリーさん太「このいかにも『純文学』だか『私小説』だかの展開で、どうやって異能バトルにするつもりなんだ⁉」


ちょい悪令嬢「実はそもそもこの作品は、『沖縄オオカミ少年、ケンジ』というタイトルで、一度作成されたものをたたき台としており、オリジナルの展開としては、黒人兵に襲われた沖縄の小学生の男の子が、いきなり狼男に変身して、反対に虐殺するといった内容になっておりましたの」


メリーさん太「──エグッ! むしろ政治路線なんかよりも、そっちのほうがヤバいじゃん⁉」


ちょい悪令嬢「大丈夫ですって、ここでこうして明かしたからには、今回は別の展開となるように考えておりますので」


メリーさん太「……別の展開、って?」




ちょい悪令嬢「前回もお伝えしたように、『異世界転生』と『軍艦擬人化少女』ですわ♡」




メリーさん太「──どう考えても、今更無理があるんじゃないのか⁉」












ちょい悪令嬢「……実はマイク君は、異世界転生経験者だったりしてね♡」




メリーさん太「いくら『なろう系』とはいえ、なりふり構わず主人公を転生者にするのはよせ!」

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