第445話、わたくし、オキナワの『狼』少年、ですの。(その3)

 現在日本国内にて、米軍基地が最も集中している沖縄において、黒人成年男性の接近を視認した場合、男女を問わず小学生が取るべき行動は、ただ一つ!




 僕は何の躊躇も無く、『防犯ベル』をズボンのポケットから取り出して、高々と振りかざした。




「「「──いやいやいや、ちょっと待ってくれ⁉」」」




 それを見て、途端に慌てふためき始める、正体不明の巨漢の黒人たち三名。


「うるさい、この犯罪予備軍どもめが。貴様らが小学生に接近した瞬間に、犯行は確定しているのだ」


「……え、もしかして俺たちって、本土における、『オタク』と同じ扱いなの?」


「それってちょっと、ひどいんじゃないの? あいつらってほとんど、無職の引きこもりなんだろ?」


「一応これでも、軍人──つまりは、『公務員』なんだよ?」


「だまれ! むしろ『オタク』どもは一部の『無敵の人』を除いて、基本的に惰弱な臆病者ばかりで、実際に犯行に及ぶ度胸を持つ者が少ないのに対して、おまえらは『人種差別』を笠に着てやりたい放題の『行動アクティブ派』で、特にこの沖縄においては、凶悪犯罪の『実績』が半端ないだろうが⁉」


 そう言い放つとともに、防犯ベルのスイッチを押そうとすると、血相を変えて止め立てしてくる、黒人『兵』たち。……馬鹿だよ、こいつら。さっき自分たちのほうから、『軍人』であることをゲロしやがって。




「「「だから、待ってってば⁉ 俺たちは、キグマ先生ティーチャーから、君のことを聞いてきたんだから!」」」




 ………………………は?


ぐまって、うちの小学校のクラスの担任教師の?」


「そ、そうだ、そうなんだよ!」


「……何で、米軍の兵士と、基地反対派の中心人物が、知り合いなんだよ?」


「俺たちが国際通りの飲み屋で飲んでいたら、向こうから声をかけてきたんだ!」


「プロ市民の活動家が、明らかに米軍兵士とわかる黒人に、自ら接触していっただと?」


「ああ、そこで話が弾んでお互いの立場を超えて意気投合して、ミッペイが小学校教師だと言うことを知って、前から気になっていたことを尋ねたんだよ」


「気になっていたこと、って?」




「休暇の時に国際通りをぶらついていたら、まだ幼い小学生の男の子が一人だけで所在なくうろついているのを、しょっちゅう見かけていたんだ。──日本人だけど、白人の血でも混じっているのか、髪や瞳や肌の色が全体的に薄くて、小柄で華奢な女の子のような体つきをした、天使か妖精そのままのやつを」




 ──っ。


 そ、それって⁉


「こちらとしても、是非ともお近づきになりたいところなんだけど、この御時世男同士であっても、見ず知らずの大人が小学生に、うかつに声をかけるのはまずいだろ?」


「そしたら、ミッペイが君の担任だと言うじゃないか? それで渡りに船とばかりに、彼を通して、君を紹介してもらうことにしたんだよ」


「つまり、俺たちはちゃんと担任の先生の許しを得て、君に会いに来ているんだから、何も怖がることは無いんだ」




「「「──さあ、俺たちと一緒に、一晩中、『トゥゲザー』しようじゃないか!」」」




 そのように声を揃えて言い放つや、こちらへとごっつい腕を差し出す、米軍兵士たち。


 ……何が『トゥゲザー』だ、『ルー○柴』かよ? 古っ!


 今時だったら、『ルミ○ス』とか『コネ○ト』とかじゃないのか?


 しかし、金熊先生ってば、母さんを『食い物』にするだけでは無く、教え子の僕まで黒人に売り渡しやがったのかよ⁉


 ……うん、やっぱあいつ、クソだわ。


 ということで、この場で僕がやるべきことは、ただ一つ。




 ──キュイーンキュイーンキュイーン! ピリピリピリピリピリピー!!!




「「「何で、防犯ベルを、鳴らすんだい⁉」」」




「むしろ、あのエセ活動家教師のご紹介の黒人兵なんて、どこに信用する部分があるんだよ⁉」




 そのように叫びながら、すでに夕陽も水平線の向こうに隠れつつある、だだっ広い砂浜を脱兎のごとく駆け出す、他称『天使のような少年』。


「──ヘイ、ボーイ、かけっこかい?」


「いいだろう、『狩りハント』の時間だ!」


「ほらほら、早く逃げないと、捕まえて食べちゃうぞ?」


 いかにも嫌みったらしく煽り立てる声とともに、こちらへと迫り来る、砂を蹴り飛ばす足音。


 ……おかしい。


 確かに『大陸風タイリク・フーウイルス』騒動のせいで、現在この沖縄においては、外出する者はめっきり減っているが、全然いないわけでは無いのだ。


 こんな遮る物が何も無い浜辺で、小学生が防犯ベルを鳴らしながら、黒人兵と追いかけっこしているのに、見咎める地元民やパトロール中の警察官が、まったく見当たらないなんて、あり得るはずが無かった。


 どういうことなんだ、一体?


 そのように、どんどんと焦燥感に駆られていく僕に対して、すぐ後ろから、わざと距離を詰めないように力を抜いて走っているのか、いまだ余裕綽々の声が聞こえてきた。


「ぐひひ、助けを期待しても、無駄だぞ?」


「この付近には絶対に、誰も近寄れないのだからな」


「何せ最上級の『結界』を、張り巡らせていることだし」


 ………………え。


 な、何だよ、『結界』って。


 どうして米軍の黒人兵が、いきなりオタクのような『ファンタジーワード』を、語り出すんだよ⁉




 ──そんなことに気を取られていたのが悪かったのか、浜辺に打ち上げられていた小ぶりの流木に足を取られて、見事に頭からダイブするかのように倒れ込んでしまう。




「ぶほっ⁉」


 ま、まずい!


 それを見るや、すぐさま僕の周囲を取り囲み、下卑た笑みを浮かべながら、はやし立てる黒人兵たち。


「いいざまだぜ、砂だらけじゃないか?」


「面目丸つぶれだな、マイク──いや、『勇者ミハエル』さんよう!」


「積年の恨みを、これからたっぷり、晴らさせてもらうぜえ?」


 へ?


 な、何だ、『勇者』とか『ミハエル』とかって?


 それに、『積年の恨み』って、一体何のことなんだ?


「……このガキ、とぼけた顔をしやがって」


「一人だけまんまと『転生』して、知らんぷりかよ?」


「だったら、俺たちが、思い出させてやるぜ!」


 そのように、更にわけのわからないことを、言い出したかと思えば、


「──なっ⁉」




 何と、黒人たちの肉体が衣服をちぎり飛ばしながら、みるみるうちに膨れ上がるとともに、耳まで裂けた口からは太く鋭い牙がそそり立ち、猪豚そのものの顔つきとなったのだ。




 これって、まさか⁉


「……オーク?」




 そう、そこに仁王立ちしていたのはまさしく、『なろう系』Web小説等でお馴染みの、2メートル以上もある筋骨隆々とした巨体を誇る、三匹の真っ黄色のオーク以外の何物でも無かったのだ。

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