第441話、わたくし、『ゼロの魔法少女』ですの。(その21)

 ──聖レーン転生教団直営の『魔法令嬢育成学園』初等部の寄宿舎にて、私こと日向ひなたあおいと相部屋になった、同級生のながはるげつは、何とも不思議な少女であった。




 何でも生まれつき身体が弱く、日光に当たると重度のアレルギーが出るために、昼間の授業の出席を免除されていて、日中は常に寄宿舎のこの部屋にひきこもっていたのだ。




 まるで月の雫のような銀白色の長い髪の毛に縁取られた、いかにも色素の乏しい青白い小顔の中で煌めいている鮮血のごとき深紅の瞳は、まさしく月の妖精あたりを彷彿とさせた。


 幼い頃から入退院を繰り返してきたという、長きにわたる闘病生活のためか、小柄な肢体から伸びている手足もすべて木枝のごとく痩せ細っており、同じ小学生の私がちょっと力を入れて握りしめただけでも、ポッキリと折れそうであった。


 そんな子と同室になった私は、彼女の病状がいつなんどき急変しても迅速適切に対処できるように、寄宿舎にいる間は常に見守り続けて、着替えや入浴を手伝ってやったり、授業で取ったノートを写させてあげたり、その他ゲームマニアの彼女のために一晩中対戦をしてあげたりと、昼間の学園生活以外は、ほとんど月季のために費やしていた。




 ──だからといって、別に不満なんか、まったく無かった。




 何と言っても、、月季のお世話ができるのだ。


 少々危ない言い方をすれば、あたかも『生きたお人形さん』を手に入れたようなものであった。




 ……しかも、今この時この世でこの私だけが、彼女の生殺与奪権を握っているようなものだしね。




 なぜなら、彼女は、ちょっと日光に当たっただけで、皮膚が紅く腫れ上がり、全身に水ぶくれを生じてしまうのだ。


 昼休みに寄宿舎に忘れ物を取りに帰ってきた際などに、ほんの悪戯心で普段締め切っている窓際のカーテンを全開にするだけで、月季は大やけどを負ってしまうであろう。


 ……もちろん、そんな大それたことを実行に移すつもりなぞ、さらさら無いが。




 ──それでも、自分のことを信頼しきっている、とても同級生とは思えないほど幼く見える儚げな美少女が、自分の気まぐれ一つで文字通りにすべてを失ってしまいかねないと考えるだけで、えも言われぬ優越感や恍惚感を覚えるのだ!




 ……え、何をいきなり、『変態チック』そのままなことを言い出しているんだって?


 おいおい、私を始めとしてこの学園に通っている子たちは、全員『魔法令嬢』なんだぞ?


『ゲンダイニッポン』の皆様にわかるように言い直せば、ズバリ『魔法少女』なのよ?


 某神○市が『クソレ○シティ』と呼ばれているように、今や『魔法少女』と言えば、『百合』や『レズ』の代名詞と言っても、過言では無いでしょう。(過言です)


 何せ、このように『魔法令嬢』専門の学舎を設けて、素質を見込まれた子たちを全員強制的に収容して、全員漏れなく寄宿舎暮らしをさせているのも、単に魔法令嬢として英才教育を効果的に集中して施すためだけではなく、世間に野放しにしているといろいろと危険な、将来の世界の敵たる『悪役令嬢』候補者の少女たちを、一カ所に集めて24時間監視しているといった側面もあるのだ。


 まるで『籠の鳥』でもあるかのように、鬱屈たる毎日を送っていると、どうしても同じ魔法令嬢同士で『同病相憐れむ』ようにしてお互いの傷をなめ合っていくうちに、特に私たちのように寄宿舎で同室の子同士の間で、『友情以上の感情』が芽生えてしまうのも、さほど無理からぬ話であろう。


 しかも、私と月季との関係ときたら、彼女のほうが一方的に私に依存して、そんな私は彼女のことを完全に支配下においているという、歪極まる関係を築いていたのだ。




 ──私が彼女に対して、『嗜虐心』すら含んだ、異常な執着を覚え始めるのも、致し方ないであろう。




 ……まあこれには、私の固有の『魔法』の性質も、深く影響しているわけなのだが。


 それと言うのも、実は私の『固有の魔法ユニークスキル』は、人形やぬいぐるみ等の無機物に意識の一部を宿らせて、離れた場所の状況を視覚や聴覚で認識したり、その人形等が触れているものの触覚や体温等を感じることができるというものであった。




 ──つまり私は、日中校舎と寄宿舎とで離れ離れとなりながらも、月季のすべてを、彼女のベッドやお布団や、彼女が抱いて寝ているぬいぐるみ等を通じて、常に感じていられるのだ!(犯行の自供)




 ……あ、もちろんこれはあくまでも、身体の弱い月季に何か起こってはまずいから、学園側も私の『固有の魔法ユニークスキル』の有効性をちゃんと認めた上での、寄宿舎の配置なのであって、別に私は隠し持っていた『反則技チートスキル』で、己の邪な欲望を満たしているわけでは無いですよ?


 とはいえ、『役得』ということで、大いに活用させていただいていますが!(自供その2)


 何せ、部屋中の無機物に、私の『念』を宿らせることができるのですからね!


 トイレに備え付けの鏡や、お風呂を満たしているお湯や湯気を通して、常に月季のことを見守り感じることができるのであった!(自供その3)


 ええ、ええ、もちろん何よりも、彼女の身を守るためにね!




 ──そしてある時、ついに思い余った私は、月季自身に意識を宿らせてしまったのだ!




 ……とはいえ言うまでも無く、本当にそんなことが実現できるとは思いも寄らず、ほんの悪戯心の為せる業でしかなかった。


 しかし、実際にチャレンジしてみたところ、何とあっさりと『憑依』してしまったのだ。


 ──もちろん、SF小説やラノベみたいに、思考を完全に一体化して、これまでの記憶を読んだり、身体を乗っ取って意のままに操ったりなんてことはできず、あくまでも自分の精神の一部を宿らせて、彼女の目を通して外界を見たり、彼女の触覚を通して周りのものを感じることができる程度であった。


 それでも、彼女と『一体化』することによって、私の恍惚感は、肉体的にも精神的にも、一気に絶頂に達した。(自供その4)




 何せ、私が彼女の身体を使って積極的に『一人遊び(意味深)♡』をしたりはできないものの、彼女が自主的に『一人遊び♡』をし始めれば、一緒に感じることすらもできるのだから!!!(自供その5)




 ……しかし、それにしても、実際にその身に宿ってみて痛感したのだが、何と月季ときたら外見だけでは無く、中身のほうもまさしく『人形』そのものだったのである。




 何というか、『自分』というものを主張する、強い『意思』や『個性』というものが、まったく感じられなかったのだ。


 極端に言うと、思考をまったく介さずに、『本能』だけで行動しているといった感じであった。


 もはや、これを『人形』と言わずして、何と言うべきであろうか。




 ──しかもこの時だけは、私だけが知り得る、私だけが感じ得る、私だけの『人形』なのだ。




 そう、今や彼女は、私にとっては別の独立した存在などでは無く、私自身を人形にしてしまったようなものとも言えた。




 言うなれば、もはや彼女のすべては、私自身のものでもあったのだ。










 ──しかし実は、私のほうこそが、すでに身も心もすっかりと、この妖精の仮面を被った『小悪魔』の物となっていたことに、まったく気づいていなかったのである。

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