第406話、わたくし、『ゼロの魔法少女』ですの。(その1)

「──よみお嬢様、いい加減にしてください! 今すぐそんな所から、出て来てください!」




 御本家の薄暗いうちくらの中で響き渡る、いまだ幼い少年独特の甲高い声。


 しかし、そんな僕の心からの切実な言葉に対して、返ってきたのは──




「──くすくすくす、うふふふふふ、あははははは」




 目の前のの中から聞こえてくる、いかにも楽しげな笑声であった。




「おかしいの、ゆうったら、私は『詠』ではなくて、『うた』じゃないの?」


 ──っ。




「何をおっしゃっているんですか⁉ いくらそんな巫女服なんか着込んで、こんなところに閉じこもったところで、謡お嬢様は、もう戻ってこないんですよ⁉ ──あれは、『不幸な事故』だったんだ! 詠が罪悪感に囚われる必要は、無いんだよ! それに詠ちゃんは、ごく普通の『黒髪黒目』なんだから、謡ちゃんとは全然違うじゃないか⁉」




 つい堪らずに、御本家の跡取り娘と、その将来の従者となることが定められた分家の後継者との、立場の違いも忘れて、昔通りの『幼なじみ』同士の口調となって怒鳴りつける、僕ことうえゆう


 そうなのである。


 僕と、目の前にいる明石あかしつき詠と、その姉の明石月謡とは、身分の上下にかかわらず、昵懇の幼なじみであったのだ。


 ただし、詠と謡は双子であったが、一般的な黒髪黒目の詠に対して、謡のほうは、銀髪金目といった、いかにも日本人らしからぬ特殊なものであった。


 どうやら詠は、どうしても姉の死を認めることができず、自分が謡になりきることによって、今も姉が生きていることにしたいようだが、残念ながら、顔の作りは瓜二つとはいえ、二人には一目見るだけで、歴然とした違いがあったのだ。


 だから、いくら詠が座敷牢の中に閉じこもって強情張っても、無駄だったはずなのだが……。




「あは、だったら、証拠を見せてあげるわ、──私が、『謡』だと言うことのね!」




 ……え?



 思わぬ言葉に、完全に虚を突かれた僕を尻目に、まさしく巫女装束にふさわしく、天に向かって両腕を上げて、いかにもトランス状態そのままな恍惚の表情で、全宇宙で最も危険な『祝詞』を唱える少女。




「──集合的無意識と、アクセス。『の巫女姫』のパーソナルデータの、インストールを要請」




 ──なっ⁉


 それはまさに、『禁呪中の禁呪』、であった。


 みるみるうちに、烏の濡れ羽色の髪の毛と、黒水晶の瞳が、月の雫そのものの銀白色と、夜空の満月のごとき黄金きん色へと、変わっていく。


 ──まさしく、今は亡き彼女の姉、そのままに。


 そして、常人である僕にも感じられるほど、濃厚なる、超常の力の波動。


「……まさか、単なる『記憶の改変』だけでは無く、物理的かつ魔導的な変換メタモルフォーゼだと? どこまで上級のアクセスを、許されているんだ⁉」


 気がつけば、目の前にいたのは、自分の良く見知っている、少女となっていた。


「……謡、様」


『うふふふふ、祐記♡』


 妖艶な笑みを浮かべながら、格子戸から座敷牢の中を覗き込んでいた僕へと、か細い両腕を伸ばしてくる、幼なじみの女の子。


 頬をつかみ取る、白魚のじっ


 蠱惑に煌めく、人にはあらざる縦虹彩の瞳。




「──違う、おまえは、『謡』でも『詠』でも無い! 『過去の亡霊』だ!」




 あまりのおぞましさに耐えきれず、思わず幼き胸元を思い切り突き飛ばせば、畳の上へと尻餅をつく、巫女装束の少女。


『……くくく、くくくくく、くはははは、くはははははは、あはははははは!』


 広大なうちくら中に響き渡る、狂ったかのような哄笑。


『つれないではないか? 久し振りの逢瀬だというのに。のう、我が幼なじみ殿?』


「やかましい、おまえと幼なじみになった、記憶なんか無いわ、このロリBBAが!」


『おや、気づいていなかったのかえ? おまえのファーストキスを奪ったのは、われが精神を乗っ取っていた、詠なのだぞ?』


「……え、あれって、謡ちゃんでなく詠ちゃんだったの? ──しかも、おまえが憑依していたのかよ⁉」


『ふはは、嘘じゃ、嘘じゃ、あれはちゃんと、詠の意思で…………って、ちょっと待て、おまえあれを、謡だと思っていたのか⁉』


「くそう、僕のファーストキスって、二重三重に、騙されていたのかよ⁉」


『……あ、ごめん。まさかそんなこととは、つゆ知らず。しかし、おぬしが詠と謡との区別がつかないなんて、珍しいこともあるものじゃのう?』


「そりゃあ、大好きなとの、ファーストキスだからね! さすがの僕も、テンパっていたわけだよ!」


『……重ね重ね、申し訳ない。少年の純情なる思い出を、踏みにじるようなまねをして』


「もう、いいよ! 希代の性悪トリックスターであるおまえ──すなわち、『初代オリジナルの』の巫女姫に、ガチで謝られたりしたら、むしろやるせなさ数千倍だよ⁉ ……それで、どうして詠が、集合的無意識にアクセスできて、の巫女姫になることができたんだ? ひょっとしなくても、おまえの差し金か?」


『まあ確かに、我の憑坐が現世にあったほうが、何かと便利だがの』


「おまえ、謡だけではなく、詠までも、不幸にするつもりなのか⁉」


『勘違いするでない。我は詠が集合的無意識にアクセスできたからこそ、今この娘の身を借りて、顕現できておるのじゃぞ? 本来なら集合的無意識とのアクセス権の無かった、「ただの女の子」である詠は、そもそも我とアクセスすること自体が不可能じゃろうが?』


 あ。


「ということは、詠が独力で、巫女姫の力に──すなわち、『集合的無意識とのアクセス権』に、目覚めたとでも言うのか?」




『おやおや、こういったことをしでかす「トリックスター」として、我以外に、心当たりは無かったかえ? ──例えば、「どんな願いでも叶えてやるから、私と契約して、チート転生少女になってよ!」とか、言い出すやつとかな♡』




「──ッ。そうか、『なろうの女神』か!」




 巫女姫の言葉に、すべての合点がいった僕は、すぐさまズボンのポケットからスマホを取り出して、『彼女』を呼び出すや、烈火のごとく怒鳴りつけた。


「おい、女神、これは一体どういうことだ⁉」


『……もう、祐記ったら、久し振りの逢瀬というのに、つれないんだから♡』(二人目)


 しかしその、小柄で華奢な肢体に漆黒のネオゴシックのワンピースドレスをまとった、年の頃十二、三歳ほどの絶世の美少女は、僕の手にしたスマホの画面の中で、余裕たっぷりの笑みを浮かべるばかりであった。


「……いいから、キリキリ、答えろ!」


『だから、そっちのの巫女姫サマが言ったように、取引をしただけよ』


「取引、だと?」




『そう、詠ちゃんをの巫女姫の憑坐にしてあげる代わりに、実の姉の命をいただくという、単なる「等価交換」よ』




 ……何……だっ……てえ……。




「ま、まさか、謡が死んだのって──」


『ええ、彼女が神様に願ったから、文字通りに神様であること私が、その願いを叶えてやったってわけなの』


「ふざけるなっ! 人を殺しておいて、何が神様だ! おまえなんて、悪魔以外の何者でも無いだろうが⁉」


『えー、そんなことはないよー。いわゆる「死神」と言う言葉があるように、「死を司る」神様なんて、それこそ枚挙にいとまがないじゃん?』


 そ、そういえば……。




『それにさ、詠ちゃんの願いを叶えてあげたからと言っても、別に私が謡ちゃんを、殺したわけでは無いんだよ?』




 ………………へ?

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