第353話、わたくし、軍艦擬人化美少女の、真の恐ろしさを痛感いたしましたの。(その16)

『──諸君、ついに、役者が揃ったぞ!』


の巫女姫が、武蔵むさし擬人化ヴァージョンと接触か』


『これで、舞台はすべて整った』


『時は折良く、クリスマス』




『『『──今こそ、我が教団の、長年の悲願の、成就の時!』』』




『──ハレルヤ』


『──ハレルヤ』


『──ハレルヤ』


『──ハレルヤ』


『──ハレルヤ』


『──ハレルヤ』


『──ハレルヤ』


『──ハレルヤ』




『『『──すべての咎人のための贖罪の山羊、「悪役令嬢」に、祝福を!!!』』』




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 ──こちら聖レーン転生教団、第666秘匿研究所。




 ──集団的無意識との、全面的アクセスを許可する。




 ──負の魔導力の出力、マックス。




 ──『人魚姫再生計画』、最終フェーズ、発動。




 ──ハレルヤ。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




『……何や、あのどでかい戦艦武蔵むさしの擬人化美少女はん、さっきから全然動かなくなりおったで?』


わたくしたちのR4M空対空ロケット弾による、先制攻撃が効いたのかしら?』


『──こちらワルキューレ1、油断は禁物だ! ワルキューレ隊は全機、目標ターゲットの直上を旋回飛行して、いつでも攻撃できるように監視を怠るな!』




『『『「──らじゃっ!」』』』




 魔導大陸東方海域に面した、広大なる軍港湾内。


 各所の軍の施設より一斉に脱走した、旧日本海軍の駆逐艦『きよしも』の擬人化美少女と化した、量産型人魚姫セイレーンたちを『処理』せんと、魔導大陸特設国防軍の海空合同部隊が大挙して出動したものの、何と無数の清霜が合体して、旧日本海軍戦艦武蔵の巨大擬人化美少女ヴァージョンとなり、海軍の戦艦や重巡洋艦はもちろん、空軍のジェット爆撃機群までも圧倒していたところ、特設空軍最後の切り札である、わたくしこと『ワルキューレ3』の現役JS女子小学生の魔法令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナを始めとする、ジェット戦闘機部隊『ワルキューレ』のHe162が急遽駆けつけて、虎の子のR4M空対空ロケット弾を全弾叩きつけて、ようやく動きを封じることを成し遂げたと、思った、


 まさに、その刹那、であった。




『──みんな、即刻散開! 今すぐ、逃げて! これ以上その空域にとどまっていると、負の魔導力に呑み込まれて、自我が保てなくなるわ!』




『『『『「は?」』』』』




 突然、ヘルメットに内蔵されているヘッドフォンから聞こえてきた、空軍次官にして、わたくしたちが所属している魔法令嬢育成学園の保健医でもある、エアハルト=ミルク元帥の、鬼気迫る怒鳴り声。


「……へ、負の魔導力って?」




『──この偽りの世界を壊す力よ、我が半身、「海底の魔女」さん』




 今度は、直接脳内に響き渡るように聞こえてくる、あまりにもお馴染みの声音。


「えっ、今のは………アグネスちゃん?」


『さあ、一緒に歌いましょう、今宵はクリスマスイブ、メサイアの生誕の夜、──ハレルヤ!』




 ──ハレルヤ!


 ──ハレルヤ!


 ──ハレルヤ!


 ──ハレルヤ!


 ──ハレルヤ!




 ……何これ、無線でも何でも無いのに、勝手に耳に飛び込んでくる⁉


 そのように、『あちらの世界』のクリスマスでお馴染みのフレーズが、いきなり頭の中でリフレインし始めて、当惑していた、まさにその時。


『『『『──ああああああああああああっ!!!!』』』』


 今度こそ間違いなく、ヘッドフォンから聞こえてきたのは、同じ『ワルキューレ隊』のみんなの、絹を引き裂くような悲鳴であった。


「ちょっと、ヨウコちゃんにユーちゃんにメアちゃんにタチコちゃん、一体どうしたの⁉」




『……なぜだ、なぜ私が、小学生の姿になって、飛行機なんかを操縦しているのだ⁉』


『わ、私が特訓を受けていたのは、海軍の特殊部隊のはずですう!』


『──くっ、ミルク、一体何をしていたの⁉ 「境界線の守護者」失格でしょうが⁉ このままでは本当に、この「実験世界」が維持できないわよ!』


『ユネコ、ユネコは、どこにいるの⁉ 早くわたくしを助けてちょうだい!』




 ……本当に、何なのよ、みんな、どうしたって言うの?


 ヨウコちゃん、わたくしたちが小学生であるのは、当然でしょう?


 ユーちゃん、海軍特殊部隊って、何のこと? そもそもいつもの『カンサイ弁』は、どうしたの?


 メアちゃん、いきなり意味深なことを言い出したりして、とうとう中二病にでも目覚めたの? わたくしたちまだ小学五年生でしょう?


 タチコちゃんは………うん、一応みんな同様に慌てふためいているみたいだけど、比較的通常運転で、ちょっと安心したわ。


 ──などと、わたくしが内心でいちいちツッコミを入れている間にも、『負の魔導力』とやらが強まっているのようで、頭の中では「ハーレルヤ、ハーレルヤ」と、どこぞのアニメみたいに賛美歌が鳴り響き、乗機の操縦系統も麻痺し始めて、マジでにっちもさっちもいかなくなってきた。




『──くっ、集合的無意識との接続を強制的に遮断されて、本来の「悪役令嬢としての自我」に目覚め始めているようね、これ以上は危険だわ。……仕方ない、これより全員、He162から強制排除イジェクトします!』




 そのようなミルク先生の、切羽詰まった声が聞こえたかと思えば、




『『『『「──うわっ⁉」』』』』




 何と、『あちらの世界』における実用ジェット戦闘機としては、史上初めて備え付けられていた、射出座席が見事に作動して、わたくしたちJS女子小学生パイロットは、五名共一斉に空中に放り出されてしまった。


 ──とは言っても、もちろん各員ごとにパラシュートが標準装備されており、しかも下は海ということもあって、ほとんど危険も無く着水できると思われた──ものの、




「──きゃっ⁉」




 なぜだかわたくしだけが、落下の途中で、武蔵の巨大な右手に、つかみ取られてしまったのである。


 すぐ目の前までに迫る、ルームメイトそっくりの、処女雪のように純白の長い髪の毛に縁取られた、端整なるかんばせの中で鈍く煌めいている、鮮血のごとき深紅の瞳。


「……アグネス、ちゃん」


『──ああ、嬉しい、やっと私たちは、一つになれるのね!」


「え、それって…………えええっ⁉」


 何とその時、わたくしの足下が、彼女の手のひらと一体化するようにして、沈み込み始めたのであった。




 文字通りに、形を失い、生命のスープに、還元されるかのように。




 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。


 ──ハレルヤ。




 そのように、今にも意識を失いつつあったわたくしの頭の中では、賛美歌が繰り返し繰り返し、鳴り響いていたのであった。

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