第352話、わたくし、軍艦擬人化美少女の、真の恐ろしさを痛感いたしましたの。(その15)

 ……一瞬、何が起こったのか、わからなかった。




 いわゆる『46サンチ砲』と化した戦艦武蔵むさし(巨大擬人化美少女ヴァージョン)の右腕に閃光が走ったかと思ったら、結構距離を置いた海上に浮かんでいたこんごう(実在の戦艦ヴァージョン)が、文字通り跡形も無く吹き飛んだのである。




「「「……………………………………はあ? ──って、うわっ⁉」」」




 その一部始終を立体ホログラム映像で目の当たりにして呆けた声を上げる、私ことエーリック=トーマ=モトサマが副長を務める、魔導大陸特設海軍臨時連合艦隊旗艦ビスマルクのクルーたちであったが、一拍おいて第一艦橋を襲いかかった大轟音と大振動とによって、途端に慌てふためいて悲鳴を上げた。


 もうもうと立ちこめる爆煙の中、激しく波打つ海面上を木の葉のように翻弄されるばかりの、旧大日本帝国海軍の名だたる戦艦たち。




「──いやいやいやいや、いくら何でも、おかしいだろう⁉ 確かに史上最強の戦艦たる大和やまと型2番艦である武蔵の、45口径460ミリの主砲は強力無比ではあるものの、同じ旧日本海軍の戦艦である金剛を、一発で消し飛ばすとか、どう考えてもあり得ないだろうが⁉」


『何せ金剛は、「高速戦艦」ですからねえ、普通の戦艦よりも幾分か、小型軽量にできているのではないですかな?』


「それでも限度というものが、あるだろうが⁉ ──つうか金剛は、言うほど小型でも軽量でも、無いよ!」


 完全に取り乱してしまった私の疑問の声に律儀に答えを返してくれる、このビスマルク備え付けのメインコンピュータにして、実は武蔵と集合的無意識との接続アクセスを司っている、聖レーン転生教団第666秘匿研究所製の、今回の海戦の現場監視モニター用の端末装置。


『まあ、それは冗談として、実はこれについても、軍艦擬人化少女ヒロインの「想い」こそが、原動力になっているのです』


 ──また、それかよ⁉


「……『想い』って、駆逐艦『きょしも』のか?」




『そうです、彼女にとっての「大戦艦武蔵」とは、文字通りの「無敵の存在」でないと駄目なのです。どんなに他の戦艦から艦砲射撃の雨あられを食らおうが、傷一つつかないのはもちろん、いったん武蔵の主砲『46サンチ砲』が火を噴けば、一発で他の軍艦は消し飛んでしまわなければならないのですよ』




「──一体どこの、宇宙戦艦だよ⁉」




 そういえばこのコンピュータ、さっきノリノリで、『魔導力エネルギー充填、100%』とか言っていたよな?


『あはははは、宇宙戦艦て、一体いつの話ですか? 今はむしろ「架空戦記」においてこそ、あたかも化物そのものの「大和型戦艦」が跋扈しておるのですよ? まあそういう意味では、某軍艦擬人化美少女ゲームの大和や武蔵こそが、その最たるものとも言い得ますけどね☆』


 ……まあ確かに、アレも一種の架空戦記モノだよな。


「つまり、そのような架空戦記作家も真っ青な、清霜の純真無垢なる(?)武蔵に対する誇大妄想を、ブラック=ホーリー=プリンセス──否、教団が利用しているわけだな?」




『ええ、どんなに妄想じみた過剰な思い込みであろうと、いかなる魔法物質でも模倣することのできる不定形暗黒生物の「ショゴス」によって構成されている、今の武蔵であれば、すべて実現することができますからね。──つまり、集合的無意識からあの武蔵へとインストールされているのは、いわゆるオリジナルの軍艦の武蔵としての「艦歴パーソナルデータ」だけではなく、武蔵に憧れている軍艦擬人化美少女としての清霜の「想い」までもが合わさっているからこそ、攻守共に史実を超越した、文字通りに「化物じみた」性能を誇っているわけなのですよ』




「……言わばあの武蔵こそが、『軍艦擬人化美少女は、人の想いから成り立つからこそ、オリジナルの軍艦の物理的限界には囚われない』を、最も理想的に体現しているわけか? そんなまさしく『何でもアリ』の化物を創り出して、おまえら教団は、一体何を企んでいるんだ⁉」


『すでに申したでしょう、「実験」ですよ』


「──だからその『実験』って、具体的には、どういうことなんだよ⁉」


『大変申し訳ございませんが、現在の状況のどこからどこまでが、一体どういった実験なのかと問われても、答えようが無いんですけどね。──何せ、この「実験世界」においては、「すべてが実験のようなもの」であるわけですから』


「なっ、この世界のすべてが、実験だと?」




『まあ、そんなことを言っても、始まりませんので、今回の「一連の事件」に的を絞ってご説明しますと、言うまでもなく、「軍艦擬人化少女ヒロインの真の力を発揮させるには、どのようなシチュエーションが最も好ましいか?」というのを主目標テーマにしておりまして、あえて小柄な少女に軍艦そのものの攻撃力と防御力を与えて、本来軍艦が行動不能な陸上において、小回りのきく小柄なサイズで戦闘行動をとらせた場合、どれ程の効果が見込まれるかに始まり、そんな彼女があたかも人間そのままに抱いている「想い」によって、どこまで強大な「武蔵」が創造されて、実際の海戦においてどれ程の威力を発揮できるかについて、実際に検証するという実験ですよ』




 ……………………………………は?


「──それってつまりは、これまでのすべての出来事が、教団によって仕組まれていたってことなのかよ⁉」


『私の口からは何とも言えませんが、あえて否定もいたしません』


 それってもうほとんど、『肯定』しているようなものだよな?


「おいっ、教団は一体何を考えているんだ⁉ たかが実験ごときで、本物の海戦をおっ始めやがって。人や住宅地や港湾施設や軍関係の装備や設備に、どれ程の被害が生じたと思っているんだよ⁉」


『はい、「もはやそういったことは、すべて考えなくても良い」と、考えております』


「……何だと?」




『だから、ついに最終段階フェーズに移行したのですよ。教団は今回の実験によって、世界そのものにどのような影響を及ぼすのかについて、検証するつもりなのです』




「せ、世界そのものへの影響、だってえ⁉」


 あまりに途方もない言葉を聞かされて、ついわめき立ててしまった、まさにその時。




「──副長、武蔵を中心に拡散されている負の魔導力が、臨界レベルを突破! 魔導力を含むものはすべて、形態を維持できなくなり、このままではこの魔法世界ファンタジーワールドのすべてが、『悪役令嬢化』してしまいます!」




 観測班のクルーが、まさしく『常軌を逸した』悲鳴を上げた。


 な、何だよ、『世界が悪役令嬢化する』って⁉


「副長、ホログラム映像をご覧ください! 旧日本海軍の、軍艦に異変が!」


「──っ。何だ、これは⁉」


 何と、武蔵の正面で負の魔導力の奔流をまともに浴びてしまった軍艦が、みるみるうちに禍々しい化物じみた姿へと変貌していき、旧日本海軍の戦艦同士で、お互いに砲撃し始めたのだ。




『だから言ったでしょう、すでに最強の存在となっている武蔵は、何もする必要は無いと。先ほどあえて自ら主砲を撃って見せたのは、あなたたち「観測者」に対する、デモンストレーションみたいなものに過ぎなかったのですよ。もはや彼女がただそこにいて、負の魔導力をまき散らすだけで、勝手に世界は変容していくのです』




 完全に大混乱に陥っている私たちクルーに対して、あくまでも何の感情も窺わせない機械音声で言い諭すコンピュータが、たとえようもなく不気味に思えた。


「……まさか教団は本当に、この世界をつもりなのか?」


『ご心配なく、その前にあなた方も全員、負の魔導力に呑み込まれて、自我も形態も保てなくなるでしょうから、世界がどうなろうが関係ありませんよ』


 ──くそっ、本当に、これで終わりなのか?




 結局、『軍艦擬人化美少女』という存在は、世界にとって、災厄でしなかなったのか⁉




 そのように私が結論づけて、すべてに諦めかけた、まさにその刹那。




『──世界をすべて「悪役令嬢化」させるですって? そんなこと、我々「魔法令嬢、ちょい悪シスターズ」が、赦すものですか!』




 突然、ビスマルクの無線の音声モニターから鳴り響いた、いまだ幼い少女の声。




 ──次の瞬間、武蔵の巨体のあちこちに炸裂する、空対空ロケット弾。




「あ、あれは⁉」


 驚愕に目を見開く我々の前で、立体ホログラム映像の中に映し出されたのは、およそ5機ほどのHe162の編隊であった。




『──待たせたわね、魔導大陸特設空軍ジェット戦闘機部隊所属、「ワルキューレ3」こと、魔法令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ、見参!』

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