第325話、【ハロウィン企画】わたくし、少女漫画界のレジェンドの生誕70周年を言祝ぎますの♡(後日談)

「──メイ、大丈夫? しっかりして!」




 その時、すぐ耳元でがなり立てられた、あまりにもお馴染みの声音により、私はようやくにして、深い眠りから目覚めたのであった。




「……アルテミス、お嬢様?」


 ゆっくりと重いまぶたを上げれば、ほんの目の前で視界全体を占めていたのは、いつもは天使や妖精そのものの絶世の美少女の、涙の洪水でくしゃくしゃになったかんばせであった。


「……ああ、メイ、良かったあ〜、心配したのよおおおっ!!!」


「──ちょっ、ちょっと、お嬢様⁉」


 いまだベッドの上に横たわったままの私へと、ダイブするかのように抱きついてくる、銀髪金目の十歳ほどの幼女。


 ──えっ、一体何が、どうなっているの?


 最近この【魔法令嬢編】においては、あれ程私に対して辛辣極まりなかったお嬢様が、どういった風の吹き回しなのだろうか?




 ……それともやはり私は、自分の意思にかかわらず、『わたくし、悪役令嬢ですの!』【本編】へと、『強制送還』されたわけなの?




「──こら、アルテミス、メイ殿はたった今、目覚めたばかりなのだぞ?」


「そうやで、まずは何よりも、安静第一や!」


「……とはいえ、三日三晩にわたって不眠不休で看護に当たられていた、アルテミスさんの歓喜のお気持ちも、良くわかりますけどね」


「──そうですとも! 魔法令嬢と使い魔は、一心同体なのでございます! 『永遠の愛』こそが、お二人を結びつけているに違いありませんわ!」




 ……あれえ?


【本編】では、大陸各地の王侯貴族であられる、悪役令嬢の皆様が、JS女子小学生くらいの年頃になって、一堂に会していらっしゃるではありませんか?


 しかも、タチコ様なんかに至っては、ズバリ『魔法令嬢』と口にされているし。




 ──と言うことは、アルお嬢様の予想外の態度はともかくとして、ここは【本編】、【魔法令嬢編】ということになり、私は『実験場』から追放されなかったわけなのか?




 ……どうして教団は、独断専行で勝手にストーリーを進めてしまった、私のことを見逃したのだ?


 もしもあのままストーリーが進行していたら、こちらの目的だけ達成して、あちらの計画のほうは、頓挫していたかも知れないというのに。


 ──つまりは、この『実験場』という名の物語の中に、私という『作者』が存在している危険性に、ちゃんと気がついているはずなのに。


 なぜに、【ハロウィン記念特別編】の続行だけを中断しておきながら、この【魔法令嬢編】自体のほうは、私をそのまま続投させる形で進行させようとしているのだ?




 ──これではまるで、今回の『突発事故』すらも、聖レーン転生教団にとっては、『最初から計画されていたこと』か、『目的の達成のためには、むしろ都合のいいこと』であったようではないか?




 ……まさか。


 まさかとは、思うが。


 アルテミスお嬢様が『目覚める』ことは、教団にとっても、何らかのメリットがあるとでも、言うのではないだろうな?




 ──となると、もしかしてこの私すらも、教団の計画における『コマ』として、使われていたりして?




「……ど、どうしたの、メイ、何だか怖い顔をして?」




 あれこれと考え事に没頭していたなかに、不意にかけられた声によって、ようやく私は我に返った。


「あ、いえ、何でもありません。──それよりも、お嬢様、今回は大変ご迷惑をおかけしましたようで、誠に申し訳ございません」


 そのように、目の前の少女に向かって頭を下げながら、改めてお礼を言上したところ、


「べ、別に、このくらいのことは、使い魔の御主人様である魔法令嬢としては、当然のことよ! ──いい? これはあくまでも、義務でやったんだから、変な勘違いはしないでよね⁉」


「あ、はあ……」


 何この、いかにもテンプレな、『ツンデレ台詞』は?


「とにかくあなたは、これからしばらくの間は、わたくしの身の回りの世話や魔法令嬢のアシスト等の、メイドや使い魔としてのお仕事なんか気にせずに、療養に専念しなさい、わかったわね⁉」


「え、ええ、お嬢様が、そうおっしゃるのなら……」


「──ちょっと、何で笑っているのよ⁉」


 ……え?




 私が、笑って、いる?




 そ、そんな、馬鹿な。


 あの時、あともう一歩のところで、『よみお嬢様』を、取り戻せるところだったのに。


 教団の露骨な介入によって、最大のチャンスを逃してしまって、心から落胆しているはずなのに。




 ──そんな私が、笑っている、ですって?













 ……あは、


 ……あはは、


 ……あはははははは、




 ──あははははははははははははははははははははははははは!




 そうか、そうか、


 そうだったのか。


 私はあくまでも、『実験場』のつもりでいたけれど、いつの間にか、この世界のアルテミスお嬢様を始めとして、自分以外の『登場人物』の皆様に、しっかりと感情移入をしていたんだ。


 ……ふふふ、おめでたいやつ。


 仮にも『作者』が、自分の作品の『登場人物』に、本気で親愛の情を感じてしまうなんて、どうかしているわ。


 しかもここはあくまでも、『実験場』であり、『作中作』であって、私こと『メイ=アカシャ=ドーマン』にとっては、メインの舞台ストーリーではないのに。


 今目の前にいる、『アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ』嬢も、本物の私の『お嬢様』なんかではなく、言うなれば『人形劇の人形』みたいなものに過ぎないのだ。




 ──それなのに、こうして再びこの世界に戻れた、『安堵感』は、一体何なのだろうか?




 ……しかも、そのことをけして『嫌』だとは思っていない、自分がいたりして。




 だから私は、目の前の少女に、こう言ったのだ。


 ──そう、愛して止まない、『あの人』に瓜二つな、大切な大切な『御主人様』に対して。




「……アルテミスお嬢様」


「な、何よ、メイ、急に改まったりして?」




「──この先、聖レーン転生教団の動きには、十分お気をつけられてください。ゆめゆめご油断を、なさいませんように」

















「……メイったら、なんか今回はこれまでに無く、『好人物』として描かれているけど、もしかして、近々死んだりするの?」


「──ちょっ、お嬢様、縁起でもないことを、言わないでくださいよ⁉」

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