第263話、わたくし、Me262こそが、至高の戦闘機だと思いますの。(その2)

「──遅いぞ、アルテミス、いつまで待たせるつもりなんだ?」


「ごめんごめん、ヨウコちゃん、うちの馬鹿メイドが、わたくしが自分を置いて外出するのを、泣きながら引き留めて、邪魔するものだからさあ」




 聖レーン転生教団直営の『魔法令嬢育成学園』の敷地内に併設されている、魔導大陸特設空軍格納庫へと、わたくしこと、初等部五年生にして、最新ジェット戦闘機隊『ワルキューレ隊』所属の、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナが到着してみると、すでに隊長の『ワルキューレ1』のヨウコちゃんを始めとして、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバー全員が集合していた。




「……まったく、自分の使い魔もコントロールできないんじゃ、魔法令嬢失格だぞ?」


「そりゃあ、タチコちゃんのところみたいな、『百合姉妹』的関係でもなければ、あんなクレイジーサイコレズなんか、うまく統制できないよお……」


「──いきなり話がこちらへと、飛び火してきましたわ⁉」


 いかにも心外そうな顔をする、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーの一員にして、『ワルキューレ5』のタチコちゃん。


 ……しかし、使い魔にして『魂の妹ソウル・シスター』のユネコちゃんを、自分の腰元にぴったりとくっつけていては、言い逃れのしようが無かった。


 そのように、気心の知れた者同士でいつものごとく、馬鹿なやりとりを行っていた──まさに、そのなかであった。




「……うふふふふ、お噂通り、アルテミスさんって、面白い方なのですね?」




 突然聞こえてきた、耳慣れない上品な笑声。


 思わず振り返ればそこには、とてつもなく可愛らしい子犬を胸に抱いた、緩やかにウエーブを描く長い茶髪と、黒目がちな瞳が印象的な美少女が、夏の盛りの八月にふさわしい、涼しげなオフホワイトのワンピースをまとってたたずんでいた。


 ……あの落ち着きようは、上級生の六年生だろうか? 一体誰なんだろう。


 それにしても、彼女の腕の中のワンちゃんの、丸っこくて愛らしいこと。まるで狸みたい♡


「ああ、アルテミスにもご紹介しておこう。六年H組のヘルベーラ=イーレフェルト先輩だ。我が魔導大陸特設空軍第1戦闘航空団JG1『エーザウ』の、指令大佐であらせられる」


「よろしくね、私のことは、『ベラ』って呼んでちょうだい♡」


「──JG1って、まさか⁉」


「そうだ、我々『ワルキューレ隊』が、He162を実際に実戦で使用する以前に、試験飛行任務を担って、He162の安全性と有用性を確認してくださった、He162の真に最初オリジナルの使用部隊の司令官であり、我々にとっては恩人にして大先輩に当たられるお方なのだ。──『ワルキューレ隊』全員、敬礼!」



 リーダーであるヨウコちゃんの号令一下、全員一斉に、『ルフトヴァッフェ形式』の敬礼を行う。


 ……ふと横目に見やれば、いつの間にか現れていた、He162の妖精的存在である『ザラマンダー幼女団』の面々までも、小さく短いおててを精一杯伸ばしながら、これまでに見せたことも無い、真摯な表情で敬礼をしていた。


 そうなのである。


 ジェット機などといった、これまでにない革新的な軍用機が、工場から出荷されるとともに、そのまま実戦部隊へと配備されて、すぐさま出撃できたりするわけがなく、まずは試験飛行を担当する『実験部隊』へと送られて、その安全性と有用性とを、じっくりと吟味されることになるのだ。


 ……もちろん、その間におけるHe162は、あくまでも未完成の試作機に過ぎず、試験中に飛行事故が発生するのは当然であり、時には死亡事故に見舞われることすらもあった。




 つまり、わたくしたち実戦部隊の実際の戦闘での実績はすべて、実験部隊の犠牲の上に成り立っているのだ。




「あらあら、そんなに畏まらないでちょうだい。あくまでも私たちも、任務で行ったことなのだから」


「──いえ、先の『ネトゲジャンキーの悪役令嬢』討伐の折も、Fw190を駆って我々のアシストをしてくださって、大変助かりました!」


「うふふ、私たちJG1の本来の乗機は、Fw190ですからねえ。皆さんのほうも、He162を十分に乗りこなせていたようで、安心しましたわ」


「お褒めのお言葉を賜り、恐悦至極にございます!」


 ……何か、ヨウコちゃんてば、完全に『軍人調』に染まっちゃって、乗りすぎじゃないの?


 確かにわたくしたちは特設空軍ジェット機パイロットだけど、それ以前に魔法令嬢だということを、忘れないでよねえ?


 ほら、周囲のあまりに物々しい雰囲気に当てられて、ベラ先輩の胸元のワンちゃんが、若干怯えながらつぶらな瞳を揺らしているじゃないの?


「くう〜ん、くう〜ん」


「おお、よしよし、ポメちゃん、大丈夫よ。みんな優しいお姉さんばかりだから、怖くないからねえ〜」


「まあ、『ポメちゃん』と言うことは、その子ひょっとしなくても、ポメラニアンなのでしょうか?」


「ええそうよ、私のイーレフェルト家の発祥地は実は、この子たちの原産地でもあるの」


「ポメラニアンの原産地って、もしかして、かのドイツのポメラニア地方のことですか⁉」


「あら、よくご存じね」


「そりゃあ、名前がもろ『ポメラニア』ですものねえ。──いいなあ、なんか、まちじゅうがポメラニアンで満ちあふれているようなイメージがして、まさしく『夢の国』って感じですよねえ」


「……そうね、、そういった場所でだったでしょうね」


 ──え。


 わたくしの浮かれように反比例するがごとく、唐突に顔をうつむけて、何だか沈痛なる言葉をもらす、ベラ先輩。


「ポメラニア地方は元々、ドイツとポーランドにまたがった北方の海岸都市だったけど、現在その地にはイーレフェルト家の者どころか、ドイツ人はただの一人も住んでいないの」


「……ドイツとポーランドにまたがった都市って、まさか、まさか──」




「ええ、のちに数千万人もの死傷者を生み出す、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線開戦の直接の切っ掛けとなった、ドイツとポーランドとの歴史的係争地の一つよ」




 ──っ。

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