第256話、わたくし、魔法令嬢失格ですの。(後編)

 私が廃人状態に追いやった魔法令嬢の使い魔の少女が、『人質の返還』のために指定した場所は、海辺の近くの古びた倉庫街であった。




「──約束通りに来たわよ、さあ、エリカを返してちょうだい!」




 あらかじめ開けっぱなしだった、出入り口のうちの一つをくぐり抜けるとともに、明かり一つついていない広大な倉庫の中で響き渡る、私こと、聖レーン転生教団直営『魔法令嬢学園』所属のJS女子小学生魔法令嬢、マルユ=タチバナの渾身の怒号。


「──っ⁉」


 その瞬間、突然視界が閃光に包み込まれて、思わず目を覆った。




「確かに、時間通りに一人で来てくれたようね? タチバナさん──いえ、『特殊潜航艇モグリの魔法令嬢』マルユさん」




 その呼びかけの声にハッとなり、伏せていた顔を上げれば、倉庫の奥ほどには、私と同じ初等部の制服姿の少女が、サーチライトを背にしてたたずんでいた。


「……その魔法令嬢としての二つ名は、あまり気に入っていないので、遠慮してもらえないかな、『誘拐犯』さん」


「あら、水面下でいろいろと画策するのがお好きな、策謀家のあなたには、よくお似合いの呼び名かと思いますけど?」


「そんなことよりも、エリカはどこなの?」


「ああ、もちろん無事ですよ、あちらをご覧ください」


 その台詞とともに、新たにサーチライトに照らし出されたのは、小型のクレーン車に吊り下げられた、我が親愛なる使い魔の少女の姿であった。


 上半身に巻き付けられた無骨な鉄鎖は言うに及ばず、口元にまで猿轡をかまされている姿は、哀れさを通り越して悲惨さすらも感じさせた。




 それなのに、自分の身よりも私の無事を願うかのように、はたまた、己の不甲斐なさを恥じるかのように、首を左右に大きく振りながら、涙に潤んだ瞳を申し訳なさげに向けてくる、我が最愛の少女。




「──こうして私は言われた通りに来たんだし、早速エリカを自由にしてもらいましょうか?」


「それは、私を倒した後で、あなた自身でやってちょうだいな」


「……いいの? てっきり人質を盾にして、私に手出しを禁じて、一方的になぶるものかと思っていたんだけど」


「そうよ? あなたはこれから一方的に、私になぶられるのよ」


「ほう、大した自信ね? 何だったら、悪役令嬢になってしまったあなたのあるじ様を討伐した時に、助太刀しに現れれば良かったのに」


「……私のあるじのアユミは、あくまでも魔法令嬢であり、悪役令嬢では無いわ」


「確かにね、一応使い魔としての矜持は、失ってないわけだ。──だったらどうして今になって、こんな馬鹿げたことをするわけ?」


「──あなたがアユミから、『アク=ア=キューブ』を奪ってくれたお陰で、今や彼女は悪役令嬢でも魔法令嬢でも無くなったので、心置きなく、あなたに復讐できるからよ!」


 そう言うや、腰だめに大振りのナイフを構えて、全力でこちらへと向かって、突進してくる少女。




 ──それに対して少しも慌てず、懐より婦人向けの護身用の小型拳銃を取り出して、狙いを定めて、引き金を引いた。




「なっ⁉」


 土手っ腹に銃弾を喰らって、驚愕の表情で倒れ込む、誘拐犯。


 私がそちらに歩み寄ると、弱々しく頭を上げつつ、苦悶の表情でまくし立て始める。


「な、何で、正義の魔法令嬢が、いきなり拳銃なんかを、ぶっ放すのよ⁉」


「……これは、ミサト先生にも言ったんだけど、一日も早く悪役令嬢を殲滅しさえすれば、そこで争いは終結して、あなたのあるじみたいに、新たに悪役令嬢になる者もいなくなり、不幸の連鎖を断ち切ることができるのよ? だから、その邪魔立てをする者は、誰であろうと、生かしておくつもりはないの」


「……ふん、大した覚悟ね。自分の目的のためには、かつての仲間やその使い魔すらも、容赦無しってわけか。──あなた、ろくな死に方をしないわよ?」


「──それこそ、とっくに、覚悟済みよ」


 そう言って、残りの銃弾を全部撃ち込めば、ようやく物言わぬ肉塊と成り果てる、今回のターゲット。


「エリカ、済んだわよ、今自由にしてあげるね」


 ようやく己の使い魔を、束縛から解き放ってやり、ホッと一息を付く。


「それじゃあ、とっとと帰投しましょう、長居は無用よ」


 そう呼びかけるや、踵を返して、一歩踏み出した、


 まさしく、その刹那であった。




「──うぐっ⁉」




 ふいに脇腹に突き刺さった、焼けるような痛み。


 振り返れば、我が忠実なる使い魔が、その手に大振りのナイフを握っていた。


 ──私の血糊を浴びて、ギラリと煌めく、氷の刃。


「……エリカ、どうして」


「ああ、ごめんなさい、実は私は、アユミの使い魔で、あなたの使い魔さんは、さっきあなたが撃ち殺した、『私』のほうなの」


「な、何ですって⁉」


 慌てて先ほどの使い魔のほうを見やるものの、やはりそこで事切れているのは、私の使い魔とは似ても似つかぬ顔をしていた。


「実はね、魔法令嬢の使い魔には、『個としての違いパーソナリティ』なんて無くてね、顔形を自由に入れ替えるどころか、さっきみたいに意思を統一させることもできるの」


「……何を、あなたは一体、何を言っているの?」


「私たちに与えられている使命は、一つだけ、あるじである魔法令嬢のサポートを、どちらかが行動不能となってしまうまで、全力をもって遂行し続けることのみ。──よって私はあなたの手で、アユミが昏睡状態となり、魔法令嬢としても悪役令嬢としても行動不能となった時点において、使い魔としての任務を解かれて、新たなる役割を与えられたの」


「新たなる役割ですって? 一体誰が、そんなものを……」




「もちろん、聖レーン転生教団に、決まっているでしょう?」




「──‼」


 ……何……です……って……。




「あなたは勘違いしているようだけど、悪役令嬢を全滅させた後に待っているのは、もはや争いの無い平和な日々なんかではないわ。──むしろ、すべての魔法令嬢や使い魔の『処分』なのよ?」




 ………………………………は?


「ちょ、ちょっと、何よ、『処分』て⁉」


「そもそもさあ、何で悪役令嬢をすべて葬れば、もう二度と魔法令嬢が悪役令嬢化しないなんて、決めつけているわけ? そんなわけ無いじゃん」


「え?」




「どこぞの艦隊ゲームでもあるまいし、『艦む○』が撃沈されれば、『深海○艦』として生まれ変わり、『深海○艦』を撃沈させれば、新たに『艦む○』がドロップしてくるとかいった、『輪廻転生』というか『ループ』というかの、ゲーム的なお約束があるわけじゃ無いでしょうが? ──むしろ、この【魔法令嬢編】という『物語ストーリー』におけるルールとしては、常にある一定割合の魔法令嬢が悪役令嬢化するように、最初からプログラミングされているのよ?」




 ……魔法令嬢編? ある一定割合? 物語ストーリー? プログラミング? 


 こ、この子、一体、何を言っているの⁉


「ああ、別に理解しなくてもいいわよ、あなたはここで、『処分』されるんだから。教団にとっての最大の悲願である、『人魚姫の復活』の実験がようやく軌道に乗り始めたというのに、余計な変動を生じさせる『異分子』なんかを、放置しておくわけにはいかないからね」


「な、何よ、人魚姫の復活とか、実験とか、変動とか、異分子とかって⁉ 私たち魔法令嬢や悪役令嬢や使い魔って、一体何なの? 教団は『人魚姫』なんかを復活させて、何を目論んでいるわけ⁉」




「さあねえ、そんなこと、私やあなたのような、『人形NPC』ごときが、知る必要は無いんじゃないの? ……あ〜あ、あなたも余計なことを考えなかったら、もう少しくらい長生きできたのにねえ」




 そう言うや、苦し紛れに懐から拳銃を取り出して、何とか一矢を報いようとした私をあざ笑うかのように、更にナイフを押し込み、大きくねじってとどめを刺す、私の使い魔の顔をした、自称『人形NPC』。




 ──その瞬間、私に与えられていた、『個体識別信号パーソナル・データ』は、途絶えたのであった。

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