第196話、わたくし、人魚姫に対して不実な王子様との言い争いに負けた、海底の魔女ですの。

 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。




 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。




 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。




 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。


 ……なぜだ。


 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。


 ……なぜだなぜだなぜだ。


 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。


 ……なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ。


 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。


 ……なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ。


 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。


 ……なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ。




 人魚姫は、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てるであろう。




 ……なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ。




 ──そう。なぜに私は、人魚姫が愛する王子に裏切られて、海の泡と成り果ててしまう未来しか、予知することができないのだ⁉




 ……確かに、私こと『海底の魔女』アルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、の巫女姫と呼ばれる予知能力者であり、主に『不幸な未来』を対象にした予言を得意としていた。


 しかし、絶対に不幸な未来しか予知できず、『人の死期』限定の予言者──まさしく『死神』そのものの、『の巫女姫』とは違って、任意に『集合的無意識』にアクセスすることによって、『不幸な未来』以外の未来の可能性も、算出シミュレートできるはずなのである。


 ──なのに、何度集合的無意識にアクセスしようが、そこには『人魚姫が、王子様に裏切られて、海の泡と成り果てる』未来しか、見つからないのだ。





 まさか、本当に人魚姫には、『王子様に裏切られて、海の泡と成り果てる』未来しか、無いとでも言うのか?




 ──それとも、予知能力者である私自身が、愛する人魚姫が、王子なんぞと幸せになる未来を、どうしても受け容れられず、己の予知能力を歪め続けているだけなのだろうか。




 ……いいや、そんなことは無い。


 悪いのはあくまでも、王子のほうなのだ。


 人魚姫を散々その気にさせておいて、あっさりと彼女のことを捨てて、隣国の王女と結婚してしまうなんて。


 何て『おとぎ話の王子様』にあるまじき、不実な男なんだ。


 あんなやつに関わっていては、人魚姫はけして幸せにはなれないであろう。


 むしろ『不幸な未来』しか導き出せなかった、私の予知能力は、正常だったのだ。




 ──いいや、まだ、遅くはない。




 今すぐにでも、人魚姫の目を覚まさせてやらなければ!




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「……それで、いきなりこんなところに、乗り込んできたわけなのかい? 何とも無粋な話だねえ」


 天空から冷たい月明かりが、皓々と降り注いでいる、浜辺の岩場の片隅にて。


 いまだ『少年』と言っても差し支えのない、十四、五歳ほどの華奢な体つきの貴公子が、大きな岩礁の上に腰掛けて、人魚姫を膝の上に載せながら、大きくため息をつきつつ、私に向かってそう言った。




 まるで太陽の光そのままのブロンドヘアに縁取られた、彫りが深く端整なるかんばせの中で意味ありげに煌めいている、青空のごとき碧眼。




「いや、確かに突然逢瀬の真っ最中に邪魔をしてしまったのは、申し訳ないとは思うが、人と話す時くらいは、アグネスの──人魚姫の、下半身オビレをまさぐる手を止めろ!」




 その時私は、海面上に上半身だけ浮き上がらせた体勢のままで、堪らずにそう叫んだ。


 ……そうなのである。


 この海域近辺の諸国において、『アホ王子』として高名な、大国ホワンロン王国第一王子の、ルイ=クサナギ=イリノイ=ピヨケーク=ホワンロンは、現在私と会話中だというのに何のためらいもなく、人魚姫アグネスの尾びれをなで回し続けていたのだ。


 ……しかも、アグネス自身がうっとりと陶酔した表情で、それを完全に受け容れているのが、ますます私をいらつかせるのであった。


 しかし、音に聞こえし恐怖の『海底の魔女』の憤りすらも、『アホ王子』には何の効き目も無いようであった。


「──ああ、それは申し訳ない。何せ僕たちがこうして二人っきりで会うことができるのは、ほんのわずかな時間だけだから、一分一秒でも無駄にできなくてね」


「……だったら、何で貴殿は、必ず人魚姫を裏切ってしまうのじゃ?」


「おやおや、そんな魔女の予知能力で見た、不確実な話をされても、困るんだけど?」


 ──っ。


 ……た、確かに、ごもっともな話で。


 そのように、私が極当たり前のようにして、納得しそうになった途端、




「──と言いたいところだけど、その『未来の僕』の行動は、何も不思議では無いと思うよ? もしも僕が同じ立場に立たされたとしたら、同じことをやるはずだもん」




 なっ⁉


「あんた、今現在そのように人魚姫とイチャイチャしているくせに、隣国の王女との縁談が決まった途端、その子のことを捨ててしまうと言うのかよ⁉」


「いや、ご立腹ところ悪いんだけど、むしろ『諸悪の根源』は、あなた自身だと思うんだけど?」


 ………は?


「な、何じゃ、それは? 私の何が悪いというのだ⁉」


「もちろん、人魚姫を僕のところに寄越すに当たって、ことでよ」


「へ、何で? 少々下世話な話をすれば、下半身が魚体のままでは、人間である貴殿との間において、いわゆる『男女の営み』ができないからと思って、大サービスしてやったのに」




「──それが余計なことだと、言っているんだよ⁉」




「ひっ⁉」


 これまでののほほんとした雰囲気をかなぐり捨てて、唐突に声を荒げた王子様に、私は思わず小さな悲鳴を上げてしまう。


「……そ、そりゃあ、殿方の気を惹こうとして、自分の肉体を改造しようだなんて、浅ましきやり方とも思えるが、それほど人魚姫の貴殿に対する愛が、本気だという証しではないか⁉」


「──ふざけるな! 僕はそんなことを言っているんじゃないんだよ⁉」


「だったら、何が不満と言うのじゃ⁉」




「僕は元々、人魚の下半身が、鱗でびっちりと覆われた魚体だからこそ──、愛しているんだよ!」




 ………………………………………………へ?

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