第194話、わたくし、『催眠姦』なんて反則技は、本当に好きな相手にしか、効き目が無いと思いますの。

 明石あかしつきよみは、うえゆうに、夜這いをする。




 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。




 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。




 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……ねえ、祐記」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……祐記?」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……祐記ったら」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……ねえ、ねえ」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……ねえったら、ねえねえねえ」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……ねえ、祐記、祐記、祐記、祐記、祐記」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……起きてよ、祐記」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……ねえ、起きてったら」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……起きて起きて起きて起きて起きて」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて」


 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。


「……起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて起きて」




 明石月詠は、上無祐記に、夜這いをする。




「──もう、祐記ったら、起きてって、言っているでしょうが⁉」




 その、いかにも業を煮やしたかのような怒声により、僕はようやくまどろみの世界から覚醒を果たす。




「……え、あれ、詠お嬢様? ………………………って、はああああああ⁉」




 ──そう、それはまさしく、寝起きから一瞬にしての、『覚醒』であった。


 何せ、目を開けた途端、視界に飛び込んできたのは、今まさに自分の寝ているベッドの上に乗り込んできて、すぐ目と鼻の先にお互いの顔をつき合わせるかのように、こちらへと四つん這いの体勢で覆い被さっている、この御本家のお屋敷のお嬢様その人であったからである。


 華奢なれど出るところは出ているすでに熟れ始めた肢体を包み込んでいる、薄い衣地のひとの大胆に開けられた襟元からこぼれ落ちそうになっている、二つの膨らみ。


 ──そして、すぐ面前の真珠のごとくつやめく小ぶりの唇から放たれる、どこか心許ない声音。




「……ええと、何か夢の中の『謎の声』に導かれて、ここまで来たんだけど、『夜這い』って、この後どうすればいいの?」




 それを聞いてついに我慢の限界を迎えた僕は、現状において最も適切なる行動をとった。




「──いやあああああっ、助けてえええっ! お嬢様に、襲われるう! 僕の『初めて』を、奪われるううううっ!!!」




 こうして、我が国でも一二を争う名家、明石月本家のお屋敷において、まだ夜も明けきれぬ早朝に、筆頭分家の少年の絹を引き裂くかのような悲鳴が、鳴り響いていったのである。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




『──どわっはははははははははっ!!!』




 僕こと、名門明石あかしつき一族の筆頭分家の嫡男、うえゆうの愛用のコバルトブルーのスマートフォンの画面内に姿を現している、禍々しくも可憐なる漆黒のゴスロリドレスを十三、四歳ほどの華奢な肢体にまとった、闇夜を思わせる黒髪黒目ながらも、どことなくエキゾチックな妖艶なる小顔をした少女──の皮を被った、希代のトリックスター『なろうの女神』の、今にも腹を抱えて転がり回らんばかりの大爆笑に、温厚な僕もさすがにカチンときた。




「笑い事じゃ無いっつうの! あれから、本家の男衆からは、なぜか僕のほうが悪者みたいにして、非難囂々だったり、女衆に至っては、更に意味不明に、『なぜそこまでお膳立てされておいて、まったく手を出さなかったのだ? このヘタレが!』とか言って、また別の意味で非難囂々といったふうに、踏んだり蹴ったりだったんぞ⁉」


『ああ、男衆のほうは単なる言いがかりだけど、女衆のほうは妥当な意見じゃないのお? それで肝心の、「よみお嬢様」は、何て言っているのよ』


「……彼女は、『寝ぼけていた』の、一点張りだよ」


『そりゃそうよね、あくまでも彼女は、集合的無意識を介して、あなたと夢を共有してしまっただけで、言わば「被害者」のようなものだしね』


「そりゃあ『語り部』として、自分が強力なる『正夢体質』であり、夢の中に出て来た人物に、集合的無意識を通じて、多大なる影響を与えているのは認めるけど、だからといって、我が国でも一二を争う名家の深窓の御令嬢が、本当に夜這いなんかをするかあ? もっと慎みというものを持ってくれよ⁉」


 もはやたまりかねて、そのように声を荒げた途端、


 画面の中の黒衣の少女のかんばせが、すべての感情を拭い去って、いかにも冷めきったものへと一変した。




『──何言っているのよ、元々彼女自身に「その気」があったからこそ、ああも簡単にあなたの正夢通りに、「誘導」されてしまったんじゃないの?』




 …………は?


「な、何だよ、『その気』って?」


『──けっ、これだから、「鈍感系主人公」ときたら……』


 おいっ、誰が、鈍感系主人公だ⁉


『……あのねえ、これまで何度も何度も言ってきたけど、「異世界転生」と言っても、異世界人が現代日本人に完全に乗っ取られてしまうわけではなくて、例えば「NAISEI」にしろ「下克上」にしろ「スローライフ」にしろ「本作り」にしろ、元々異世界人自身にそういった願望があったところに、転生してきた現代日本人の魂──と言うか実のところは、集合的無意識を介して奇跡的に手に入れた、現代日本レベルの最先端の科学技術的知識によって、異世界人自身の夢を叶えているだけなのよ? それはあなたの「強力無比なる正夢体質」による、「夢の現実化」についても同様で、いくらあなたの夢の中に出て来たために、集合的無意識を介して洗脳レベルの記憶操作をされようとも、まったく気の無い男に対して、夜這いをするような女なんているものですか!』




 ……そこまで言われれば、さすがに他称『鈍感系主人公』とはいえ、『彼女』の気持ちに気づかないわけにはいかなかった。


 しかし、それを素直に受け容れられるかどうかは、また別の話である。




 ──特に、『彼女』の行動が、自分自身でも無自覚な、『罪悪感』によるものであるならば、尚更であろう。




「……それで、そもそも僕にこんな夢を見せやがったのは、この世界──Web小説『夢見るメガミは目覚めない』の作者である、現在異世界在住の、メイ=アカシャ=ドーマンってわけなんだな?」




 それを聞くや、まさしくありとあらゆる異世界転生系Web小説における、ありとあらゆる『女神という概念』の集合体であり、実際にありとあらゆる世界のありとあらゆる異世界転生を司っている『なろうの女神』は、再びいかにも酷薄そうな笑みを、その端麗なる小顔に浮かべた。


『うふふふふ、あの子ったら、どうせ「泥仕合」になるんだから、仕返しはしないなんて言っていた癖に、よほどあなたの「精神攻撃」が、腹に据えかねていたようね』


「何だと? 先に手を出してきたのは、向こうじゃないか⁉」


『彼女に言わせれば、濡れ衣ですってよお?』


「はあ⁉」


『これについては、彼女に対しても釘を刺しておいたんだけど、ご存じの通り、二つの世界の間においては、お互いにあらゆる「時点」にアクセスできるのだから、「どちらが先に手を出したか」なんて、単なる水掛け論にしかならず、結局のところは、自分自身がほんの気まぐれに行った無意識の言動が、回り回って自分自身を苦しめているだけかも知れないわよ?』


「──ぐっ、僕たち『語り部』にとっては、十分あり得る話だな」




『ようやくわかったようね、これに懲りたら、「語り部」同士で軽はずみに、夢を介しての精神操作なんて、「外道な行為」なぞは慎むことね。──そりゃあ、あなたたち「語り部」が不利益を被るのは自業自得だけど、ただ単にあなたたちの夢の登場してきただけで、本来無関係の人間が、集合的無意識に強制的にアクセスさせられて、「偽りの記憶」を与えられることによって、不本意な行動をとらされたあげくの果てに、取り返しのつかない不利益を被ってしまったんじゃ、堪ったもんじゃないだろうしね』

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