第175話、わたくし、これでもかつては、『死神』と呼ばれた女ですの。

「──お嬢様あ!」




 私ことメイ=アカシャ=ドーマンが、真の姿である、聖獣『開明獣』と化して、夢魔の施した堅固なる結界を無理やり突破して、『悪役令嬢』が構築した『夢の世界』の中に飛び込んでみれば、私が使い魔として仕える『魔法令嬢』のアルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢が、うつろな表情をしてその場にうずくまっていた。




「貴様あああ、お嬢様に、何をしたあ⁉」


 すぐに側にすべての元凶と思われる、『追憶ノスタルジィの魔法令嬢』──否、『追憶ノスタルジィ』がたたずんでいるのを認めるや、巨大で獰猛な『獣化形態』のままで、躍りかかるようにして怒鳴りつけた。


 しかしその青髪と紺碧の瞳と真っ青なドレスの少女は、少しも臆するところ無く、ぬけぬけと言い放つ。


「ふん、開明獣のメイが、今頃悠々とお越しですか? ──されど、誤解無きよう。私はこれ以上、何もするつもりもありません、、ね♡」


「……なに?」


 ──そんないかにも思わせぶりの台詞に訝っていると、信じがたい光景が、目の前で展開していった。


 何と、あたかも糸の切れた操り人形でもあるかのように、前後不覚の状態だったアルテミスお嬢様が、いきなり何も無かったように立ち上がったのだ。


 そしてこちらへと振り返り、ニッコリと妖艶に笑み歪む、夜空の満月のごとき黄金きん色の瞳。




「おや、またそんな姿しているの、我が『創造主サクシャ』? 可愛いメイドさんの姿といい、あなたに『変身願望』なんてあったとはねえw」




「──っ。まさか、初代の『の巫女姫』? 何でおまえが、お嬢様の身体を乗っ取っているんだ⁉」


「うふん? いえね、私はそんなつもりでは無かったんだけど、そっちの子がアルテミスに過去の記憶を甦らせることで、トラウマに堪えきれず『精神崩壊』させて、そこに集合的無意識を介して、私の『記憶と知識』をインストールしたってわけよ」


「……何だと? ──そこの小娘! そんなことをして、何が狙いだ? 返答によっては、ただでは済まんぞ⁉」


 獅子や虎の類いの猛獣よりもいかめしい、開明獣の姿のままで脅しつけるものの、わずかにひるむことも無く、笑顔で言ってのける青髪の少女。


「おや、メイ殿ともあろう方が、異なことをお聞きで。我々異能を有する者が望むのは、ただ一つだけ。自分の異能力者としての、絶対の勝利と成功だけでございます」


「なっ、まさか、おまえ──」




「──ええ、量子論や集合的無意識論等の、『この世のことわり』に則れば絶対に不可能なはずの、『たった一つの正当なる未来』の予知能力──それを唯一有すると言われる、真に理想的な予知能力者であられる『初代のの巫女姫』様に、私の未来を視せてもらうことです」




 そうか。


 すべては、『聖レーン転生教団』の差し金か。


 あまりにも『シナリオ』から逸脱した展開だと思っていたら、アグネス教皇め、功を焦ったな?


 ……確かにお嬢様を、『初代のの巫女姫』に先祖返りさせるのも、一応は、真の巫女姫への『覚醒』と言えるからな。




 ──ただし、すでに経験済みの、『失敗例』としてのな。




 だから私は無駄とは思いながらも、一言だけ忠告することにした。


「……一応言っておくが、『唯一絶対の正当なる未来』と言っても、貴様が望んでいるものと、同じとは限らないんだからな?」


「ほほ、ご心配には及びません、『の巫女姫』をくだし、『初代のの巫女姫』の召喚にすら成功した私に、失敗や敗北の未来なぞ、あり得るはずがございましょうか? それに事が済めば、ちゃんとアルテミス様を無事にお返しすることを、我が名に賭けてお約束いたしましょう」


 その台詞を聞いて『初代』のほうへと振り向けば、彼女の言を肯定するかのように、小さく頷いた。


 ……まあ、あいつにとっては、この世界そのものが、『茶番』のようなものだからな。


「──それでは初代様、そろそろ『儀式』のほうを」


「うふふ、私のほうは、いつだっていいわよ〜」


 いかにも軽々しく応じる初代に対し、まるで敬虔なる信徒が、己の崇拝する神に対するかのように、その場に跪き目を閉じ両手を組む『追憶ノスタルジィの悪役令嬢』。


 ──そして、次の瞬間。




「いやあああああああああああああああああああああっ⁉」




 頭を抱えて地面を転げ回り、文字通り『七転八倒』し始める、青髪の少女。


 彼女に記憶を操られて、相争っていた『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』の面々も、我に返り、「すわ、何事か⁉」といった表情で、注目する。


「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて、お願い、もうやめてーっ!」


 しかしそんな周囲の視線に構う余裕なぞなく、あらぬことを口走り、ついには悲痛に泣きわめきだす。




「──もう私に、『自分が死ぬ場面』ばかりを見せるのは、やめてー!!!」




「「「「ええっ⁉」」」」


 そのあまりに思わぬ台詞に、いかにも「ボク、わけがわからないよ」といった顔つきで、一斉にこちらへと振り向く、『魔法令嬢』たち。


 ……いや、いくら『何でもご存じ☆開明獣』であるとはいえ、別に私は関知していないんだからさあ、そんなに期待に満ちた顔をされても…………まあ、解説はしますけどね?


「つまり、『とんち話』のようなものなんですよ。ある人物にとって、絶対に訪れる『未来の場面』って、『自分が死ぬシーン』に他ならないんです。──だって、たとえ異能の力を持っていようがいまいが、成功しようがしまいが、勝利しようがしまいが、人というものは、必ず死んでしまいますからね」


「「「「ぬうっ、た、確かに! ……ということは、彼女は、今──」」」」




「ええ、頭の中で延々と、『自分の死ぬ姿』ばかりを、見せつけられているんですよ。──あたかも、Web小説なんかでお馴染みの『死に戻り』とやらを、無限に繰り返させられているようにね」




「「「「‼」」」」


 愕然とした表情となる、いまだ幼き少女たち。


 ……そりゃ、そうよね。


 無限に自分が死に続ける姿を見せられて、擬似的に『死に戻り』を経験させられたりしたら、普通だったら『発狂』してもおかしくないわよね。




 ──現に今私たちの目の前にいる、もはや暴れる気力すらも無くして、その場で頭を抱えてうずくまり、涙やよだれを止めどもなく流し続けている、『彼女』のように。




「……なあ、そこのアルテミスの偽者さん、もう未来を見せるのをやめてやってはどうなんだ?」


「そうやでえ、バッタモンはん。いくら自業自得とはいえ、あまりに可哀想やろ?」


「たとえ紛い物とはいえ、あなたにだって、慈悲の一つはあるんでしょう?」


「冗談ではありませんよ、ダミーアルテミスさん。何かわたくしたちが集団で、弱い者いじめしているみたいじゃありませんか?」




「──このちょい悪令嬢どもが、人のことを『偽物』とか『バッタモン』とか『紛い物』とか『ダミー』とか、言うにゃー! いい? すでに本作等で述べているように、集合的無意識からインストールされる『記憶や知識』は、昔のビデオのようなアナログデータ的にいちいち映像が再生されているわけではなくて、まさにデジタルデータ的に、すべての『記憶や知識』が丸ごといっぺんに脳みそにコピーされていて、別にいちいち映像化されなくても、本人としてはすでにそれこそ『記憶や知識』として認識してしまっているから、外部からは止め立てすることなんてできないのよ」




「え、ということは」


「彼女は、本来未来の出来事であるはずの、『自分の死』というものを」


「あたかも『過去の事実』の記憶みたいに、これからもずっと認識し続けなければならないってこと?」


「……哀れな、未来予知などといったタブーに触れるものだから、知らずとも良かった未来の出来事が、『過去の記憶』となってしまうなんて……」




「うふふ、実は未来予知能力を持つアルテミスが、『の巫女姫』と呼ばれているのには、そういった裏事情があったわけなの♡」




 ──あっ、てめえ、そんな重要な『裏設定』を、こんな『番外編』で、明かしてしまうんじゃねえ!


「……おい、貴様、いつまでお嬢様の身体を、乗っ取っているつもりなんだ?」


「やだ、怖〜い、メイったら、文句は教団に言ってよねえ。私だってまだ、本来の『出番』では無かったんだから、迷惑しているんだし」


「だったら、とっとと、お嬢様の中から、出ていけ!」


「はいはい、今すぐ還るから。──あなたもそんな怖い姿のままだと、お嬢様から嫌われてしまうわよ?」


「──! てめえ⁉………………………あっ、お嬢様⁉」


 いきなり文字通りに魂が抜けたように崩れ落ちるお嬢様の身体を、すんでの所で変身を解いて抱きとめる。


「お嬢様、お気を確かに!」


「メイ? 私、一体……」




「──ひいいいいいいいいいっ!」




 突然の悲鳴に咄嗟に振り向けば、例の青髪の少女が、こちらを──特に、お嬢様のほうを見ながら、恐怖に駆られた表情で、可憐な小顔を歪めていた。


「……ナギサちゃん、どうしたの? 大丈夫?」


 そう言って、お嬢様が歩み寄ろうとした、その瞬間。




「こっちに来ないで! この化物! どうせ今この時も、私の死んでいく姿を、未来予知しているのでしょう⁉ ──いいえ、私だけじゃないわ。生まれた時からずっと、親兄弟を始めとする、周りの人たちの死にゆく姿を目の当たりにしていながら、何食わぬ顔をしてきたんでしょうが? この『死神』めが!!!」




 そんなまさしく『面罵』の言葉を、まともに浴びて、歩みを止めるお嬢様。


 ……そのご表情は、こちらからは、窺えなかった。


 お嬢様のことを誰よりもよく知るゆえに、完全に言葉を失ってしまった私の代わりに憤ってくれたのは、彼女の『仲間たち』であった。


「──何を言うか、この慮外者が!」


「そうや、あんたのほうこそ、うちらをだまして、記憶をいじくっていたんやろうが⁉」


「私たちにとっては、あなたのほうこそ、よほど化物だわ!」


「それなのに、私たちの大切な仲間に、変な言いがかりをつけないで!」


 その変わらぬ友情に、私がついほろりとした、


 まさに、その刹那であった。




「──いいえ、彼女は正しいわ」




 そう言って、こちらへ振り返る、お嬢様。


 その端整なる小顔は、まるで作り物の人形でもあるかのように、表情の類いは一切象られていなかった。


「……ナギサちゃんの言う通りよ。私は物心ついた時から、周りの人たちの『死ぬ姿』ばかり視てきたし、それは今も──あなたたちと一緒に、『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』として、行動している時だって、同じなの」


「「「「──っ」」」」


「そう、私はいかにも『ムードメーカー』であるフリをして、常に明るく振る舞いながら、いつもいつも任務の最中に、みんなが死ぬ姿ばかり視ていたの。敵の悪役令嬢によって、ヨウコちゃんが引き裂かれる姿も、ユーちゃんが粉々にされる姿も、メイちゃんが丸焼きにされる姿も、タチコちゃんが押し潰される姿も、表面上笑顔を保ったままで、何食わぬ顔をして、ずっと視ていたのよ‼」


 そのように、これまで心の奥底に隠し続けてきた『本心』を、すべてさらけ出し、悲痛な表情で言い終えるお嬢様。


 もはや言葉を無くし、立ちつくすばかりの魔法令嬢たち。


「……やはり私なんかが、人の輪の中で、生きていけるはずがなかったんだ。だからこれで、さよならするね? もうみんなも、私のような、自分の死ぬ姿ばかり視ている、『死神』なんかと一緒にいるのは、嫌でしょう? 大丈夫、私が大人しく、みんなの前から姿を消すから。──みんな、今まで本当に、どうもありがとう!」


 そう言って、踵を返して、走り去ろうとしたところ、


「──っ。よ、ヨウコちゃん、何を⁉」


 ガッチリとつかまれる、右の手首。


 そしておもむろに開かれる、目の前の真珠のようなつやめく唇。




「……ありがとうな、アルテミス」




 ………………………………………え。


「そうや、水臭いでえ」


「そんな力を持っていて、使、ちゃんと言ってくれればいいのに」


「……まあ、その奥ゆかしさこそが、あなたらしいところなんですけどね」


 えっ、えっ、どういうこと? この子たちったら、一体何を言っているの?


 そして、私同様に、何が何だかわからずに戸惑うばかりのお嬢様に対して、これまでになく優しい目をして、そのリーダーの少女は仲間を代表して、ささやきかける。




「だって、アルテミスは、その力を使ってこそ、私たちに危険が迫るごとに、それとなく身を挺して、庇ってくれていたんだろう?」




 ………………………あ。


「そうそう、言われてみれば、思いつく節が、いっぱいあるわ」


「すごくいいタイミングで、アルテミスちゃんが、私たちのミスをカバーしてくれたりしてね」


「何でいつもいつも、絶妙のタイミングで助けてくれるのかと思っていたら、そんな未来予知の力を、お持ちだったわけなのですねえ……」


 そのように口々に、感謝や感激の言葉を投げかけてくる仲間たちに、目を白黒させて戸惑うばかりのお嬢様。


「そ、そんなっ、私のこの忌まわしき力が、『素敵な力』ですって⁉」


「だって、そうだろうが?」


「そんなにも役に立つ未来予知の力なんて、これまでのWeb小説やラノベやSF小説の中においても、全然視たことないでえ?」


「うん、これぞまさに『逆転の発想』よね、『人の死を予知する力』を、『人助け』のために使うなんて!」


「未来を変えるためにこそ予知能力を使うなんて、まさしく『予知能力者の鑑』ですわね!」


 そんなことを言いながら自分を取り囲む仲間たちの姿に、ついにお嬢様の凍り付いた心が、文字通り完全に『氷塊』した。


「……みんな、ありがとう! 本当に、ありがとう!」


 そう言って両手で顔を覆い、再びその場にうずくまってしまう。


 そして聞こえてくる、止めどもない嗚咽の声。


 ──しかし、それはけして、哀しみから来るものではなかったのだ。




 ──良かった。




 ──本当に、良かった。




 お嬢さまの周りにおられるのが、こんなにも素晴らしいお仲間たちで。




 その時、私も我知らずに、心からの笑みを浮かべていた。




 ──だって、お嬢様が幸せであればあるほど、私がこの手で奈落の底に陥れた時、その絶望のほどは、彼女の『真の覚醒』を促すに足りるほどに、絶大なものとなり得ると思えたのだから。

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