第172話、わたくし、今まさに『過去のトラウマ』を、こじ開けられようとしていますの。

「……お嬢様、一体どうなさったのですか?」


 ある休日の昼下がり、久し振りの休息の時を思いっきり満喫しながら、文字通りの『午後の紅茶アフタヌーンティー』をたしなんでいると、突然かけられたどこか陰りのある声音。


 振り向けば、メイド衣装に身を包んだ漆黒のおかっぱ頭の可憐な少女が、ティーポットを手に、こちらをいかにも心配そうに見つめていた。


「──どうしたって、何のことでしょう、メイ?」


 できるだけ何でもないように答えたつもりであったが、専属メイドであり、実はわたくしの魔法令嬢としての『使い魔』でもある彼女には、通用したりはしなかった。


「おとぼけにならないでください! 周囲の皆様があの転校生によって、『記憶操作』をされているのをわかっていながら、お止めになるどころか、自ら率先して相手の思惑通りに振る舞ったりなされて! この世のことわりを守るべき、魔法令嬢の使命をお忘れになったのですか⁉」


 よほど腹に据えかねたのであろう。普段の彼女らしくもなく、主従関係を完全に度外視して、本気で怒鳴りつけてくるメイ嬢。


 しかしそれでも今のわたくしは、ほんのわずかにも、心を動かされることは無かったのだ。




「……別にいいじゃないの? 記憶を操作されることでむしろ、みんな楽しくやっているんだから」




「──お嬢様⁉」


 血相を変えて声を荒げる、従者の少女。


 こちらへと前のめりとなった、その鼻面に、更に追撃の台詞を突き付ける。




「それとも、何? わたくしが率先して動いてあげないと、そちらの『思惑』としては、何か支障でもきたすのかしら?」




「──っ」


 途端に今度は真っ青に顔色を変える、『従順なる』メイド。


 そして気まずい空気だけが、午後の寄宿舎の一室に蔓延していき、主従の二人共が、完全に沈黙してしまった、


 ──まさに、その刹那、であった。


 突然震え出す、携帯端末。


 これ幸いと手に取り、通話回線をオンにしてみれば、




『アルテミスか? こちらヨウコだ。急で悪いが、「悪役令嬢」が現れた。今すぐ、『ドリーム・キャスト・イン』してくれ!』




 ──‼




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──みんな、休日のところ、本当にすまない」


 いつものように『夢の世界』へと赴いてみれば、自分以外の『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバーは、すでに全員勢揃いしていた。


 瀟洒でありながら機能美も兼ね備える、色とりどりのバトルコスチュームをまとったわたくしたちを前にして、心底申し訳なさそうに頭を下げる、リーダーのヨウコ=タマモ=クミホ=メツボシ嬢。


「そんなん、気にせんでいいで、リーダーはん」


「そうそう、これも私たち魔法令嬢の、大切な使命なんだしね」


 それに対して口々に取りなす、ユーちゃんとメアちゃんたち。


 うちのメンバーは基本的に、『気のいい子』ばかりなのだ。


 わたくしが一人でほっこりと、そんなことを思っていたら、


 ──驚愕の台詞を言い放つ、メンバー最後の一人のタチコちゃん。




「それにしても、今回の悪役令嬢は、恐るべき異能の持ち主ですわね。──人の『記憶』を書き換えて、意のままに操るなんて」




 ……え。




「──ああ、とんでもない話だな」


「聞くところによると、むちゃくちゃ仲が良かった者同士が、いきなり先祖代々の『仇敵同士』みたいになって、天下の往来でつかみ合いの大げんかをし始めたそうやで?」


「……つまり、我々同様、唯一異能の力を振るえる『夢の世界』において、悪役令嬢に記憶を書き換えられたわけかしら?」


「夢の中で、自分たちにそっくりな先祖同士が相争う姿を見せつけられて、そのあまりの凄絶さゆえに脳裏に刻み込まれてしまって、現実世界でもつい敵視することになったってところでしょうね」


 口々に思うところを語り合う、魔法令嬢たち。




 ──ちょっと、待って。


 って、まさか──




「──おやおや、これは魔法令嬢の皆様、おそろいで」




 まさにその時、現実世界の街並みを模した夢の世界に響き渡る、どこか聞き覚えのある声音。


 全身一斉に振り向けば、そこにいたのは──


「──っ。ナギサちゃん⁉」


 そう、わたくしたちのほんの目と鼻の先にある、3階建てのビルの屋上に立ちはだかっていた、長い紺碧の髪の毛と、それに合わせた青いロングドレスをまとった、いかにも大人びた美少女は、間違いなく最近になってうちの学園に転校してきた、ほんるいナギサ嬢その人であった。


「こんにちは、アルちゃん。あなたが私の策動を見逃してくれていたお陰で、こんなにも『力』を溜め込むことができたわ♡」


「なっ⁉」


 思わぬ言葉に虚を突かれるわたくしであったが、動揺しているのは他のメンバーたちも同様であった。


「な、何だ、どうしてナギサまで、夢の世界に現れるんだ?」


「ナギサはんも魔法令嬢として、悪役令嬢の討伐を依頼されたとか?」


「でも、彼女から感じられる、この『魔導力』の濃さって……」


「とても魔法令嬢のレベルでは、ありませんわ! これじゃ、まるで、まるで──」




「そうよ、実は私は『魔法令嬢』では無く、人の記憶を自由自在に書き換えることのできる、『追憶ノスタルジィ』だったの」




「「「「「──‼」」」」」


 突然の驚天動地の告白に言葉を失うメンバーたちであったが、唯一彼女に『記憶操作』の力があることを知っていたわたくしだけは、比較的ショックが少なく、すかさず食ってかかっていった。


「悪役令嬢って、ナギサちゃん、わたくしたちと同じJS女子小学生じゃないの⁉」


「あら、悪役令嬢が大人の女性にしかなれないなんて、いつ決まったのかしら?」


「えっ⁉」




「悪役令嬢と魔法令嬢の最大の違いとは、その身に秘められている魔導力が大きいか小さいかだけなの。そう言う意味から、私が悪役令嬢になれたのは、私の正体を黙っていてくれた、あなたのお陰とも言えるかしらね?」




「──くっ」


 自分の軽はずみな行為が、取り返しのつかない状況を招いてしまったことを痛感し、今更になって激しい自己嫌悪に見舞われる。




「──そしてそれは、あなたも御同様なのよ♡」


「え…………あぐぅあああっ⁉」


 突然襲いくる、頭が割れてしまうかのような鈍痛。




「うふふ、今から私が、あなたが自ら封印している、過去の記憶を甦らせて差し上げるわ。──そしてあなたはまさに今こそ、真の『の巫女姫』として覚醒するのよ!」




「──! ……だ、駄目、それだけは、おやめになって!」


「大丈夫、恐れることなんか無いわ、あなたは『本当のあなた』を、取り戻すだけなんだから」


「……い、嫌っ! 誰か! ヨウコちゃん! ユーちゃん! メアちゃん! タチコちゃん! お願い、助けてえ!」


 そのように、頼れる仲間のほうへ、必死に助けを求めたところ──




「──このっ、『悪役令嬢』の手先どもが!」


「何を言うねん、あんたこそ、『悪役令嬢』の娘やろうが⁉」


「ふん、白々しい、あんたが裏切り者だって、最初からわかっていたのよ!」


「卑怯者! あなたたち、わたくしのユネコを返して頂戴!」




 ──なぜか同じ『魔法令嬢、ちょい悪シスターズ』のメンバー同士で、お互いに罵り合いながら、ガチで異能バトルを繰り広げていたのであった。


「……みんな、どうして」


「もちろん私の『記憶操作』によって、お互いのことを『不倶戴天の敵』だと、思い込んでしまっているのよ」


「そんな! お願い、今すぐやめさせて!」


「大丈夫だって、あなたが『の巫女姫』として目覚めたら、すぐにやめさせるから。──というわけで、悪いけどあなたには、忌まわしき『過去のトラウマ』と、再び向かい合ってもらうわよ♡」


 そう言ってこちらへと、右手をかざす『追憶ノスタルジィの悪役令嬢』。


 その手のひらからあふれ出てくる、膨大なる魔導力。



「いやあああああああああああああああああああああっ、やめてえ!!!」




 ──そしてその時、『地獄の釜の蓋』が、あっけなく開いてしまったのである。

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