第173話、わたくし、座敷牢に閉じ込められた覚えなんて無いんですの。
『……まったく、バチ当たりだよ、この子ときたら』
『せっかく数十年ぶりに、力の強い「
『──まさか、自分の周りの者たちの「死」のみを予言する、忌まわしき「
『一族に福をもたらすどころか、巫女姫自身が、災いそのものではないか!』
『恐ろしや、恐ろしや』
『この子が口を開くたびに、身近な者が、次々に死んでいった』
『本家のご隠居も、筆頭分家の若奥様も、まだまだ働き盛りだった家令も、その他乳飲み子すら含む、数多くの老若男女も』
『──もはやこの子自身が、「死神」でもあるかのように』
『そうだ、死神を、遠ざけろ!』
『二度と予言ができぬよう、口を塞げ!』
『人の前に現れぬよう、本家の蔵の座敷牢の中にでも、閉じ込めておけ!』
『──この子は本当なら、「生まれてはならなかった」、子供なのだから』
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──その『少年』と最初に出会ったのは、私
そしてそれはまさしく、真っ暗闇の世界の中に突然射しこんだ、一筋の光明そのものであった。
そう、私はその頃ずっと、暗い暗い蔵の中に、独りっきりで閉じ込められていたのだ。
……どうやら私は、人の側にいると、みんなを不幸にしてしまうらしい。
物心ついてからすぐに、夢の中で見た身近な人たちの様子を、無邪気に本人や家族に話したところ、最初はただの子供のたわ言と笑われるだけであった。
しかし何度も何度も、私の夢が『本当のこと』になるのを繰り返すごとに、みんなの態度が変わっていった。
なぜなら、まさに夢で見た通りに、周りの人たちが、病気や事故や犯罪等々理由を問わずに、死んでいってしまったのだから。
確かにうちの一族は、希に予知能力を持った娘が生まれることがあったが、その子たちは『
──しかし『
まだ3歳ほどの幼子とはいえ、口を開けば自分たちの死を予言する『死神』を、側に置いておきたいと思うような者なぞ、たとえ親兄弟であろうといやしないであろう。
そこで私は、本家の当主である父を始めとする、一族の重鎮の総意の
それから3年あまり、三度の食事を運んできてくれる家人以外とは、一度も接触することなく、私は大きな蔵の中で、独り寂しく寝起きしていたのだ。
そしてそのまま、この座敷牢の中で、一族以外の者に知られることなく、朽ち果てていくものと思っていた矢先、
予想だにしなかった突然の邂逅が、私
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……誰か、いませんかあ」
世間一般の小学生にとっては、夏休み真っ盛りの八月の初旬。
しかし、『存在しないはずの』忌み子である私には関係なく、その日も朝から座敷牢の中で、三方の壁面一杯を占めている大きな棚に飾り立てられた無数の少女人形を相手に、独り寂しく空想遊びに興じていれば、突然かけられる聞き覚えのまったく無い声。
驚きのあまり硬直してしまえば、わずかに隙間が空いていた蔵の入り口から、小さな人影が姿を現した。
年の頃は四、五歳ほどか、まったく見かけたことの無いいまだ幼い男の子で、黒髪黒瞳の本来なら精悍に整った顔が、いかにも情け無さそうに歪んでいるところを見ると、初めて訪れた広大なる本家の屋敷の中で、親御さんとはぐれて迷子になって、こんな敷地の外れの蔵の中にまでたどり着いてしまったってところであろう。
しかしなぜだか、大人たちすらも恐れてけして近づこうとしない、私の姿を一目見るや、表情を輝かせて、足早に走り寄ってきた。
「うわあ、なんか珍しい人形ばかりが、いっぱいある。しかもこの真ん中のやつなんて、ちゃんと子供ほどの大きさがあって、まるで本物みたいだなあ」
そう言うや何と、怖い物知らずにも、私の頬に触れてくる、謎の闖入者。
「……あ、あの?」
「──うわっ、びっくりした⁉」
そこで初めて、私のことを、
「……あー、驚いた。まさか、人間の女の子だったなんて」
確かに突然の『お客さん』に驚くあまり、呼吸をするのを忘れるくらい、動きを止めてしまっていたけど、普通人形と間違ったりする?
「……何で私なんかを、人形だと思ったりしたの?」
それを聞いて、いかにもきょとんとした表情となる少年。
「えっ、だ、だって、その髪と瞳の色って──」
それを聞いて、私はすぐさまうつむいてしまう。
『
少年の怯える顔を見たくはなくて、そのまま視線をそらし続けていれば、
──突然小さな指先が伸びてきて、
「だって、こんな綺麗な髪と瞳を見たのは、初めてだもん!」
思わぬ言葉に勢いよく顔を振り仰げば、まさしく好奇の色に輝く双眸が、こちらを見つめていた。
「……綺麗って、私のこの、呪われた、髪と瞳が?」
「呪われた? 何言っているんだい! 髪の毛なんて、まるで月の雫みたいにいかにも儚げな銀色だし、瞳ときたら、ピッカピカの大判小判みたいな金色だし、なんかアニメや漫画やゲームの女の子みたいで、カッコいいじゃん! …………………………って、何で泣いているの、君⁉」
──そう、その時確かに、私の頬には、大粒の涙が、次から次に伝っていたのだ。
──『感情』なぞ、とっくの昔に、無くしたと思っていたのに。
──それでも私は、涙を押しとどめることなんて、できなかったのだ。
だって、私の『忌まわしき力』の象徴である、
ついには声を上げて大泣きし始めた私を、男の子がどうにかしてなだめすかそうと、四苦八苦していた、
まさに、その刹那。
「──そこで何をしているの⁉」
唐突に蔵の入り口のほうから響き渡る、幼き甲高い声。
その方へ振り向いた少年の表情が、今再び驚愕に歪んだ。
「……え? 何で、同じ顔をしているの?」
そのつぶやき声が示すように、そこに現れたのは、髪と瞳の色以外は、年格好から、日本人形のごとき端整なる小顔に至るまで、私と瓜二つだったのだから。
──そう、まさしくこれこそが、我が国指折りの名家である明石月本家直系の双子の姉妹、私こと明石月
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