第144話、わたくし、ミステリィ小説や名探偵が全否定される現場に居合わせましたの。

「……そりゃそうでしょう、『名探偵』の『名推理』なんて、我々に与えられた『属性表示スマホ』はもちろん、SF小説なんかに登場してくる、真に理想的な量子コンピュータの助けを借りようとも、絶対に実現できない、ミステリィ小説というおとぎ話フィクションの世界にのみ存在を許された、非現実な『たわ言』に過ぎないのですから」




 …………………………………………………………は?




 ──まさしく、世のミステリィファンを一人残らず、絶望の淵に叩き落とさんとするかのような、歯に衣着せぬ辛辣なる台詞。


 それは間違いなく、現在私の目と鼻の先にたたずんでいる、いかにも可愛らしいメイド服をまとったのおかっぱ頭の少女の、花の蕾の唇からもたらされたものであった。




「──いやいやいやいや、確か、メイさんですっけ? 何てことをおっしゃるのです! 私たちに与えられた『属性表示スマホ』が実は、ミステリィ小説的事件の解決に何の役にも立たないというだけでも聞き捨てならないのに、たとえ神様同等の全知を誇る、あくまでも想像上の真に理想的な量子コンピュータですら実現できないまでに、『名探偵の名推理』なんて、単なる絵空事に過ぎないですってえ⁉」

「ええ、そうですよ?」

「そ、そうですよって、それってミステリィ小説の本場である『あちらの世界』における、エドガー=アラン=ポーやコナン=ドイル辺りによる探偵小説から端を発する、古今東西のミステリィ小説における『名探偵』なるものがすべて、事実無根の嘘八百の存在でしかないということじゃありませんか⁉ あなた、この世界か『ゲンダイニッポン』かを問わずすべての世界における、すべてのミステリィファンやミステリィ出版関係者を、全員敵に回すおつもりなんですかあ⁉」

 あまりの言いように、つい彼女の『あるじ』であられるという、年の頃十歳ほどの銀髪金目の天使か妖精かと見紛う絶世の美少女、ホワンロン王国筆頭公爵令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ嬢のほうを見やるものの、いかにも我関せずといった感じで、このウミガメ家別荘最上階に設けられたカフェの貴賓席において、特製アフタヌーンティーセットの、チョコレートパフェに舌鼓を打つばかりであった。

「おやおや、別に小説に書いてあることが何から何まで、事実無根の嘘八百であっても構わないではありませんか? 何せしょせん小説なんて娯楽作品エンターテインメントに過ぎないのですし。娯楽作品エンターテインメントというものは何よりも、『面白さ』によって読者を楽しませることこそが、すべてなのではございませんか? ──ねえ、現在量子魔導クォンタムマジックインターネット上で人気沸騰の、『魔王探偵、異世界惑星MO』の作者であられる、ネットオンリーのミステリィ作家、『おう陛下』さん?」

「──うえっ、な、何でそれを⁉」

「うふふふふ、まあ、『蛇の道は蛇』とだけ、申しておきましょうかねえ♡」

 ぬう、まさか当代の魔王である私が、実は熱烈なるミステリィ小説マニアであるばかりか、自分自身もネット上で作品を創って公開していることまで嗅ぎつけるなんて、このメイドさん、ただ者じゃないわ⁉

 それにまさしく彼女の言うように、何よりも読者を楽しませることこそが、私自身も常に肝に銘じている、プロアマを問わない創作者としての最重要課題であることに、間違いはないしね。




「まあ、名探偵なるものをあえて現実の存在に当てはめるとしたら、『ゲンダイニッポン』における、いわゆる将棋や碁における『名人』級の達人が当たるでしょうね。何せ将棋や碁の名人は、卓越した頭脳と長年にわたって培われた勝負勘とによる、まさしく名探偵の名推理や量子コンピュータによる未来予測そのものの計算能力を駆使して、常に何十手も先の駒の動きを事前に予測計算シミュレーションしながら勝負をしているのですからね。あるいは将棋や碁の名人に難事件の解決に当たらせてみたら、ミステリィ小説そのままの名探偵の程度なら可能かも知れませんね。──でも非常に残念なことながら、将棋や碁の名人と名探偵とでは、決定的な違いというものが存在しているのです」




 量子コンピュータそのものの卓越した計算力と、もはや神憑りなまでな勝負勘とを有する、まさしく難事件の現場における名探偵そのままの超常的能力を誇る、将棋や碁の名人であろうとも、ミステリィ小説そのままの名探偵との間には、あくまでも決定的な違いがあるですって?

「……それって、いったい」


「一言で言えば、どんなに史上最強の将棋や碁の名人であろうとも、すべての勝負に勝つことはできず、当然負けることだってあるってことですよ。だって。──そう。それこそが『現実の存在』というものであり、現実の存在である限りは、『失敗なぞけして一度も犯すことはない』なんてことはあり得ないのですよ」


 ──あ。

 その時ようやく私は、彼女の言わんとしていることが理解できた。




「うふふふふ。どうやらおわかりのようですね。一応はいろいろと紆余曲折はあるとはいえ、一つのミステリィ小説作品という『勝負』において、常に必ず『真相と真犯人を暴き出す』のを成し遂げることができるなんて──つまりは、すべての勝負においてけして負けることのない名探偵なんてものは、現実の人間としてはけしてあり得ない、小説等の創作物フィクションの世界の中だけに許された、『作り物』の存在でしかないってことですよ。──そう。ミステリィ作家という一個人が、自分の都合のいいようにストーリーを運ぶために創り出した、『操り人形』という名のね」




 ──っ。

 ……そうか、つまりは、名探偵は周りから『名探偵』と呼ばれるまでに、あらゆる難事件を必ず解決し得るからこそ、むしろ現実の存在ではあり得なくなるという、いわゆる『悪魔のロジック』が成り立ってしまうというわけですか。

「あ、でも、必ず事件が解決してしまうミステリィ小説が、現実にあり得ないんだったら、今回私たちに与えられた、この現実世界をミステリー小説そのままに変えることを可能とする、『属性表示スマートフォン』は、現実の事件の解決には何ら役に立たないってことになるのではないのですか?」

「そんなことはありませんわ、あくまでもフィクションの存在に過ぎない小説に対して、少なくともその『属性表示スマホ』のほうには、現実世界に即した仕掛けギミックが数多く取り入れられていることですしね。それにこのことは『ゲンダイニッポン』で言うところの現代物理学によって、ちゃんと正当性を裏付けられているのですから」

「へ? どうしてここで、現代物理学なんかが登場してくるのです? と申しますかそもそも、一体何何なのです、その『属性表示スマホ』に取り入れられている、現実世界に即した仕掛けギミックって」

「いろいろありますけど、中でも最も重要なのが、ここぞというターニングポイントに差しかかるごとに、スマホが自動的に内容を更新してくれる、『選択肢』のうちどれを選ぶかによって、それ以降の『ストーリー展開が分岐していくこと』と、それに伴う当然の帰結としての『マルチエンディング』の二つに尽きるでしょうね』

「え? ストーリー分岐にマルチエンディングって、それってもはや小説どころか、これまた現代日本から持ち込まれた、いわゆる『コンピュータゲーム』等ならではの特徴ではありませんか? それのどこが現実世界に即した手法だとおっしゃるのです? むしろ小説のほうが、よほど現実的でしょうが」




「……これだから、完全にミステリィ小説に毒されている輩ときたら。あのですねえ、これはもはや『ゲンダイニッポン』においては小学生でも知っている根本的原理なんですけど、この世界や『ゲンダイニッポン』のような現実世界というものには、まさしく『無限の可能性』があり得るのですよ? それなのにミステリィ小説みたいに『唯一絶対の真相と真犯人』のもとで、誰が被害者や加害者になるかが最初からきっちりと決まっているなんて、けして現実にはあり得ない小説等の創作物フィクションの中だけに許される、おとぎ話でしかないのです! あくまでもこの現実世界においては、誰もが被害者にも加害者にもなり得る可能性があるのであり、けして唯一絶対の真相や真犯人なぞ存在したりはせず、実際の事件の行方自体も、たかが一個人の小説家風情が一つの作品の中に収めることなぞできないほどに、二転三転どころかそれこそ数え切れないほど流転していくものなのであり、むしろ『無限のストーリー分岐』かつ『マルチエンディング』こそが、現実の事件としては正しいあり方なのですよ!」




 な、何と、選択肢によるストーリー分岐やマルチエンディングを取り入れたゲームのほうこそが、ミステリィ小説なんかよりも、よほど現実的ですって⁉




「しかも面白いことにこのことは、物理学における新旧二大派閥の対立構造に置き換えることができるのです。言わばゲームならではのストーリー分岐やマルチエンディングとはまさしく、この世のすべての物質の物理量の最小単位である量子というものが、形ある粒子と形なき波という二重性を有し交互に入れ替わっているゆえに、形ある現実世界マクロレベルに存在している我々人間では、形なき微小世界ミクロレベルにおける量子の状態を観測できないので、量子のほんの一瞬後の形態や位置すらも把握することは不可能となり、よって当然この世のすべての物質の──ひいては世界そのものの、ほんの一瞬後の未来にさえも、無限の可能性があり得ることになるという、量子論を基本原理とする現代物理学を体現しているのに対して、最初から唯一絶対の真相と真犯人を作者によって定められていて、それに対する単なる答え合わせに過ぎない『名推理』とやらで、まるで唯一絶対の未来予測や人の心の読心をなし得るかのようにして、どのような難事件でも解決することのできる『名探偵』なぞという輩のほうは、『未来というものはただ一つに定まっており、ある時点におけるこの世のすべての物質を構成している原子の位置と運動量を把握できれば、後は物理学に則った計算を施すだけで、それ以降の未来の出来事を完全に予測できる』とする、かの有名な「ラプラスのあくの仮説」に代表される、『古典物理学的決定論』に則っているのだけど、当然現在においては量子論によって、すべての物質の最小単位である量子のほんの一瞬後の状態すら予測できないことが明らかになっているのだから、もはや決定論なぞラプラスの悪魔の仮説もろとも、すでに誤った理論として葬り去られているのであり、つまりミステリィ小説における、卓越した頭脳による計算力と超人的勘だけで、常に唯一絶対の真相や真犯人を暴き立てることのできる名探偵なんて、古典物理学におけるラプラスの悪魔そのものに過ぎず、今や物理学的にも現実にはまったくあり得ない、時代錯誤の産物でしかないのですよ」




 えっ、ことさら『ラプラスの何とか』などとタイトルを付けるまでもなく、ミステリィ小説における名探偵なんてみんなラプラスの悪魔みたいなもので、しかもすでに時代錯誤の産物でしかないですってえ⁉


「まあ、ミステリィ小説や名探偵ばかりを槍玉にあげるのも、可哀想なんですけどね。そもそも小説家という一個人によって創られている小説というもの自体が、どうしても決定論に基づきがちなんだし。多少の差はあるものの、小説なんてどれもこれも、『主人公が幾多の困難を乗り越えて、最終的には何事かを成し遂げる』の一言に尽きるでしょう? なぜならそれは読者や編集者等を始めとする出版界という業界そのものが、そうなることを望んでいるので、小説家としてもそれに添って作品を創らざるを得なくなるからであるけれど、何度も言うように必ず成功を収めることができる者なんて、現実にいるはずはなく、すべての小説の主人公たちなぞは結局のところ、時代錯誤の決定論的存在に過ぎないわけなのですよ」




 ……うわあ。ついにミステリィ小説だけでなく、すべての小説ジャンルを全否定されてしまいましたよ、この方。




「だからこそそのスマホに与えられた、『現実の事件を──ミステリィ小説というよりはむしろ──ミステリィゲームに変えてしまう』超常の力に則っての、『属性表示』においても、『被害者(候補)』や『真犯人(候補)』などといった文字列の表示は、事件の推移のいかんによってはいくらでも変動していくようになっているのです。何せミステリィを始めとする小説なんかとは違って、この現実世界においては無限の可能性があり得るのですからね。事件の推移によっては被害者と加害者とが入れ替わったりすることなんて、当然あり得ることなのであり、これぞ真に現実の事件を反映した、理想的な『現実世界をミステリィゲームに変えてしまう』システムと申せましょう」

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