第134話、わたくし、この話を読んで、往年の『魅せられて』という名曲を思い出しましたの。
『うふふふふふふふ』
『あははははははは』
『くすくすくすくす』
気がつけば周囲は、薄手の純白の
端整なる小顔の中で、神々しくもどこか淫らさをも感じさせながら煌めいている、鮮血そのままの深紅の瞳。
──そして四方八方から伸びてくる、同じく紅い爪の伸びた、白魚のごときか細き指先。
「うわっ⁉」
視界が完全に彼女たちの、黒い髪の毛と、紅い瞳と爪と唇と、青白い肌と死に装束とに、埋め尽くされるとともに、再び脳裏に鳴り響いてくる、妖艶でありながらも、どこか哀しげな声音。
『──ねえ、あなたはどうして、飛び続けるの?』
『名誉のため?』
『正義のため?』
『国家のため?』
『誰か愛する人を守るため?』
『──それとも、あなた自身のため?』
『自己満足のため?』
『名声や褒賞を得るため?』
『優越感を得るため?』
『快楽を得るため?』
『戦闘欲のため?』
『破壊欲のため?』
『勝利欲のため?』
『『『──それとも、公然と人殺しをすることができる、快楽のため?』』』
──っ。
『「エース」や「英雄」などと讃えられても、結局は最新鋭のジェット機パイロットも、軍人──すなわち、「人殺し」に過ぎないのよ』
『愛機を駆って、空に上がる時』
『作戦行動を開始した時』
『ターゲットと会敵した時』
『熾烈な
『そして、会心の一撃を、叩き込んだ時』
『──あなたは一体、これまで何人、その手で
……あ、
『何人死なせてきたの?』
……ああ、
『何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?』
……ああああ、
『何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?』
……ああああああああ、
『何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?』
……ああああああああああああああああ、
『『『何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?何人死なせてきたの?』』』
──あああああああああああああああああああああああああああああっ!!!
普段、見て見ぬ振りしてきた、己の『忌まわしき事実』を、容赦なく暴き立てられて、もはや堪らずに、海の底へと力なく横たわり、あたかも胎児のように身を丸め、目と耳とを塞ぐ。
すると今度は打って変わって、優しく包み込んでくる、十数本もの慈愛に満ちた温かい細腕。
──文字通り、愛し子をあやす、母親であるかのように。
『そんなに辛いのなら、もう、やめてしまえばいいじゃない?』
…………え?
『そもそも別にあなたが、ジェット機部隊の大隊長なんて、
『あなたはまだ、学生さんなんでしょう?』
『しかも本当は、「勇者」なんでしょう?』
『それが何で、悪の龍王の王国で、戦闘機乗りなんてやっているの?』
『そんな逆境とも言える状況で、いくら頑張ったところで、報われるわけがないでしょう?』
『大きな組織にとっては、「外様」はいつまでたっても、「外様」としてしか、扱ってもらえないの』
『悪の王国にとっては、完全に「外様」である、「勇者」たるあなたは、結局は「使い捨てのコマ」でしかないのよ?』
……え?
『調子のいい時は、「エース」だの「英雄」だのと、祭り上げているけど』
『「戦況」等が悪化すれば、「スケープゴート」として槍玉に挙がるのは、いつの時代も「外様」であるのがお約束』
『あなたもかつての帝国海軍のように、自ら「特攻隊」に志願したことにされて、プロパガンダに利用されるかもよ?』
『英雄であるあなたが範を示せば、すっかり軍国主義や全体主義に洗脳された若者たちが、「我も我も」と後に続くでしょうからね』
『まさしく、負け戦確定の状況の中で、高級軍人の責任逃れのためにも、軍需産業の飽くなき金儲けのためにも、うってつけでしょうね』
『──それでもあなたは、戦争の道具である軍用機なんかに乗って、飛び続けると言うの?』
『国家に裏切られるかも知れないのに』
『仲間たちから裏切られるかも知れないのに』
『信頼していた友から裏切られるかも知れないのに』
『愛する者から裏切られるかも知れないのに』
『親兄弟からすらも裏切られるかも知れないのに』
『『『そしてあなたは、「お国のため」とか「名誉のため」とか言った、虚飾の言葉にまんまと騙されて、一人命を散らしてしまうわけなの?』』』
──なっ⁉
……実は私が、単なる『スケープゴート』に過ぎないだって?
『エース』だ『英雄』だと持ち上げておいて、状況次第では『特攻隊員』という、人身御供にされるだけですって?
軍国主義者の皮を被った拝金主義者たちの、プロパガンダのためだけに──。
……そうか、そうだよな。
そもそも『龍王の国』に、『勇者』である私がいること自体が、おかしいんだ。
周りのみんながちやほやしてくれて、『エースパイロット』として祭り上げているのも、いつかは『生け贄の山羊』として使い捨てるためだったんだ。
だったら私なんかが、空を飛ぶ意味なんて、本当にあるの?
ただの学生なのに。
本当は「勇者」なのに。
この国にとっては「外様」に過ぎないのに。
いやむしろ、私が戦闘機パイロットして飛ぶほどに、プロパガンダに利用されて、罪なき大勢の若者たちが洗脳されて、戦場に送られてしまうだけじゃないの⁉
……だったらもう、私は、何もしないほうがいい。
空なんか、飛ばなくていい。
ジェット戦闘機部隊の大隊長なんて、やめてしまえばいい。
──私なんか、こうして永遠に深い海の底で、人知れずたった一人で、身体を丸めて眠り続ければいいんだ!
『……やっとわかったようね』
『そうよ、あなたはもう、何もしなくていいの』
『これからはずっと、ここで私たちと一緒に、眠り続けましょう』
『何もかも忘れて』
『何もかも捨てて』
『何もかも拒否して』
『自分自身の存在すらも否定して』
『ただ、無垢な赤子であるかのように』
『『『ずっとずっと、眠り続けましょう!!!』』』
そう言って、これまで以上に、力強く抱きすくめてくる、無数の腕。
なぜだか、それとともに、私の身体中から、気力という気力が、抜け出していった。
……いや、別に構わないではないか。
このまますべての力を失って、眠り続けようとも。
そうだ、あんな何の救いも無い現実世界に目覚めたところで、絶望しか待ち構えていないのだから。
そのように、今やすべてを放り出して、私が眠りにつこうとした、
まさに、その刹那であった。
『──いい加減にしないさい、この「野良
『きゃああっ⁉』
『ひえええっ!』
『で、出たあ!』
なぜだか、一気に方々へと飛び退いていく、『零戦のアニマ』たち。
再び目を開けば、いつしか私の目前には、小さな人影が背中を見せて、立ちはだかっていた。
「……Ho229の、アニマ?」
そう、それは間違いなく、私の愛機の化身の少女の、満を持してのお出ましであったのだ。
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