第133話、わたくし、どうせなら特攻機の『アニマ』に、どんな気持ちでパイロットを死地に運んでいたかを、聞いてみたいと思いますの。

 ……『アニマ』、ですって?


 何で、旧帝国海軍の、零戦ゼロファイターなんかに?


 ──しかもここは、日本なんかじゃなく、別の世界だというのに。




 そのように、あまりに予想外の事実を知らされて、私が完全に我を忘れていると──




『──エロイーズ少佐! 早く逃げるんだ! ……海が、海が、海があああああっ!』




「ガランド中将⁉」




 我に返って眼下を見やれば、何とガランド中隊長機が、煙を吐きながら砂漠へと墜落していた。


 ──間一髪で花開く、脱出用のパラシュート。


「まさか、あの超ベテランの中将まで、やられてしまうなんて⁉」

 ……しかも、さっきの台詞の、『海』って何だ? ここは砂漠のど真ん中なんだぞ?

「──って、いけね!」

 もはや我がホワンロン王国ジェット戦闘機部隊で健在なのは、大隊長である私のHo229だけとなってしまい、当然敵零戦部隊の注目も、こちらへと集中した。

「……さっきの尋常ならざる機動といい、ジェット機であるMe262を圧倒したことといい、ただの零戦ではないことは、もはや疑いの余地がない。悔しいが、ここはいったん退いて、態勢を立て直すか」

 とにかくまずは、高度を取ろう。

 ジェット機であるHo229は、高度一万五千メートルでも、余裕で飛行できるが、空冷式レシプロ機の零戦は、その半分にも満たない高度六、七千メートルあたりが限界だからな。

 そう意を決し、いざ昇降舵を操作しようとした、まさにその刹那。

 再び、眼下で、状況が激変した。


「……光っている?」


 何とその場で旋回し始めた零戦部隊全機が、まるで鮮血のごとく、真っ赤に光り輝き始めたのである。

 主翼と垂直尾翼に浮かび上がる、国の所属機であることを意味する、一際紅い日輪の図。

「……米国海軍による、蔑称、『ミートボール』。まさか、あれは、あの零戦は──」

 この世界のメツボシ帝国の所属機ではなく、本当に大日本帝国海軍所属の、本物の零戦なのか──⁉

 それは確かに、あまりにも予想外の展開であったが、


 気を取られすぎて、急上昇のタイミングを完全に逸してしまったのは、まさしく命取りであった。


「──っ」


 先刻同様、眼下の零戦部隊が全機消失したかと思えば、次の瞬間、我がHo229の上下左右前後の全周を包囲した位置に出現したのだ。


「……そんな、ちょっと⁉」


 しかも、体当たりも辞さぬ勢いで、文字通り四方八方から迫ってきたかと思えば、




 ──私の視界のすべてが、深紅の輝きに包み込まれたのであった。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




『うふふふふふふふ』




『あははははははは』




『くすくすくすくす』




 ──気がつけば、私は、一糸まとわぬ生まれたままの姿で、深い海の中をただよっていた。




 水の中だというのに、すぐ間近で聞こえてくる、少女たちの笑声。




 薄手の純白のひとだけをほっそりとした肢体にまとい、長い黒髪を潮流にたなびかせているその様は、まるで水の精霊ウンディーネでもあるかのような、神々しくもどこか淫らさをも感じさせた。




 ──そして、端整なる小顔の中で、禍々しく煌めいている、鮮血そのままの深紅の瞳。




 ……何だ、この子たちは?


 それに、ここは一体?


 あの時私は、謎の零戦部隊による、全周からの集中砲火を受けようとしていたはず……。


 ──はっ、まさかこれって、『死後の世界』?


 じゃああの、死に装束の綺麗なお姉さんたちは、『死神』だったりするとか?




 そのように私が、支離滅裂な思考に陥っていた、

 まさに、その時。


「──っ」


 突然目の前に落下してくる、鋼鉄の塊。


 ……これって、零戦──の、残骸?


 確かにそれは、どことなく、飛行機の形をしていた。


 しかも何と、間断なく次々に、落下してきたのである。


 もはや足の踏み場もないほど、海底の至る所に突き刺さっていく、ボロボロの機体。




 ──そして聞こえてくる、無数の怨嗟の声。




『──どうして、俺たちだけが、死ななければ、ならなかったんだ⁉』


『もう少しすれば、戦争も終わったのに!』


『どうせ降伏するのなら、もっと早くすればいいんだ!』


『結局、俺たち特攻隊員は、無駄死にじゃないか⁉』


『それに引き換え、生き残ったやつらは、戦後、平和と豊かさを、思いっきり謳歌して!』


『別に戦争に負けたって、構わなかったんじゃないか!』


『むしろ、自由と平等と民主主義の国に、生まれ変わって!』


『イカれた軍国主義や、全体主義なんかより、よほどましだよ!』


『この国は、負けて良かったんだ!』


『神風特攻隊なんて、必要なかったんだ!』


『それなのになぜ、俺たちだけが』


『軍隊から』


『国家から』


『地域社会から』


『そして、己の家族から』




『『『無理やり、死を、選ばされなければ、ならなかったんだ⁉』』』




『何が、名誉の戦死だ!』


『自ら、志願しただ!』


『国の誉れだ!』


『自己犠牲精神だ!』


『真の英雄だ!』




『『『自分たちはのうのうと平和と豊かさを堪能しているくせに、犬死にした俺たちを、都合良く祭り上げるんじゃない!』』』




『俺たちだって、死にたくはなかったんだ!』


『特攻隊員だろうが何だろうが、誰だって死にたくはないんだよ⁉』


『それを勝手に、英雄に祭り上げやがって!』


『そんなに、国のために死ぬことが、清く正しいことだと言うのなら、おまえらこそが、今すぐ死ねばいいだろうが⁉』


『俺はごめんだね!』


『俺たちは、本当な死にたくなかったのに、無理やり殺されたんだ!』


『軍の上層部の責任逃れのために!』


『軍需産業の金儲けのために!』


『戦争拒否を絶対に赦さない、「非国民」という、言葉の暴力によって』


『──そして何よりも、血を分けた家族からの、「脅迫」によって』




『死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった、死にたくなかった』




『『『俺たちだって、死にたくなかったんだああああ!!!』』』




 ──いつまでも延々と、私の頭の中で鳴り響く、姿なき男たちの、怨嗟の声。


 ……もしや、これは、いにしえの、零戦乗りたちの、声?




『──そう。これは、かつての私たちの、「あるじさま」の声』


零戦わたしたちを駆り、大海原の戦場の空高くを、縦横無尽に飛び回り、数多の敵を屠った、名パイロットたちの』


『……しかしそれも、戦争初期の、ほんの短い間だけ』


『米国海軍はすぐさま、零戦わたしたちをはるかにしのぐ、高性能機を次々と、戦線に投入してきた』


『次第に零戦わたしたちはまったく太刀打ちできなくなり、次々に墜とされ、太平洋の藻屑と消えていった』


『そして最後の総反撃が大失敗に終わり、もはや聯合艦隊が事実上壊滅してからは、航空機による「神風特攻」が強行されて、その主な機種に零戦が選ばれることになった』


『戦争初期には、世界一の傑作機と謳われた、「ゼロファイター」の雄姿は、もはやどこにもなかった』


零戦わたしたちは、来る日も来る日も、爆弾と愛する主様を抱えて、敵艦隊へと特攻していった』




『来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も来る日も』




『『『──愛する人を、死地へと、送り込んでいったの!!!』』』




 ……新たに、私の頭の中で、鳴り響き始めた声。


 それはむくつけき、兵士たちのものなんかではなく、間違いなく『うら若き乙女』の声音であった。




「……零戦の、アニマ」




 ──そう、それこそは、『神風特攻隊員』たちの怨嗟の思念と、その搭乗機であった零戦そのものに密かに生じていた慚愧の念とが、結びついて生み出されたと思しき、軍用機の化身的存在、人呼んで『アニマ』たちのものであったのだ。

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