第121話、わたくし、『交換百合』という、新ジャンルを開拓しましたの。(その4)

「──ク○○ス様、朝ですよ、休日とはいえ、寝過ぎですよ、早く起きてください!」


「……う、う〜ん」


『ゲンダイニッポン』ゆかりの、ほんのつい最近婚約解消したばかりの幼女にとって最も忌まわしきイベント、『ヴァレンタインデー』を目前にした、ある冬の休日の遅い朝。


 暖かい布団の魅力に抗えず、天蓋つきの豪奢なベッドの中で惰眠をむさぼっていた、わたくしこと、ホワンロン王国筆頭公爵家令嬢にして、自他共に認める悪役令嬢──ならぬ、『ちょい悪令嬢』は、お嬢様専属メイドのメイ=アカシャ=ドーマン嬢による呼びかけによって、ようやく完全なる覚醒を果たした。


 ……まったく、メイったら。なんか今、わたくしの名前を、古き良き宮○アニメの、某ヒロインさんと間違っておりませんでした?

 確かにわたくしは、某世界的大泥棒の三代目や某ロリコン伯爵も、思わず飛びつかずにはおられないほどの、ロリロリキュートな全異世界的美幼女ですけど、さすがに某大公息女様には敵いませんわ♡


 ──うん、お待ちになって?


 今の声って、メイのじゃ、のでは……。


「──だ、誰なの、あなたは? 新人のメイドさんが来るなんて、聞いていおりませんわよ⁉」


 我が身に掛けられていたブランケットを蹴飛ばすようにして身を起こせば、そこにはいつもの朝同様に、メイドさんが一人、にこやかな笑みを浮かべながらたたずんでいた。




 ──ただしそれは、わたくしの専属メイドのメイでは、のだ。




「やれやれ、やっとお目覚めになりましたか? もはやお日様が中天にさしかかっておりますよ?」


 年の頃は十七、八歳ほどか、ほっそりとしているものの出るとこは出ていて、すでに女性らしさを誇る均整の取れた肢体を、シックな漆黒のワンピースと純白のエプロンドレスというメイド服に包み込み、ヘッドドレスを載せたセミロングのダークブラウンヘアに縁取られた秀麗なる小顔の中で、同じく焦げ茶色の瞳を輝かせながら、いかにもここにいて当たり前と言わんばかりのにこやかな笑みをたたえて立っているのは、この屋敷の一人娘であるはずのわたくしがまったく与り知らぬ女性であった。


「あ、あの、どうしてあなたが、この部屋に──わたくしの寝室に、おられるのでしょう?」

「……どうしてって、あなた様の専属である私は、この部屋付きのメイドであるも同義、今更何も不思議なことは無いでしょうに?」

「え? ──あ、そ、そういえば、ここってどこなの⁉」

 彼女の言に促されるようにして、改めてじっくりと周囲を見回してみれば、けして見慣れた公爵家の寝室なぞではなく、何とそれよりも格段に豪奢な、内装や家具や調度品の数々を誇っていたのだ。




「どこって、一体さっきからどうなされたのですか、様? ここはあなたのお部屋に決まっているではありませんか?」




 ………………………………はい?

「あの、クラリスって、わたくしが?」

「そりゃあもう、当然」

「──そんな、わたくし本当に、某ヨーロッパ最小の国連加盟の独立国の、大公息女になってしまったのですか⁉」

「……何をいつまでも、寝言をほざいておられるのです、ファンから殺されてしまいますよ? あなたはけしてカリ○ストロ公国なんかではなく、我がホワンロン王国第二王女であられる、クラリス=ホワンロン殿下なのではありませんか?」

「へ? 第二王女って、もしかして、『ジミ王子』…………あ、いえ、『二の姫』様のこと⁉」

「おや、お珍しい? クラリス様が、自らその名を、ご自分から名乗られるとは」

「あ、ごめんなさい! 『ジミ王子』なんて、殿下に失礼でした!」

「いえ、『二の姫』のほうもで、ございます」

「はあ?」




「だってクラリス様は常日頃から、ご自分のことを『どうせ私はお姫様なんか柄じゃない』などと謙遜なされて、私たちお付きのメイドにも、ご自分のことをご本名でお呼びするようにと、あれほど念を押されていたではありませんか?」




「ほえ? 二の姫様が、そんなことを? それは一体、どうしたわけで?」

「だから、あなた様こそが、まさにその二の姫様であられると、さっきから何度も申しておるではないですか?」

「そんな! わたくしは王族であるかどうかの以前に、高度なマニア受けする、BL同人誌なんか書けません!」

「……はあ〜、相変わらず、ご自分の価値を、そういうことにしか見いだせないようですわね。仕方ありません、起き抜けの自然体であられる今こそ、『真実』をご覧に入れましょう! ──誰か、鏡を! 至急お嬢様の御寝所に、全身を映せる姿見を、もてい!」


「「「──ははあ、ここに!」」」


 何と、メイドさんのめい(w)に、まさしく打てば響くようにして、タイムラグ一切無しに、全員メイドのコスチュームに身を包んだ美少女の一隊によって、大きな鏡が部屋へと運び込まれる。


「──これが、わたくし?」


 薄い紫色のワンピース状の夜着のみをまとった、十五、六歳ほどのほっそりとした華奢な肢体に、つややかなのストロベリーブロンドのロングヘアに縁取られた、艶麗なる小顔。


 ──そしてその中で煌めいている、まるで夜空のもとの湖面であるかのような、神秘的な紫色の瞳。


 その有り様は、あたかも精霊や天女のごとく、妖しくも神秘的な美しさを誇っていたのであった。

「……何よ、これ、まるで『おとぎ話のお姫様』そのものじゃありませんか⁉」

「そりゃあ、そうですよ、あなたはれっきとした、この国の第二王女殿下なんですから」

「いや、違う、違うの、メイドさん! わたくしはけして、二の姫様ではなくて!」

「……さっきからご自分に『様』なんかお付けになって、確かに普段の自虐っぷりからしたら、好ましい変化ではございますが、少々イタくもありますわよ?」

 いやあんた、仮にもあるじに向かって、イタいって……。

「まったく、また何か、ふざけた遊びでも、始められたのですか?」

「だからあ、遊びとかじゃなくてえ!」

「仕方ありません、私もお付き合いしますよ」

「お願い、人の話を、聞いてくださいったら⁉」




「そんなにお疑いなら、もっと隅々まで、じっくりとお確かめになります?」




 ………………………………へ?

「……ええと、隅々まで確かめるって、どういうことでしょう?」

「クラリス様は、特に休日におかれましては、朝起床なされてすぐに、入浴なされるのが恒例行事。今からお風呂に入られて、文字通りお身体の隅々までご覧になればよろしいではありませんか?」

「え? お風呂に入るってことは、当然、裸ですよねえ?」

「もちろん」

「つまり、隅々というのは……」

「主に、普段目にすることの無い、場所です」


 そ、それって、『あんなところ』や『こんなところ』のことお⁉


「おや、いけない、お嬢様が、すでに『熱暴走』を。みんな、至急、大浴場にお連れして」


「「「アイアイサー、司令官殿コマンダー!!!」」」


 謎のメイドさんの命令一下、わたくしの身体を抱え上げ、一糸乱れず大浴場とやらに突進していく、ホワンロン王室メイド隊の皆様。


 これからすぐに、『予想外に超美少女だった二の姫様の身体でお風呂に入る』事実に、完全に茫然自失となり硬直してしまっていた、その時のわたくしは、ただなすがままに身を委ねるしかなかったのである。











※この後すぐ第122話のほうも投稿いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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