第114話、わたくし、コバルトの空に啼きますの。(その2)

 月の光も届かぬ、深い深い海の奥底に降り注ぐ、一抹の水泡。


 まるで風に舞い散る、桜の花びらのよう。


 それを愛おしそうに見上げながらつぶやく、黒ずくめの一つの影。


「やっと戻ってきたのかい? ──私の人魚姫よ」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 私は魔女である。住処すみかはこの蒼く深い海の底だ。


 おや、魔女が恐ろしいのかい? でも覚えておきな、この世の中で『普通の女』ほど、恐ろしいものが無いことを。

 この海の底で、数百年間生き永らえてきたこの私も、さすがに驚いたものだよ、あの日の人魚姫の言葉にはね。


「……今なんて言ったんだい、人魚姫?」

「何度も同じことを言わせないでよ、魔女様。私を魔女様の魔法で、人間にして欲しいの!」

「人間に? 何でまたあんな下等動物に!」

「だって人間になれば、いつでも王子様の側に居れるじゃない!」

「………」


 また、人魚姫の『王子様』病が始まった。

 ここ最近口を開けば決まって必ず、王子様王子様王子様王子様って、もううんざりだよ。

 ああ、何だか苛々する。あんな人間の男なぞ、一体どこがいいんだか!


 でも一番私を苛つかせるのは、なぜ私は、人魚姫の口から『王子様』という言葉が出るたび苛つくのか、自分でもわからないことだった。


 その苛つきも手伝ったのだろうか、私は人魚姫に、ちょっぴり意地悪をしたくなった。

「いいだろう人魚姫よ、おまえを人間にしてやろう」

「ええっ本当に? 嬉しいわ魔女様!」


「その代わり一つ、条件がある。おまえのその美しい声を、私にいただかせてもらうよ」


 もちろん何も本気で、人魚姫の声を奪う気なぞはなかった。

 そう脅せば、彼女もあきらめると思ったのだ。

 それなのに、人魚姫あの子ときたら……。


「いいわ」


「え?」

「私の声を魔女様にあげる。だから私を人間にして」

「本気かい? 二度と喋れなくなるんだよ!」


「構わないわ、王子様の側に居られるのなら、言葉なんて無くたって!」


 思わず背筋が、ゾッとした。

 その時私の目の前にいたのは、私が十数年間手塩にかけて育ててきた人魚の少女ではなく、今まで見たこともない、一人の『女』だったのだ。

 私の心の中に、赤黒い、『怒り』にも似た感情が沸き起こってきた。

 今にして思えばそれは、『嫉妬』だったのかもしれない。


 ──いいだろう、望み通りにおまえを、人間にしてやろう。


 だが、おまえは決して、王子の愛を得ることはできないであろう。


 おまえは人間の身体が欲しいばかりに、自分の声を捨てようとしている。


 外見にこだわるあまりに、本当に大切な、自分の『内なるもの』を見失ってしまったのだ。


 そんなおまえに、『真実の愛』を得ることなぞ、できるはずはないであろう。


 せいぜい、おまえの愛する王子様に裏切られて、海の泡と消え去るがいい!




 ──そう。私は知らず知らずのうちに、人魚姫に『呪い』をかけてしまっていたのだ。




 本当は私は、人魚姫のことを愛していたのに。だから王子のことに、苛ついていただけなのに。

 しかし私は人を愛するすべを知らない、魔女なのである。

『呪う』ことでしか自分の気持ちを表すことのできない、哀れな存在に過ぎないのだ。


 だから私は、人魚姫のことを『呪った』のだ。


 海の泡と成り果てて、再び自分の許に戻ってくるように──と。


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 私は自分の手元に降り注いできた水泡を、慈しむように優しく包み込みながら、ささやきかけた。


「おかえり、人魚姫。これでもう二度と、おまえの唇から、王子の名前を聞くこともないだろう」


 そしてほくそ笑みながら、私は付け加えた。




「──だって、おまえのこころは永遠に、私だけのものだから」







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メイ道「……何ですか、これって?」


ちょい悪令嬢「すでに『小説家になろう』様において公開済みの、『881374ショートショート69!』という、SS集の中の一編です」


メイ道「はあ、何ゆえそんな作品を、何の説明もなく、いきなり今回の冒頭部に持ってきたのですか?」


ちょい悪令嬢「実はこれって、集英社さんのコバルト文庫に対応した小説誌──その名も『Cobaltコバルト』が、紙媒体として発行されていた当時に、毎号読者コーナーでショートショート作品の募集が行われていたのですが、そこに応募した数多の作品の一つなんですよ」


メイ道「……ああ、今回も、前回に引き続いて、『コバルト文庫の事実上の休刊を惜しむ会』とやらを行われるわけですね」


ちょい悪令嬢「ええ、特にこの作品は、当時のコバルトの作品──特に『マリみて』の影響を、強く受けていると言えるでしょう」


メイ道「え、そうですかあ? 『マリみて』はもっと、コミカルなものばかりがメインで、このようなガチの『心情系百合』は、あまり無かったような……」




ちょい悪令嬢「ほら、『白き花びら』ですよ、『白き花びら』!」




メイ道「──ああ、なるほど!」


ちょい悪令嬢「……あれは本当に、少女小説としても、そして何より『百合』としても、名作中の名作でしたわねえ」


メイ道「ええ、やっぱり『百合』などの同性愛作品は、『悲恋』のほうが、グッときますよね!」


ちょい悪令嬢「そもそも同性愛自体が、『禁じられた愛』といったイメージが、根強く残っていますからねえ」


メイ道「……とはいえ、現在のWeb作品をも含む小説界の風潮は、『ハッピーエンド』以外の作品は、読者様から嫌われますからねえ……」


ちょい悪令嬢「まあ、こういったショートショート作品だったら、どうにか許してもらえますわよ」


メイ道「肝心な中身はというと……う〜ん、確かに『白き花びら』の影響は否定できませんねえ。魔女のモノローグの雰囲気なんて、何となくせい様を彷彿とさせるし。──でも、語り手とヒロインとの関係性とか、そもそも海底の魔女と人魚姫の、ガチの悲恋の百合物語なんて、やはり本作の作者ならではの、独特な味わいが出ているかと思われますけど?」


ちょい悪令嬢「まあ、そりゃあね、根性がねじれにねじ曲がっている、本作の作者ときたら、どんな題材であろうと、とにかく人のやったことのない方向性の作品を創らなければ気が済まないのは、今も昔もまったく変わってはいませんからね」


メイ道「……つまり、昔から、とにかく敵を作ってばっかりだったと、いうわけですね?」


ちょい悪令嬢「それでも、コバルト作品に──特に『マリみて』に出会わなかったら、少なくとも現在における作者の百合系の作品は、全然違ったものとなっていたでしょうね」


メイ道「あ、でも、小説の『マリみて』に限らず、漫画家のこんキタ先生の、『ひみつの階段』とか『白日夢』とかいった作品の影響も大きいかと思いますよ」


ちょい悪令嬢「……ああ、そうですね、あれも小説とか漫画とかの枠組みを超越して、『百合』作品としては、最高傑作の一つでしょう」


メイ道「でもまあ、今回は『コバルトを惜しむ会』ですので、コバルト作品を中心に述べていきましょう」


ちょい悪令嬢「こんゆき先生以外の作品では、『クララ白書』や『丘の上のミッキー』等も、忘れてはなりませんね♡」


メイ道「特に『クララ白書』とその続編の『アグネス白書』は、本作においては、魔王陛下のクララ様と教皇聖下のアグネス様の、ネーミングに使用させていただいていますからね」


ちょい悪令嬢「アグネス聖下といえば、これは本作のみに関することですが、実は今回冒頭に載せたショートショート作品は、聖レーン転生教団の成り立ちに深く関わってきますので、読者の皆様には是非頭の片隅にとどめていただきたいかと存じます」


メイ道「……ああ、確かに教団の枢機卿のご子息が、そういったことをおっしゃっていましたね」


ちょい悪令嬢「ということで、うまく本作に話題が繋がりましたところで、今回は幕にしたいかと思います」


メイ道「引き続き、『コバルト作品を振り返る』企画を行う場合は、次回はひびき先生の『ダナーク魔法村はしあわせ日和』か、たにみず先生の『魔女の結婚』について語り合う予定にしておりますので、それぞれのファンの方はどうぞお楽しみに♡」




ちょい悪令嬢&メイ道「「では、読者の皆様、また次回、お会いいたしましょう!!!」」

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