第92話、わたくし、異世界なら人生をやり直せるなんて、単なる幻想だと思いますの。

 ──失敗した。


 ──失敗した。失敗した。


 ──失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。


 ──失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。




 ──失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。




 ──どういうことなんだ、一体?


 ──話が、違うじゃないか?


 ──『勇者』が失敗するなんて、どういうことだ?


 ──しかも僕は、『転生者』なんだぞ。


 ──世界の管理者からチート能力をもらって、後はテンプレに従っていれば、すべてうまく行くんじゃなかったのか?


 ──だって、現代日本のWeb小説においては、馬鹿の一つ覚えみたいに、みんなそうなっているじゃないか⁉


 ──それなのに、どうしてこんなことになるんだ⁉




「……助けてよ」




 もはや、『勇者』としての誇りも、『チート転生者』としての全能感も、完全に喪失してしまい、つい堪らずに唇からこぼれ落ちる、本音の言葉。


「……助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けてよ。助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて、誰か、僕のこと、助けてくれ──────────────────!!!」




「──だったら、この私が、『やり直させて』、あげましょうか?」




 自分一人しかいないはずの、この世界で最も繁栄を誇る王国の王城の最上階に設けられた、真夜中の寝室にて唐突に響き渡る、涼やかな声音。

 思わず発生源のほうを見やれば、開けっぱなしの窓枠の上に、10歳ほどの幼い少女が腰掛けていた。

 な、何だ、こいつは?

 ……おいおい、ここは城のてっぺんなんだぞ? まさか、空を飛んできたわけでもあるまいし。

 胸中で激しく駆け巡る、疑問の数々。

 しかし僕は、それを即座に言葉にはできなかった。

 もちろんその理由は何よりも、いきなりの謎の闖入者の登場に、度肝を抜かれたからである。

 ──だが、それ以上に目を奪われたのは、少女自身の尋常ならざる容貌に対してであったのだ。


 あたかも月の雫のごとき銀白色の髪の毛に縁取られた、まるで人形そのもの秀麗なる小顔に、その中で夜空の満月みたいに煌めいている、黄金きん色の瞳。


 それはさながら、天使や妖精すらも彷彿させたが、そのいまだ中性的な矮躯にまとっているのが、フリルやレースに彩られた禍々しくも可憐な、漆黒のゴスロリドレスであることから、悪魔や死神の類いのようにも見受けられたのであった。

「……君は、一体」

「私は、『幸福の予言の巫女姫』。必ず幸せな未来のみをもたらすことを可能とする、『ラプラスの悪魔』の化身よ」

「はあ? 必ず幸せな未来のみをもたらすって。それに、悪魔の化身だと?」

 いや、悪魔がもたらすのは、むしろ不幸だろうが?

「あら、信じられない? せっかく人生をやり直させて、死なせてしまった恋人さんを、取り戻させてあげようと思ったのに」

 ──っ。

「ルミアを──姫を、取り戻せると言うのか⁉」

「別にやり直せるのは、お姫様だけではないわ。散々あなたが失敗してしまった、『NAISEI』等のほうも、元通りにするどころか、あなたが元々意図していた通りに、大成功を収めさせてあげるわよ?」

 ──何、だと?

「……それで、悪魔の化身としては、その代償に、魂でも要求するつもりなのか?」

「あら、あなた、ラプラスの悪魔って、ご存じないわけ? うふふふふ。安心なさい。悪魔と言っても、いわゆる『思考実験』上の存在だから、本当に魂を奪ったりはしないわよ」

 な、何だ、思考実験上の悪魔って?


「まあ、とりあえず私のことを信じて、このまま眠っちゃいなさいな。朝起きた時には、すべてが望み通りになっているから」


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「──サトル、朝よ! いつまで眠っているの、このお寝坊さん♡」


 不意に響き渡った聞き慣れた声に、僕はすぐさま深い眠りの世界から浮上する。


 ゆっくりとまぶたを上げるとそこにいたのは間違いなく、長いブロンドヘアに縁取られた、彫りの深い艶麗な小顔の中で宝玉サファイアのような碧眼を輝かせている、最愛の女性その人であった。

「…………ルミア、姫?」

 とても信じられはしなかったが、その時の僕はそうつぶやかざるを得なかった。

「──もうっ、何度言ったらわかるの? 私はもう、姫ではなく、あなたの奥さんなのよ!」

 そのわざとらしく愛らしい怒り顔は、間違いなく、、己の妻のものであった。

 僕は矢も楯もたまらず、ベッドから起き上がり、彼女を力いっぱい抱きしめた。

「──ああ、ルミア、これは奇跡か⁉」

「ちょ、ちょっと、サトル? いつもの朝のご挨拶をしただけで、何をオーバーな⁉」

「……だって……だって、確かに君は、この前のいくさの折、エノシマ平原で僕を庇って、魔族の装甲竜騎兵に跳ね飛ばされて、死んだはずでは?」

「はあ? 私が死んだなんて、何か悪い夢でも見ていたんじゃないの?」

 ──夢?

 ……そういえば、何か変な女の子が変なことを言っている、夢を見たような気が。

「──あっ、そんなことよりも! 君が生きていたとしても、魔王軍がこの国の国境に迫っている状況は、何ら変わらないんじゃないか⁉ お願いだ、君だけでも早く避難してくれ!」

 そうなのである、絶望的状況なのは、何もルミアを失ったことだけではなかったのだ。

 出来損ないの勇者である僕のせいで、この王国においては、対外関係も内政も、ガタガタになっているのだから。

「……本当に、大丈夫? 寝ぼけているどころか、記憶障害にでもなったんじゃないの? 魔王軍なら、『テッポウ』や『タイホウ』なんかの、あなたの発明した『ゲンダイヘイキ』で主力を殲滅したのみならず、あなた自身の手で魔王を討ち取って総崩れにして、とっくに退却させたじゃないの?」

「へ? 確かに僕は現代兵器を製造しようとしたけど、材料や金属加工技術が全然間に合わなかったので、途中で放り出したんじゃなかったっけ?」

「もう、ほんと、しっかりしてよねえ、。あなた独自の画期的な『NAISEI』が功を奏して、この王国の科学技術等は一気に百年以上も進化して、今や『ゲンダイヘイキ』だけでなく、国民の生活レベル自体が大幅に向上していて、あなたは最大の功労者として、国民からはもちろん、私の父である国王の覚えもめでたく、唯一の王位後継者である私との婚姻も、こうして晴れて認められたんじゃないの?」

 なっ、魔族との戦争どころか、『NAISEI』すらも、すべて成功を収めているだって?

 ──そんな馬鹿な⁉ 現代日本からの転生者であることを笠に着て、内政や軍事に余計な口を挟み続けて疎まれただけでなく、それがすべて失敗に終わり、ルミアすら亡くして、この王国自体を風前の灯火にまで追い込んでいたはずなのに。

 まるで、過去にタイムスリップしたか、『死に戻り』でもしたようではないか?




『──だったら、この私が、「やり直させて」、あげましょうか?』




 その時脳裏に甦ったのは、真夜中のこの部屋で耳にした、夢とも現ともつかぬ、幼い声音。

 ──そうだ、あれは夢なんかじゃなかったんだ!


 あの、『幸福の予言の巫女姫』にして『ラプラスの悪魔』の化身を名乗った、少女の言ったことは、本当だったんだ!


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 ──それからはまさしく、『勇者』として──つまりは、Web小説等でお馴染みの、『異世界転生モノの主人公』として、順風満帆の毎日であった。


 何せ、僕のこれまで通りの、異世界の常識を無視した軽はずみな行為によって失敗を繰り返して、世界そのものを無茶苦茶にしようとも、たった一晩眠るだけで、まさしく世界そのものが『やり直された』ようにして、すべてが思っていた通りになっているのだ。


 それは勇者としての冒険や魔物退治に、王女の伴侶にして宰相としての内政や外交や戦争等は言うに及ばず、たとえメインヒロインが消失しようと、ハーレムメンバーである美しき精霊たちが全滅しようと、大陸中が戦乱や経済的危機やパンデミックに見舞われようと、──しまいには、僕自身が死んだり世界そのものが滅びようと、眠ったり気絶したり死亡したりして、いったん意識を失い再び目覚めを迎えるだけで、すべてが元通りとなるどころが、何と以前よりも理想的状況となっていたのである。

 ──さすがは、『幸福の予言の巫女』。

 確かに現在の僕は、幸福のまっただ中にあった。

 美しき妻に、全幅の信頼を寄せてくれる、王侯貴族や国民たち。

 冒険や戦争によって高まるばかりの、勇者としての名声。

 誰もが想像し得なかった、科学技術の導入や、内政改革や、教育制度の充実化や、奴隷制の廃止等々による、国民生活の大幅な向上。

 もはや僕は単なる『勇者』や『転生者』どころか、『英雄』や『救世主』や、果てには『神様』として、崇め奉られるほどであった。


 ──そうだ、そうなんだ、これでいいんだ!


 これぞ真に理想的な、異世界転生物語というものだろう。


 リアリティなんて、クソ食らえだ! どうせ読者だって、これを求めているのさ!


 僕はこれからも、自分自身夢中になって読んでいた、Web小説の転生者ならではの、真に理想的な勇者になることを目指していくぞ!


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 ──そんななかであった、僕が文字通りの『悪夢』を、見るようになったのは。


「……どうして、どうしてなの? どうしてサトルは、私のことを捨てて、逃げ出してしまったの?」


 いつもの寝室のベッドの上で寝ていた僕に、覆い被さるように迫ってくる、最愛の妻ルミア。




 ──ただし、まるでかのように、全身傷だらけで、その美しい顔の目元から、血の涙を流しながら。




 しかも何とそれは、彼女だけではなかったのだ。


「──そうだ、エセ勇者めが!」

「自分が『ゲンダイニッポン』からの転生者であることを鼻にかけ、散々我々を見下しておいて、この役立たずめ!」

「やることなすこと失敗だらけで、もはや我が王国は、政治的にも経済的にも軍事的にも、壊滅状態じゃないか!」

「挙げ句の果てには、勇者のくせに、魔王にも勝てず、無様に命乞いを始める始末」

「いい加減な知識だけで実力が伴わないなら、異世界転生なぞせずに、『ゲンダイニッポン』でゲームでもやっていろ!」

「何でおまえたちWeb小説マニアどもは、ゲームの知識だけで、異世界において、本当に役に立てると思えるんだ?」


 口々に罵りの言葉を浴びせかけてくるのは、王侯貴族を始めとする、この国の国民たち。

 しかもその全員が、僕の思い上がりのせいで、すでに地位も財産も命すらも、失ってしまっていたのだ。

「──みんな、すまん! 勘弁してくれ! でも、これからちゃんとやり直して、すべてを元通りに──いや、以前よりも理想的な王国を実現するから!」

 僕がそのように、土下座をしながら言うやいなや、

 ──まるで地獄の底から響き渡ってくるかのような、冷たい声音を浴びせかけられた。




「やり直すですって? とっくに自分一人で逃げ出したくせに、何を言っているのよ、この卑怯者!」




「……ルミア? 何だよ、僕が逃げ出したって。僕はちゃんとこの異世界に居続けて、世界をやり直そうとしているじゃないか?」

 思わず言い返すものの、彼女の僕に向けられた視線は、まるで虫けらを見るかのような、侮蔑に満ちたものであった。




「──あら、しっかりと逃げ出しているじゃない? 何せ世界をやり直すごとに、あなた自身は、『異世界転生』を繰り返しているんですもの」




 続けざまに突き付けられる、いかにも人のことを嘲るような冷ややかな声。

 しかしそれは、ルミアのものではなかった。

「……おまえは、幸福の予言の、巫女?」

「うふふふふ、お久しぶりね、勇者さん♡」

 そうそれは、あたかも天使か妖精かのような銀髪金目の、自称『ラプラスの悪魔の化身』の少女、その人であった。

「……僕が、異世界転生を繰り返しているだと? ──いや、それよりも、この状況は、一体何なんだ? すでに世界はやり直されて、ルミアが死んだことなんかは、すべてなかったことになったんじゃなかったのか?」

「はあ? 現に存在した事実を無かったことにするような、『過去の改変』とか『ループ』とかが、それこそWeb小説やSF小説でもあるまいし、現実にあり得るわけがないじゃないの?」

「過去の改変やループができないって、でもこの世界はちゃんと、『やり直せた』じゃないか⁉」

「だから言っているでしょう? あなたは『異世界転生』を繰り返しているんだって。つまり同じ世界で『やり直す』ことはできなくても、最初からあなたが望むように『やり直した』状態にある世界に転生することなら、他者を強制的に集合的無意識にアクセスさせることのできる『夢の主体の代行者エージェント』である私であれば、十分可能というわけなのよ」

「なっ⁉ つまり、本当は世界をやり直していたのではなくて、最初から僕の望み通りの状態となっている世界へと、転生を繰り返させていたってことか? それに一体何のことだ、『集合的無意識』とか『夢の主体の代行者エージェント』って」

 戸惑うばかりの僕を見やり、満足そうにニンマリとほくそ笑む、目の前の黒衣の少女。

 それはとても10歳ほどの幼子にはあり得ないまでに、妖艶さにあふれていて、彼女の自称通りに、悪魔の化身そのものを彷彿とさせた。

「まあ、詳しく説明すると話がこんがらがるから、簡単に述べると、異世界転生って、実は精神だけで行われるのであって、しかも異世界側の人間のほうが主体なのであり、あらゆる世界のあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくるという、集合的無意識とアクセスすることによって、あなたのような『現在日本人の記憶や知識』を己の脳みそにインストールすることで、まるであなたが転生者として前世の記憶に覚醒したような状態になることで成立しているの。そして集合的無意識って、ある意味夢の世界そのものみたいなものだから、それこそありとあらゆる世界を夢として見ながら眠り続けているとされる、『夢の主体』の代行者エージェントである私のような超常的存在だったら、あなたを集合的無意識にアクセスさせて転生者に仕立て上げたり、それの応用として、現代日本人まつやまさとる氏の『記憶や知識』を、どんどんと無限に存在し得るこの異世界の『並行世界パラレルワールド』へと転移させていって、あたかも松山悟氏自身が異世界転生を繰り返しているようにお膳立てすることなんて、お手の物ってわけなのよ」

「なっ、異世界転生が『記憶や知識』等の精神体の移動によって行われるものであり、僕自身は単なる異世界人に過ぎないだと?」

「そうよ、だからこそ、元々あなたが最初に転生した異世界は、けして消えてしまったわけではなく、その世界においてはルミアさんは死んだままなのであって、あなた一人だけが、たとえ精神体だけとはいえ、逃げ出してしまっていることになるの」

「──くっ。だ、だったら、何で今ここに、ルミアや、その他のすでにお亡くなりになっている、王国の人たちがいるんだよ⁉」

「……あきれた、まだ気がつかなかったの? 実はこれって、夢の中なのよ?」

「へ? ゆ、夢って……」

「さっきも言ったように、現在過去未来を問わず、ありとあらゆる世界のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってくる、あたかも夢の世界そのものの存在である集合的無意識においては、すでに亡くなってしまった者──つまり、過去の存在の『記憶と知識』も存在しているので、こうしてすでにお亡くなりになっているルミアさんたちも、精神体として存在できるわけなのよ」

「そ、そうか、まあ、日本においては昔から、『枕元に立つ』といった言葉があるくらいだから、幽霊が夢の中に出て来てもおかしくないか。──うん、ルミアに、他の皆さん、夢の中だけだったら、いくら恨み言を言っても構わないよ。その代わり僕は、現実の異世界において全力を尽くして、今度こそ素晴らしい理想的な世界を実現してみせるから!」

 そのように、僕が高らかに決意表明をした、

 ──まさに、その刹那であった。


「はあ? 自分だけは現実世界で頑張るですって? なあに、馬鹿なことを言っているのよ、あなたもすでに完全に、夢の世界の住人に成り下がっていると言うのに」


 ………………………………………は?

「な、何だよ、それは! 確かに僕は何度も異世界転生を繰り返したかも知れないけど、異世界だってそこに存在している者にとっては、あくまでも現実世界なんだから、僕は『現実から現実』へと転生を繰り返しただけで、夢の世界なんかの住人になるはずはないだろうが⁉」

「……ったく。確かに異世界どころか、たとえそれが小説の世界だろうが漫画の世界だろうが妄想の世界だろうが、そこに存在している者にとっては、れっきとした現実世界でしょう。この考え方は現代物理学の中核をなす、量子論に則った極めて妥当なものと言えるわ。だけど、これまで散々、あなたにとって真に理想的な──すなわち、まるで、異世界転生を続けてきたあなたは、もはや現実の存在とは言えず、夢や妄想や創作物フィクションの存在そのものと成り果てているのよ」

 ──‼

「……僕が……もはや……夢や創作物フィクションの存在に……成り果てて……いるって……」

「あのさあ、Web小説に書いてある御都合主義の、チートやNAISEIや下克上やスローライフなんかが、本当に実現できるわけがないでしょうが? それを今回のように、反則技的に異世界転生を繰り返して無理やり実現したんだから、それこそWeb小説の登場人物そのものになってしまおうが、おかしくも何ともないでしょう?」

「い、いやだって、現実に現代日本においてごまんと存在している、Web小説の中では、チートもNAISEIも下克上もスローライフも、ちゃんと実現しているじゃないか⁉」

「うん、当然あいつら、最初から『Web小説の登場人物』だからね」

 ──あ、そうか。

「な、何だよ! つまりおまえは、僕のことを騙していたってわけか? 僕自身はもちろん、世界そのものまでを、夢の存在にしてしまったりして、一体何がしたいんだよ⁉」

 僕は堪らず、目の前の幼い少女に、食ってかかっていった。

 しかしそれは、絶対にやってはいけないことだったのだ。

 ──あたかも鮮血のごとき深紅の唇が、いかにもいびつに笑み歪む。


「もちろん、に、決まっているでしょう?」


 ………………………………………へ?

「な、何だよ、食べるって⁉」

「実は一口に『夢の主体の代行者エージェント』と言っても、いろいろな種類があって、私なんかは『夢魔』と呼ばれる種族であり、夢の中の存在は大好物で、何でも食べることができて、己の魔力のもとにできるの♡」

「夢を食べると、魔力のもとにできるだと? それじゃあ……」




「──ええ。すべては最初から、計画済みだったの。あなたをうまく乗せて異世界転生を繰り返させて、現実には絶対に存在し得ない御都合主義極まる、Web小説そのものの世界を実現させれば、当然それは新たに純粋な『夢の世界』を生み出すことになるからして、そっくりそのまま、私がいただかせてもらえるってわけなのよ♡」

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