第70話、わたくし、原点に返って『ロリ路線』で攻めますの♡

『──おめでとうございます! ついにあなたは、課題ゲームの全ステージクリアを達成されました! これにて運営よりのクリスマス特別プレゼントである、「ゲームの中の攻略対象たちと実際に会える」権利を、見事獲得ゲットです!』


 最後の選択肢を自信満々にタップしたその瞬間、軽快なファンファーレとともに聞こえてきた、やけに幼い涼やかな声音。


 ──それは大人気乙女ゲーム、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の運営代表を名乗る、『なろうの女神』なる人物の、どこか機械音声じみた台詞であった。


 ……ああ、これでやっと、愛しい愛しい『アルテミス様』に、本当にお目もじすることができるんだわ♡


 その時私は華麗なエンディングムービーが流れている、デスクトップパソコンのモニターを見やりながら、歓喜に震えていた。


 ──すぐその後で、『真の絶望』というものを、まざまざと痛感させられることになるとも知らずに。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


 大人気乙女ゲーム、『わたくし、悪役令嬢ですの!』。


 突然ネット上に出現した、この謎のゲームアプリは、瞬く間に世の『乙女』たちを虜にした。


 何せ、作品の基本を為す『世界観』からして、これまでの乙女ゲーの常識を覆すものだったからだ。


 基本的には、この手の話にありがちな、剣と魔法の中世ヨーロッパ的世界であった。

 ──だが同時に、現代日本と同レベルかそれ以上の科学技術力を誇る、人呼んで『量子魔導クォンタムマジック』ハイブリッド文化を誇っていたのだ。

 なぜに、基本的には中世ヨーロッパ風の世界でありながら、古来よりの魔法技術のみならず、量子論を始めとする現代物理学に基づく科学技術までもが併存しているかと言うと、


 何とこの世界においては、現代日本からのいわゆる『異世界転生』が極当たり前のようにして行われていて、大勢の『転生者』たちから当然のようにして、現代日本における最新科学技術や、その他の文化や娯楽や生活様式等々が、数えきれないほどもたらされていたのだ。


 よって、この世界最大の宗教組織『聖レーン転生教団』においては、その名が示す通りに、この世界への現代日本からの異世界転生を歓迎する立場をとっており、世界屈指の魔導力を有する教皇を頂点とする教団内の上級の術者たちに至っては、自ら率先して『転生者』たちを召喚して、最新の技術を計画的かつ大規模に取得することで、教団を始めとする世界全体の発展に寄与すること可能にしていて、教団の教え──俗に言われる『なろう教』を信心している、世界中に存在する大勢の信徒たちからもあまねく支持されていた。

 ──しかしそれに対して、王国や帝国等の国家機関や、貴族や富裕層や商工組合や魔術師ギルドや冒険者ギルド等の、いわゆる俗世の諸々の組織においては、自分たちの立場や身分や既得権や伝統や文化を守る意味からも、現代日本からの異世界転生を好ましくないものとする意見も、依然大きな勢力を維持していたのだ。


 そんな彼らのスローガンときたら過激なことにも、「現代日本からの薄汚き『侵略者』を許すな!」──であった。


 とはいえ、これはまったく事実無根の、言いがかりでも誹謗中傷でもなかったのだ。

 現代日本におけるWeb小説等においては、当然のごとく『異世界転生者』が『主人公』として描かれており、無条件で異世界人に受け容れられて、チート能力で勇者等の英雄扱いされたり、現代日本の最新の科学技術等の知識を駆使した『NAISEI』で異世界を豊かにしていったり──といったパターンばかりであるが、これらをあくまでもと、どうであろうか?

 果たしてあなたは、自分の身の回りの人々が、いきなり『前世に目覚めて』まったくの別人に変わり果てたり、可愛い我が子や最愛の妻や夫や恋人に、実は生まれた時から『別の世界の人間の魂』が宿っていたりするなどといった、理不尽かつ不条理な『恐怖』に耐えられるだろうか?

 更には、先程言及した『チート能力』や『NAISEI』に至っては、旧来の数々の権力組織が訴えている通り、異世界全体の政治や経済のパワーバランスをたやすく瓦解させて、多大なる混乱や下手したら戦乱すらももたらして、社会システム自体を崩壊させかねないのだ。


 そんな中で、『異世界転生』というものを、全面的に受け容れるわけでも、全面的に拒絶するわけでもなく、最も理想的な在り方を模索し続けて、一応の成果を上げつつあるのが、異世界随一の量子魔導クォンタムマジック国家、ホワンロン王国であった。


 確かに異世界にとって、現代日本からの転生者は、少なからぬ害悪をもたらし得る存在と言えよう。

 しかし一度最新の科学技術の素晴らしさを知った今となっては、それを完全に捨て去ることなぞできるはずもなく、特に各国の為政者においては、自国以外の国が転生者の力を利用して急激な発展を遂げていくのを、ただ指をくわえて傍観しているわけにはいかなかった。

 そこでホワンロン王国においては、異世界に悪影響を及ぼしかねない異世界転生を原則的に禁止して、実際に害を及ぼした転生者は厳しく罰するとともに、ホワンロン独自の『巫女姫』という強大なる術者に、自分の意思で自分の身に現代日本人の魂を召喚し取り憑かさせて、必要な最新技術等の知識を頂戴した後は遅滞なく現代日本へとお帰りいただくといった、いわゆる巫女ならではの『憑依体質』を限定的な異世界転生に利用する、特殊極まるやり方を行うことによって、異世界への影響を最小限に抑えながら、現代日本の最新技術の取得を可能としていたのだ。

 そのため王国においては、『巫女姫』や転生者を見つけ出し断罪する力を持つ『境界線の守護者』と呼ばれる術者を養成するための教育機関として、『王立量子魔術クォンタムマジック学院』を設立して、生まれつき強大な魔導力を秘めている王族や上級貴族の子女たちを、半ば強制的に修学させていたのであった。


 ──そしてまさしく、乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』の主な舞台メインステージこそは、この王立量子魔術クォンタムマジック学院の高等部であったのだ。


 それというのも、私たちプレイヤーが操作する『ヒロイン』キャラ、アイカ=エロイーズ男爵令嬢は、何と現代日本からの異世界転生者なのであり、ちょっとでもうかつな行動を取れば、異世界に対して悪影響を与えたとして、同じく学生として学院内に在籍している、『巫女姫』である公爵令嬢や『境界線の守護者』である三人の王女に断罪されかねない中で、攻略対象である三人の王子や上級貴族の御子息にアタックしていくといったストーリーラインとなっていたのである。

 どちらかと言うと中立的立場にあるホワンロン王国においては、問答無用に転生者が断罪されることは無いものの、攻略対象の中には転生者に偏見や敵意を持つ者もいて、それをどう懐柔していくかが腕の見せ所であったのだが、そこで立ち塞がるのが『巫女姫』や『境界線の守護者』たちで、彼女たちはある意味乙女ゲームではお馴染みの、ヒロインにとっての『恋敵』キャラ的立ち位置にあり、更にはその特殊な役職ゆえに、ヒロインが少しでも異世界に対して害意があると見なせば断罪することができるので、何と自分たちのほうから策を弄して無実の罪を着せて、ヒロインを陥れようとしてきたりもして、常にその動向を把握している必要があり、その対応には非常に神経を使わされた。

 しかもヒロインも含めて当学院の生徒の全員が、将来の大魔術師の卵たちなのであって、現時点における魔法技術にも並々ならのものがあり、ヒロインと『巫女姫』たちの間で、いっそのこと勝負を魔法力で決めようとするといった、バトル展開すらも見られたのだ。

 実は、まさにそのスリリングさや、既存の乙女ゲームの枠組みに囚われないフレキシブルさこそが、このゲームならではの魅力であり、多くの『乙女』たちを、たちまちのうちに熱中させていった。


 もちろん、ブラック企業に勤めている、冴えないアラサーOLであるこの私、ひめかわマヤもその一人であり、ほぼ毎晩のように、まさしく辛い社畜人生の憂さを晴らすかのようにして、どんどんとこのゲームにのめり込んでいったのだ。


 ……ただし、一つだけ、不満があった。

 なぜならこのゲームにおいては、システム上の決まりにより、私がどうしても攻略したいキャラが、どうしても攻略できなかったのだ。


 アルテミス=ツクヨミ=セレルーナ、筆頭公爵家御令嬢にして、王国が誇る宗教的指導者、の巫女姫。


 そのような独特の出自だからなのか、飛び級で高等部に在籍している、いまだ御年10歳ほどの絶世のロリ美少女にして、ヒロインの最大の恋敵の『悪役令嬢』。


 ……本来なら、自分の操作キャラであるアイカの恋路コウリャクを何かと邪魔する、最優先排除対処であるのだが、とにかく見かけが他の高等部生たちに比べると、いかにも寸足らずの幼女に過ぎないので、嫌みな言動やヒロインを陥れようとする策謀の数々が、むしろ微笑ましいほどキャラの外見に見合っておらず、案の定失敗してばかりといったドジっ子ぶりで、まさにその天使か妖精かといった神秘的な愛らしさとともに、王子たちの攻略なぞうっちゃって、ぎゅっと力いっぱい抱きしめたくなるほどであった。


 ──そう。いつしか私は、『転生者』であるヒロインにとってあらゆる意味で天敵である、『巫女姫』にして『悪役令嬢』であるアルテミス嬢に、心底惚れ込んでいたのだ。


 ……いや、王子様や上級貴族のお坊ちゃまこそを攻略すべき乙女ゲームにおいて、何をとち狂っていることを言っているのかとお思いでしょうが、とにかく『アルちゃん』ったら、筆舌に尽くしがたいまでに可愛らしいんだから、仕方ないでしょう⁉(逆ギレ)

 自分では、常日頃から公爵令嬢として高飛車に振る舞っていて、特にヒロインに対しては悪役令嬢として意地悪しているつもりなんでしょうけど、何かするたびに、いかにもちっちゃな女の子が大人ぶって無理に背伸びしているようにしか見えず、その一挙手一投足がどこまでもロリロリキュートで、もう辛抱たまらんって感じで、王子様の攻略どころじゃないのですよ!

 とはいえ、相手はあくまでも単なる『おじゃま要員』であり、ヒロインに対しては悪意と敵意しか持っておらず、攻略どころか仲良くすることすら許されなくて、私は悶々とした不満を抱えながらも、まったく関心のない男性キャラたちを攻略し続けていったのだ。


 ──そして、ほとんど偶然の結果として、『それ』は起こったのであった。


「……これって、一体」

 何度目かの初期設定画面において、攻略対象を選択しようとしたところで、ちょっとした悪戯心が起こり、本当は各男性キャラに付けられた、①番から⑩番までの数字を選ぶところで、あえて聖レーン転生教団の教皇庁地下最深部に密かに設けられている、『アハトアハト最終計画研究所』にちなんで、『881374』と入力したところ、

 ──何と、これまで見たことのない、新たなる選択画面が現れたのであった。


①悪役令嬢。

②一の姫。

③二の姫。

④三の姫。


 それはまさしく、本来ならヒロインの攻略行為を何かと邪魔立てしている、『の巫女姫』と『境界線の守護者』たちの通称であった。


「……どうして、こんな選択肢が? これって運営のサイトで宣伝していた、『クリスマス特別仕様』の一環のわけなの? ──ううん、そんなこと、どうでもいいわ。何せ、これでアルちゃんのことを、攻略対象として選ぶことができるんですものね!」


 そして私は嬉々として、『悪役令嬢』の選択肢をタップした。


 ──まさにそれこそが、『なろうの』どころか、悪魔ならではの、狡猾なる罠であったことを、つゆほども知らずに。

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