第69話、わたくし、最大の恋敵である『正統派ヒロイン』から、熱き抱擁をされましたの♡

「──あれ、アイカさん、お久しぶり。学院のほうに来られるなんて、珍しいですわね?」


 その朝、始業前の王立量子魔術クォンタムマジック学院高等部一年D組の教室に入るやいなや、『私』ことアイカ=エロイーズ男爵令嬢に向かって声をかけてくる、今この場にいるのがあまりにもそぐわない、年の頃10歳ほどの幼き少女。


 高等部指定のブレザーとプリーツスカートに包み込まれた、いまだ性的に未分化な小柄で華奢な肢体に、あたかも月の雫のごとき銀白色の長い髪の毛に縁取られた端麗なる小顔の中で煌めいている、まるで夜空の満月そのものの黄金きん色の瞳。


 言わずと知れた、ホワンロン王国筆頭公爵家御令嬢、アルテミス=ツクヨミ=セレルーナにして、




 ──『ゲンダイニッポン』における大人気、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の『主人公』にして、プレイヤーである『私』の操作キャラクターの『アイカ』の最大の恋敵役の、『悪役令嬢』その人であった。




「──あ、ほんとだ、アイカさんだ」

「「「きゃーっ、『えろいか』先生よ!」」」

「どうした、『くれないのバロネス』。今日は空軍基地のほうに行かないでいいのか?」

「ジェット戦闘機大隊第44中隊の、脳筋GLのお姉様方が、お待ちかねだぞ?」


 アル嬢の声を聞きつけて、クラス中の子たちが、一斉に話しかけてくる。

 随分と久し振りの登校だからでもあろうが、さすがは当一番の『正統派ヒロイン』、大人気である。


「……あー、みんな、随分とご無沙汰して、ごめんね。王国の上層部のほうでいろいろとあったから、ずっと空軍基地に詰めていなければならなかったんだよ」


「あー、わかるわかる」

「そりゃあ、しょうがないよー」

「例の、『反乱貴族』騒動が、まだ終わったばかりだからな」

「空軍の実働部隊の指令官としては、後処理とかいっぱいあるだろうしね」

「……ったく、田舎貴族どもが、『NAISEI』なんぞに精を出していると思えば、とんでもないことをしでかしやがって」

「──それもこれも、薄汚き『ゲンダイニッポンからの転生者』こそが、元凶なんだよな!」


 ──っ。

 ……いけない、『ゲンダイニッポンからの転生者』という言葉に、無意識に反応してしまった。

 幸い、『私』の表情の変化に気づいた人は、ほとんどいなかったものの、これからはちゃんと気をつけなければ。

 しかし、目ざとい者は、どこでもいるようで──

「どうなされたのです? アイカさん。何だか顔色が、お悪いようですけど」

 いかにも心配げに言葉をかけてきたのは、いまだ目と鼻の先にいた公爵令嬢殿。

 ヤバイ、一番気づかれてはならない相手──『の巫女姫』に、変な疑いを持たれては、まずい!


「──はは、やだなあ、アルテミスったら。確かに少々軍務の疲れはありますけど、現在の私は、すこぶる快調ですよ〜」


「「「アルテミス、『様』⁉」」」


 途端に訝しげな表情となって驚きの声を上げる、アル嬢を含む級友たち。

 し、しまった、つい時みたいに、『アルテミス様』なんて呼んじゃった!

「──あ、ああ、ほらっ、元々私って、平民上がりの下級貴族の娘じゃない? やっぱり公爵令嬢様には、馴れ馴れしい呼び方は慎むべきかなあって、思ったりしてねえ!」

 何とかごまかそうと、そのように言い張れば、途端に眉尻を下げて哀しげな表情となるアル嬢。

「……そんな! アイカさんとは、とっくに『お友達』になれたと思っておりましたのに、何というつれないお言葉」

「いや、そんなつもりじゃなくて! 例の事件の間、私ずっと空軍基地で、待機任務に就いていたんだけど、軍隊ってとにかく、上下関係にうるさいでしょう? だからさっきもついその癖が出てしまっただけで、別にあなたに対して隔意とか遠慮とかは、一切無いから、気にしないでよ!」

「……本当?」

 うるうると涙で潤んだまん丸おめめで見上げてくる、公爵令嬢ちゃん。

 ──うっ、何この、反則級の可愛さは⁉ あんた本当に、悪役令嬢なの?

「うんうん、ほんとほんと! このアイカを、信じなさいって!」

「──ああ、嬉しい!」

 そう言うやいなや、『私』の胸元に飛び込んでくる、まさしく天使や妖精そのままの、銀髪金目の超絶美幼女。


 ……うわあ、ちっちゃーい♡ やわっこーい♡ あったかーい♡ ええにおいー♡♡♡

 ぐおおおおっ! もう、辛抱たまらん!

 まさか、すぐに、『わたくし、悪役令嬢ですの!』における、自分のイチオシヒロインから、熱き抱擁を受けるなんて!


 ぎゅううううううううううう〜♡♡♡♡♡


「──あんっ、アイカさんっ、苦しいですわ!」

「あっ、ごめんなさい!」

 ……いけね。欲望のままに力一杯抱きしめて、そのロリぃな抱き心地を、全力で堪能してしまっていた。

 慌てて身を離し、一歩下がってみれば、顔を真っ赤に染め上げたアル嬢が、自分の胸元をかき抱くようにしていた。

 やめてー! そんな小動物みたいな、激カワ仕草をしないでー! また抱きしめたくなっちゃうから!


「……おい」

「ああ」

「見たよな、みんな?」

「「「もちろん!」」」

「これって、あれかな?」

「ええ、間違いないですわ、『正統派ヒロイン×悪役令嬢』よ!」

「……ついに、本作もか」

「現在における、『悪役令嬢』モノの、トレンドですしねえ♡」

「我々モブたちの目からしても、十分眼福だったよなあ……」

「これは、ひょっとすれば、ひょっとして、イケるかもよ?」

「「「よし! クラスメイト一丸となって、大いに盛り上げようではないか!!!」」」


 何か、あっちのほうでひそひそささやき合っているようだけど、アルちゃんのロリロリキュートな有り様に、すべての意識が釘付けとなっていた『私』は、まったく気がつきやしなかった。

 ……あれ、それにしても、せっかく久々に登校したというのに、今日に限って先生ったら、来るのが遅いなあ。もうすぐHRホームルームの時間になっちゃうぞ?

 そんなことを思っていたら、まさに『噂をすれば影』そのままに、突然教室のドアが開けられたのだが、


 ──その時教室の前後の入り口に分かれて、生徒たちを取り囲むようにして入ってきたのは、全員まったく見覚えのない、黒ずくめの男たちであった。


「だ、誰?」

「あんたら、何なんだ、突然⁉」

「先生は、どうしたのよ!」

 ただならぬ状況に不安を感じ、口々に問いかける生徒たち──であったが、


「──静かにしろ! すでにこの学院は、我々『デモニウム王国』特務部隊が占拠した。大人しく要求に応じれば、危害は加えない! これよりは、我々の命に従え!」


 なっ、デモニウム王国ですってえ⁉

 何での特務部隊が、いきなりホワンロン王国の学院に現れるのよ⁉


 ──魔族国家、デモニウム王国。


 ただし、魔族と言っても、文字通り我々とは種族そのものが異なる、いわゆる『魔の一族』と言うわけではなく、正真正銘人間であり、ただその国民のほぼ全員が、他の民族と比べて強大なる魔導力を有していることこそが、大きな特徴となっていた。

 それと言うのも、このようにむしろ蔑称的に『魔族』と呼ばれている人々は、元々広く大陸中に散在していたのであるが、『なろう教』以前の旧世界宗教時代においては、その余りに強い魔導力により、『悪魔憑き』や『魔女』などと呼ばれて、差別や迫害の横行のあげくの果てに、『宗教裁判』の名の下に大量虐殺すら行われる始末で、それに対して、運良く難を逃れた人々が徒党を組み一大集団を結成するとともに、持ち前の魔導力に物を言わせて、迫害側に立った国家連合と数十年にわたる闘争を続けた結果、十分に広大なる領地を奪い取ることを成し遂げて、そこに魔族国家デモニウムを打ち立てて、独立戦争を主導した最上級の術者を王に戴き、それ以降彼自身や彼の直系の子孫である『魔王』を中心として、ほとんど他の国と交わらぬ鎖国的国家運営を続けてきて、現在トレンドの『ゲンダイニッポン』からもたらされた最新科学技術を取り入れることさえもなく、魔導力至上主義を貫いていたのだ。


「……その魔族国家が、一体何の用だって言うのよ⁉」




 ──なあんてね♡




 うんうん、ここまでは完全に、『シナリオ』通りね!


 つまり、いよいよ始まるわけだ。


 この世界サクヒンにおける、最大級のイベントの一つ、『の巫女姫の覚醒』シーンが!


 ……何ゆえ、『正統派ヒロイン』とはいえ、すべてを知り得る『内なる神インナー・ライター』でも『外なる神アウター・ライター』でも『なろうの女神』でもない、一介の『登場人物』に過ぎない『私』が、そんなことを知り得たかって?


 だって今の『私』は、ただ単純に、『アイカ=エロイーズ男爵令嬢』であるのではなく、何とこの身の内には、『ゲンダイニッポン人』の魂が憑依しているんですもの。


 そう。実は私は『ゲンダイニッポン』から、自分自身散々やり込んでいる、超有名な乙女ゲームの世界の中に、異世界転生してきた──の




『現代日本の冴えないアラサーOLが、ひょんなことから乙女ゲームの世界の中に、事もあろうに「正統派ヒロイン」として、異世界転生してしまった』、『わたくし、悪役令嬢ですの!』の世界の中へと、異世界転生していたのである。

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