第30話、わたくし、百合的にも『身体目当て』なので、美少女の中身が『おっさん』の転生者でもOKですの♡
「──お願いだ、もうやめてくれ! 俺を自由にしてくれ!」
豪奢な天蓋付きのベッドの上で、たくさんのぬいぐるみや人形に埋もれながら、その年の頃十五、六歳ほどのツインテールの可憐な少女は、端麗な小顔を必死の形相に歪めながら、心の底から悲痛なる叫び声を上げた。
「あら、ユネコ、やっとお目覚め? ──じゃあ早速、昨夜の続きをしましょう。貴女ったら途中で眠っちゃったから、一晩中、身体が疼いて疼いて♡」
レースとフリルにあふれたシーツの海の中から、
「──眠ったんじゃねえよ⁉ おまえの『プレイ』が激しすぎて、途中で失神してしまったんだよ!」
「うふっ、この南方の暗黒大陸製の『
「そ、そんな、危ないもの使っていやがったのか⁉ こちとら一瞬で意識が刈り取られたんだぞ? 不良品だか違法改造品なんじゃないのか? そんなもの使っていて、死んじまったら、どうするつもりだよ⁉」
「──
「なっ⁉」
いかにもとろけきった淫靡な微笑を消し去るや、これまでにない真摯な表情となり言い放つ、目の前の少女に、ツインテールの幼い少女の身のうちに宿っている、海千山千の特殊部隊の隊長の『男』の精神体は、心底戦慄した。
「……そもそも、貴女が悪いのよ?」
『ユネコ』の頬を、年上の少女──『タチコ様』の、白魚のごとき指先が撫でる。
──しかしその時の『ユネコ』には、まるでドラゴンの爪でなぶられているような、錯覚すら感じられたのだ。
「
「──うっ、その点については、今更お詫びの言葉もないけどよ、おまえのほうだって、何でそうも順応しちゃうわけ⁉ 百合の悪役令嬢で、しかも筆頭魔法公爵家のお嬢さんじゃなかったの⁉ それがどうして今では、おまえが俺を攻め立てる側に立っているんだよ⁉」
「うふふ、女の身体を、甘く見た罰よ♡」
「女って、おまえはまだ、ハイスクールスチューデントのはずだろうが⁉」
「あら、いくら
「──ていうか、俺は『ユネコ』じゃないって、何度言えばわかるんだよ⁉ 俺が──すなわち、『ゲンダイニッポン人』のハンドルネーム『カワセミ』の精神体が、こいつに憑依しているところを、おまえも見ていたじゃないか⁉」
「──いいえ、貴女は間違いなく、『ユネコ』なの。何せ人の『
「………………は?」
突然面妖な言葉を突きつけられたために、目を点にして呆然となる『
「どうやら『あなた』はこの世界を、Web小説やゲームの類いであるものと思い込んでおられるようなので、考え違いなされるのもある意味無理からぬことなのですが、非常に残念なことにも、文字情報によって構成されている小説においては、どうしても人間というものをその内なる人格を主体に考えがちで、たとえ肉体がそのままであろうとも、突然幽霊や『あなた』のような存在に憑依されたり、前世に目覚めたり、誰か他人と人格が入れ替わったりするようなことがあれば、そのとたん、文字通り別人になったかのように描写し始めますけれど、これは大きな間違いなのです。と言うのも、実はかの『ゲンダイニッポン』における物理学においては、現代の量子論は言うに及ばず、遥か昔の古典物理学の時代から、人の人格とか精神とか意識とかいったものは、その個人を決定づける絶対的に普遍なものなぞではなく、あくまでも脳みそによってつくり出されている物理的存在に過ぎず、言わば肉体にとっては単なる付属物でしかないのです。当然これは『前世の魂』や『他人の人格』──そして何よりも『あなた』のような、『異世界転生してきた何者かの魂』についても同様で、結局のところは本人の脳みそによって生み出されているわけで、身も蓋もないことを言ってしまえば、妄想や気の迷いの類いに過ぎず、間違いなく『肉体』がユネコであるあなたは、ユネコ以外の何者でもないのですよ」
「──いやいや、何を極論と詭弁の集合体みたいなことを言っているの⁉ 『俺』がユネコ自身が生み出した妄想の産物に過ぎないって、そんな馬鹿なことがあるか! 『俺』は間違いなく俺以外の何者でもないんだよ! 『ゲンダイニッポン人』のハンドルネーム『カワセミ』であり、『集合的無意識』を介して『記憶と知識』だけを、このユネコの脳みそにインストールする形で、真に現実的な在り方で『異世界転生』を実現していて、ちゃんと『ゲンダイニッポン』の俺本来の身体──特に脳みそとの間に、相互フィードバックが構築されているんだからな!」
「……『貴女』がユネコではなく、ユネコの脳みそにインストールされた、『ゲンダイニッポンからの転生者』ですって?」
「おう、そうだとも!」
「それではお聞きしますけど、貴女が『あなた』であることを、今の貴女が証明することがおできになって?」
「──っ」
あまりに予想外なことをいきなり突き付けられて、思わず息を呑む『
──『俺』が俺であることを、証明できるかって?
………………………………………………………………………………オネエサマ。
──そんなこと、当然だろうが⁉
…………………………………………………………………オネエサマオネエサマ。
──『俺』は俺なんだ、俺以外の何者でもないんだ!
……………………………………………………オネエサマオネエサマオネエサマ。
──『俺』がユネコ自身の脳みそが生み出した、妄想のようなものでしかないって?
………………………………………オネエサマオネエサマオネエサマオネエサマ。
──何を、馬鹿なことを! そんなことがあるもんか! 『俺』は確かに存在しているんだ!
…………………………オネエサマオネエサマオネエサマオネエサマオネエサマ。
──でも、何なんだ、『俺』の心の奥底から湧き出てくる、この『想い』は?
……………オネエサマオネエサマオネエサマオネエサマオネエサマオネエサマ。
──『オネエサマ』? ──『おねえさま』? ──『お姉様』?
オネエサマオネエサマオネエサマオネエサマオネエサマオネエサマオネエサマ♡
「──お姉様! 好きです! 愛しています♡♡♡」
──ヤメロ! コンナノ、『オレ』ジャナイ! 『オレ』ノココロヲ、ノットロウトスルナ!
「──まあ、ユネコ、私もよ! あなたのことを、世界中の誰よりも、愛しているわ♡」
──ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!
「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」
──ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!
「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」
──ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロ!
「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」「お姉様♡」「ユネコ♡」
「──もう、お願いだ! やめてくれ! 『俺』は俺なんだ! それ以外の、何者でもないんだ!」
「……見つけたぞ、『ゲンダイニッポン人』、ハンドルネーム『カワセミ』!」
突然『お嬢様の寝室』に鳴り響いた聞き覚えのない男性の声に、『
──いつの間にやら四、五名ほどの見知らぬ者たちが、部屋の中に侵入していた。
「……いかにも『ゲンダイニッポン』風の、着流しに日本刀。……まさか……まさか、おまえ、『ヌル』か⁉」
得体の知れぬ闖入者の先頭を切って乗り込んできた青年の姿を見て、驚愕の表情を浮かべるツインテールの『少女』。
「あの尚武の国のメツボシ帝国が、超一級の国際テロリストとして指名手配するほどの、凄腕の暗殺者が、今となっては魔法大国『ガーリィコボルト』最高位の、魔法公爵家の唯一の末裔ともなる、タチコ=キネンシスの屋敷に、一体何の用だ⁉」
「ユネコ、知っている人?」
「……暗殺と潜入工作のプロだよ。しかもメツボシ帝国どころか、かの『なろうの女神』を戴く、世界宗教『聖レーン教団』からもマークされるくらいのね。とにかくその仕事の手際が、異常すぎるんだ。何せどんなに困難極まる依頼であろうが、達成率が100%なんて、尋常じゃねえ。噂では、たとえ任務の途中で命を落としたりしてしくじろうとも、世界ごと時間を巻き戻して何度でもトライすることができるという、俺たちみたいなインチキの『
「は? 世界の巻き戻しって、そんなこと、本当にあり得るのですか?」
「本人は肯定も否定もしていないが、『ゲンダイニッポン』のほうで勝手に創られているWeb小説では、そういう設定になっているんだよ」
「……ということは、アレでしょうか? このお屋敷には、一応それなりに腕の立つ警護の者たちが配備されていたのですが、すでにあの方に殺められてしまったのでしょうか?」
「こんな大きな屋敷の最奥のプライベードエリアまでたどり着いているということは、おそらくそうなんだろうよ」
そのように『
まさに、その時。
「──そう、警戒しないでくれないか? その彼はあくまでも、ボクたちの護衛として来てもらっただけなんだからさ」
そう言いながら、他称凄腕の暗殺者『ヌル』氏の後ろから現れたのは、いかにも『王子様』といった雰囲気を振りまいている、いまだ十代半ばほどの男装の麗人であった。
「ちなみに、警護の諸君は、全員無事だよ。彼には極力峰打ちをすることを、頼んでおいたからね」
──そんな彼女の手の内で、神々しき聖気を放っている、一振りの
「……神剣『トッリクスター』、ということは、ホワンロン王室第一王女、ソラリス姫か⁉」
「そう言う君は、かの悪名高き、メツボシ帝国の『
「──そうか、女王の命で、『転生者』の残党狩りに来たってわけか」
「御名答、すでに元の世界の『本人』とのリンクが切れてしまっている、『ゲンダイニッポン人の記憶と知識』を、いつまでもこの世界の人間に憑依させているわけにはいかないからね」
「……ああ、そうだな。こっちにしてみれば、むしろありがてえこった。──さあ、存分にやってくれ」
「──ちょっと、ユネコ⁉」
「あんたも、『本物のユネコ』が帰ってくるんだから、文句はねえだろう?」
「──っ」
一応それ以上の口出しを慎むタチコであったが、その表情は複雑そうであった。
「じゃあ、ひと思いにやらせてもらうよ。──ああ、知っていると思うが、この
そう言って、鞘から氷の刃を抜き去りながら、こちらへと近づいてくる、美しき断罪者。
…………ああ、これでやっと、自由になれるんだ。
それがその『
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