第15話、わたくし、BL同人誌の世界へTS転生してしまったのですの(その2)
この世界の、女たちはみんな、こう思っているだろう。
──こんな世界なんて、滅んでしまえばいいのにと。
「……どうしたの、ルイーズ?」
その時唐突に、物思いにふけっていた
ふと気がつけば、『彼』が──誰よりも最愛の人が、
一応は
まさしく彼こそは、
──まさに今この時、その天使そのものの少年が、何とほんの目と鼻の先で、こちらを真摯な表情で見つめていたのだ。
いかにも心の底から心配げな、憂いをたたえた双眸。
……うぐっ、そんな捨てられた子犬のような目をして、反則でしょうが⁉
「え、アル、どうしたって、何が?」
しかしそんなやせ我慢など、幼くして何かと気配り上手な少年には通用しなかった。
「何が、じゃないよ! ここのところずっと、いかにも心ここにあらずって感じで、ため息ばかりついているじゃないか! ……そりゃあ、僕はまだ子供だから、頼りないかも知れないけど、これでもれっきとした貴女の婚約者なんだから、もっと頼ってくれない?」
「……アル」
子供だから、頼りないですって? そんなことあるわけがなかった。
──なぜなら彼は、この上なく優しかったから。
ごく平凡な
それなのに彼は、婚約者である
もちろん自分のほうが年上なのに、申し訳ないとも情けないとも思わなくもなかったが、その時は、ただ彼の思いやりこそが、何よりも嬉しかった。
ただしあくまでも、文字通りその時
──そう。むしろ今では、彼が優しければ優しいほど、辛いだけであったのだ。
「……ううん、アルはちゃんと頼りになるわ。だって今もこうして私が悩んでいるのに気づいて、声をかけてくれたじゃない」
「る、ルイーズ……」
私がどうにか今度こそ心からの微笑みを見せれば、ようやく表情を緩めてくれる、年下の婚約者。
──まさに、その時であった。
「おやおや、お二人さん。今日も熱々だな」
唐突にすぐ間近からかけられた、いかにも爽やかでありながらも、どこか威厳に満ちた声音。
振り向けばそこには、一人の上級生の男子生徒がたたずんでいた。
「……お兄様」
それは間違いなく、私の兄にして我が国の次代を担う王太子である、ソーマ=メネスス=ホワンロンであった。
「何だよ、王子、また僕がルイーズと仲良くしているのを、邪魔しに来て」
「……相変わらず、つれないねえ。ルイーズと仲良くするんだったら、俺とも仲良くしてくれてもいいだろうが? それに何度も言うように、俺のことは王子ではなく、『お
「アホか、あんたは将来この国の王様になるんだろうが? そしたら単なる一臣下に過ぎない僕が、『お
「いや、将来の国王を、アホとかあんたとか呼ぶほうが、よほど無礼じゃないのか?」
「今のあんたは、国王じゃないだろうが? 晴れて即位したら、ちゃんと敬ってやるよ」
「じゃあ、即位するまでは、『お
「御免こうむるね。そもそも僕はまだ、ルイーズとは正式に結婚していないんだし、結婚したとしても、あんたはあくまでも『ルイーズの兄さん』なんだから、僕が『兄』呼ばわりする義務はないだろう?」
「──このう、屁理屈ばかり言いやがって。そんな生意気なガキは、こうしてやる!」
「ちょっ、いきなり、ヘッドロックって。
「ぐはははは、王子様に逆らおうとする、貴様が悪いのだ!」
「──王子様は、神聖なる学び舎で、こんなことはしない!」
周囲の奇異な視線を頓着することなく、あたかもじゃれ合うかのように騒ぎ続ける、婚約者と実の兄。
当然私はそんな彼らを、微笑ましく見守ったり──は
むしろ密かにどす黒い嫉妬の炎を燃やしながら、ねめつけていたのだ。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──幼い頃から自己中で、文字通り『オレサマ』王子様だった兄は、最初のうちは妹である私の婚約者なぞに興味を持つことはなく、アルが私に会いに王城を訪れた際にも、わざわざ顔を見せることはなかった。
……まあ、自分よりも六、七歳も年下のガキンチョなんかと会っても、面白くも何ともないとでも、思っていたのであろう。
しかし実はアルが数百年に一人現れるかどうかの『神童』であり、初等学校入学以前から、王国内各種大学から引く手あまたの状況にありながら、
妹である
──しかしそんな中でも一人
いつか自分は、あの二人に捨てられてしまうんじゃないかと。
なぜならこの世界は、残酷なる『びーえるの神』に支配されているのだから。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
この世界の女たちは、太古の昔から、不幸な人生を歩むことを義務づけられていた。
それというのも、いくら女が他者を愛そうとも、この世界で愛を成就させることができるのは、
──この『びーえる世界』の神話時代においては、『
それでは男同士でしか恋愛できずにどうやって子孫をつくっていくかというと、一応正式な結婚制度については男と女の間で結ばれることになっており、『びーえる世界』においては当たり前のようにして、男と女の間で『愛無き結婚』が推奨されていて、そこで子孫を創り、その育児や教育は女のみが行い、男は外での仕事や男同士の恋愛だけにかまけていれば良かったのだ。
つまり、この『びーえる世界』においては、女とは単なる子供を産み育てる『道具』に過ぎず、一応家族として男から養ってはもらえるが、そこには愛なぞ微塵も無かった。
それに対して男のほうは、相手のほうも男である限りは幾人でも関係を持つことができ、しかも『攻め』も『受け』も『リバ』もやりたい放題で、『
──そう。不幸なのは、報われないのは、ただひたすら『びーえる世界』の中の、女たちだけだったのだ。
だったらなぜ、
けして報われない恋心なぞ、ただの地獄ではないか?
『──だ、駄目だよ、ソーマ。いくら人気が無いからって、学院の図書館の中なんかで! それに僕には、婚約者が──君の妹の、ルイーズがいるんだから!』
『いいじゃないか、男には誰でも相手を選ばず愛し合える特権を──「すべての恋愛を成就できる」
『でも僕は本心から、ルイーズを幸せにしてやりたいんだ!』
『おお、いくらでも幸せにしてやれよ。女は愛なんて無くても、男たちの子供を産み育てることこそが、幸せなんだ。何せ同じ女である神様が定めた宿命なんだから、間違いは無いだろうよ』
『……本当に、そうなのかなあ。最近のルイーズったら、何か僕たちとの関係のことで、ひどく思い悩んでいるようにも見えるんだけど』
『ええい、面倒だ! そのおしゃべりな口なんか、今すぐ塞いでやる!』
『──ふぐっ! い、いきなり、何を……ああっ、舌を差し込まないで!』
『どうだ、学院の中ってのも、何だか興奮して、イケるだろう?』
『い、嫌っ、そんな、後ろから、いきなり──』
『さあ、今日も、いつもの生意気な声で、存分に鳴いてくれよな♡』
『──んああっ!』
頭の中で、先日図書館の中で偶然垣間見た、婚約者と兄との姿が、何度も何度も繰り返し駆け巡る。
──もう、やめてっ!
この『びーえる世界』は、私たち女を、ただ苦しめ続けるだけなのか⁉
……憎い。
この世界が、憎い。
こんな腐った世界なんか、滅んでしまえばいいのだ。
──ああ、私に、この世界を創ったという、腐った
ホワンロン王国王城『スノウホワイト』の一角に与えられた私室において、まさに今
その刹那であった。
『──だったらその願い、私が叶えてあげましょうか?』
突然すぐ側のテーブルの上に置いていた、愛用の
まさしくこれこそが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます